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第一部
毛根のために命をかける
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「先生……お願いします。最後のチャンスにかけてみたいんです──」
「いや、なんかハードル高すぎない?」
まだまだ日差しの強い日中に町田が待合室で項垂れる。この連日の炎天下にもかかわらず私のせいで玄関先のベンチで見張っている町田は頭皮が真っ赤に焼けていた。水分補給の水を手渡そうと玄関を開けたところ茹でタコのような頭皮に院の中に引き入れた。頭皮を冷やす氷を手渡しながら痴話話をするとまさかの鍼の治療法に町田が食らいついてしまった。
「本当に、本当に、毛がもっさり生える鍼があるんですね?」
「いや、勝手に話を盛らないで」
何度も目をキラキラさせて尋ねる町田に幸も苦笑いする。確かに、昔からそういう治療はあるし幸自身も患者にしたことがある。劇的に効くというわけではないが、長い期間継続する必要がある。
「これが【梅花鍼】というもので、先が小さい剣山がついてる感じで、柄の部分が長くて優しく頭皮を刺すものなの。スナップきかせてね」
「凶器みたいですね」
「確かにね。少し血が滲む程度がベストなようだけどね。終わった後は真っ赤になるけどね、やってみる?」
ベッドに町田を座らせると幸は後ろに周り、頭を消毒する。日焼けに染みるようだ。
「あ、組長に見つかったら怒られるんじゃない? 勝手に治療してって……」
幸が梅花鍼を使ってポンポンと町田の頭を叩いてみる。どうやら問題ないほどの痛みのようだ。さすが普段から宇宙人になっているだけあって強い。
「今日は眼科の検診なので夕方に来られると思います」
梅花鍼の刺激に慣れてきたのか町田は気持ちよさそうに目を閉じる。
「慣れると癖になるでしょう?」
「あったかくて、気持ちいいですね、ほんとクセになります……叩かれている部分が熱くなりますね」
「……もっと熱くしてやろうか? 町田」
町田の瞳が開かれゆーっくりと振り返る。入口に真っ黒のスーツで眼帯をつけた組長がニッコリと笑顔で立っていた。後ろで小さく手を合わせて謝る光田が見える。どうやら連絡しなくてすみませんということなのだろう。
「くくく、くみ、組長……」
「あら? 眼科だったんじゃないんですか?」
長年の仲でなければいまの組長の笑顔の意味に気づかないだろう。幸もまさか組長の機嫌が悪いとは気づかない。
「先生、ものもらいができまして……急遽キャンセルして眼帯だけ頂いてきました」
「そうなんですねぇ」という幸から視線を外すと組長は町田の方を一瞥する。一瞬だが目がキラリと光ったのを町田は見た。
冷や汗が止まらない。
「先生、悪いんですけど暑くて暑くて……三人にお茶いただけませんか?……お手数ですけど氷入りで──」
「はい。あ、町田さん中断しますね」
行かないでほしい。行かないで!カムバックッ先生!
町田の願い虚しく幸は奥へと消えていった。
「……」
「あの、すみません! どうしても毛が生えたくてそれで!」
ほっかほかの頭を床に擦り付けて土下座する。光田は痛々しい頭のてっぺんを見て深く町田に同情する。町田の毛根の執念にもらい泣きしそうだ。
「お前の気持ちはよくわかった……」
組長は町田を立たせるとベッドへと座らせた。
ん? ベッド?
