虚弱なヤクザの駆け込み寺

菅井群青

文字の大きさ
34 / 106
第一部

先生の行方

しおりを挟む
 病室の一室で光田が頭に包帯を巻きベッドの上で静かに眠っている。腕には点滴の管が刺さったままだ。
 あれから通行人の通報で光田は救急車で搬送され、携帯電話の通話記録から町田へと連絡があった。

 ベッドのそばでパイプ椅子に町田が座り心配そうな顔をしている。光田の頭には二発鈍器のようなもので殴られた形跡があったそうだ。念の為脳のMRIを取ることになった。

 窓際には組長が窓の外を見ているがブラインドが降りているので実際には何も見えていないだろう。ただ、座って待つのが辛いのだと町田には分かっていた。

 光田の容体もそうだが、一番は拉致された先生のことで頭がいっぱいだろう。

 病室のドアが開かれると慌てた様子の剛と心が現れた。剛は光田の様子に息を飲むとそのまま組長へと駆け寄った。

「どういうことだ! 何があった?!」

 剛はそのまま組長の肩に触れるがすぐに組長の様子がおかしいことに気がつく。
 怒り狂うを通り越し目が死んでいる……組長の焦点が剛に定まると剛は背筋が凍った。

 な、なんだ……こんな司見たことねぇよ──。

「剛さん、落ち着いてください……」

 町田は固まる剛の腕を引きパイプ椅子へと座らせた。心は病室の入り口に佇んだまま動こうとしない。視線は光田を捉えたまま動かない。

「光田、様──」

 心がベッドに近づくと光田に抱きつく。声を震わせて泣いている。

「……いけませんわ、まだ◯◯プレイも、△△責めだってしていません……そもそもまだ光田様自身を頂いていません! まだ開発途中の段階を楽しんでいたのに、まだ未熟な段階なのに……そんなの、そんなのあんまりですわ!!」

「え? ってかまだヤッてなかったの?」

 心のダダ漏れの欲望に兄の剛が唖然としている。

 町田は演歌歌手のような遠い目をしながらその可憐な少女を見つめている。

「うるさ、い……勝手に殺さんといてくれ」

 光田が目を覚ました。
 心の欲望にまみれた独白をキッカケに起きるなんて最悪の目覚めであることに違いはない。光田が目を覚ました途端に窓の外を見ていた組長が光田に詰め寄る。

「何があった……先生はどうした……お前は、どこのどいつにやられた……?」

 低く冷たい声だ。
 光田は一気に顔色が悪くなる。

「すみません、組長……俺のせいで先生が──」
「お前のせいじゃない。もしかしての仕業か?」

 組長がギリっと奥歯を噛みしめる。

「車のナンバーを見ました。それで分かるはずです」
「調べて連絡しろ……俺は黒嶺会に向かう。もう時間がない──」

 先生が泣いている気がした。
 まさかとは思うが先生を輪姦──

 そこまで想像して一気に血の気が引いた。組長は怒気を全身に放ち病室を出て行く。
 組長の後を追おうと光田が立ち上がろうとするのを心が引き止める。慌てて点滴を引き抜こうとするのを手で止める。

「いけませんわ! こんな体で無茶ですわ!」

 傍にいた町田は光田の肩を掴むとそのまま寝させる。町田の目は真剣だった。

「寝とけ、こんな体では無理だ……やるべきことをしろ」

 町田は組長の後を追った。光田は台に置かれた携帯電話に手を伸ばすと情報屋に連絡をした。

 光田が悔しそうに電話で話す姿を心と剛は腕を組み仁王立ちして見ていた。
 こうしてみると二人が兄妹であることが分かる気がする。

「お兄さま……どこのどいつですの? を傷つけたバカは」

「黒嶺会だろう、最近衝突したらしいからな。くそ……先生がマズイ……。どこにいる……あの人に何かあったら……俺は、俺は──」

 剛は頭をガシガシと搔くと怒りでゴミ箱を蹴り上げた。

「お兄、さま──」

 心はこの時初めて剛の気持ちを知った。

「分かりましたわ……」

 心は携帯電話を取り出すと誰かに電話をかける。

「ご無沙汰しております……申し訳ないのですがお力を貸していただけます? えぇ、もちろんですわ」

 電話を切ると心は妖しく微笑んだ。
 剛は心がこんな表情をしている時はとんでもないスイッチが入ったことを経験上知っている。

「お兄さま、に行きませんか?」

 心の満面の笑みに剛は笑い出した。

「さすが妹だな、俺も好きだ、ソレ」

 光田が電話を切ると剛に車の情報を伝える。

「黒嶺会で間違いないです。少し離れた〇〇病院っていう廃墟に以前停まっているのを見たやつがいたみたいです」

「お前はすぐに司に伝えろ。俺たちはちょっと用事ができたからもう行く、じっとしてろよ!」

「ちょ、ちょっと!……んぐ──」

 心は光田にキスをして離れる時に名残惜しそうな顔をした。

「すみません、ちょっと急ぐので続きはまた今度──」

「いや、遠慮しとくわ」

 光田の声は聞こえなかったようだ。

しおりを挟む
感想 58

あなたにおすすめの小説

お隣さんはヤのつくご職業

古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。 残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。 元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。 ……え、ちゃんとしたもん食え? ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!! ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ 建築基準法と物理法則なんて知りません 登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。 2020/5/26 完結

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

お客様はヤの付くご職業・裏

古亜
恋愛
お客様はヤの付くご職業のIf小説です。 もしヒロイン、山野楓が途中でヤンデレに屈していたら、という短編。 今後次第ではビターエンドなエンドと誰得エンドです。気が向いたらまた追加します。 分岐は 若頭の助けが間に合わなかった場合(1章34話周辺) 美香による救出が失敗した場合 ヒーロー?はただのヤンデレ。 作者による2次創作的なものです。短いです。閲覧はお好みで。

ヤクザは喋れない彼女に愛される

九竜ツバサ
恋愛
ヤクザが喋れない女と出会い、胃袋を掴まれ、恋に落ちる。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

先生

藤谷 郁
恋愛
薫は28歳の会社員。 町の絵画教室で、穏やかで優しい先生と出会い、恋をした。 ひとまわりも年上の島先生。独身で、恋人もいないと噂されている。 だけど薫は恋愛初心者。 どうすればいいのかわからなくて…… ※他サイトに掲載した過去作品を転載(全年齢向けに改稿)

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

男に間違えられる私は女嫌いの冷徹若社長に溺愛される

山口三
恋愛
「俺と結婚してほしい」  出会ってまだ何時間も経っていない相手から沙耶(さや)は告白された・・・のでは無く契約結婚の提案だった。旅先で危ない所を助けられた沙耶は契約結婚を申し出られたのだ。相手は五瀬馨(いつせかおる)彼は国内でも有数の巨大企業、五瀬グループの若き社長だった。沙耶は自分の夢を追いかける資金を得る為、養女として窮屈な暮らしを強いられている今の家から脱出する為にもこの提案を受ける事にする。  冷酷で女嫌いの社長とお人好しの沙耶。二人の契約結婚の行方は?  

処理中です...