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第二章 本日は前田ワールドにご来場くださり、誠にありがとうございます。
47 蒔いた種が意図せぬ育ち方をしていると気づいた日。
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そんなランチタイムを過ごした今日ーー
午後に入ると、やたらと男性社員に声をかけられる気がするのは気のせいか。
廊下ですれ違ったり、うちの課に用があって訪ねて来た男性社員が、日頃のやりとりにプラスして一声かけていく。もちろんセクハラみたいなことはないけど、あからさまなので戸惑いが隠しきれない。
どういうこと?と怪訝な顔の私に、隣のなっちゃんは笑っている。
「サリーちゃんに憧れてる人たくさんいたみたいだから」
「は……?」
って、何で?
フツーに仕事して、フツーに過ごしてるだけだったはず。今までもこれからも。何のモテ期?むしろ何かのドッキリ?
ただただ首を傾げつつ、所用あって総務課に足を運んだ。
「サリーちゃん、今フリーだって噂あっという間に広がっちゃったみたいよ」
総務課にはメイちゃんがいて、私の用が終わるとこっそり耳打ちしてくれた。私は思わず眉を寄せる。
「うちの会社、人の不幸を喜ぶ社風があったっけ?」
「違うでしょう」
メイちゃんが笑っている。
「サリーちゃんがフリーなら、アタックすればワンチャンあるかも、って思ってるんじゃない?」
ワンチャンって。大学生か。
私は浮かぶ苦笑を禁じ得ない。
「私も、私がサリーちゃんと同期だって知ってる人から合コン頼まれちゃったしーー」
「何それ」
私はますます苦笑を強める。学生時代ならともかく、社内でそんな状態では、仕事がしにくい。
「いっつも笑顔で挨拶してるから、気になってたらしいよ」
ーー自分で蒔いた種でしたか。すみません。
えええ、でも挨拶が大事って育てられたもん。そうでしょ?みんな笑顔で挨拶、するでしょ?
「で、どうかな。人材課の人なんだけどーー」
「あっ」
メイちゃんの言葉を遮って、私は廊下に走り始めた。
今通り過ぎたのはーー
「前田」
仏頂面が振り返る。その横には同期の尾木くんがいた。そのことに気づきちょっと戸惑う。
「何か用?」
塩対応は相変わらずだ。甘さの欠片も感じられないが、ここで引いては女がすたる。ーーと心中では力みつつも、
「用というか何というか」
口から出たのは曖昧な言葉で、その上自信なく口元にこもった。気持ちは強気だけど態度が軟弱になってしまうオトメな私。
前田は面倒くさそーに、大変面倒くさそーに、嘆息した。
「端的にお願い」
それはきっと私が端的な表現が苦手なのを知ってて言ってる。
うう、私、ちょっと泣きそう。
尾木くんが、私と前田を交互に見ながら戸惑っている。
「ええと……俺、いない方がいい感じ?」
「ごめんね、ありがとう」
と私が言うのと、
「いいんじゃないの、いても」
前田が言うのが重なった。
尾木くん、大混乱。あああ、ごめんね、ごめん。
「……やっぱり後日にします」
わたわたしている尾木くんの姿に、私が諦めたとき、前田がまた深々と息を吐き出した。
「いつも笑顔で愛想のいい、社内外から引く手数多の吉田さんが、俺に個人的な用があるとは思えないけど」
前田の目が冷たい。感情を押し隠したようなそれを見て、気づく。今までの目の温かさに。前田は呆れた顔でごまかしていたけど、その目はいつも温かかかったんだ、と。
「システム課の先輩からも言われたよ。紹介してってさ。気になる人がいたら、俺でも尾木ちゃんでも、いつでも言って」
「な、何ーー」
こんなに、散々、人のことを翻弄しておいて。
紹介する、だと?他の男を?前田が?
私の中で、何かがぷつりと切れた。
「そんなの、私が何かしたんじゃないのに!どーして私が突き放されなきゃいけないわけ!?」
言いながら、悔しくて悔しくてーー頬を涙が伝った。
「馬鹿前田!血も涙もない冷徹男!あんたなんか豆腐の角に頭ぶつけて死んじゃえばいい!わからんちん!鈍感!えーと後は……後は……」
ネタが切れたが気持ちは収まらない。モヤモヤしたままきっと前田を睨みつけた。
「謝ろうと思ったのに!忘れてたこと、謝ろうと思ったのに!研修で言ったこともーーちゃんとリセットしてから、向き合おうと思ったのに!もー知らない!知らないったら知らない!好きにすればいいわ、前田なんか!前田なんかっっ!!」
散々クヨクヨした分、爆発すると勢いが止まらない。私はそれでもまだ悔しくて、思いっきり口を横に開き、いーっ、と歯を剥き出して走り去った。
その後で、我ながら言動が幼稚過ぎると底無しに後悔することになったのだが。
午後に入ると、やたらと男性社員に声をかけられる気がするのは気のせいか。
廊下ですれ違ったり、うちの課に用があって訪ねて来た男性社員が、日頃のやりとりにプラスして一声かけていく。もちろんセクハラみたいなことはないけど、あからさまなので戸惑いが隠しきれない。
どういうこと?と怪訝な顔の私に、隣のなっちゃんは笑っている。
「サリーちゃんに憧れてる人たくさんいたみたいだから」
「は……?」
って、何で?