いつのまにか組長が梅花鍼という武器を手にしていた。もっとも相性の悪い人間の手に渡ってしまった。
「毛、生やしてやるからな? ん?」
組長が梅花鍼という金槌を振りかぶった。
「お待たせしました……って──」
しばらくして冷え冷えのお茶を持ってきた幸は言葉の続きが出てこなかった。その日幸は梅花鍼をそっと倉庫へと戻した。もう当分使うことはないだろう……それが町田のためだ。
院からの帰り道……三人が歩いていると、道行く人が全員俯いて足早に通り過ぎていく。
「ママ、あのひと頭が巨峰みたいだね!」
「ダメよ! 目を合わしちゃ……」
母親が慌てて子供を抱えて去っていく。町田は思った……もう毛は諦めようと──。
「いや、なんかハードル高すぎない?」
まだまだ日差しの強い日中に町田が待合室で項垂れる。この連日の炎天下にもかかわらず私のせいで玄関先のベンチで見張っている町田は頭皮が真っ赤に焼けていた。水分補給の水を手渡そうと玄関を開けたところ茹でタコのような頭皮に院の中に引き入れた。頭皮を冷やす氷を手渡しながら痴話話をするとまさかの鍼の治療法に町田が食らいついてしまった。
「本当に、本当に、毛がもっさり生える鍼があるんですね?」
「いや、勝手に話を盛らないで」
何度も目をキラキラさせて尋ねる町田に幸も苦笑いする。確かに、昔からそういう治療はあるし幸自身も患者にしたことがある。劇的に効くというわけではないが、長い期間継続する必要がある。
「これが【梅花鍼】というもので、先が小さい剣山がついてる感じで、柄の部分が長くて優しく頭皮を刺すものなの。スナップきかせてね」
「凶器みたいですね」
「確かにね。少し血が滲む程度がベストなようだけどね。終わった後は真っ赤になるけどね、やってみる?」
ベッドに町田を座らせると幸は後ろに周り、頭を消毒する。日焼けに染みるようだ。
「あ、組長に見つかったら怒られるんじゃない? 勝手に治療してって……」
幸が梅花鍼を使ってポンポンと町田の頭を叩いてみる。どうやら問題ないほどの痛みのようだ。さすが普段から宇宙人になっているだけあって強い。
「今日は眼科の検診なので夕方に来られると思います」
梅花鍼の刺激に慣れてきたのか町田は気持ちよさそうに目を閉じる。
「慣れると癖になるでしょう?」
「あったかくて、気持ちいいですね、ほんとクセになります……叩かれている部分が熱くなりますね」
「……もっと熱くしてやろうか? 町田」
町田の瞳が開かれゆーっくりと振り返る。入口に真っ黒のスーツで眼帯をつけた組長がニッコリと笑顔で立っていた。後ろで小さく手を合わせて謝る光田が見える。どうやら連絡しなくてすみませんということなのだろう。
「くくく、くみ、組長……」
「あら? 眼科だったんじゃないんですか?」
長年の仲でなければいまの組長の笑顔の意味に気づかないだろう。幸もまさか組長の機嫌が悪いとは気づかない。
「先生、ものもらいができまして……急遽キャンセルして眼帯だけ頂いてきました」
「そうなんですねぇ」という幸から視線を外すと組長は町田の方を一瞥する。一瞬だが目がキラリと光ったのを町田は見た。
冷や汗が止まらない。
「先生、悪いんですけど暑くて暑くて……三人にお茶いただけませんか?……お手数ですけど氷入りで──」
「はい。あ、町田さん中断しますね」
行かないでほしい。行かないで!カムバックッ先生!
町田の願い虚しく幸は奥へと消えていった。
「……」
「あの、すみません! どうしても毛が生えたくてそれで!」
ほっかほかの頭を床に擦り付けて土下座する。光田は痛々しい頭のてっぺんを見て深く町田に同情する。町田の毛根の執念にもらい泣きしそうだ。
「お前の気持ちはよくわかった……」
組長は町田を立たせるとベッドへと座らせた。
ん? ベッド?
いつのまにか組長が梅花鍼という武器を手にしていた。もっとも相性の悪い人間の手に渡ってしまった。
「毛、生やしてやるからな? ん?」
組長が梅花鍼という金槌を振りかぶった。
「お待たせしました……って──」
しばらくして冷え冷えのお茶を持ってきた幸は言葉の続きが出てこなかった。その日幸は梅花鍼をそっと倉庫へと戻した。もう当分使うことはないだろう……それが町田のためだ。
院からの帰り道……三人が歩いていると、道行く人が全員俯いて足早に通り過ぎていく。
「ママ、あのひと頭が巨峰みたいだね!」
「ダメよ! 目を合わしちゃ……」
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