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第一部
台風18号
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「依然勢力を保ったまま台風十八号は本島に接近中です。今夜から明日にかけて関東地方を──」
幸はテレビの電源を消すと大きく溜息をつく。どうやら今夜は台風が上陸するかもしれない。今からきちんと備えておいたほうがいいだろう。冷蔵庫を覗くと昨日の残りのおかずや白ご飯もある。水のペットボトルをわかりやすい位置に置いた。防災グッズをベッドの上に置くといそいそとお風呂に入った。
父親が亡くなってからは一人で台風の夜を過ごすのが嫌だ。風が窓や木に吹き付けるような音も雨音で周りの音が消えるのも嫌いだ。だからこういう日はさっさと準備して眠るに限る。そして目が覚めた時にはもう太陽が待っているはずだ。
早々にベッドに入り眠りについた。
ドンッドンッ
台風の風が激しく打ち付ける音で目がさめる。何かが壁に激しく当たっている。ガラスが割れてしまうかもしれない。慌てて電気のスイッチを押すが電気がつかない……いつのまにか周辺が停電しているようだ。懐中電灯を持ち店の入り口のドアを開けた。いつもより重いドアを押しあけようとするとドアが急に勢いよく開いた。
「うわぁ!」
そこにはなぜかずぶ濡れの組長がカッパを着て立っていた。ここまで歩きてきたのか飛んでいた葉や木屑が身体中についている。
「なん、なんでぇ?!」
幸は組長の腕を掴んで部屋に入れると組長が「とんでもない風だな」といいカッパを脱ぎ出した。しっかり防水していたとはいえ少し服が濡れてしまったようだ。
「どうしたんです!? 夜分遅くに、しかも台風が来るって知らなかったんですか!」
「すまねぇな、その……また腰をやっちまって」
「わざわざ台風上陸の日にくるバカはいませんよ」
まさかの返答に唖然とする。腰が痛いのにわざわざここまで来たとは相当な痛みだろう。今も話していて腰を随分と曲げている。すぐさま肩を貸してベッドへと運ぶ。
「とりあえず寝てください。まだ停電しているみたいなんです」
部屋に置いてあったキャンドルに火を灯すとベッドの周りに置く。薄暗いが大丈夫だろう。雨に濡れたせいか背中に触れるとひどく冷えている。
「本当はお灸がいいんですけど、仕方ないですね……」
ゆっくりと背中に触れると指圧をしていく。時折痛みがあるのか組長の口から息が漏れる。
「……そういえば、灸をしているところを見ないが何かあるのか?」
幸の指圧にリラックスしているのか声色が眠そうだ。すっかり背中も温もってきたようだ。
「刺青です。キレイに入っているから、お灸の跡が万が一残ったらダメだから。今の時代はお灸は全部は燃やさないので跡に残らないんですけど……大切なものですからね、ヤクザさんにとって刺青は」
「……大事だ」
「わかってますよ?」
「だから、もう先生しか触らせない」
また冗談ばっかり言うんだからって突っ込むはずが、台風のせいだからか、二人きりだからか分からないがうまく返事ができない。
組長が体を起こすとベッドに座る。ぼんやりとしたオレンジ色の光に組長の横顔と鍛えられた胸板が照らされる。見慣れているはずなのに、なぜか心臓がうるさい。
「どうした? 先生……いつも噛み付くのに噛み付かないのか?」
組長の濡れた前髪や、湿った唇から目が離せない。組長の割れた腹筋に視線が降りるとカッと顔が赤くなる。頭の中で警鐘がなる……ダメだ。
ベッドから離れようとするとそれより先に組長が幸の腕を取り胸の中へと閉じ込めてしまう。
「大人しいと、勘違いしてしまいそうだな……」
「え?」
聞き取れず聞き返そうとして見上げた幸の頰を掴み組長はキスをした。口付けながら幸のサイドの髪を耳にかけてやるとそのまま指で耳朶から首筋へとなぞる。幸の体が震えたのを感じると嬉しそうにさらに顔を横に傾け深く口付けた。呼吸を求めて口を開ける幸の顔にキャンドルの明かりが照らされる。艶かしい唇に組長はもっともっと食べたくなる。幸とのキスは、麻薬のようだ……。
「先生──俺の名前……」
ドンドンドンドンッ
「な、なに──」
「……チッ、またか」
突然入口のドアが叩かれる。本日二度目の聞き覚えのある音に幸が覚醒してドアへと向かう。そこには黒のカッパを着た町田と光田が立っていた。ひどい雨風だったのだろう顔中に砂利が飛んでいる。カッパを着た町田は減量中のプロボクサーで、キツネ顔の光田は妖怪映画に出演してそうだ。すぐさまドアを開けると二人が慌てて飛び込んでくる。
「先生!……あ! やっぱり組長ここにいたんですね!心配しましたよ」
町田がホッとしたようで険しい顔が元に戻っていく。光田がカッパを脱ぎ幸に頭を下げる。
「夜分遅くにすみません、停電した後急に組長がふらっと消えてしまって……」
「あ、そうなんですね。腰が急に痛くなったそうで大変でしたね。少しマッサージをしたので──」
「「えっ? 腰?」」
町田と光田の声が重なってお互いに顔を見合わせる。
「……先生、すみませんけど、タオル貸してもらえますか? こいつら風邪ひきますんで」
組長がニッコリと微笑むと幸が「うっかりしてた、ごめんなさい」といい奥の部屋にタオルを取りに行く。試しに電灯のスイッチを押してみると明かりがついた。どうやら電気が復旧したようだ。すぐに引き出しからタオルを引っ張り出すと三人の元へ戻った。
ん? 人間一人とお化けが二体……?
