75 / 85
第三章 アラサー女子よ、大志を抱け!
75 ただ待つのは苦手なたちなので。
しおりを挟む
「そういえば、達哉。私の家に漫画置いて行ったままだよ。実家置いといていいの?」
「え、マジで。何の漫画?」
達哉の問いに答えたのは前田だった。達哉は聞いてから、ああ!と手を叩く。
「そっか、姉ちゃんちにあったんだ。一冊ないなーと思って、買っちゃったよ。悪いけど、売るなり捨てるなりしちゃって」
「あ、そう」
なんだ忘れてたのか、と思いつつ、まあ私もずっと言い忘れていたのでお互い様だとモスコミュールを口にする。
「そういえば、新刊出たんだってね。最終刊?」
買ったんでしょと前田を見ると、前田が頷いている。
達哉と勝哉が顔を見合わせた。
「え!マジで?だって販売日、月曜じゃなかったっけ」
「そうなんだけど」
砕けた口調の双子に、前田もすっかり砕けつつある口調で応じる。
「流通ルートの関係だと思うんだけど、一足早めに入荷する場所があって。見る?」
「見る見る見る!」
「やっべー!前田さん神!!」
そんなに興奮する意味が分からない。私が黙ってつまみをつついていると、前田は本屋のカバーがついた本をリュックから取り出して双子に渡した。
そのとき、リュックの暗闇の中に、色鮮やかな六面体がちらりと見えた。
二人は前田の了承を得て本屋の味気ないカバーを外し、さらに漫画のカバーも外して見ている。
「何やってんの?」
「この漫画はここが面白いの」
二人は声を揃えて答えて、そっくりの目をキラキラさせながら本を目にしていた。
「うわー。ほんとに最終刊なんだぁ」
「連載も読んでたから分かってるんだけど、やっぱり単行本になるとしみじみするよね」
二人は言いながらまたカバーを戻し、顔を上げる。
「もしよければ、貸すけど」
前田が言うと、二人はマジで!とまた声を揃えた。
「……二、三日で買えるなら、我慢すれば」
「いや、でもこの土日で読めるかどうかっていうのが問題でしょー!」
「月曜だって買えるの仕事帰りだよ。読んでテンション上げて週明けを迎えるか、週明けを迎えてからご褒美に買うか、その両方かでは全然価値が違う」
訳が分からない。あんまりそういうものに熱中したことがない私がそれ以上口を挟むことは差し控えようと、ああそう、とだけ返した。
「でも、いいの?前田」
「何が?」
「まだ読んでないんじゃないの?」
「読んだよ」
前田が微笑む。その優しい目にまた私の乙女心がきゅんとときめくが、その喜びは私に対する感情ではないと分かっているのでちょっと複雑である。
「朝一でこっち来て買ったんだもん。吉田さんと待ち合わせるまでに三回読んだ」
三回って。
「……そんなに?」
思わず聞き返すと、当然のように、うん、と答えた。
私は嘆息して、恩に着ます!とぺこぺこ頭を下げつつほくほく顔で鞄に漫画を突っ込む弟を見ていたが、さきほどリュックに見えたカラフルな六面体を思い出して口を開いた。
「ねえねえ。ルービックキューブって、家にあったよね」
「あー、父さんが会社の忘年会かなんかでもらってきたやつ?」
「俺たちがぐっちゃぐちゃにして、もはやインテリアになってるやつでしょ」
「いや、むしろ、面の色が揃ってないとインテリアにもならないって母さんがぼやいてたよね」
「でも何度挑戦しても、誰が挑戦しても、戻らないんだから仕方なくない?」
二人は言いながらカシスオレンジを傾け、つまみを口にする。よくそんな甘ったるい飲み物でご飯が食べられるなと感心するが、小さい頃からオレンジジュースが大好きな二人だった。
「いや、戻るかもしれないよ」
私がにやりと笑うと、前田は黙って目を反らした。
「やらないってば」
「いいじゃんよー。もうかれこれ二十年来、元に戻ってない子なのよ。僕が戻してあげよう、って気にならない?発奮しない?」
「しない」
「じゃあお母さんから頼んでもらおう」
「いや、お父さんからがいいんじゃない」
「俺、お父さんたちに言っとくよ。近々前田さんが挨拶に行くそうです、って」
「いやだからそれは」
早いって。気が早い。
私は慌てて勝哉の言葉に渋面を作り、前田の様子を伺った。先ほどは不機嫌になった前田は、今は平気な顔で焼鳥を口に運んでいる。
「……お父さんとお母さんには言わないでよ。私が言うから」
