モテ男とデキ女の奥手な恋

松丹子

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第三章 きみのとなり

101 ポテト論争

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「ごめんね、遅くなって」
 橘はひょっこり顔を出して申し訳なさそうに言った。手には一抱えの紙袋。
「何がいいかなぁって、いろいろ考えてたらあっという間に時間になっちゃった。とりあえず昼に間に合ってよかった」
 そうだな、夕方に昼飯食うんなら自分で適当に昼食食うわ。
「お邪魔しまーす」
 橘は靴を脱いで上がった。
「そっか、ほとんど家具はそのままなんだ」
「ああ。向こうに据付けあったからな。基本的には持って行ってない」
 クローゼットの中はからっぽだが。送った荷物は明日の夜に届くはずだ。
「あれ?これ、何?」
 机に弁当の包みを置いた橘は、そこに置いてあった色紙を手にした。スーツケースからあらかた荷物を出した際、とりあえずそこに置いておいたものだ。俺は苦笑する。
「向こうのガキ共から。色紙なんて何年ぶりだろうな」
「ふふ、そうねぇ」
 橘は穏やかな顔で目を細めてそれを眺めながら、
「よかったね」
 小さく言った。
 俺はその表情をちらりと見やる。
「この子たちにとっては、憧れのお兄さん、だったんでしょ。きっと」
 橘の目は、変わらず色紙を眺めていた。
「このくらいの子って、大人に対して反抗するっていうか、敵対視するでしょ。でも、しっかり仲間入りさせてもらえたんだね」
「中学生女子の仲間入りしても嬉しくねぇよ」
「そうかなぁ」
 橘は笑って俺を見た。
「私はうらやましいけど。こんなにみっちりメッセージ書いてもらって。ーーね、見て見て」
 楽しげに指し示すメッセージを見やる。
【うちらのこと、忘れないでね!】
【神崎さんよりイケてる彼氏見つけます!】
【来年の公式戦、応援に来てね。神崎さんが来たらスリーポイントシュートも決まる気がする】
 6人の少女が思い思いに書いたメッセージに、一人一人の顔が思い浮かんで微笑む。
「愛されてるねぇ」
 橘は言って、俺の肩にこつんと頭を寄り掛からせた。
「そうみたいだな」
 その肩を受け止めつつ答える。
 橘は片手を俺の背中に回した。
 ヒカルのメッセージが目に留まった。青い文字で、細かく書いてある。一度読んだそれを、ふと目で追う。

 神崎さんへ
 最初は何だこいつと思ったけど、本当にバスケが上手い大人に初めて会って驚きました。
 私はミニバスの経験もなくて、不安なこともたくさんあって、楽しいと思えないことの方が多かったけど、神崎さんのおかげで、バスケがうまくなったし、みんなとも仲良くなれました。
 お母さんもいないし、東京のときの生活とは違うけど、二年からは楽しく過ごしたいです。
 背ももっと伸ばして、スタメン取って、ゴール下を任されるようになったら、ぜひ見に来てね。
 たった四ヶ月と思えないくらい、いろんなことがあったような気がするけど、お父さんも、おじいちゃんも、おばあちゃんも、友達もいるから、私は大丈夫。
 神崎さんも、身体に気をつけて、お仕事がんばってね。
 また九州に来たときには、会えると嬉しいです。
 ありがとう。
 P.S. 素敵なカノジョさん、掴まえとかなくちゃ駄目だよ!

「ヒカルちゃん、いい子だったよね」
 橘もそれを見たのか、不意に言う。
 そういえば、俺が川田と1on1をしている間、二人は隣り合って座っていた。その間、何を話したのか、聞いていなかったことに思い当たる。
「神崎さん、振り回しても全然怒らないんです、って。口先では文句言うけど、結局こっちの希望を聞いてくれるから、お姉さんみたいな人がいてくれると安心ですって」
 くすくすと橘は笑う。俺は渋面になった。
「何だよその上から目線」
「しっかりしてるよねー。中学生女子」
 橘は色紙を机の上に置き、俺を見上げた。
「言っといたよ、任せてって。神崎のことはお姉さんが守ってあげるからって」
 俺はその笑顔が悔しくて、額を強めにつつく。橘は俺から手を離し、そこを押さえながら、いたーいと笑った。
 ーー守る、とか、守られる、とか、面倒くさい。
 そう思っていたはずなのに。一瞬湧いた暖かい気持ちが悔しい。
「食うぞ。腹減った」
「あ、そうしようそうしよう。私もお腹空いたー」
 言いながら橘が開けた弁当には、おにぎりとから揚げ、ソーセージ。フライドポテトは多分冷凍のを揚げたんだろうし、だし巻き卵は形が綺麗すぎる。
 ちらりと橘に目をやると、橘はばつが悪そうに目線を反らした。
「だし巻き卵って難しいのね。全然うまく行かないから買っちゃった」
「正直でよろしい」
 俺は言って、いただきますと手を合わせ、おにぎりを一つ手に取った。
「30点」
 俺の表情を伺う橘は、眉を寄せた。
「何で!低い」
「野菜なさすぎ。彩り悪すぎ。せめてプチトマトくらい乗せろよ。レタスちぎるとかブロッコリー添えるとかさ。できればキンピラとか、せめてポテトサラダとかあるといいんじゃない」
 おにぎりを咀嚼しながら指摘すると、橘は唇を尖らせたまま俯いた。
「……ご指摘、ごもっともです」
「分かったならよし」
 どうしても反論したくなったらしい橘は、再び顔を上げた。
「で、でも、ポテトは」
「ポテトは野菜じゃありません」
 有無を言わさず切り返す。黙った橘の横で一つ目のおにぎりを食べ終えると、お前も食えよと橘の口にポテトを一つ突っ込んだ。
 ふて腐れたままポテトを中途半端にくわえた顔に、不意にいたずら心が芽生えた。
 橘の頭を押さえ、その口からはみ出た部分を頂戴する。
「なっ、ばっーー」
「なるほどな。そのためのポテトか」
 橘の顔は真っ赤になっている。俺は笑うとそれを飲み込み、もう一本を自分でくわえて橘に示して見せた。
「ほれ」
「な、何よ」
「次はお前の番だろ」
「すっ、するかー!」
 橘は言って俺の背中をたたき、食べ物で遊んじゃいけないとかなんとか言いながら、おにぎりを一つ取って食べ始めた。その顔は変わらず真っ赤なままで、俺はいたずらの出来に満足してから、改めて弁当に向き合った。
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