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第一部
救いの手
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お昼ご飯のそうめんを啜りながら今日もお昼のワイドショーを見ていた。午前中に銀行に行き振込を済ませて帰ってきたが、少し外出するだけでも気分転換になって嬉しい。
もともと生活がこの部屋の中で事足りているので出不精の性格だったが、軟禁生活が続いているので反動で少しの外出すらも心躍るようになった。組長の携帯電話に連絡すれば問題なく外に出れるようになったので、少しは信用してくれたのだろう。
ただ、銀行にヤクザを連れて行ってはダメだ。光田がチラチラと私を見るので銀行員さんが「脅されていませんか?」と幸にメモを手渡したのには笑った。
光田は見た目はアレだが道路を歩くときは必ず自分が車道側に歩く優しい男だというのに。
ドンドンドンッ
「はーい」
ドアを叩く音がする。組長のやたら早い来院に不審を抱きつつドアを開ける。
カチッと制服を着込んだ精悍な警察官が二人立っていた。横で光田が「何もしてへんって!」といい警官に掴まれた腕を振り払おうとしている。
えーっと、どんな状況だ? なぜここに警察の方々がいらっしゃったのか……。
「お忙しいところ申し訳ありません。じつはこの上のアパートで泥棒が入ったようでして……」
……? ほうほう?
ちらっと光田を見るとブンブン横に顔を横に振る。どうやら光田が容疑者になっているようだ。
「不審な人物を見かけなかったかと住民に問い合わせたところ、変な噂を耳にしまして……その、ここの鍼の先生が閉じ込められていると……」
まぁ、こんだけ意味もなくヤクザがうろちょろしてたら風の噂も立つでしょうね。実際軟禁生活だしね。タイミングよく警官が来たもんだからついつい話したんでしょうね、うん。
「泥棒の人相とこの男性は全く違うので泥棒の件は置いといて……この男に脅されているのですか? 恐喝も立派な犯罪ですので──」
数時間の間にこんなに脅されているか心配された女は私ぐらいだろう。
光田は幸を見て項垂れている。軟禁されているし、音声レコーダーで脅されているのも間違いない。言い逃れできないと思ったらしい。そうなんだよな、間違ってない……そうなんだけど……。
「お巡りさん、違いますよ。その人うちの患者さんなんですよ」
「「え?」」
ピッタリと警官と光田の声がシンクロしている。光田の目が信じられないものを見るように顔を上げる。
「閉じ込められているわけではなくて、出不精で買い出しとか任せちゃって、こちらがお世話になっているぐらいなんです。光……キツネちゃんは私の友達です」
自分でも驚くほどスラスラと言葉が出る。作られていない本心だ。光田が瞬きを繰り返し幸を見ようとしない。泣きそうになるのを堪えているようだ。
「いや、しかし──」
「……いやぁ、待たせたな。どうした?お揃いか?」
通路の先に組長がゆっくりと歩いてくるのが見える。後ろにいる町田の手には多くの食材が入った袋が握られている。
「先生、これ今日の分です。鶏肉が安かったんで……」
幸の顔を心配そうに覗きながら町田が袋を手渡す。
「わぁ、いつもごめんねーまっちゃん」
二人のやりとりを二人の警察官が見ていたが目配せをすると「ご協力ありがとうございました」と言い去って行った。
「……なんで先生──」
警察官が居なくなり沈黙に堪え兼ねると光田が俯き泣き出した。
俯いた頭を組長がポンっと叩く。「泣くな」といい院へと入っていく。町田ももらい泣きしているようで組長が呆れたように町田のいい音のする頭を優しく叩く。
「……先生、よかったんですか? 俺たちから解放されるチャンスだったのに」
組長が幸に視線を向けるがすぐに逸らしどこかへと目をやる。いつも自信たっぷりな男のらしくない動作に苦笑いを浮かべる。
「まあ、ね。なんかいつのまにかこの生活になれたし、お巡りさんに嘘は一つもついてないからやましい事なんてないよ」
三人は黙って幸の言葉を聞いていた。組長がクックックッと声を出して笑い始める。「やられたな、まったく……」と呟き、あっという間に幸との距離を詰める。目の前が真っ暗になったと気づいた時には組長に抱きとめられていた。というか、捕まった。
「何してるんですか! ちょっと……人前で!」
「人前じゃなかったらいいんだな?」
気がつくと二人は煙のように消えていた。ドアがバタンと閉まる音が聞こえなかったが、それほど胸の音がうるさすぎたのかもしれない。
「先生──もう、観念したらどうだ?」
幸が黙っていると組長がそのまま目の前の幸の白い首筋に口付けを落とす。啄ばむようなキスをして耳元まで上がると腰が砕けるような囁きをする。いつのまにか組長の手が長白衣のボタンをはずし始めている。
「先生を俺にくれるか──?」
待って、待ってほしい。まずい、このままだとまずい。というかボタン外すスピード早くない!? 鍛錬しすぎじゃない!?
