37 / 126
第一章 ちかづく
37 姉と弟
しおりを挟む
3日の朝、俺たちきょうだいは同時に実家を発つことにした。
残っていたってダラダラしてしまうだけなので、家の掃除でもして、仕事初めに備えるつもりだ。
「政人、また勝負しような」
「分かったよ。それまでにうまくなっとけ」
頭にぽんと手を置くと、栄太郎は唇を尖らせた。
「いつまでもガキや思うとったら怪我するで。今度こそ負けへん」
「へいへい。せいぜい俺が本格的にオッサンになる前に頼むぜ」
その後ろから、キャリーバッグを引いた姉と隼人が出てくる。
「新幹線はどこから?」
「新横浜」
「じゃ横浜まで一緒だね。荷物手伝うよ」
隼人が言いながら姉のボストンバッグを持つ。
俺たちは未婚ということもあり、服も多少実家に残してあるので荷物はほとんどないが、姉は子連れの旅なのでいやがおうでも荷物が増える。
俺もその横から、姉が引くキャリーバッグに手を添えた。
「小田原からかと思った」
「ありがと。停車駅少ない方が楽だからね。いやぁ、立派になった弟二人、お姉ちゃん楽だわぁ。お姫様気分」
「女王様の間違いじゃないの」
「何か言った?」
「イエ、何でもありません」
玄関でワイワイしている俺たちを、両親が少し寂しそうな笑顔で見送る。
「一気に静かになるなぁ」
「気をつけて帰ってね」
手を振って歩き出そうとしたとき、母がすかさず言った。
「政人、連絡楽しみに待ってるわよー」
俺は聞かないふりで歩調を早めた。
大股で歩く俺にちょこちょこと追いついて、姉が顔を覗き込んで来る。
「で、彩乃ちゃんとは、どういう関係なの?」
俺が引くキャリーバッグがガラガラ音を立てながらついて来る。俺はちらりと姉を見たが、努めて無表情に言った。
「ただの同期だよ。あいつもそう言ってたろ」
「そうねぇ」
姉はふふ、とどこか懐かしそうに笑った。
「口ではそう言ってたけどね。ーー目は口ほどに物を言う」
悪魔モードかと思って構えていたが、ちょっと違うらしい。
「私もああいう時があったのかなぁ。傍から見てると可愛いもんね」
「姉さんを可愛いと思ったことなんてないけど」
思わず口をついて出た俺の本音に、姉の目が殺意を帯びた。にこやかな表情のまま、俺の肘を掴む。
関節のツボを的確に押しながら、姉は微笑み続けている。激痛だが顔を歪めると喜ぶのが分かっているので堪える。だからさ、それ暴力だよ。分かってんの。
「あんたも、そろそろ腹をくくりなさいよ」
姉は日頃より低い声で言った。ほとんど忠告のように強く耳に響く。
「八方美人は、結果的に大切な人を傷つけることだってあるんだから」
俺は黙ったまま、前を向いた。
後ろでは栄太郎と隼人が楽しそうに話している。
俺はそれを見ながら、口を開いた。
「姉さんにとって、義兄さんって、どんな存在?」
ーーそんなこと、今まで気にしたことも、聞いたこともなかった。
姉は晴れやかに笑う。
「私を私でいさせてくれる人。栄太郎を共に見守る人。あとは、そうねぇ」
俺の肘に置いた姉の手指からは、もう異常な力は抜けていた。
「仕事や何やで疲れきったときに、ただ横にいたい人」
俺は意外な思いでその横顔を見ていた。
「知らなかった」
「何が?」
「姉さんも、そういう顔するんだ」
穏やかな。信頼する者を見つけた人の。静かな確信を持った目。
姉は目を丸くしてから、噴き出した。
「だって、あんたに見せる必要ないもの。孝次郎くんが分かっててくれれば、それでいいの」
「そんなもんかな」
「そんなもんよ」
ガラガラと、俺が引くキャリーバッグが相変わらず俺たちの後ろをついて来る。
俺の肘に置いた手はそのままに、姉と俺はその音を聞きながら、駅へと歩いた。
残っていたってダラダラしてしまうだけなので、家の掃除でもして、仕事初めに備えるつもりだ。
「政人、また勝負しような」
「分かったよ。それまでにうまくなっとけ」
頭にぽんと手を置くと、栄太郎は唇を尖らせた。
「いつまでもガキや思うとったら怪我するで。今度こそ負けへん」
「へいへい。せいぜい俺が本格的にオッサンになる前に頼むぜ」
その後ろから、キャリーバッグを引いた姉と隼人が出てくる。
「新幹線はどこから?」
「新横浜」
「じゃ横浜まで一緒だね。荷物手伝うよ」
隼人が言いながら姉のボストンバッグを持つ。
俺たちは未婚ということもあり、服も多少実家に残してあるので荷物はほとんどないが、姉は子連れの旅なのでいやがおうでも荷物が増える。
俺もその横から、姉が引くキャリーバッグに手を添えた。
「小田原からかと思った」
「ありがと。停車駅少ない方が楽だからね。いやぁ、立派になった弟二人、お姉ちゃん楽だわぁ。お姫様気分」
「女王様の間違いじゃないの」
「何か言った?」
「イエ、何でもありません」
玄関でワイワイしている俺たちを、両親が少し寂しそうな笑顔で見送る。
「一気に静かになるなぁ」
「気をつけて帰ってね」
手を振って歩き出そうとしたとき、母がすかさず言った。
「政人、連絡楽しみに待ってるわよー」
俺は聞かないふりで歩調を早めた。
大股で歩く俺にちょこちょこと追いついて、姉が顔を覗き込んで来る。
「で、彩乃ちゃんとは、どういう関係なの?」
俺が引くキャリーバッグがガラガラ音を立てながらついて来る。俺はちらりと姉を見たが、努めて無表情に言った。
「ただの同期だよ。あいつもそう言ってたろ」
「そうねぇ」
姉はふふ、とどこか懐かしそうに笑った。
「口ではそう言ってたけどね。ーー目は口ほどに物を言う」
悪魔モードかと思って構えていたが、ちょっと違うらしい。
「私もああいう時があったのかなぁ。傍から見てると可愛いもんね」
「姉さんを可愛いと思ったことなんてないけど」
思わず口をついて出た俺の本音に、姉の目が殺意を帯びた。にこやかな表情のまま、俺の肘を掴む。
関節のツボを的確に押しながら、姉は微笑み続けている。激痛だが顔を歪めると喜ぶのが分かっているので堪える。だからさ、それ暴力だよ。分かってんの。
「あんたも、そろそろ腹をくくりなさいよ」
姉は日頃より低い声で言った。ほとんど忠告のように強く耳に響く。
「八方美人は、結果的に大切な人を傷つけることだってあるんだから」
俺は黙ったまま、前を向いた。
後ろでは栄太郎と隼人が楽しそうに話している。
俺はそれを見ながら、口を開いた。
「姉さんにとって、義兄さんって、どんな存在?」
