モテ男とデキ女の奥手な恋

松丹子

文字の大きさ
77 / 126
第二章 はなれる

77 日常

しおりを挟む
「どっか行きたいとこある?」
「えー。あんまり考えてなかった」
 俺の問いに橘が首を傾げる。実際そうなのだろう。
「オススメは?」
「聞くな。ジムと会社往復してるような奴に」
「もったいなーい」
 橘は俺の答えにけらけらと笑う。
「昼食は?」
「朝遅かったし、いいかなぁ。ちょっとお茶する?」
「そうするか」
 話しながら歩いていると、俺のコートのポケットで電話の着信を告げるバイブ音が響いた。
 取り出して誰からのものか確認すると、俺は嫌そうに眉を寄せた。
「誰?」
「ジョー」
「出ないの?」
 俺はためらってから、電話を取った。橘の無垢な目に見つめられるとなんとなく良心の呵責を感じる。
「もしも」
『マーシー!出てくれた!』
 もしもし、すら言い切らせてもらえないまま、ジョーが話し始める。そのやかましさに苦笑する。
『ヨーコさん、あれから全然一緒に出かけてくれないんすよ!どんな誘いだったら乗ってくれると思います?もう俺の胸は張り裂けそうで』
「勝手に張り裂けてろ」
『えー!財務部エースに聞いてみてくださいよぉ!』
「人の女を当てにすんな。自力でどうにかしろ」
『そんなぁ』
「じゃあな、切るぞ」
『冷た』
 い、と聞く前に電話を切ると、途端に静けさが戻った。
「ったく、どいつもこいつも……」
「……ヨーコさん、って」
 嘆息する俺の横で、橘が目をきらきらさせている。
「もしかして、ジョーってヨーコちゃんのこと……」
 ーー恋バナは女子の大好物。
 いや、それにしたって。
「どれくらい本気なのかは知らねぇぞ」
 ーーまあ、ワンナイトラブで終わる気ではないみたいなのは確かだけど。
 橘の何かを期待している目を見返せず、俺は目を反らした。二人を肉食獣だと認識している俺にとっては、その少女のような目の輝きに自分の汚さを感じる。
「でも、一度は一緒に出かけたってことでしょ。あの様子だと」
「……でも、その後は避けられてるんだろ。あの様子だと」
 返すと橘は首を傾げた。
「ヨーコちゃん、男の人をあんまり信頼してないみたいだから」
 ふと、名取さんの言葉を思い出した。
 ーーあんたも結構、自分の容姿に振り回されたクチなんやな。
「まあ、あのタイプは……痴漢とかにも遭いそうだよな」
 物憂げな名取さんの表情を思い出して言うと、橘が複雑そうな顔をした。
「私、痴漢一度も遭ったことない」
「そりゃ幸せなこった」
 俺の姉の和歌子も、見た目がおとなしく見えるらしく、2、3度痴漢に遭ったらしい。その男の末路は推し知るべし。
「ああいうのは、声を挙げそうな奴には行かないんだと。姉貴が言ってた」
「ああ、そうかもね」
 橘は言って、ふふ、と笑う。
「ヨーコちゃんって、なんかときどき夢見る乙女なの。可愛いんだよ。ーーでも、ジョーだと歳が離れすぎかなぁ」
 ぶつぶつと呟く橘の横で、ふと思い立つ。
「そういえば、月末に事業部のプレゼンで本社に行くけど」
「ああ、そうね」
 再来週末の話だ。
「飲みにでも誘うか。名取さんと、ジョー」
 橘の目が輝いた。
「俺たちの関係を広めてくれたお礼にな」
 俺がにやりと笑うと、橘はきょとんとしてから赤面し、唇を尖らせた。
「そんな、意地悪のお返しみたいに」
「だって、名取さんが喜ぶとは思えないからな」
「わかんないじゃない。ジョーのアタック次第では」
「どうだかなぁ」
 二人で話していると、これが日常のように感じる。
 ーー明日からはまた、飛行機で2時間の距離に離れてしまうのに。
「なるほどなぁ」
 俺がぼやくと、橘が首を傾げた。
「何?」
「いや」
 橘の手に指を絡めて握りこむ。
「ちょっと分かった気がする」
 ーーいつでも変わらぬ誰かが自分の隣にいる、ということ。
「何が?」
 さらにいぶかしむ橘に、ナイショ、と答えて笑った。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。 「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」 その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。 恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。 まさにいま、開始のゴングが鳴った。 まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

君に恋していいですか?

櫻井音衣
恋愛
卯月 薫、30歳。 仕事の出来すぎる女。 大食いで大酒飲みでヘビースモーカー。 女としての自信、全くなし。 過去の社内恋愛の苦い経験から、 もう二度と恋愛はしないと決めている。 そんな薫に近付く、同期の笠松 志信。 志信に惹かれて行く気持ちを否定して 『同期以上の事は期待しないで』と 志信を突き放す薫の前に、 かつての恋人・浩樹が現れて……。 こんな社内恋愛は、アリですか?

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

シンデレラは王子様と離婚することになりました。

及川 桜
恋愛
シンデレラは王子様と結婚して幸せになり・・・ なりませんでした!! 【現代版 シンデレラストーリー】 貧乏OLは、ひょんなことから会社の社長と出会い結婚することになりました。 はたから見れば、王子様に見初められたシンデレラストーリー。 しかしながら、その実態は? 離婚前提の結婚生活。 果たして、シンデレラは無事に王子様と離婚できるのでしょうか。

友達の肩書き

菅井群青
恋愛
琢磨は友達の彼女や元カノや友達の好きな人には絶対に手を出さないと公言している。 私は……どんなに強く思っても友達だ。私はこの位置から動けない。 どうして、こんなにも好きなのに……恋愛のスタートラインに立てないの……。 「よかった、千紘が友達で本当に良かった──」 近くにいるはずなのに遠い背中を見つめることしか出来ない……。そんな二人の関係が変わる出来事が起こる。

【完結】僕ら二度目のはじめまして ~オフィスで再会した、心に残ったままの初恋~

葉影
恋愛
高校の頃、誰よりも大切だった人。 「さ、最近はあんまり好きじゃないから…!」――あの言葉が、最後になった。 小島久遠は、新たな職場で、元カレとまさかの再会を果たす。 若くしてプロジェクトチームを任される彼は、 かつて自分だけに愛を囁いてくれていたことが信じられないほど、 遠く、眩しい存在になっていた。 優しかったあの声は、もう久遠の名前を呼んでくれない。 もう一度“はじめまして”からやり直せたら――そんなこと、願ってはいけないのに。 それでも—— 8年越しのすれ違いは、再会から静かに動き出す。 これは、終わった恋を「もう一度はじめる」までの物語。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

処理中です...