フツーに仕事して、フツーに過ごしてるだけだったはず。今までもこれからも。何のモテ期?むしろ何かのドッキリ?
ただただ首を傾げつつ、所用あって総務課に足を運んだ。
「サリーちゃん、今フリーだって噂あっという間に広がっちゃったみたいよ」
総務課にはメイちゃんがいて、私の用が終わるとこっそり耳打ちしてくれた。私は思わず眉を寄せる。
「うちの会社、人の不幸を喜ぶ社風があったっけ?」
「違うでしょう」
メイちゃんが笑っている。
「サリーちゃんがフリーなら、アタックすればワンチャンあるかも、って思ってるんじゃない?」
ワンチャンって。大学生か。
私は浮かぶ苦笑を禁じ得ない。
「私も、私がサリーちゃんと同期だって知ってる人から合コン頼まれちゃったしーー」
「何それ」
私はますます苦笑を強める。学生時代ならともかく、社内でそんな状態では、仕事がしにくい。
「いっつも笑顔で挨拶してるから、気になってたらしいよ」
ーー自分で蒔いた種でしたか。すみません。
えええ、でも挨拶が大事って育てられたもん。そうでしょ?みんな笑顔で挨拶、するでしょ?
「で、どうかな。人材課の人なんだけどーー」
「あっ」
メイちゃんの言葉を遮って、私は廊下に走り始めた。
今通り過ぎたのはーー
「前田」
仏頂面が振り返る。その横には同期の尾木くんがいた。そのことに気づきちょっと戸惑う。
「何か用?」
塩対応は相変わらずだ。甘さの欠片も感じられないが、ここで引いては女がすたる。ーーと心中では力みつつも、
「用というか何というか」
口から出たのは曖昧な言葉で、その上自信なく口元にこもった。気持ちは強気だけど態度が軟弱になってしまうオトメな私。
前田は面倒くさそーに、大変面倒くさそーに、嘆息した。
「端的にお願い」
それはきっと私が端的な表現が苦手なのを知ってて言ってる。
うう、私、ちょっと泣きそう。
尾木くんが、私と前田を交互に見ながら戸惑っている。
「ええと……俺、いない方がいい感じ?」
「ごめんね、ありがとう」
と私が言うのと、
「いいんじゃないの、いても」
前田が言うのが重なった。
尾木くん、大混乱。あああ、ごめんね、ごめん。
「……やっぱり後日にします」
わたわたしている尾木くんの姿に、私が諦めたとき、前田がまた深々と息を吐き出した。
「いつも笑顔で愛想のいい、社内外から引く手数多の吉田さんが、俺に個人的な用があるとは思えないけど」
前田の目が冷たい。感情を押し隠したようなそれを見て、気づく。今までの目の温かさに。前田は呆れた顔でごまかしていたけど、その目はいつも温かかかったんだ、と。
「システム課の先輩からも言われたよ。紹介してってさ。気になる人がいたら、俺でも尾木ちゃんでも、いつでも言って」
「な、何ーー」
こんなに、散々、人のことを翻弄しておいて。
紹介する、だと?他の男を?前田が?
私の中で、何かがぷつりと切れた。
「そんなの、私が何かしたんじゃないのに!どーして私が突き放されなきゃいけないわけ!?」
言いながら、悔しくて悔しくてーー頬を涙が伝った。
「馬鹿前田!血も涙もない冷徹男!あんたなんか豆腐の角に頭ぶつけて死んじゃえばいい!わからんちん!鈍感!えーと後は……後は……」
ネタが切れたが気持ちは収まらない。モヤモヤしたままきっと前田を睨みつけた。
「謝ろうと思ったのに!忘れてたこと、謝ろうと思ったのに!研修で言ったこともーーちゃんとリセットしてから、向き合おうと思ったのに!もー知らない!知らないったら知らない!好きにすればいいわ、前田なんか!前田なんかっっ!!」
散々クヨクヨした分、爆発すると勢いが止まらない。私はそれでもまだ悔しくて、思いっきり口を横に開き、いーっ、と歯を剥き出して走り去った。
その後で、我ながら言動が幼稚過ぎると底無しに後悔することになったのだが。
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