「すみません、先生。ほらお前ら……体を拭け」
町田が震える手で受け取るがいつものように頭の形が宇宙人みたいなんだけど、今日はなぜか顎がしゃくれているように見える。
「ありゅがとぅごじゃいますっ」
うん……。やっぱしゃくれてるね。
光田の方を見ると首が寝違えたようにひん曲がったままだ。髪の毛も風の仕業とは思えないほどあらゆる方向へ跳ねている。
「ありがとうございます。すみませんでした」
心の底からの謝罪の念を感じる。幸は二人に優しく微笑むしかできない。何があったかは聞かないでおこう。
二人が鼻をすすりながら体を拭いているのを見ていると、丸椅子に足を組み仏頂面している組長を一瞥する。
「……組長? 腰は大丈夫なんですか?」
幸の言葉に組んでいた足を床に下ろし、くの字に腰を曲げて立ち上がる。
「あ、あ? イテテ……だめだ……よし、お前ら帰るぞ」
「え? もうですか? 出番短っ」
きっとここまで来るのに二人は長い時間かけてきたのだろう。面倒な組長の元で働くと不憫だなと幸は思った。
三人は三人四脚の状態で仲良く帰っていった。見送ると幸は一人吹き出した。
……まぁ、おかげで台風の日が怖くなかったから今回のギックリ腰の嘘は許してあげなきゃね。
「ありがとう。組長……」
幸はテレビの電源を消すと大きく溜息をつく。どうやら今夜は台風が上陸するかもしれない。今からきちんと備えておいたほうがいいだろう。冷蔵庫を覗くと昨日の残りのおかずや白ご飯もある。水のペットボトルをわかりやすい位置に置いた。防災グッズをベッドの上に置くといそいそとお風呂に入った。
父親が亡くなってからは一人で台風の夜を過ごすのが嫌だ。風が窓や木に吹き付けるような音も雨音で周りの音が消えるのも嫌いだ。だからこういう日はさっさと準備して眠るに限る。そして目が覚めた時にはもう太陽が待っているはずだ。
早々にベッドに入り眠りについた。
ドンッドンッ
台風の風が激しく打ち付ける音で目がさめる。何かが壁に激しく当たっている。ガラスが割れてしまうかもしれない。慌てて電気のスイッチを押すが電気がつかない……いつのまにか周辺が停電しているようだ。懐中電灯を持ち店の入り口のドアを開けた。いつもより重いドアを押しあけようとするとドアが急に勢いよく開いた。
「うわぁ!」
そこにはなぜかずぶ濡れの組長がカッパを着て立っていた。ここまで歩きてきたのか飛んでいた葉や木屑が身体中についている。
「なん、なんでぇ?!」
幸は組長の腕を掴んで部屋に入れると組長が「とんでもない風だな」といいカッパを脱ぎ出した。しっかり防水していたとはいえ少し服が濡れてしまったようだ。
「どうしたんです!? 夜分遅くに、しかも台風が来るって知らなかったんですか!」
「すまねぇな、その……また腰をやっちまって」
「わざわざ台風上陸の日にくるバカはいませんよ」
まさかの返答に唖然とする。腰が痛いのにわざわざここまで来たとは相当な痛みだろう。今も話していて腰を随分と曲げている。すぐさま肩を貸してベッドへと運ぶ。
「とりあえず寝てください。まだ停電しているみたいなんです」
部屋に置いてあったキャンドルに火を灯すとベッドの周りに置く。薄暗いが大丈夫だろう。雨に濡れたせいか背中に触れるとひどく冷えている。
「本当はお灸がいいんですけど、仕方ないですね……」
ゆっくりと背中に触れると指圧をしていく。時折痛みがあるのか組長の口から息が漏れる。
「……そういえば、灸をしているところを見ないが何かあるのか?」
幸の指圧にリラックスしているのか声色が眠そうだ。すっかり背中も温もってきたようだ。
「刺青です。キレイに入っているから、お灸の跡が万が一残ったらダメだから。今の時代はお灸は全部は燃やさないので跡に残らないんですけど……大切なものですからね、ヤクザさんにとって刺青は」
「……大事だ」
「わかってますよ?」
「だから、もう先生しか触らせない」
