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第三章 アラサー女子よ、大志を抱け!
74 吉田家のオタク度判定。
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「何その楽しそうな話ー!俺も聞きたかったぁー!」
後から合流した勝哉は、合流時の私と前田のやり取りを見られなかったことを悔しがった。彼にしては早い合流だったので、まだ注文した飲み物も来ていない。
「も一回再現どうぞ」
私が目を輝かせて前田に拳で作ったマイクを向けると、前田はぷいとそっぽを向いてしまった。ちっ。私が顔をくしゃりと歪めて悔しがると、正面に座った弟二人が笑う。
「いつもそんなん?」
「会ったときからこんなんよ」
「そうかなぁ」
前田はちらりと目を戻しつつ言った。
「だいぶマシになったと思うけど。吉田さん」
「って私かーい!」
ばん、とテーブルを叩くが、前田はペースを崩さない。早く飲み物来ないかなぁとぼんやり店内を見ている。
ったくもー。私がむーっとした顔でその横顔を睨みつけていると、弟たちは楽しげに笑った。
「お待たせしましたー、カシスオレンジ二つとモスコミュール、グレープフルーツサワーです」
店員さんは言いながら飲み物を卓に置いていく。
グレープフルーツサワーは生搾りだ。
「これ、搾ってくれるサービスとかないのかな。めんどくさい」
「じゃあ私やるー」
ぽつりと呟いた前田の伸ばした手の先に、私の手を伸ばした。前田が驚いて手を止め、私の顔を見る。
「これ好きなんだよね。ストレス発散になる」
「……なら、どうぞ」
前田は言いながら、半分に切れたグレープフルーツが乗った搾り器をするすると私の前に近づけた。私はよしっ、と言いながらおしぼりで手を拭く。
「これさー、飲み会で時々搾ってあげるよとか言う男の人いるよね。何でなんだろう」
言いながらぐいっとグレープフルーツを押し込んだ。苦みのある爽やかな香りがふわりと広がる。
「いいにおい」
鼻歌すら歌いながらグレープフルーツを搾る私を目に、弟たちは顔を見合わせた。
「そう言われたとき、姉ちゃんどうすんの」
「え、いいですーって言う。自分でやります、って」
言いながらくるくる、グリグリ、グレープフルーツの果汁を搾っていく。搾り終えると、よしっ、と言って果実を持ち上げた。
「少し苦みが出てもいい?」
「いいけど」
不思議そうに返す前田に、私はにこりと笑う。
一番好きなのはこれなのだ。手が汚れるのが難点だけど。
粒を潰して空洞ができた果実を力いっぱい握り、残った果汁を搾り出す。ぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅ、と握力検査の気分で力を加えた後、はあ、と息を抜いた。
「あー、すっきり」
私はすっかり軽くなり、形が崩れたグレープフルーツの半分を、から入れに入れた。前田はおー、と感心して、ありがとうと言うとサワーグラスに果汁を注ぐ。私はどういたしましてと胸を張った。達哉と勝哉はそれを見て、どちらからともなく言った。
「姉ちゃん、そりゃモテないわ」
「前田さん、ありがとう」
「達哉、勝哉!どういう意味よ!」
私が言ったとき、前田がはっとした。私が驚いて振り向くと、前田は弟二人と私の顔を順に見て、
「……吉田さん、どうしてミナミって名前じゃないの?」
あ、今気づいたか。
私はさあねと言って顔を反らした。
「吉田家って、実は割とオタク?」
何だその嬉しそうな顔は。……可愛いじゃないかっ。
ときめく自分の重症度に内心呆れつつ、私は嘆息した。
「まあ、そうかもね」
私自身は、つき合いや暇つぶし程度にしか漫画もゲームも手に取らないけれど、父も弟も大の漫画&ゲーム好きだ。だからまあ、何かと、作品名は知ってたり、見覚えのあるキャラクターだったりする。いやでも、声優の名前とかキャラクターの名前は知らないよ。
「よかった」
前田は心底ほっとしたように言った。
「国家論とか、哲学論とか、そういう話ばっかりだったらどうしようかと思ってた。俺、ついていけないから」
私は思わず噴き出した。
「何それ。私の家族だよ?そんなの話してるように思う?」
前田はきょとんとしてから首を傾げ、
「……それもそうか」
ぽつりと呟いた。
それはそれで何となく腹が立ち、足を蹴る。
「何。自分で言ったんじゃない」
「そうだけどムカつく」
「ちょっと腹立てると手足出るのってよくないよ」
「空手やってた名残です」
「本当の強さは人に暴行を加えることではありません、って習わないの?師範とかから」
「そんなん知るかっ」
私は言って、いーっつと歯を剥き出した。
前田は笑う。
「また、それ」
笑いながら私の頭をぽんぽんと叩いた。
「やめてよ。笑いが止まらなくなるから」
ーーそういえば。
私が前田を怒鳴り付けて、笑い死にしそうになってたことを尾木くんから聞いたとき、尾木くんは言ってたのだった。
ほっとしたんじゃないか、って。
どうしてほっとしたんだろう。私がムキになって怒鳴りつけたことで、前田の中で何が起こったんだろう。
聞きそびれていたと気づいてちょっと黙る。
「どうしたの?」
「うん……」