元々、吉田家はどちらかというと短気というか、思い立ったが吉日!を地で行くたちなのだ。下手なことを言えば首を長く、ながーーーくして、待つに違いない。そうなれば、一ヶ月でも「待ちわびた」となる両親である。そう分かっているので、前田の為にも自分の為にも、もう少し時間が欲しい。
「えー。カレシができたらしい、っていうのも言っちゃ駄目なの?」
「そ、それは……」
私はうろたえて前田の横顔を盗み見た。もちろん、そりゃ、私は嫌じゃない。全然、無問題。だけど、前田はどうなのかしら。
前田は私の視線を受け止めて、
「いいんじゃないの」
むしろ駄目なの?と言いたげなニュアンスに、私はほっとした。
「うん、いいよ」
ちょっと照れ臭くて、嬉しくて、机の下で膝下をブラブラと揺らす。前田は何も言わずに私の膝上に手を置いた。
「あ、行儀悪かった。ごめん」
「え、ああ……そういうんじゃないけど」
前田はちょっと困惑した様子で目を反らしたが、それ以上何も言わなかった。
達哉と勝哉は嬉しそうである。
「よかったよかった」
「前田さん、色々面倒臭い姉ちゃんですけど、よろしくお願いします」
弟二人は口々に言った。前田は私と弟の顔を見比べると、
「こちらこそ……よろしくお願いします」
ぺこり、と幼い辞儀をした。
「え、マジで。何の漫画?」
達哉の問いに答えたのは前田だった。達哉は聞いてから、ああ!と手を叩く。
「そっか、姉ちゃんちにあったんだ。一冊ないなーと思って、買っちゃったよ。悪いけど、売るなり捨てるなりしちゃって」
「あ、そう」
なんだ忘れてたのか、と思いつつ、まあ私もずっと言い忘れていたのでお互い様だとモスコミュールを口にする。
「そういえば、新刊出たんだってね。最終刊?」
買ったんでしょと前田を見ると、前田が頷いている。
達哉と勝哉が顔を見合わせた。
「え!マジで?だって販売日、月曜じゃなかったっけ」
「そうなんだけど」
砕けた口調の双子に、前田もすっかり砕けつつある口調で応じる。
「流通ルートの関係だと思うんだけど、一足早めに入荷する場所があって。見る?」
「見る見る見る!」
「やっべー!前田さん神!!」
そんなに興奮する意味が分からない。私が黙ってつまみをつついていると、前田は本屋のカバーがついた本をリュックから取り出して双子に渡した。
そのとき、リュックの暗闇の中に、色鮮やかな六面体がちらりと見えた。
二人は前田の了承を得て本屋の味気ないカバーを外し、さらに漫画のカバーも外して見ている。
「何やってんの?」
「この漫画はここが面白いの」
二人は声を揃えて答えて、そっくりの目をキラキラさせながら本を目にしていた。
「うわー。ほんとに最終刊なんだぁ」
「連載も読んでたから分かってるんだけど、やっぱり単行本になるとしみじみするよね」
二人は言いながらまたカバーを戻し、顔を上げる。
「もしよければ、貸すけど」
前田が言うと、二人はマジで!とまた声を揃えた。
「……二、三日で買えるなら、我慢すれば」
「いや、でもこの土日で読めるかどうかっていうのが問題でしょー!」
「月曜だって買えるの仕事帰りだよ。読んでテンション上げて週明けを迎えるか、週明けを迎えてからご褒美に買うか、その両方かでは全然価値が違う」
訳が分からない。あんまりそういうものに熱中したことがない私がそれ以上口を挟むことは差し控えようと、ああそう、とだけ返した。
「でも、いいの?前田」
「何が?」
「まだ読んでないんじゃないの?」
「読んだよ」
前田が微笑む。その優しい目にまた私の乙女心がきゅんとときめくが、その喜びは私に対する感情ではないと分かっているのでちょっと複雑である。
「朝一でこっち来て買ったんだもん。吉田さんと待ち合わせるまでに三回読んだ」
三回って。
「……そんなに?」
思わず聞き返すと、当然のように、うん、と答えた。
私は嘆息して、恩に着ます!とぺこぺこ頭を下げつつほくほく顔で鞄に漫画を突っ込む弟を見ていたが、さきほどリュックに見えたカラフルな六面体を思い出して口を開いた。
「ねえねえ。ルービックキューブって、家にあったよね」
「あー、父さんが会社の忘年会かなんかでもらってきたやつ?」
「俺たちがぐっちゃぐちゃにして、もはやインテリアになってるやつでしょ」
「いや、むしろ、面の色が揃ってないとインテリアにもならないって母さんがぼやいてたよね」
「でも何度挑戦しても、誰が挑戦しても、戻らないんだから仕方なくない?」
二人は言いながらカシスオレンジを傾け、つまみを口にする。よくそんな甘ったるい飲み物でご飯が食べられるなと感心するが、小さい頃からオレンジジュースが大好きな二人だった。
「いや、戻るかもしれないよ」
私がにやりと笑うと、前田は黙って目を反らした。
「やらないってば」
「いいじゃんよー。もうかれこれ二十年来、元に戻ってない子なのよ。僕が戻してあげよう、って気にならない?発奮しない?」
「しない」
「じゃあお母さんから頼んでもらおう」
「いや、お父さんからがいいんじゃない」
「俺、お父さんたちに言っとくよ。近々前田さんが挨拶に行くそうです、って」
「いやだからそれは」
早いって。気が早い。
私は慌てて勝哉の言葉に渋面を作り、前田の様子を伺った。先ほどは不機嫌になった前田は、今は平気な顔で焼鳥を口に運んでいる。
「……お父さんとお母さんには言わないでよ。私が言うから」
元々、吉田家はどちらかというと短気というか、思い立ったが吉日!を地で行くたちなのだ。下手なことを言えば首を長く、ながーーーくして、待つに違いない。そうなれば、一ヶ月でも「待ちわびた」となる両親である。そう分かっているので、前田の為にも自分の為にも、もう少し時間が欲しい。
「えー。カレシができたらしい、っていうのも言っちゃ駄目なの?」
「そ、それは……」
私はうろたえて前田の横顔を盗み見た。もちろん、そりゃ、私は嫌じゃない。全然、無問題。だけど、前田はどうなのかしら。
前田は私の視線を受け止めて、
「いいんじゃないの」
むしろ駄目なの?と言いたげなニュアンスに、私はほっとした。
「うん、いいよ」
ちょっと照れ臭くて、嬉しくて、机の下で膝下をブラブラと揺らす。前田は何も言わずに私の膝上に手を置いた。
「あ、行儀悪かった。ごめん」
「え、ああ……そういうんじゃないけど」
前田はちょっと困惑した様子で目を反らしたが、それ以上何も言わなかった。
達哉と勝哉は嬉しそうである。
「よかったよかった」
「前田さん、色々面倒臭い姉ちゃんですけど、よろしくお願いします」
弟二人は口々に言った。前田は私と弟の顔を見比べると、
「こちらこそ……よろしくお願いします」
ぺこり、と幼い辞儀をした。
0
あなたにおすすめの小説
花の精霊はいじわる皇帝に溺愛される
アルケミスト
恋愛
崔国の皇太子・龍仁に仕える女官の朱音は、人間と花仙との間に生まれた娘。
花仙が持つ〈伴侶の玉〉を龍仁に奪われたせいで彼の命令に逆らえなくなってしまった。
日々、龍仁のいじわるに耐えていた朱音は、龍仁が皇帝位を継いだ際に、妃候補の情報を探るために後宮に乗り込んだ。
だが、後宮に渦巻く、陰の気を感知した朱音は、龍仁と共に後宮の女性達をめぐる陰謀に巻き込まれて……
片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜
橘しづき
恋愛
姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。
私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。
だが当日、姉は結婚式に来なかった。 パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。
「私が……蒼一さんと結婚します」
姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。
俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛
ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎
潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。
大学卒業後、海外に留学した。
過去の恋愛にトラウマを抱えていた。
そんな時、気になる女性社員と巡り会う。
八神あやか
村藤コーポレーション社員の四十歳。
過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。
恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。
そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に......
