虚弱なヤクザの駆け込み寺

菅井群青

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第二部

愛の表現は一つではないでしょ

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 チクタクチクタク……

 時計が壊れてしまったのではないかと思い何度も見直す。テレビをつける。携帯電話の時刻を見る……。

 おかしい……十五時を過ぎた……。
 いつもなら組長がやってくる時間なのだが一体どうしたのか……。

 バアァァァン!

 けたたましく院のドアが開かれる。そこには真っ青な顔をした光田と組長をおぶった剛の姿があった。

「悪い!先生急患だ!」

 剛が慌てて組長をベッドに乗せる。組長は痛みに耐えているようでじっと歯を食いしばっている。

 光田が治療しやすいように組長の服を脱がせていく。

「い、一体どうしたんですか?」

「どうしたもこうしたもねぇよ……事務所に差し入れを持って行ったら司が机に突っ伏しててよ……慌てておぶってきたんだ……全く、熱っちぃ……」

 剛は机の上に置かれた団扇で流れ落ちる汗に風を送る。

「何かしたんですか?」

 幸が光田に尋ねると光田はその視線を逸らそうとする。明らかに何かを隠している。

「あー、いや? その辺りの記憶はどうも曖昧で……最近忙しかったからかなーうん」

「老化? それとも、今すぐ心ちゃんに連絡してほしい?」

「すみません、吐きます、今すぐに」

 どうやら話を聞くと事務所で腹筋と背筋をトレーニングしていたらしい。どこかのタイミングで組長の叫び声が聞こえてきて慌てて部屋のドアを開けると椅子に座ったまま動けなくなった組長がいたらしい。

 弱い……本当に腰が弱い……あの腰回りの筋肉たちは本当にお飾りだ。

「なんでまた急にトレーニングなんて……」

「そりゃー先生……男が鍛えるのなんて理由は一つだろ……女を抱くためだ。特に司なんてそれ以外の理由なんてねぇよ」

「鍛えるのがそんな不純な理由ばかりだと世も末ですね」

 剛と光田曰く、幸をもっと抱くためにトレーニングをしようとしたらしい。幸は本人を見下ろす。一瞬目が合った気がしたがすぐに視線はそらされた。

……図星か? 本気か?

 幸はため息をつくと鍼の準備に取り掛かる。剛と光田は待合で待つことにした。

 うつ伏せになれない組長のために横向きで鍼をしていく。うつ伏せになれないほど症状がきつい患者さんの場合はこうして治療を行うことも多い。

 鍼を刺しながら幸はゆっくり組長に話しかける。

「……不純な動機で、傷めたんですから……自業自得です」

「……まぁ、抱きたいんだからしょうがねぇ……。先生、怒ってるか?」

 組長が小声になる。かっこ悪くて目も合わせられないらしい。

「……いえ。それほどでは……でも……医療人として腰を気遣ってあげれなかったのは申し訳なかったなって……」

 股関節の部分の鍼が響いているようで組長の声が曇る。かなり硬い……この硬さじゃギックリ腰も無理はない。

「あっぁあ……これは足先に……」

「あ、痺れます? 前に万代さんもここに鍼すると足先に痺れが来たみたいです……ふふ、似てますね……」

「先生……きつい……抜いてくれ……」

「ダメですよ……ここからが本番です。少し斜め上に突き上げますから──ああ、やっぱり硬いですね……動かします」

「あーそこは……」

「組長、痺れます? ここかな? ここを乗り越えれば……ずっと楽になりますから……」

 待合室の二人は雑誌を見ているが二人の会話が気になってしまい集中できない。剛は一旦止まったはずの汗が再び流れ出たようだ。

「あー先生? 俺ちょっとアイス買ってくるから」

「あ、先生、俺もちょっと外に出ますから」

 二人は院の外に出ると大きく深呼吸をした。

「おい、なんで先生治療の時ドSなんだよ。あんなの反則だろ!」

「俺たちも慣れてはいたんですが……どうも今日は先生も厳しいみたいです」

 二人は上がった血圧を下げるためコンビニへと向かった。


 あれからどうにか組長は真っ直ぐ立てれるようになった。ベッドの端に座るとシャツを羽織る。

「先生……助かった……これでどうにか──」

「組長、私決めました……腰が良くなるまで──性交は禁止します。ドクターストップです」

 性交……ドクターストップ……だと?

「ちょ、ちょっと待て! マジか?」

「本気です。腰が悲鳴をあげています……性交は腰を壊しますよ」

 医療人モードに入った幸を説得することはできない。普段がふにゃふにゃな性格なのに身体の事になると幸は人が変わる。

 珍しく組長が慌てている。顔を背け、笑いそうになるのを幸は必死で堪える。
 このままでは組長の腰にも悪い。そして抱き潰されるこちらの腰にも悪い。お互いのためにもそのほうがいいと思った。
可哀想だが仕方がない。そのかわり……

「組長……こっち向いてください……」

「あぁ!? それどころじゃ──」

 幸は組長の頰を掴み優しくキスをした。そっと指先を顎のラインにかけて上を向かせる。

「……気持ちはかわりませんから、ね?」

 幸の笑みに組長が真っ赤になる。気持ちが通じ合っても組長は幸の笑顔に弱い。

 幸が恥ずかしくなり鍼の片付けを始めようとする。組長は額に手を当ててクククと声を出して笑った。

「参ったな……好きだ……先生」

 そう言うと幸の体を抱きしめた。
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