42 / 106
第一部
幸の嘘
しおりを挟む
あれから、少し組長との関係が変わった気がする。いつもの時間に現れて腰の治療をする。
青龍に触れると今まで感じなかったような感覚が現れた。ずっと触っていたいような、そんな感覚……。
「先生、今日の攻め方いいな」
「刺してるだけです」
「ん、ちょっと早急じゃないか? もう少しほぐしてから──」
「手元狂わせて欲しいんですか?」
今日も組長は嬉しそうだ。
クククと声を出して笑う背中を見て隠れて私も笑ってしまう。
いつからこんなにも楽しくなってしまったんだろう。
こんなにも居心地が良くなる日が来るなんて。
組長が、好き、になってしまったかもしれない。もしかしたら……。
いつからとか、どのタイミングでとかは分からない。人を好きになるのは降る雪のようなものだ。ゆっくりと音もなく積もっている。
もしそうだとしても、この恋はダメだ。
だって鍼灸師とヤクザだ。しかも相手は大きな会の組長だ。
ただの鍼灸師が立ち入っていい世界じゃない。そもそも怪我をしているのも見たくないのに……。
幸は思った。
これはきっと恋じゃない。
勘違いしているだけだ。
テレビでやっていた特集を思い出す。
キスは自分からした方が本当の気持ちがわかるそうだ。本当かどうか知らないが、それで恋じゃないことを知れればいい。自分でも変なことを考えているとは思ったが、今はどうにかして組長への気持ちを否定する理由が欲しかった。その時点で既に恋をしていると思うのだが、焦る幸は気づかない。
治療が終わり組長が起き上がる。
幸が徐ろに近づく。組長がキョトンとした表情でこちらを見ている。その表情に胸がときめくがそのままゆっくりと口付けた。
一瞬、ほんの一瞬だけ触れて離れてみた。
組長の顔が真っ赤に染まっていく。口をパクパクと開けて何かを言おうとしている。
驚いた。すごい。
いつもされてばかりだったけど、本当に違う。心臓が跳ねすぎて逆に苦しくて血の気が引く。一瞬しか触れていないのに唇に残った組長の感触が消えない。
嘘でしょ……私、組長を求めてる。
自分の気持ちがはっきりしてしまい幸は怖くなった。
「くみ、ちょう……私、組長のものになれない」
「え?」
「ごめんなさい、私と組長は違う世界に生きてる……だから──」
「ヤクザ……だからか?」
「…………」
「先生、一度でも俺を一人の男として見たことあるか?」
「……ない、わ。だって組長は組長だもの」
組長は私の顔を上へ向けさせる。二人の瞳が合わさると組長が眉間にしわを寄せる。
「……なんでそんな顔してるんだ」
「……なにが?」
組長が幸の頰を包み込み深く口付ける。呼吸することも許されないほどのキスに脳が溶けてしまいそうだ。
ゆっくりと組長が幸を解放する。
「自分の顔、見れないからあれだけど、物欲しそうに俺のこと見てる」
一気に顔が赤くなる。
幸は組長の胸を押して突き放した。
「欲し、くない。組長、私を……解放して──」
言い放った幸の顔は真剣だった。
組長は小さく頷くとドアの方へ歩いていく。
「先生、俺……先生のこと好きだ。でも、先生にそんな顔をさせたくない……泣かせるつもりなんかない」
組長の言葉に幸は泣いていることに気がついた。いつから泣いていたのだろう。
「じゃあな……先生──幸せになって」
組長はそう言って院を出て行った。幸は涙を抑えることができなかった。自分の愚かさと、組長の愛の言葉に胸が張り裂けそうだった。一人の男として見ていた。ヤクザであることを忘れていることもあった。でもそれを言うことはできない。
どうすればよかったのだろう……幸は蹲って泣いた。
青龍に触れると今まで感じなかったような感覚が現れた。ずっと触っていたいような、そんな感覚……。
「先生、今日の攻め方いいな」
「刺してるだけです」
「ん、ちょっと早急じゃないか? もう少しほぐしてから──」
「手元狂わせて欲しいんですか?」
今日も組長は嬉しそうだ。
クククと声を出して笑う背中を見て隠れて私も笑ってしまう。
いつからこんなにも楽しくなってしまったんだろう。
こんなにも居心地が良くなる日が来るなんて。
組長が、好き、になってしまったかもしれない。もしかしたら……。
いつからとか、どのタイミングでとかは分からない。人を好きになるのは降る雪のようなものだ。ゆっくりと音もなく積もっている。
もしそうだとしても、この恋はダメだ。
だって鍼灸師とヤクザだ。しかも相手は大きな会の組長だ。
ただの鍼灸師が立ち入っていい世界じゃない。そもそも怪我をしているのも見たくないのに……。
幸は思った。
これはきっと恋じゃない。
勘違いしているだけだ。
テレビでやっていた特集を思い出す。
キスは自分からした方が本当の気持ちがわかるそうだ。本当かどうか知らないが、それで恋じゃないことを知れればいい。自分でも変なことを考えているとは思ったが、今はどうにかして組長への気持ちを否定する理由が欲しかった。その時点で既に恋をしていると思うのだが、焦る幸は気づかない。
治療が終わり組長が起き上がる。
幸が徐ろに近づく。組長がキョトンとした表情でこちらを見ている。その表情に胸がときめくがそのままゆっくりと口付けた。
一瞬、ほんの一瞬だけ触れて離れてみた。
組長の顔が真っ赤に染まっていく。口をパクパクと開けて何かを言おうとしている。
驚いた。すごい。
いつもされてばかりだったけど、本当に違う。心臓が跳ねすぎて逆に苦しくて血の気が引く。一瞬しか触れていないのに唇に残った組長の感触が消えない。
嘘でしょ……私、組長を求めてる。
自分の気持ちがはっきりしてしまい幸は怖くなった。
「くみ、ちょう……私、組長のものになれない」
「え?」
「ごめんなさい、私と組長は違う世界に生きてる……だから──」
「ヤクザ……だからか?」
「…………」
「先生、一度でも俺を一人の男として見たことあるか?」
「……ない、わ。だって組長は組長だもの」
組長は私の顔を上へ向けさせる。二人の瞳が合わさると組長が眉間にしわを寄せる。
「……なんでそんな顔してるんだ」
「……なにが?」
組長が幸の頰を包み込み深く口付ける。呼吸することも許されないほどのキスに脳が溶けてしまいそうだ。
ゆっくりと組長が幸を解放する。
「自分の顔、見れないからあれだけど、物欲しそうに俺のこと見てる」
一気に顔が赤くなる。
幸は組長の胸を押して突き放した。
「欲し、くない。組長、私を……解放して──」
言い放った幸の顔は真剣だった。
組長は小さく頷くとドアの方へ歩いていく。
「先生、俺……先生のこと好きだ。でも、先生にそんな顔をさせたくない……泣かせるつもりなんかない」
組長の言葉に幸は泣いていることに気がついた。いつから泣いていたのだろう。
「じゃあな……先生──幸せになって」
組長はそう言って院を出て行った。幸は涙を抑えることができなかった。自分の愚かさと、組長の愛の言葉に胸が張り裂けそうだった。一人の男として見ていた。ヤクザであることを忘れていることもあった。でもそれを言うことはできない。
どうすればよかったのだろう……幸は蹲って泣いた。
20
あなたにおすすめの小説
お隣さんはヤのつくご職業
古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。
残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。
元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。
……え、ちゃんとしたもん食え?
ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!!
ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ
建築基準法と物理法則なんて知りません
登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。
2020/5/26 完結
ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない
絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。
お客様はヤの付くご職業・裏
古亜
恋愛
お客様はヤの付くご職業のIf小説です。
もしヒロイン、山野楓が途中でヤンデレに屈していたら、という短編。
今後次第ではビターエンドなエンドと誰得エンドです。気が向いたらまた追加します。
分岐は
若頭の助けが間に合わなかった場合(1章34話周辺)
美香による救出が失敗した場合
ヒーロー?はただのヤンデレ。
作者による2次創作的なものです。短いです。閲覧はお好みで。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
先生
藤谷 郁
恋愛
薫は28歳の会社員。
町の絵画教室で、穏やかで優しい先生と出会い、恋をした。
ひとまわりも年上の島先生。独身で、恋人もいないと噂されている。
だけど薫は恋愛初心者。
どうすればいいのかわからなくて……
※他サイトに掲載した過去作品を転載(全年齢向けに改稿)
溺愛ダーリンと逆シークレットベビー
吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。
立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。
優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?
男に間違えられる私は女嫌いの冷徹若社長に溺愛される
山口三
恋愛
「俺と結婚してほしい」
出会ってまだ何時間も経っていない相手から沙耶(さや)は告白された・・・のでは無く契約結婚の提案だった。旅先で危ない所を助けられた沙耶は契約結婚を申し出られたのだ。相手は五瀬馨(いつせかおる)彼は国内でも有数の巨大企業、五瀬グループの若き社長だった。沙耶は自分の夢を追いかける資金を得る為、養女として窮屈な暮らしを強いられている今の家から脱出する為にもこの提案を受ける事にする。
冷酷で女嫌いの社長とお人好しの沙耶。二人の契約結婚の行方は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる