虚弱なヤクザの駆け込み寺

菅井群青

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第一部

幸おねえさん

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「さぁ……はじめようか?──アクション」

 竜樹の声に舎弟の一人が幸に近づきそのシャツを掴み左右に開く。布の引き裂かれる音とその衝撃に唖然とする。こんなにも呆気なく無くなってしまうとは思わずどこか他人事のように破られた服を見下ろす。そのまま幸の唇を奪おうとする男に気づいて幸は抵抗する。

「いや! やめてよ!」

 幸が両手でつっぱり抵抗していると、舎弟の男がイライラしたのか幸の頰を平手打ちする。

 パァンッ!

 叩かれた音が部屋に響いた。
 幸は思ったより痛くなかった。それも一瞬のことですぐにジンジンと痛みが来た。それに口の中に血の味が広がって行く……前に女に殴られた時とは比べ物にならない。
 衝撃で呆然としていると男が半笑いで幸を押し倒す。

──幸はその瞬間に、キレた。

 男の股間を容赦なく蹴り上げた。
 床に蹲る男を気にする様子もない。ゆったりと囃子をかけて立ち上がる。苦しむ舎弟の腎臓の裏を手刀で叩く。

「う、あ……」

 舎弟は悶絶している。響いて痛いだろう……だてに鍼灸師をしていない……人間の弱いとこをは熟知していた。
 本来なら治すために使いたいが今回はそうは言ってられない。

 急変した幸を目にして服を脱ぎ始めていた舎弟たちは固まってしまう。それもそのはずだ……
幸が満面の笑みで男たちを見つめていたのだから。

「ふふふ、痛いな……本当に。ほら、口の中切れちゃった……」

「ど、どした……おかしくなったの、か?」
「人が変わっちまったぞ」

 幸はにっこりと微笑むと男たちに微笑んだ。

「血液感染って言葉知ってる? B型肝炎は? 性病は?、知ってる人ー!手を上げて?」

 突然◯HKの教育番組のお姉さんのように話し掛ける幸に男たちは固まる。内容がまったく可愛げがない。

「さて、問題です。私はそのキャリアだと、思う人ー!」

 そこまで聞いて男たちは真っ青になる。やる気満々だった男たちの顔色が悪くなる。


 それを見ながら幸は心の中で謝った。
 こうでもしないとこの大人数を撃退できないと思った。そのまま犯されないためのとっさの判断だったが思ったより効果があったようだ。

「いいですかー? 血液だけじゃなく体液でも移りますよぉ?……いいかな!?」

「…………うそ」

 さすがにいいとも!とは言わないようだ。
 そりゃそうだろうね。

 舎弟の一人が幸の方へ歩み寄る。その顔は不安げだ。

「せ、先生……その、ゴムなしとかでやる方が気持ちいいからってやってしまったことがあるんですけど……一回でもまずいもんですか?」

 幸は腕を組み考える。

「えぇ、そうね。危ないと思うわよ? 大きな病気だけじゃないわ、性病もだしね?」

「やっぱそうか……そうだよな、俺──」

 男の声をかき消すようにその横の男が幸の方へ歩み寄る。幸の前に跪き、許しを乞う子羊のようだ。

「先生、その、性病のせいで勃ちにくいとか──」
「あ、先生! おれヤッた後に熱が──」
「せ、先生! おれ包茎で女に──」
「先生、玉が腫れちゃって──」
「先生っ!」

 この部屋は大人の性相談室になってしまっている。幸は手を上げてみんなに落ち着くように声を掛ける。
 男たちの聖母マリアのようになっている。ただ、内容は全て性病だ。

「はいはい、みんな落ち着いて。焦らなくていいから、ね? とりあえずそこのプロレスラーみたいな男の子からね──」

 その様子を見て竜樹は唖然としていた。
 いつのまにか舎弟たちが先生、先生と慕い出した異様な光景を目の当たりにして声も出ない。

 あの女……何者だ?

「何やってる! お前ら! さっさとやれ!」

 竜樹の言葉に皆下を向いたまま動かない。
 やりたくないという意思表示だった。ヤクザが組長の命令に逆らうのは異例だ。

 竜樹は床に落ちていたビール瓶をつかむとそれを机の角で叩き割る。その尖った部分を幸に向ける。

「まったく、懐柔の手腕がすげぇな、先生」

「こんなことやめて……あなただって本当はやりたくないんでしょ」

 幸の瞳は竜樹をまっすぐ捉えていた。龍樹はその瞳から目を離せなくなる。
 澄んだ目に嫌悪の色ではない慈しむような色が見える。

 幸が竜樹の手元を見ると血がポタポタと落ちている。ビール瓶を割ったときに破片で手を切ったらしい。白いベッドに血が吸い込まれて行く。

 ケガしてる──。

 幸は竜樹の腕を取るとビール瓶を捨てさせる。
 そのまま手首の切り傷を見つけると自分のシャツの袖の部分を引きちぎり手首に巻きはじめた。

 竜樹の目は大きく開かれる。

 なぜこの女は俺の手の心配をしているのだろう……。
 なぜ自分の服を引きちぎってまで手当てをしているのだろう……。

 輪姦しようとした相手にするような事ではない。

「……できた、とりあえず病院にいかなきゃだめよ」

 幸の笑顔に涙が出そうになる。こんな女が俺のそばにいてくれたら人生が変わったかもしれない。こんな底抜けに優しくて、温かい女は見たことがなかった。

 俺があの男に敵うわけがない……。こんな女がそばにいれば、強い。

 突然竜樹の携帯電話が鳴る。携帯電話の画面には父親の名前が表示されている。

「あ、なん──」
「馬鹿野郎っ! お前は何をした!」

 突然電話口から父親の怒号が聞こえてきた。こんなにも怒鳴られた記憶はない、恐らくはじめてだ。

「な、なんの話だよ!?」
「明徳会を怒らせた……突然屋敷に乗り込んできた。それだけじゃない、なぜか警察まで連れてガサ入れを──あぁ! すみませんすみません!──」

「え、おい! 親父!?」

「……こんにちは、あなたが今回の黒幕のクソ馬鹿野郎ですわね? ごめんなさいね、屋敷にいる舎弟の加勢は期待できないみたい。その人数だけで頑張ってくださいね。あ、因みに、事務所は龍晶会の組長が壊滅させましたよ? ふふふ……あと何人残っているのかしら、キレた男がそちらに向かいましたよ……楽しみね……あら、やだ、お兄さま私まだ話し足りない──……おう、明徳会の徳永だが、その先生に手を出してみろ、うん? 龍晶会だけじゃねぇぞ、明徳会を敵にまわしたことになるからな。因みおまえの親父を含め屋敷にいた舎弟たちは俺たちが握っている。今からどうすべきか分かっているな? とりあえず、健闘を祈る」

 通話が切れたようだ。
 そんなバカな……こんなことがあるのか? ちょっと脅そうとしただけなのに屋敷は押さえられ、大勢いた舎弟たちは消されて行く。

 目の前でぽかんとしている先生を見る。

 この先生のために二大派閥が手を組んでるということか? この人を救うために……。

 なんだ、こんなの最初から無理だ。


 項垂れた俺を心配して先生が声を掛けるが俺は反応できない。周りの舎弟たちも恐らく電話の声が聞こえてきたのだろう。死刑判決を待つように項垂れている。
 とてもさっきまで我先にと性病相談していたとは思えない。

 廊下から怒号と共に暴れる音が聞こえた。
 この外にははなりの人数がいたはずだ。この電話がなくても龍晶会には敵わなかった。

……負けだ。




「この野郎が!」

 バキッ!!

 戦意を失った竜樹を組長が殴りつける。襟元を掴まれ引き上げられる。その組長の腕にぶら下がるように幸が止める。

「先生! なんで止めんだよ! こんな目にあって……」

 幸は組長の上着を着て胸元を隠している。幸は首を振って組長を止めようとする。

「組長、私本当に何もされてないの、ただ性病の相談に乗っただけで──」

「性病……え? 性病?! デリケートな話だなオイ」

 組長が戸惑っている。それはそうだろう話が見えないのは当たり前だ。

「あ、いや、とにかくこのほっぺのやつは転倒したときに床にぶつけて、そのあとはこの舎弟たちの性病の相談に乗ってて……ね? そうよね?」

 ベッドの周りで傷だらけになっている舎弟たちは泣きながら頷く。

 あれ? あの人あんな顔だったっけ?韓国コルギしたのかな?

 幸は何人かさっきと人相が違っている事に気付いたけれど恐らく本人なのだろう。いつのまにかシュッとした印象を受けた。

「光田さんにケガを負わせたのは許せないけど、私の事は大丈夫……」
「……先生、まったく──」

 組長が不機嫌そうに髪をかきあげるそこには血痕が残っていた。幸はそれを見て心が痛くなった。
 助けに来てくれた組長が愛おしい。

 ここまで助けに来てくれた……。拳は傷だらけできっと服の下には打ち身が沢山あるのだろう。

「組長……あの、ありがとう……助けてくれて……町田さんも本当にありがとう」

 町田は舎弟が逃げないように険しい顔をして見張っていた。幸の言葉にふわっと優しく微笑みかえす。

「先生が、無事で、良かったよ……俺、どうしようかと──」

 組長の眉間に皺が寄る。その手は少し震えている気がした。

 幸は組長の頭を掴むと背伸びをして……その皺ができた眉間にそっとキスをした……。

 組長の眉間のシワは一瞬で消えて組長はみるみる口元を押さえて真っ赤になった。目は充血している。

 これが、幸したファーストキスだった。

「組長、本当にありがとうございます。感謝の気持ち、です」

 幸も顔が赤くなる。恥ずかしくて顔を見ることはできない。

 町田が頷きながら二人の様子を見ている。我が子の保育園の発表会を見るようだ。

「あの二人あんな関係なのか? ウブ……」

 竜樹が意外そうに二人を見ていた。

 組長は幸を抱きしめた。幸が恥ずかしくて離れようとしても組長の力は緩まなかった。

「ちょっと……このままで、いてくれ」

 耳元で囁かれ幸はおずおずと背中に手を回すと優しく背中を撫でた。上下に撫でてていると組長の様子がおかしい。

「先生、その撫で方は……腰にくるな」

「え? 腰痛みます?」

「……いや、なんでもない。やり続けてくれ……」


 あれから黒嶺会は心を入れ替え真面目にヤクザをしている。
 実質、キレた組長によって壊滅状態となったのでほぼ龍晶会が掌握したと言っていいだろう。多くの舎弟の記憶に残り鬼夜叉という異名までつく事になった。

 ただ、黒嶺会の中で幸の存在が神格化して女神と言われていることを幸本人は知らない。
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