心臓から血が漏れるんじゃないかと思うぐらい激しく打ち、クラクラする。真っ赤な顔に組長が返事をもらったとばかりに腰に手を回し幸の口を塞ぐ。組長の漏れる吐息に思わず目を瞑る。
コン、コン…………コン
控えめなノックの音が聞こえる。
「……チッ」
「わ、わぁ!? 誰だろう? 予約の患者さんかもしれないっ」
幸が百パーセントありえない言葉と共に組長の顔を押し返す。
赤い顔を手の甲で冷やしながらドアを開けると、そこにはいつかの修行中のような顔で光田が立っていた。死を覚悟したようなその顔に幸は訝しげな表情を浮かべた。
「……あの、すみません……町田さんが、その──」
「町田さんが、どうしたの?」
「いや、上に入った泥棒の人相とそっくりで、連れていかれました」
彼は前世で何をしたんだ?よほどひどい事をしたに違いない。でなければあまりにも神様は残酷だ。
「……かまわん、放っておけ」
「ちょ、何言ってんですかっ!」
組長は悩むことなく即答する。またもやダークサイドバージョンになってしまったようだ。
その後本物のスキンヘッドの犯人が捕まり、無事に町田が帰ってきたが、少し泣いた跡があった気がする。見なかったことにしよう、そうしよう。
もともと生活がこの部屋の中で事足りているので出不精の性格だったが、軟禁生活が続いているので反動で少しの外出すらも心躍るようになった。組長の携帯電話に連絡すれば問題なく外に出れるようになったので、少しは信用してくれたのだろう。
ただ、銀行にヤクザを連れて行ってはダメだ。光田がチラチラと私を見るので銀行員さんが「脅されていませんか?」と幸にメモを手渡したのには笑った。
光田は見た目はアレだが道路を歩くときは必ず自分が車道側に歩く優しい男だというのに。
ドンドンドンッ
「はーい」
ドアを叩く音がする。組長のやたら早い来院に不審を抱きつつドアを開ける。
カチッと制服を着込んだ精悍な警察官が二人立っていた。横で光田が「何もしてへんって!」といい警官に掴まれた腕を振り払おうとしている。
えーっと、どんな状況だ? なぜここに警察の方々がいらっしゃったのか……。
「お忙しいところ申し訳ありません。じつはこの上のアパートで泥棒が入ったようでして……」
……? ほうほう?
