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第三部
戦い
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心はまるで幻を見ているようだった。
こんな所にいるはずのない人間が目の前にいる。
「正太郎……あなたなの?」
「あぁ、正真正銘俺だよ。冷たいな、久しぶりの再会なのに──」
心は訝しげな目で松崎を見る。
「脱獄したんじゃないでしょうね……」
松崎は楽しそうに笑って心を見下ろす。
「模範囚だよ、早く……心に会いたくて……」
切なそうな表情を浮かべ心の白い頬に触れる──その手を心は払い落とした。唇を噛み締め松崎を見上げる。
「離して! 私はもうアンタなんか相手にしないわよ……」
心の言葉にピクリと松崎の眉が動く。現実を受け入れ難いのか笑顔のまま固まっている。
「心──もう一度、もう一度だけ……」
松崎が心の両肩を抱きしめて必死の形相で訴える。
「嫌ですわ! 頼まれても、もう私は──」
ドゴッ
「くっ──」
突然目の前の松崎の体が吹っ飛んで地面に叩きつけられる。土埃が舞い、心は一瞬の出来事に呆然とする。
建築現場の入り口に荒れた息を整える光田の姿があった。すごい剣幕で松崎を睨みつける。松崎は光田の重い蹴りで吹っ飛んだらしい。
「ふざ、けんなや……俺の、女に手を出すな、っちゅうねん、ボケ」
「光田様!」
光田の背後から剛が現れて心の姿を見つけると駆け寄ってくる。剛の顔を見て心は泣きそうになる。
「心! 無事か!──この野郎……」
剛が心の肩を抱きながら地面に転がる松崎を睨む。
「光田様?──はは、あんたが心の……」
松崎が乾いた笑いを浮かべながら光田と心に視線を送る。ゆらりと立ち上がり松崎が光田の肩を掴もうとした。光田はそのまま松崎の襟元を掴み締め上げる。光田の方が少し身長が高い。松崎の体が吊り上げられた。一つに結ばれた髪は乱れ、松崎の表情は見えない。
「ムショ帰りに何してんねん……アホちゃうか?」
光田は松崎を再び地面に転がすとそのまま起き上がろうとするのを胸を踏みつけ押さえ込む。松崎の表情に苦悶の色が見えた。
「あぁ……くくく……最高だな──はぁ……」
──な、なんや? 気が狂ったか?
光田が置いていた足を外すと、松崎は胡座を掻き更に嬉しそうに笑い出した。
突然笑い出した松崎に心の顔色が変わる……。
「チッ……まずいですわ──」
チッ……? チッ……まずい? 何が?
光田と剛が顔を見合わせる。突然松崎が体を起こすと光田の元へと近づく。
「てめぇ……やる気か……」
松崎は光田の拳を手のひらでそっと包むと円を描くように撫で始める。
……はい?
突然の手の温もりに光田の思考が停止する。松崎はねっとりとした視線で光田を見つめている。
「ご主人様……」
「ご主人? いや、俺まだ心と結婚とかしてないから……正確には彼氏──」
「光田、たぶん、それ意味違うんじゃないか?」
剛が二人を呆然と見ながら声をかける。
その横で心が憤慨している。真っ赤な顔をして光田たちに詰め寄ると松崎の手をひっぺがす。
「正太郎! 私が先にモノにしたのですから! 手出ししないでくれますか? まだ光田様は開発途中の未熟な体です。あなたが触れていい人じゃないの」
「お前よりも愛のある攻撃できる人間に初めて会ったよ……ムショ帰りでコンディションを気にかけてくれたのは初めてだ。首を絞めてからの踏みつけまで完璧だ」
「えーっと──うん。お邪魔しました……」
光田はそっと二人から離れようとする。
なんとなくだが、もう身の危険はないような気がした。それよりも、自分の身に危険が迫っていることを敏感に察知してしまった。
剛に至っては落ちたシュークリームの心配を始めた。歪んだ箱の中身を確認している。
「……あ、これ大丈夫そうだな。帰って三時のおやつにできそうだな、うん」
愛する妹とその元婚約者の会話を完全にシャットアウトしている。
「はぁ、しつこいですわ……締め上げて吊るしてやろうかしら。全く腹立たしい──」
「あぁ、いいさ、やればいい! 喜んで!」
心は幼い頃から松崎と共に過ごしていたが、いつも蔵の中で松崎の体を縛り吊し上げていじめていた。それがきっかけで松崎はドMの才能を開花させてしまったらしい。
ドSとドMの幼馴染はしばらく大声で言い合っていた。光田をめぐって火花を散らしている。
建築現場の入り口では組長が呆れた様子で見つめていた。
「元婚約者──というより犬猿の仲……いや、似た者同士だな……全く、人騒がせな話だな」
「おぉ、司悪いな、シュークリームは無事だぞ。帰るか」
剛の中で心じゃなくシュークリームを救出したことになっているようだ。組長は何も言わずにその肩を労わるように叩く。
「先生も待ってるし、帰るか──光田、お前はどうする?」
光田は諦めたように笑い頭を掻く。
「こんな変態共を残して帰れませんよ、そのうちの一人は彼女ですしね……」
組長はフッと笑うと手をひらひらとさせ院へと帰った。
戻ると先生が血相変えて飛んできた。
「どうなの? 大丈夫だった? 心ちゃんは?」
「あぁ、大丈夫だ。元気そうだ──あ、シュークリーム食べるか」
「あ、俺コーヒー入れてくるわ」
剛がいそいそと準備のため奥の部屋へと消えた。二人の様子に幸は拍子抜けしてソファーに腰掛ける。