私は弟たちをちらりと見て、
「また後でいい」
前田は首を傾げながら、私が丹念に搾った果汁入りのサワーを一口飲んだ。
後から合流した勝哉は、合流時の私と前田のやり取りを見られなかったことを悔しがった。彼にしては早い合流だったので、まだ注文した飲み物も来ていない。
「も一回再現どうぞ」
私が目を輝かせて前田に拳で作ったマイクを向けると、前田はぷいとそっぽを向いてしまった。ちっ。私が顔をくしゃりと歪めて悔しがると、正面に座った弟二人が笑う。
「いつもそんなん?」
「会ったときからこんなんよ」
「そうかなぁ」
前田はちらりと目を戻しつつ言った。
「だいぶマシになったと思うけど。吉田さん」
「って私かーい!」
ばん、とテーブルを叩くが、前田はペースを崩さない。早く飲み物来ないかなぁとぼんやり店内を見ている。
ったくもー。私がむーっとした顔でその横顔を睨みつけていると、弟たちは楽しげに笑った。
「お待たせしましたー、カシスオレンジ二つとモスコミュール、グレープフルーツサワーです」
店員さんは言いながら飲み物を卓に置いていく。
グレープフルーツサワーは生搾りだ。
「これ、搾ってくれるサービスとかないのかな。めんどくさい」
「じゃあ私やるー」
ぽつりと呟いた前田の伸ばした手の先に、私の手を伸ばした。前田が驚いて手を止め、私の顔を見る。
「これ好きなんだよね。ストレス発散になる」
「……なら、どうぞ」
前田は言いながら、半分に切れたグレープフルーツが乗った搾り器をするすると私の前に近づけた。私はよしっ、と言いながらおしぼりで手を拭く。
「これさー、飲み会で時々搾ってあげるよとか言う男の人いるよね。何でなんだろう」
言いながらぐいっとグレープフルーツを押し込んだ。苦みのある爽やかな香りがふわりと広がる。
「いいにおい」
鼻歌すら歌いながらグレープフルーツを搾る私を目に、弟たちは顔を見合わせた。
「そう言われたとき、姉ちゃんどうすんの」
「え、いいですーって言う。自分でやります、って」
言いながらくるくる、グリグリ、グレープフルーツの果汁を搾っていく。搾り終えると、よしっ、と言って果実を持ち上げた。
「少し苦みが出てもいい?」
「いいけど」
不思議そうに返す前田に、私はにこりと笑う。
一番好きなのはこれなのだ。手が汚れるのが難点だけど。
粒を潰して空洞ができた果実を力いっぱい握り、残った果汁を搾り出す。ぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅ、と握力検査の気分で力を加えた後、はあ、と息を抜いた。
「あー、すっきり」
私はすっかり軽くなり、形が崩れたグレープフルーツの半分を、から入れに入れた。前田はおー、と感心して、ありがとうと言うとサワーグラスに果汁を注ぐ。私はどういたしましてと胸を張った。達哉と勝哉はそれを見て、どちらからともなく言った。
「姉ちゃん、そりゃモテないわ」
「前田さん、ありがとう」
「達哉、勝哉!どういう意味よ!」
私が言ったとき、前田がはっとした。私が驚いて振り向くと、前田は弟二人と私の顔を順に見て、
「……吉田さん、どうしてミナミって名前じゃないの?」
あ、今気づいたか。
私はさあねと言って顔を反らした。
「吉田家って、実は割とオタク?」
何だその嬉しそうな顔は。……可愛いじゃないかっ。
ときめく自分の重症度に内心呆れつつ、私は嘆息した。
「まあ、そうかもね」
私自身は、つき合いや暇つぶし程度にしか漫画もゲームも手に取らないけれど、父も弟も大の漫画&ゲーム好きだ。だからまあ、何かと、作品名は知ってたり、見覚えのあるキャラクターだったりする。いやでも、声優の名前とかキャラクターの名前は知らないよ。
「よかった」
前田は心底ほっとしたように言った。
「国家論とか、哲学論とか、そういう話ばっかりだったらどうしようかと思ってた。俺、ついていけないから」
私は思わず噴き出した。
「何それ。私の家族だよ?そんなの話してるように思う?」
前田はきょとんとしてから首を傾げ、
「……それもそうか」
ぽつりと呟いた。
それはそれで何となく腹が立ち、足を蹴る。
「何。自分で言ったんじゃない」
「そうだけどムカつく」
「ちょっと腹立てると手足出るのってよくないよ」
「空手やってた名残です」
「本当の強さは人に暴行を加えることではありません、って習わないの?師範とかから」
「そんなん知るかっ」
私は言って、いーっつと歯を剥き出した。
前田は笑う。
「また、それ」
笑いながら私の頭をぽんぽんと叩いた。
「やめてよ。笑いが止まらなくなるから」
ーーそういえば。
私が前田を怒鳴り付けて、笑い死にしそうになってたことを尾木くんから聞いたとき、尾木くんは言ってたのだった。
ほっとしたんじゃないか、って。
どうしてほっとしたんだろう。私がムキになって怒鳴りつけたことで、前田の中で何が起こったんだろう。
聞きそびれていたと気づいてちょっと黙る。
「どうしたの?」
「うん……」
私は弟たちをちらりと見て、
「また後でいい」
前田は首を傾げながら、私が丹念に搾った果汁入りのサワーを一口飲んだ。
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