モテ男とデキ女の奥手な恋

松丹子

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第一章 ちかづく

10 お邪魔虫

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「Hello?」
『Hello,What'up?』
 おや。珍しくぶっきらぼうな。
 弟の冷たい物言いに、俺は思わずにやりとした。
 理由が予想できたからだ。
 使う言語を日本語に切り替えた。
「今、家?香子ちゃんと一緒か」
『……あえて日本語で言ってる?』
 英語で名を呼ぶのと、日本語で呼ぶのとでは、感じ方が違う。
 恐らく言葉の背景となる言語圏の文化の問題だろうが。
 さらに不機嫌になった弟の声に、今朝の鬱々とした気分が晴れて来るのを感じた。
「今朝お袋から、呼び方が他人行儀だと言われたからな」
 俺が言うと、弟ーー隼人は嘆息した。
『で、何の用なの?』
「年明けに香子ちゃんが来るっていうからさ。俺も帰ろうかなと思って。お前、いつから帰るの?」
『大晦日には帰ろうかなと思ってるよ。来年どっちで過ごすかわからないし。ーーまあ、お互い県内だから大した距離もないけど』
 隼人は答えて、一瞬通話口を覆い、ありがとう、と言った。うん、とわずかに女の声が聞こえる。
 お茶をいれてくれたか何かだろう。
「なるほどなぁ。それが結婚するってことか」
 正月になれば、お互いの家に顔を出す。互いの家族が互いの親戚になる。
 そんな当たり前のようなことが、ふと不思議に思えた。
 感心したような俺の声に、隼人が笑った。
『兄さん、やっぱり結婚する気ないんでしょ』
「する気になるような出会いがないだけだ」
 言いながら、昨晩のことが脳裏をよぎった。
 こういう人付き合いしかしていないから、その気になるような出会いがないんだろうか。
 と、周りに言われそうなことを思いつつ、首を振る。
 気にしたって仕方ないことだ。
「ちょっと香子ちゃんと代わってよ」
『……やだって言ったら?』
「直接本人に電話する」
 連絡先は、隼人の不服げな視線の中、先日ちゃっかり交換済みだ。
 隼人は深々と嘆息した。
『もしもし。代わりました』
 笑いを含んだアルトの声が耳に響く。隼人もそうだが、よく通る声だ。
「笑ってるの?」
『ふふ、だって』
 香子ちゃんは口元をおさえて、また笑っているようだ。
『なんか、隼人くん、ふて腐れてるんです。面白くて』
 俺は苦笑する。
「いきなりのろけられるとは思わなかったな」
『えっ、これってのろけになるんですか!?』
 電話口で焦っているのがわかった。
 二人のうぶさが微笑ましくも、照れ臭くも、そして羨ましくもある。
「面白い、って言ってるけど、可愛い、に聞こえるよ」
『からかうつもりですね。その手には乗りませんよ』
 モードを切り替えたような、きりりとした声に変わった。
 この子は自覚して切り替えてるんだろうな、こういうの。
『で、何かご用ですか?』
「えー、ただ声が聞きたかったから、とか駄目?」
『駄目です。そういうのは他の女性に言ってください。喜ぶ人たくさんいるでしょう』
 他の女性。ーー咄嗟に橘の顔が浮かぶ。
 素直に喜ぶとは思えないが。
 思わず苦笑した。
『で、どうかしました?ーー出身大学を言わない女性の件ですか』
 ぐ、と言葉に詰まる。何という鋭さ。
 電話の向こうで香子ちゃんがくすくす笑う。仕返しが成功したという声音で言われた。
『政人さん、結構分かりやすいですよね』
 7歳年下の女の子に笑われるとは。何とも言えない気分だ。
『あんまり、振り回されちゃ駄目ですよ。自分自身に』
 俺が何も言えずにいると、香子ちゃんはさらりと言った。
 思わず苦笑して言う。
「香子ちゃん、ほんとに25?年齢詐称してない?」
『よく言われますけど、してません』
 香子ちゃんは笑った。
『そろそろ切りますね。隼人くんが拗ねてるから』
 拗ねてないよ、と隼人の声が聞こえる。香子ちゃんはまた笑った。
「香子ちゃん」
 俺が呼びかけると、香子ちゃんは変わらず笑みを含んだ声で、はい、と応えた。
「俺にも、いるのかな。隼人にとっての君みたいな子が」
 ぼやいてから、ずいぶんこっぱずかしいことを聴いたことに気づく。
 慌てて取り繕おうと口を開きかけたとき、香子ちゃんの柔らかい、だが確信したような声が聞こえた。
『いますよ。きっと。政人さんは優しいから、逆に気づきにくいのかもしれませんけど』
 ーー優しい。
「そんなこと言われたのは、初めてだな」
『そうですか?』
 香子ちゃんは意外そうに笑って、じゃあまた、と電話を切った。
 この子と話すと、毎回何か発見したような気分になるーー
 一体何を発見したのか、はっきりとは分からないのだが。
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