「元気なら……いっか。食べちゃお」
三人で食べたシュークリームは美味しかった。幸のもぐもぐは組長と剛が見届けた。
こんな所にいるはずのない人間が目の前にいる。
「正太郎……あなたなの?」
「あぁ、正真正銘俺だよ。冷たいな、久しぶりの再会なのに──」
心は訝しげな目で松崎を見る。
「脱獄したんじゃないでしょうね……」
松崎は楽しそうに笑って心を見下ろす。
「模範囚だよ、早く……心に会いたくて……」
切なそうな表情を浮かべ心の白い頬に触れる──その手を心は払い落とした。唇を噛み締め松崎を見上げる。
「離して! 私はもうアンタなんか相手にしないわよ……」
心の言葉にピクリと松崎の眉が動く。現実を受け入れ難いのか笑顔のまま固まっている。
「心──もう一度、もう一度だけ……」
松崎が心の両肩を抱きしめて必死の形相で訴える。
「嫌ですわ! 頼まれても、もう私は──」
ドゴッ
「くっ──」
突然目の前の松崎の体が吹っ飛んで地面に叩きつけられる。土埃が舞い、心は一瞬の出来事に呆然とする。
建築現場の入り口に荒れた息を整える光田の姿があった。すごい剣幕で松崎を睨みつける。松崎は光田の重い蹴りで吹っ飛んだらしい。
「ふざ、けんなや……俺の、女に手を出すな、っちゅうねん、ボケ」
「光田様!」
光田の背後から剛が現れて心の姿を見つけると駆け寄ってくる。剛の顔を見て心は泣きそうになる。
「心! 無事か!──この野郎……」
剛が心の肩を抱きながら地面に転がる松崎を睨む。
「光田様?──はは、あんたが心の……」
松崎が乾いた笑いを浮かべながら光田と心に視線を送る。ゆらりと立ち上がり松崎が光田の肩を掴もうとした。光田はそのまま松崎の襟元を掴み締め上げる。光田の方が少し身長が高い。松崎の体が吊り上げられた。一つに結ばれた髪は乱れ、松崎の表情は見えない。
「ムショ帰りに何してんねん……アホちゃうか?」
光田は松崎を再び地面に転がすとそのまま起き上がろうとするのを胸を踏みつけ押さえ込む。松崎の表情に苦悶の色が見えた。
「あぁ……くくく……最高だな──はぁ……」
──な、なんや? 気が狂ったか?
光田が置いていた足を外すと、松崎は胡座を掻き更に嬉しそうに笑い出した。
突然笑い出した松崎に心の顔色が変わる……。
「チッ……まずいですわ──」
チッ……? チッ……まずい? 何が?
光田と剛が顔を見合わせる。突然松崎が体を起こすと光田の元へと近づく。
「てめぇ……やる気か……」
松崎は光田の拳を手のひらでそっと包むと円を描くように撫で始める。
……はい?
突然の手の温もりに光田の思考が停止する。松崎はねっとりとした視線で光田を見つめている。
「ご主人様……」
「ご主人? いや、俺まだ心と結婚とかしてないから……正確には彼氏──」
「光田、たぶん、それ意味違うんじゃないか?」
剛が二人を呆然と見ながら声をかける。
その横で心が憤慨している。真っ赤な顔をして光田たちに詰め寄ると松崎の手をひっぺがす。
「正太郎! 私が先にモノにしたのですから! 手出ししないでくれますか? まだ光田様は開発途中の未熟な体です。あなたが触れていい人じゃないの」
「お前よりも愛のある攻撃できる人間に初めて会ったよ……ムショ帰りでコンディションを気にかけてくれたのは初めてだ。首を絞めてからの踏みつけまで完璧だ」
「えーっと──うん。お邪魔しました……」
光田はそっと二人から離れようとする。
なんとなくだが、もう身の危険はないような気がした。それよりも、自分の身に危険が迫っていることを敏感に察知してしまった。
剛に至っては落ちたシュークリームの心配を始めた。歪んだ箱の中身を確認している。
「……あ、これ大丈夫そうだな。帰って三時のおやつにできそうだな、うん」
愛する妹とその元婚約者の会話を完全にシャットアウトしている。
「はぁ、しつこいですわ……締め上げて吊るしてやろうかしら。全く腹立たしい──」
「あぁ、いいさ、やればいい! 喜んで!」
心は幼い頃から松崎と共に過ごしていたが、いつも蔵の中で松崎の体を縛り吊し上げていじめていた。それがきっかけで松崎はドMの才能を開花させてしまったらしい。
ドSとドMの幼馴染はしばらく大声で言い合っていた。光田をめぐって火花を散らしている。
建築現場の入り口では組長が呆れた様子で見つめていた。
「元婚約者──というより犬猿の仲……いや、似た者同士だな……全く、人騒がせな話だな」
「おぉ、司悪いな、シュークリームは無事だぞ。帰るか」
剛の中で心じゃなくシュークリームを救出したことになっているようだ。組長は何も言わずにその肩を労わるように叩く。
「先生も待ってるし、帰るか──光田、お前はどうする?」
光田は諦めたように笑い頭を掻く。
「こんな変態共を残して帰れませんよ、そのうちの一人は彼女ですしね……」
組長はフッと笑うと手をひらひらとさせ院へと帰った。
戻ると先生が血相変えて飛んできた。
「どうなの? 大丈夫だった? 心ちゃんは?」
「あぁ、大丈夫だ。元気そうだ──あ、シュークリーム食べるか」
「あ、俺コーヒー入れてくるわ」
剛がいそいそと準備のため奥の部屋へと消えた。二人の様子に幸は拍子抜けしてソファーに腰掛ける。
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