また冗談ばっかり言うんだからって突っ込むはずが、台風のせいだからか、二人きりだからか分からないがうまく返事ができない。
組長が体を起こすとベッドに座る。ぼんやりとしたオレンジ色の光に組長の横顔と鍛えられた胸板が照らされる。見慣れているはずなのに、なぜか心臓がうるさい。
「どうした? 先生……いつも噛み付くのに噛み付かないのか?」
組長の濡れた前髪や、湿った唇から目が離せない。組長の割れた腹筋に視線が降りるとカッと顔が赤くなる。頭の中で警鐘がなる……ダメだ。
ベッドから離れようとするとそれより先に組長が幸の腕を取り胸の中へと閉じ込めてしまう。
「大人しいと、勘違いしてしまいそうだな……」
「え?」
聞き取れず聞き返そうとして見上げた幸の頰を掴み組長はキスをした。口付けながら幸のサイドの髪を耳にかけてやるとそのまま指で耳朶から首筋へとなぞる。幸の体が震えたのを感じると嬉しそうにさらに顔を横に傾け深く口付けた。呼吸を求めて口を開ける幸の顔にキャンドルの明かりが照らされる。艶かしい唇に組長はもっともっと食べたくなる。幸とのキスは、麻薬のようだ……。
「先生──俺の名前……」
ドンドンドンドンッ
「な、なに──」
「……チッ、またか」
突然入口のドアが叩かれる。本日二度目の聞き覚えのある音に幸が覚醒してドアへと向かう。そこには黒のカッパを着た町田と光田が立っていた。ひどい雨風だったのだろう顔中に砂利が飛んでいる。カッパを着た町田は減量中のプロボクサーで、キツネ顔の光田は妖怪映画に出演してそうだ。すぐさまドアを開けると二人が慌てて飛び込んでくる。
「先生!……あ! やっぱり組長ここにいたんですね!心配しましたよ」
町田がホッとしたようで険しい顔が元に戻っていく。光田がカッパを脱ぎ幸に頭を下げる。
「夜分遅くにすみません、停電した後急に組長がふらっと消えてしまって……」
「あ、そうなんですね。腰が急に痛くなったそうで大変でしたね。少しマッサージをしたので──」
「「えっ? 腰?」」
町田と光田の声が重なってお互いに顔を見合わせる。
「……先生、すみませんけど、タオル貸してもらえますか? こいつら風邪ひきますんで」
組長がニッコリと微笑むと幸が「うっかりしてた、ごめんなさい」といい奥の部屋にタオルを取りに行く。試しに電灯のスイッチを押してみると明かりがついた。どうやら電気が復旧したようだ。すぐに引き出しからタオルを引っ張り出すと三人の元へ戻った。
ん? 人間一人とお化けが二体……?
「すみません、先生。ほらお前ら……体を拭け」
町田が震える手で受け取るがいつものように頭の形が宇宙人みたいなんだけど、今日はなぜか顎がしゃくれているように見える。
「ありゅがとぅごじゃいますっ」
うん……。やっぱしゃくれてるね。
光田の方を見ると首が寝違えたようにひん曲がったままだ。髪の毛も風の仕業とは思えないほどあらゆる方向へ跳ねている。
「ありがとうございます。すみませんでした」
心の底からの謝罪の念を感じる。幸は二人に優しく微笑むしかできない。何があったかは聞かないでおこう。
二人が鼻をすすりながら体を拭いているのを見ていると、丸椅子に足を組み仏頂面している組長を一瞥する。
「……組長? 腰は大丈夫なんですか?」
幸の言葉に組んでいた足を床に下ろし、くの字に腰を曲げて立ち上がる。
「あ、あ? イテテ……だめだ……よし、お前ら帰るぞ」
「え? もうですか? 出番短っ」
きっとここまで来るのに二人は長い時間かけてきたのだろう。面倒な組長の元で働くと不憫だなと幸は思った。
三人は三人四脚の状態で仲良く帰っていった。見送ると幸は一人吹き出した。
……まぁ、おかげで台風の日が怖くなかったから今回のギックリ腰の嘘は許してあげなきゃね。
「ありがとう。組長……」
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