ちらっと光田を見るとブンブン横に顔を横に振る。どうやら光田が容疑者になっているようだ。
「不審な人物を見かけなかったかと住民に問い合わせたところ、変な噂を耳にしまして……その、ここの鍼の先生が閉じ込められていると……」
まぁ、こんだけ意味もなくヤクザがうろちょろしてたら風の噂も立つでしょうね。実際軟禁生活だしね。タイミングよく警官が来たもんだからついつい話したんでしょうね、うん。
「泥棒の人相とこの男性は全く違うので泥棒の件は置いといて……この男に脅されているのですか? 恐喝も立派な犯罪ですので──」
数時間の間にこんなに脅されているか心配された女は私ぐらいだろう。
光田は幸を見て項垂れている。軟禁されているし、音声レコーダーで脅されているのも間違いない。言い逃れできないと思ったらしい。そうなんだよな、間違ってない……そうなんだけど……。
「お巡りさん、違いますよ。その人うちの患者さんなんですよ」
「「え?」」
ピッタリと警官と光田の声がシンクロしている。光田の目が信じられないものを見るように顔を上げる。
「閉じ込められているわけではなくて、出不精で買い出しとか任せちゃって、こちらがお世話になっているぐらいなんです。光……キツネちゃんは私の友達です」
自分でも驚くほどスラスラと言葉が出る。作られていない本心だ。光田が瞬きを繰り返し幸を見ようとしない。泣きそうになるのを堪えているようだ。
「いや、しかし──」
「……いやぁ、待たせたな。どうした?お揃いか?」
通路の先に組長がゆっくりと歩いてくるのが見える。後ろにいる町田の手には多くの食材が入った袋が握られている。
「先生、これ今日の分です。鶏肉が安かったんで……」
幸の顔を心配そうに覗きながら町田が袋を手渡す。
「わぁ、いつもごめんねーまっちゃん」
二人のやりとりを二人の警察官が見ていたが目配せをすると「ご協力ありがとうございました」と言い去って行った。
「……なんで先生──」
警察官が居なくなり沈黙に堪え兼ねると光田が俯き泣き出した。
俯いた頭を組長がポンっと叩く。「泣くな」といい院へと入っていく。町田ももらい泣きしているようで組長が呆れたように町田のいい音のする頭を優しく叩く。
「……先生、よかったんですか? 俺たちから解放されるチャンスだったのに」
組長が幸に視線を向けるがすぐに逸らしどこかへと目をやる。いつも自信たっぷりな男のらしくない動作に苦笑いを浮かべる。
「まあ、ね。なんかいつのまにかこの生活になれたし、お巡りさんに嘘は一つもついてないからやましい事なんてないよ」
三人は黙って幸の言葉を聞いていた。組長がクックックッと声を出して笑い始める。「やられたな、まったく……」と呟き、あっという間に幸との距離を詰める。目の前が真っ暗になったと気づいた時には組長に抱きとめられていた。というか、捕まった。
「何してるんですか! ちょっと……人前で!」
「人前じゃなかったらいいんだな?」
気がつくと二人は煙のように消えていた。ドアがバタンと閉まる音が聞こえなかったが、それほど胸の音がうるさすぎたのかもしれない。
「先生──もう、観念したらどうだ?」
幸が黙っていると組長がそのまま目の前の幸の白い首筋に口付けを落とす。啄ばむようなキスをして耳元まで上がると腰が砕けるような囁きをする。いつのまにか組長の手が長白衣のボタンをはずし始めている。
「先生を俺にくれるか──?」
待って、待ってほしい。まずい、このままだとまずい。というかボタン外すスピード早くない!? 鍛錬しすぎじゃない!?
心臓から血が漏れるんじゃないかと思うぐらい激しく打ち、クラクラする。真っ赤な顔に組長が返事をもらったとばかりに腰に手を回し幸の口を塞ぐ。組長の漏れる吐息に思わず目を瞑る。
コン、コン…………コン
控えめなノックの音が聞こえる。
「……チッ」
「わ、わぁ!? 誰だろう? 予約の患者さんかもしれないっ」
幸が百パーセントありえない言葉と共に組長の顔を押し返す。
赤い顔を手の甲で冷やしながらドアを開けると、そこにはいつかの修行中のような顔で光田が立っていた。死を覚悟したようなその顔に幸は訝しげな表情を浮かべた。
「……あの、すみません……町田さんが、その──」
「町田さんが、どうしたの?」
「いや、上に入った泥棒の人相とそっくりで、連れていかれました」
彼は前世で何をしたんだ?よほどひどい事をしたに違いない。でなければあまりにも神様は残酷だ。
「……かまわん、放っておけ」
「ちょ、何言ってんですかっ!」
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