ーーそんなこと、今まで気にしたことも、聞いたこともなかった。
姉は晴れやかに笑う。
「私を私でいさせてくれる人。栄太郎を共に見守る人。あとは、そうねぇ」
俺の肘に置いた姉の手指からは、もう異常な力は抜けていた。
「仕事や何やで疲れきったときに、ただ横にいたい人」
俺は意外な思いでその横顔を見ていた。
「知らなかった」
「何が?」
「姉さんも、そういう顔するんだ」
穏やかな。信頼する者を見つけた人の。静かな確信を持った目。
姉は目を丸くしてから、噴き出した。
「だって、あんたに見せる必要ないもの。孝次郎くんが分かっててくれれば、それでいいの」
「そんなもんかな」
「そんなもんよ」
ガラガラと、俺が引くキャリーバッグが相変わらず俺たちの後ろをついて来る。
俺の肘に置いた手はそのままに、姉と俺はその音を聞きながら、駅へと歩いた。
1
あなたにおすすめの小説
それは、ホントに不可抗力で。
樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。
「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」
その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。
恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。
まさにいま、開始のゴングが鳴った。
まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。
苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」
母に紹介され、なにかの間違いだと思った。
だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。
それだけでもかなりな不安案件なのに。
私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。
「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」
なーんて義父になる人が言い出して。
結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。
前途多難な同居生活。
相変わらず専務はなに考えているかわからない。
……かと思えば。
「兄妹ならするだろ、これくらい」
当たり前のように落とされる、額へのキス。
いったい、どうなってんのー!?
三ツ森涼夏
24歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務
背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。
小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。
たまにその頑張りが空回りすることも?
恋愛、苦手というより、嫌い。
淋しい、をちゃんと言えずにきた人。
×
八雲仁
30歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』専務
背が高く、眼鏡のイケメン。
ただし、いつも無表情。
集中すると周りが見えなくなる。
そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。
小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。
ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!?
*****
千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』
*****
表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101
シンデレラは王子様と離婚することになりました。
及川 桜
恋愛
シンデレラは王子様と結婚して幸せになり・・・
なりませんでした!!
【現代版 シンデレラストーリー】
貧乏OLは、ひょんなことから会社の社長と出会い結婚することになりました。
はたから見れば、王子様に見初められたシンデレラストーリー。
しかしながら、その実態は?
離婚前提の結婚生活。
果たして、シンデレラは無事に王子様と離婚できるのでしょうか。
友達の肩書き
菅井群青
恋愛
琢磨は友達の彼女や元カノや友達の好きな人には絶対に手を出さないと公言している。
私は……どんなに強く思っても友達だ。私はこの位置から動けない。
どうして、こんなにも好きなのに……恋愛のスタートラインに立てないの……。
「よかった、千紘が友達で本当に良かった──」
近くにいるはずなのに遠い背中を見つめることしか出来ない……。そんな二人の関係が変わる出来事が起こる。
【完結】僕ら二度目のはじめまして ~オフィスで再会した、心に残ったままの初恋~
葉影
恋愛
高校の頃、誰よりも大切だった人。
「さ、最近はあんまり好きじゃないから…!」――あの言葉が、最後になった。
小島久遠は、新たな職場で、元カレとまさかの再会を果たす。
若くしてプロジェクトチームを任される彼は、
かつて自分だけに愛を囁いてくれていたことが信じられないほど、
遠く、眩しい存在になっていた。
優しかったあの声は、もう久遠の名前を呼んでくれない。
もう一度“はじめまして”からやり直せたら――そんなこと、願ってはいけないのに。
それでも——
8年越しのすれ違いは、再会から静かに動き出す。
これは、終わった恋を「もう一度はじめる」までの物語。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました
藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。
次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる