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第二部
裏ビデオ制作の裏側
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掃除が行き届いていない不衛生な部屋で簡易のベッドに横たわる男がいた。
黒ずくめのその男は面倒くさそうに煙草を咥えている。
「ったく、最近のAV界はだめだな……ロマンスがねぇんだよ」
熱くAV界の将来を語る男は、黒嶺会の裏ビデオの作成を任されている安田だ。
部屋のドアを叩く音が聞こえて安田は体を起こす。
焦った様子の仲間が眉間にしわを寄せ部屋へ入ってくると、安田の眉間に目をやると一瞬怯んだ。
「あ……安田さん、今日出演予定の男優役が今月の性病検査に引っかかったみたいで……」
「何!? 馬鹿野郎が……連れてこい、今すぐだ」
ドアが開き細身の男が二人の男に抱えられて来た。その顔色は悪い。
安田はその男の胸ぐらを掴み、黒のサングラスを外し睨みを利かす……。
「ひ、ひぃ……すみませんでした!」
「お前、女神の教訓守ってねぇのか」
「あの、その、それは──」
安田が怯える男の背後に立っていた大柄の男を一瞥し、顎でしゃくる。大柄の男は姿勢を正して答える。
「女神の教訓……生ダメ絶対、ゴム毎回変える、血液厳禁──です。あと、ゴムは100%じゃないのよ……です」
これは幸がいつだったか商店街で八百屋の足踏み台に乗り演説した内容だ。
もちろん光田は幸を止めようとした。
最終的には幸は自分の握りこぶしを男性生殖器に例えて性病について説明しようとしたので、光田は組長に怒られるのを覚悟で幸を抱き抱えてその場から逃げ出した。
「おい……うちは安心安全、クリーンを売りにしてんだ……性病は困るんだよ!!」
安田がそこにあった段ボールを蹴り上げる。ダンボールが壁に叩きつけられ激しい音が鳴る。
裏ビデオは犯罪だ。何がクリーンなのか分からないが、悪の中にも少しグラデーションがあるらしい。
「あ、前に風俗の女と、ヤったからですかね? おれ、まずいですか? 健康によくない性病ですか?」
「……女神の忠告を無視するからだ。あの方の忠告を守れば性病感染は防げたはずだ」
安田は大きく頷いた。その眼光は自信に溢れている。
「病院に行け、今すぐだ……俺たちも、そんな時代があったんだ……」
男の顔色が変わる……。信じられないものを見たような顔をしている。
この性病撲滅運動の先駆者が……? まさかそんな過去が?
安田は男の反応を見てふっと笑う……。
「俺だって、若い時は性病の一つや二つ持ってたさ……お前の後ろに立っている奴らもだ」
そんなに性病持ってたらヤバイだろうと思う正常な思考回路の人間はここにはいないようだ。急にレジェンド感出されても困る。
「俺はタマが腫れてな……」
「俺は勃起障害だ……辛かったぜ」
昔のことを告白した男たちの顔は晴れやかだ。どこか清々しさを感じるのはなぜだろう。性病を完治した、決して誇れることではないのに、男はなぜか握手を求めて立ち上がる。
「俺、俺……浅はかでした……だから最近勃起が……」
男が震え出す……怖いのだろう、無理もない。
安田は男の肩に手を置くと優しく微笑んだ。サングラスの奥の瞳の色に愛を感じる……。
「いいか? 大丈夫だ、女神の教訓だ、すぐに病院へ行け──それだけでお前は助かる……分かったか?」
「女神の……教訓……あの、その女神様はどちらに?」
「月に一度……ある商店街に現れるそうだ。お姿を一目見ようと皆が集まる……。性病と性に関する全ての知識を持つスペシャリストの女神が講演をなさるんだ……圧巻だぞ! 最近は人気があり過ぎてアーケードに警備員が集まるぞ」
安田は興奮のあまりに鼻息が荒くなる。
恐らくだが、ヤクザが集会していると思って警備員が集まっていると思うのだが、いや、正解は分からない。幸の性の相談室は老若男女問わず人気が出てきている。話を聞いていた婆さんも拝み出すほどだ。
「俺……病院にすぐに行きます。それで女神に直接お会いしなければ……」
男は先程は震え上がっていたが今は女神のことで頭がいっぱいだ。
幸の写真がこの部屋に飾られる日も近いかもしれない。
黒ずくめのその男は面倒くさそうに煙草を咥えている。
「ったく、最近のAV界はだめだな……ロマンスがねぇんだよ」
熱くAV界の将来を語る男は、黒嶺会の裏ビデオの作成を任されている安田だ。
部屋のドアを叩く音が聞こえて安田は体を起こす。
焦った様子の仲間が眉間にしわを寄せ部屋へ入ってくると、安田の眉間に目をやると一瞬怯んだ。
「あ……安田さん、今日出演予定の男優役が今月の性病検査に引っかかったみたいで……」
「何!? 馬鹿野郎が……連れてこい、今すぐだ」
ドアが開き細身の男が二人の男に抱えられて来た。その顔色は悪い。
安田はその男の胸ぐらを掴み、黒のサングラスを外し睨みを利かす……。
「ひ、ひぃ……すみませんでした!」
「お前、女神の教訓守ってねぇのか」
「あの、その、それは──」
安田が怯える男の背後に立っていた大柄の男を一瞥し、顎でしゃくる。大柄の男は姿勢を正して答える。
「女神の教訓……生ダメ絶対、ゴム毎回変える、血液厳禁──です。あと、ゴムは100%じゃないのよ……です」
これは幸がいつだったか商店街で八百屋の足踏み台に乗り演説した内容だ。
もちろん光田は幸を止めようとした。
最終的には幸は自分の握りこぶしを男性生殖器に例えて性病について説明しようとしたので、光田は組長に怒られるのを覚悟で幸を抱き抱えてその場から逃げ出した。
「おい……うちは安心安全、クリーンを売りにしてんだ……性病は困るんだよ!!」
安田がそこにあった段ボールを蹴り上げる。ダンボールが壁に叩きつけられ激しい音が鳴る。
裏ビデオは犯罪だ。何がクリーンなのか分からないが、悪の中にも少しグラデーションがあるらしい。
「あ、前に風俗の女と、ヤったからですかね? おれ、まずいですか? 健康によくない性病ですか?」
「……女神の忠告を無視するからだ。あの方の忠告を守れば性病感染は防げたはずだ」
安田は大きく頷いた。その眼光は自信に溢れている。
「病院に行け、今すぐだ……俺たちも、そんな時代があったんだ……」
男の顔色が変わる……。信じられないものを見たような顔をしている。
この性病撲滅運動の先駆者が……? まさかそんな過去が?
安田は男の反応を見てふっと笑う……。
「俺だって、若い時は性病の一つや二つ持ってたさ……お前の後ろに立っている奴らもだ」
そんなに性病持ってたらヤバイだろうと思う正常な思考回路の人間はここにはいないようだ。急にレジェンド感出されても困る。
「俺はタマが腫れてな……」
「俺は勃起障害だ……辛かったぜ」
昔のことを告白した男たちの顔は晴れやかだ。どこか清々しさを感じるのはなぜだろう。性病を完治した、決して誇れることではないのに、男はなぜか握手を求めて立ち上がる。
「俺、俺……浅はかでした……だから最近勃起が……」
男が震え出す……怖いのだろう、無理もない。
安田は男の肩に手を置くと優しく微笑んだ。サングラスの奥の瞳の色に愛を感じる……。
「いいか? 大丈夫だ、女神の教訓だ、すぐに病院へ行け──それだけでお前は助かる……分かったか?」
「女神の……教訓……あの、その女神様はどちらに?」
「月に一度……ある商店街に現れるそうだ。お姿を一目見ようと皆が集まる……。性病と性に関する全ての知識を持つスペシャリストの女神が講演をなさるんだ……圧巻だぞ! 最近は人気があり過ぎてアーケードに警備員が集まるぞ」
安田は興奮のあまりに鼻息が荒くなる。
恐らくだが、ヤクザが集会していると思って警備員が集まっていると思うのだが、いや、正解は分からない。幸の性の相談室は老若男女問わず人気が出てきている。話を聞いていた婆さんも拝み出すほどだ。
「俺……病院にすぐに行きます。それで女神に直接お会いしなければ……」
男は先程は震え上がっていたが今は女神のことで頭がいっぱいだ。
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