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第三部
綱引き
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心はご機嫌で院へと向かっていた。
その手には季節限定のシュークリームの手土産がある。もちろん幸への餌付けの品だ。
「ふふふ……これはきっともぐもぐですわね──間違いないですわ……」
幸が大きな口でもぐもぐ頬張る姿はまさに心の癒しだ。ほっぺを赤らめて幸せを噛み締めている姿を想像し、心もついニヤけてしまう。
道を歩いていると、突然腕を掴まれ建築途中の工事現場へ引き込まれた。心は一気に太陽の光から逸れて薄暗い世界へと放り込まれる。
「キャッ──」
そのままブロック塀に心の背中が当たる。
一瞬何が起こったの変わらず自分の足元を見ると持っていたシュークリームの箱が無残に地面に落ちているのが見えた。
な、なんということを──!
心は目の前の男を睨みつけた。
「よくも私の餌を──あ、あなた……」
黒い長髪を一つに後ろで束ねた男が心を見下ろして微笑む。
「心──ひさしぶりだな」
心は目の前の男を信じられないような目で見る。掴まれている腕を振りほどくことも忘れ、ただ呆然と男の顔を凝視していた。
「うーん、おかしいなぁ……」
「先生、鍼刺しながら考え事はやめてくれ──無意識に責め……くぅ……」
幸は組長の治療中なのだが心ここに在らずで無意識に組長の股関節を鍼で厳しく責め続けている。
「うーん、おかしいなぁ……」
「んあ、──俺の体がおかしくなる前に抜いてくれるか……」
幸は鍼を抜くとすぐさま院のドアを開ける。組長は鍼の響きが堪えたのかぐったりとベッドに横たわったままだ。
幸は通路を覗くとそのまま残念そうにドアを閉めた。
「先生どうしはったんです? 何か届くんですか?」
光田が読んでいた雑誌を置き幸に声をかける。
「うん……心ちゃんから美味しいオヤツを届けるってメールがあったんだけど、ちょっと遅いなぁって……」
ダン ダンダン ダン
凄い足音が響いてきた。随分慌てているようだ。
「あ、心ちゃんかな?」
「いや、絶対違いますよね、えらい重そうな可愛くない音してますけど……」
ドアを開けると剛が汗だくで院へ飛び込んで来る。
「おい、心! いるか?!」
「心ちゃんならまだですよ? どうしたんですか……その汗……」
剛が慌てて走ってきたのだろう。顔中に滝のような汗が出ている。
「ちょっと、な……」
剛は待合に座る光田へ視線をやる……。傷物に触れるかのような目で見られていることに気が付いた光田がキョトンとした顔で剛を見る。
「ゴリラ……剛、どうした?」
「いや、今は言い間違い許されないタイミングって分かっててやったろ、てめぇ」
組長は黒のシャツを羽織りボタンを留めていく。呆れたように剛に話しかける。
「まだ過保護か? まったく──」
「いや、それが──松崎が出所したんだが……」
組長の手が止まる。光田を一瞥し、すぐに剛に詰め寄る。声を落とし凄む──。
「待て、アイツはもう足を洗ったんだろう? 明徳会とは……」
「そうなんだが……心の大学の場所を舎弟に聞いていたようだ……まさかとは思うが未練が──」
「まったく──」
幸と光田は顔を見合わせる。一体なんの話だろう……。剛は額の汗を拭うと光田を見据えた……。
「松崎は──心の婚約者だった。とは言っても大人が勝手に決めたものだがな」
「こ、婚約者──心の……え、だったって、さっきの出所ってなんですか?」
光田が突然のことで動揺している。組長がソファーに座り腕を組むと眉間にしわを寄せる。組長も松崎と知り合いのようだ。
「確か……執行猶予中に暴行事件をおこしたか何かで実刑を食らって服役していたんだ──松崎正太郎……明徳会の重鎮だった男の息子だ。そして心の幼馴染でもある……」
「あぁ、父親は亡くなって松崎は服役を機に足を洗うと言っていた。何もなければ明徳会の組長は松崎が継いでいた可能性もあった……それぐらい有能な男だ、俺なんかよりな」
心と剛は年齢が離れているため松崎と剛は会えば挨拶をするぐらいの仲だった。特に剛はシスコンだ。いつか婚約を破棄させてやる気でいた。
剛は子供ながら大人相手に論破するほど頭の切れるいけ好かないガキだった事を思い出す。幼い頃、心に殴られていつも泣いていた。
幸が口元を押さえて顔を青ざめる。
「大変……心ちゃんがいつもより到着が遅いの──もしかしたら……」
「……っ!」
光田がそのまま院を出て行く。剛もその後を追った。幸も長白衣を脱ぎ外に出ようとすると、組長がその肩を掴む。
「先生は、ここにいてくれ。もしかしたら心が来るかもしれない……それに、松崎は危険だ──」
「……でも」
「頼むから──」
組長の真剣な眼差しに幸は頷き返すことしかできなかった。組長はそのまま院を出て行った。
幸は携帯電話を握りしめてその背中を目で追った……。
その手には季節限定のシュークリームの手土産がある。もちろん幸への餌付けの品だ。
「ふふふ……これはきっともぐもぐですわね──間違いないですわ……」
幸が大きな口でもぐもぐ頬張る姿はまさに心の癒しだ。ほっぺを赤らめて幸せを噛み締めている姿を想像し、心もついニヤけてしまう。
道を歩いていると、突然腕を掴まれ建築途中の工事現場へ引き込まれた。心は一気に太陽の光から逸れて薄暗い世界へと放り込まれる。
「キャッ──」
そのままブロック塀に心の背中が当たる。
一瞬何が起こったの変わらず自分の足元を見ると持っていたシュークリームの箱が無残に地面に落ちているのが見えた。
な、なんということを──!
心は目の前の男を睨みつけた。
「よくも私の餌を──あ、あなた……」
黒い長髪を一つに後ろで束ねた男が心を見下ろして微笑む。
「心──ひさしぶりだな」
心は目の前の男を信じられないような目で見る。掴まれている腕を振りほどくことも忘れ、ただ呆然と男の顔を凝視していた。
「うーん、おかしいなぁ……」
「先生、鍼刺しながら考え事はやめてくれ──無意識に責め……くぅ……」
幸は組長の治療中なのだが心ここに在らずで無意識に組長の股関節を鍼で厳しく責め続けている。
「うーん、おかしいなぁ……」
「んあ、──俺の体がおかしくなる前に抜いてくれるか……」
幸は鍼を抜くとすぐさま院のドアを開ける。組長は鍼の響きが堪えたのかぐったりとベッドに横たわったままだ。
幸は通路を覗くとそのまま残念そうにドアを閉めた。
「先生どうしはったんです? 何か届くんですか?」
光田が読んでいた雑誌を置き幸に声をかける。
「うん……心ちゃんから美味しいオヤツを届けるってメールがあったんだけど、ちょっと遅いなぁって……」
ダン ダンダン ダン
凄い足音が響いてきた。随分慌てているようだ。
「あ、心ちゃんかな?」
「いや、絶対違いますよね、えらい重そうな可愛くない音してますけど……」
ドアを開けると剛が汗だくで院へ飛び込んで来る。
「おい、心! いるか?!」
「心ちゃんならまだですよ? どうしたんですか……その汗……」
剛が慌てて走ってきたのだろう。顔中に滝のような汗が出ている。
「ちょっと、な……」
剛は待合に座る光田へ視線をやる……。傷物に触れるかのような目で見られていることに気が付いた光田がキョトンとした顔で剛を見る。
「ゴリラ……剛、どうした?」
「いや、今は言い間違い許されないタイミングって分かっててやったろ、てめぇ」
組長は黒のシャツを羽織りボタンを留めていく。呆れたように剛に話しかける。
「まだ過保護か? まったく──」
「いや、それが──松崎が出所したんだが……」
組長の手が止まる。光田を一瞥し、すぐに剛に詰め寄る。声を落とし凄む──。
「待て、アイツはもう足を洗ったんだろう? 明徳会とは……」
「そうなんだが……心の大学の場所を舎弟に聞いていたようだ……まさかとは思うが未練が──」
「まったく──」
幸と光田は顔を見合わせる。一体なんの話だろう……。剛は額の汗を拭うと光田を見据えた……。
「松崎は──心の婚約者だった。とは言っても大人が勝手に決めたものだがな」
「こ、婚約者──心の……え、だったって、さっきの出所ってなんですか?」
光田が突然のことで動揺している。組長がソファーに座り腕を組むと眉間にしわを寄せる。組長も松崎と知り合いのようだ。
「確か……執行猶予中に暴行事件をおこしたか何かで実刑を食らって服役していたんだ──松崎正太郎……明徳会の重鎮だった男の息子だ。そして心の幼馴染でもある……」
「あぁ、父親は亡くなって松崎は服役を機に足を洗うと言っていた。何もなければ明徳会の組長は松崎が継いでいた可能性もあった……それぐらい有能な男だ、俺なんかよりな」
心と剛は年齢が離れているため松崎と剛は会えば挨拶をするぐらいの仲だった。特に剛はシスコンだ。いつか婚約を破棄させてやる気でいた。
剛は子供ながら大人相手に論破するほど頭の切れるいけ好かないガキだった事を思い出す。幼い頃、心に殴られていつも泣いていた。
幸が口元を押さえて顔を青ざめる。
「大変……心ちゃんがいつもより到着が遅いの──もしかしたら……」
「……っ!」
光田がそのまま院を出て行く。剛もその後を追った。幸も長白衣を脱ぎ外に出ようとすると、組長がその肩を掴む。
「先生は、ここにいてくれ。もしかしたら心が来るかもしれない……それに、松崎は危険だ──」
「……でも」
「頼むから──」
組長の真剣な眼差しに幸は頷き返すことしかできなかった。組長はそのまま院を出て行った。
幸は携帯電話を握りしめてその背中を目で追った……。
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