虚弱なヤクザの駆け込み寺

菅井群青

文字の大きさ
48 / 106
第二部

女神降臨

しおりを挟む
 月末が近づき、定期的に銀行へ行く日だ。

 今回も光田が付き添ってくれている。あの日自分のせいで幸を危険な目に合わせたと思っている光田はいつにも増して周りを警戒して歩いている。
 すれ違う人たちがそそくさと視線を逸らして足早に通り過ぎる。商店街のアーケードの人混みでさえ、まるで海を二つに分けた◯ーゼになったように皆が私たちの為に道を開けていく。

「あ、すみません……」

 突然できた花道を幸は頭を下げつつ通り抜ける。

 そこへ突然スーツを着た男が近づいてきた。

「先生……僕のこと覚えてらっしゃいますか……」

 スーツを着た眉毛の細い青年が涙を流している。首に金色のチェーンが見える。見るからに系だ。
 あいにくこんな風貌の人間と感動の再会をするほど激動の人生を歩んでいない。

「えっと……ごめんなさい──ちょっと……」

「おたく、どちらさん? うちの先生になんか用?」

 光田が組長に教わったのだろうか黒いオーラを撒き散らす。その青年は怯むことなく笑顔で対応する。その時点で只者ではない。
光田の質問には答えず幸をキラキラした瞳で見つめている。

「俺、先生のおかげで健康になれたんです。先生、いや、女神の……」

「あ……えっと、私生きてるんです。真面目に地に足つけて生きてるんで邪魔しないでください、じゃ」

 勧誘か何かだと思い幸は立ち去ろうとする。男はあわてて幸の手を取ろうとする。
 その手を叩き落とし、二人の間に光田が割って入る。

「ええかげんにせえよ、しつこいなぁ、あんた」

 光田の眉間にシワが寄る。その光田の腕を幸が握る。ケンカはダメよ……そう言っているのがわかり眉をひそめる。

 男は拳を胸に当てて大声で叫び出す。

「俺……! 性病を治して真面目にゴムつけてます……先生のおかげで人生変わったんです!」

は? 性病……ゴム?

 そのワードに幸は記憶のページをめくり始めた。

 あ、あの子だ

「あなた、黒嶺会の男の子ね? 性病の! あぁ! 上手く勃起するようになったのね!」

「あ──先生、ここ商店街ですよ? 性病とか勃起とか大きい声で言わない方が……」

 幸は医療人だ。医学に関することであれば恥ずかしいとも思っていない。痴話話をする感覚で話している。しかも声のトーンも下げない。

 光田の声は幸の耳には届いていない様だ。商店街の老若男女は突然道端に現れた性の相談コーナーに釘付けだ。

「先生はうちの会では女神と呼ばれています。先生のおかげで性病撲滅に大きく舵を切るきっかけにもなりました。おかげで安心安全の裏ビデオ作成が出来そうです」

「本当? 良かったわ」

「いや、犯罪ですよ? 裏ビデオですよ? 先生──」

 にこやかに微笑む二人だがそもそも裏ビデオにクリーンなイメージをつけてどうするんだろうか。
 商店街に人が集まり始めた。光田は先生の腕を取り歩き始めた。

「先生! もうこれ以上はダメです。はよ銀行行きましょう!」

「あ、そうね。じゃあね、これからも頑張ってね」

 この事がバレるとマズイ。
 ただでさえ、黒嶺会に関して組長はピリピリしている。遭遇したと知れれば……。

 光田は背筋が凍る。

 はやく院に戻らないと……また黒嶺会の輩が──。

 腕を掴んでぐいぐい引っ張る光田に幸は心配そうに声をかける。だか、光田は周りを見て黒嶺会の奴らがいないか目を光らせ続ける。

「ちょっと、光田さん、光田さん?……キツネちゃん?」

 キツネちゃん

 懐かしい呼び方にふと我に帰る。

「あ、あ……先生すみません……腕痛いですよね」

 掴んでいた腕を離し申し訳なさそうに頭を下げる。幸はその頭にそっと触れる。

……こうして他人に撫でられるのは久しぶりだ。先生の手は温かい……。

「あの日守ってくれてありがとうね。大丈夫……キツネちゃんがいてくれるだけでこうして安心して外に出られるの……だから、そんなに怖がらないで? ね?」

 そういうと幸は優しく微笑んだ。
 光田は幸の笑顔を見て泣きそうになった。あんな目にあっても信じてくれる幸が眩しくて目を細める。

 あぁ、あいつらの言ってることは本当かも。

──女神……

 幸はゆっくりと歩き始めた。

「さ、行きましょう……あ、銀行では目付きは優しくね? 実は一回、脅されてませんか? って書いたメモを渡されてね──」

 光田はゆっくりと幸の後ろを歩き始めた。その表情は穏やかで以前と同じ様に幸との外出を楽しんでいる様だった。
しおりを挟む
感想 58

あなたにおすすめの小説

お隣さんはヤのつくご職業

古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。 残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。 元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。 ……え、ちゃんとしたもん食え? ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!! ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ 建築基準法と物理法則なんて知りません 登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。 2020/5/26 完結

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

お客様はヤの付くご職業・裏

古亜
恋愛
お客様はヤの付くご職業のIf小説です。 もしヒロイン、山野楓が途中でヤンデレに屈していたら、という短編。 今後次第ではビターエンドなエンドと誰得エンドです。気が向いたらまた追加します。 分岐は 若頭の助けが間に合わなかった場合(1章34話周辺) 美香による救出が失敗した場合 ヒーロー?はただのヤンデレ。 作者による2次創作的なものです。短いです。閲覧はお好みで。

ヤクザは喋れない彼女に愛される

九竜ツバサ
恋愛
ヤクザが喋れない女と出会い、胃袋を掴まれ、恋に落ちる。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

先生

藤谷 郁
恋愛
薫は28歳の会社員。 町の絵画教室で、穏やかで優しい先生と出会い、恋をした。 ひとまわりも年上の島先生。独身で、恋人もいないと噂されている。 だけど薫は恋愛初心者。 どうすればいいのかわからなくて…… ※他サイトに掲載した過去作品を転載(全年齢向けに改稿)

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

男に間違えられる私は女嫌いの冷徹若社長に溺愛される

山口三
恋愛
「俺と結婚してほしい」  出会ってまだ何時間も経っていない相手から沙耶(さや)は告白された・・・のでは無く契約結婚の提案だった。旅先で危ない所を助けられた沙耶は契約結婚を申し出られたのだ。相手は五瀬馨(いつせかおる)彼は国内でも有数の巨大企業、五瀬グループの若き社長だった。沙耶は自分の夢を追いかける資金を得る為、養女として窮屈な暮らしを強いられている今の家から脱出する為にもこの提案を受ける事にする。  冷酷で女嫌いの社長とお人好しの沙耶。二人の契約結婚の行方は?  

処理中です...