八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。
俺に抱かれる覚悟をしろ〜俺様御曹司の溺愛
ラヴ KAZU
恋愛
みゆは付き合う度に騙されて男性不信になり
もう絶対に男性の言葉は信じないと決心した。
そんなある日会社の休憩室で一人の男性と出会う
これが桂木廉也との出会いである。
廉也はみゆに信じられない程の愛情を注ぐ。
みゆは一瞬にして廉也と恋に落ちたが同じ過ちを犯してはいけないと廉也と距離を取ろうとする。
以前愛した御曹司龍司との別れ、それは会社役員に結婚を反対された為だった。
二人の恋の行方は……
男に間違えられる私は女嫌いの冷徹若社長に溺愛される
山口三
恋愛
「俺と結婚してほしい」
出会ってまだ何時間も経っていない相手から沙耶(さや)は告白された・・・のでは無く契約結婚の提案だった。旅先で危ない所を助けられた沙耶は契約結婚を申し出られたのだ。相手は五瀬馨(いつせかおる)彼は国内でも有数の巨大企業、五瀬グループの若き社長だった。沙耶は自分の夢を追いかける資金を得る為、養女として窮屈な暮らしを強いられている今の家から脱出する為にもこの提案を受ける事にする。
冷酷で女嫌いの社長とお人好しの沙耶。二人の契約結婚の行方は?
幸せのありか
神室さち
恋愛
兄の解雇に伴って、本社に呼び戻された氷川哉(ひかわさい)は兄の仕事の後始末とも言える関係企業の整理合理化を進めていた。
決定を下した日、彼のもとに行野樹理(ゆきのじゅり)と名乗る高校生の少女がやってくる。父親の会社との取引を継続してくれるようにと。
哉は、人生というゲームの余興に、一年以内に哉の提示する再建計画をやり遂げれば、以降も取引を続行することを決める。
担保として、樹理を差し出すのならと。止める両親を振りきり、樹理は彼のもとへ行くことを決意した。
とかなんとか書きつつ、幸せのありかを探すお話。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
自サイトに掲載していた作品を、閉鎖により移行。
視点がちょいちょい変わるので、タイトルに記載。
キリのいいところで切るので各話の文字数は一定ではありません。
ものすごく短いページもあります。サクサク更新する予定。
本日何話目、とかの注意は特に入りません。しおりで対応していただけるとありがたいです。
別小説「やさしいキスの見つけ方」のスピンオフとして生まれた作品ですが、メインは単独でも読めます。
直接的な表現はないので全年齢で公開します。
イケメンエリート軍団??何ですかそれ??【イケメンエリートシリーズ第二弾】
便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある
IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC”
謎多き噂の飛び交う外資系一流企業
日本内外のイケメンエリートが
集まる男のみの会社
そのイケメンエリート軍団の異色男子
ジャスティン・レスターの意外なお話
矢代木の実(23歳)
借金地獄の元カレから身をひそめるため
友達の家に居候のはずが友達に彼氏ができ
今はネットカフェを放浪中
「もしかして、君って、家出少女??」
ある日、ビルの駐車場をうろついてたら
金髪のイケメンの外人さんに
声をかけられました
「寝るとこないないなら、俺ん家に来る?
あ、俺は、ここの27階で働いてる
ジャスティンって言うんだ」
「………あ、でも」
「大丈夫、何も心配ないよ。だって俺は…
女の子には興味はないから」
溺愛のフリから2年後は。
橘しづき
恋愛
岡部愛理は、ぱっと見クールビューティーな女性だが、中身はビールと漫画、ゲームが大好き。恋愛は昔に何度か失敗してから、もうするつもりはない。
そんな愛理には幼馴染がいる。羽柴湊斗は小学校に上がる前から仲がよく、いまだに二人で飲んだりする仲だ。実は2年前から、湊斗と愛理は付き合っていることになっている。親からの圧力などに耐えられず、酔った勢いでついた嘘だった。
でも2年も経てば、今度は結婚を促される。さて、そろそろ偽装恋人も終わりにしなければ、と愛理は思っているのだが……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる