モテ男とデキ女の奥手な恋

松丹子

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閑話(時系列については数字でご確認ください)

6years after*花見の朝(【さくやこの】公開記念)

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 花見をしようと言い出したのは江原だった。我が家でのホームパーティーの帰りに思いついたのだ。
 我が家も子連れで参加予定だったが、ものの見事に末っ子が熱を出したので、全員参加は難しくなった。その旨を、場所取り担当の江原に電話で伝えた俺は、嘆息して通話を終えた。
「なに、阿久津ダウン?」
「そうらしい」
 俺がスマホを手に答えると、彩乃が隣で一歳の娘、礼奈を抱えて苦笑する。娘の額には冷却シートが貼ってある。
「もう四十なのによくやるわよね」
「江原も馬鹿にしてた」
「かわいそ、アキちゃん」
 阿久津は昨日、たまたま社内で会った。喉が痛いと言いながら、送別会でアルコール消毒すれば元気になるだろうと笑っていたのだが、案の定ダウンしたらしい。
 江原の提案に、乗り気で賛同したのは阿久津だ。うちは子連れになるので柔軟な身動きが取れない。場所取りに江原が立候補してくれたが、一人ではトイレにも行けないからと、同じく独身の阿久津が早めに合流することになっていたのだが、熱を出したとあっては江原一人になる。
 阿久津はジョーに連絡したらしいが、あそこは朝の遅い夫婦だ。江原には電話をしてみると言ったものの、出るかどうか。
 とりあえず、後輩であるジョーに先に電話する。ジョーは一度かけて出なければしばらく繋がらない。そう知っているのでしばらくのコールの後切ると、躊躇いつつ名取さんへかけた。一回り年上の先輩に電話するのはさすがに気楽にとは言えない。
『……はぁい』
「あ、名取さん。すみません、たちばーーじゃない。神崎ですけど」
 戸籍上の姓と旧姓が混在して、何かと面倒くさい。世の多くの女性が感じているであろう煩わしさを感じつつ名乗ると、たっぷりの沈黙の後、
『……おはようさん』
「あ、はい。おはようございます」
 答えながらも、何となくどきまぎする。起きぬけでかすれた声だからか、電話口でも色気というものを感じるのかと変な感心をしつつ、これはジョーに言うまいと心中思う。言ったら最後、ボコボコにされそうだ。
「ええと。ジョーいます?」
『ヨーコ』
「……はっ?」
『名取さん、て呼んだら嫌や。ヨーコ、て呼んでくれな。もううちは名取やないさかい』
 おっとりとした声に、飲まれそうになってぐっ、と喉が鳴る。
 名取さんは籍を入れるとビジネスネームも安田に変えた。そのため、会社で名取さんと呼ぶのもためらわれるのだが、ついついそのままにしている。
「……じゃあ、安田さん」
『嫌や。ヨーコやないと』
「勘弁してくださいよ、何の罰ゲームですか。ジョーは?」
 俺が苦笑すると、ふんと不服げな吐息が聞こえた。と、同時にドアの開く音が聞こえる。
『ヨーコさん、起きました?ご飯できてますよ』
『ジョー。ちょうどよかった。マーシーから電話やで』
『はぁ!?何でヨーコさんに電話なんですか!こんな朝早く!』
 お前が出ないからだよと心中呟く。この調子じゃ阿久津からの連絡は見てないのだろう。
『マーシー!ヨーコさんの起きぬけの声聞いたでしょ!』
「へ?あ、ああ……」
『消去!記憶を消去して!今すぐに!』
 名取さんの電話を奪い取ったらしいジョーが猛烈な勢いでまくしたてる後ろで、名取さんが笑っている。ジョー、朝からうるさいで。
 まあでもその気持ちはわからないでもないーーと、あの声を聞いた後では納得せざるを得ないが、そう言えばそれこそ何をされるかわからないので黙っておくことにする。
『そんで、何ですか?朝から』
「端的に言うと、阿久津が体調不良で江原が一人だ。お前、早めに行ける?」
『でぇ。マジっすかー。せっかくのラブラブタイムなのにー』
「そんなんいつでもできるだろ。江原を助けてやれ。お前の愛妻の同僚なんだ。それこそ体調崩したら余波が及ぶぞ」
『……それもそうですね』
 ジョーは不承不承頷いて、嘆息した。どしたん、と名取さんが問う声がして、ジョーが答える。
「悪いな。俺もなるべく早めに行くから」
『はぁい』
 ジョーは気のない返事で答えた。ジョーからまた名取さんに電話が変わる。
『災難やったな、アキちゃん』
「ええ、まあ。ーーすみませんね、ダーリン使っちゃって」
『ええよ、いいように使うて。ーーその代わり、ヨーコて呼んでくれはる?』
 笑みを含んだ声で名取さんが言ったとき、その後ろで、ヨーコさん!とジョーの必死な声がした。
 電話を切ると、五歳と三歳の息子が足に纏わり付いてくる。
「お父さん、今日、お花見なし?」
「健人行きたい!公園行きたい!」
「あ?ああ、行くよ。お母さんは礼奈と留守番だから、お父さんと三人だけどいい?」
「やったー!」
「行くー!」
「ちゃんとお利口にしなさいよ。お父さん、二人同時に見られないだろうから」
 さりげなく馬鹿にされるが事実ではあるので仕方ない。母親のように広い視野で見られないらしいとは自覚している。
「じゃ、とっとと朝飯食って行くぞ」
「はーい!」
 二人の息子は元気に挙手した。
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