虚弱なヤクザの駆け込み寺

菅井群青

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第二部

現れた助手

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「あぁ……気が重い……」

 光田が院の前の壁にもたれかかり溜息をつく。幸がその様子を見て首をかしげる。院のドアの鍵を閉め二人は出発した。

 今日は一ヶ月に一度の銀行の日だ。光田にとってこの日は厄日だ。
 気が休まるときはない。今月も上手く切り抜けたい……。院の外に出て歩いていると前から町田が歩いてきた。

「あれ? 先生……どこかへ行かれるんですか?」

「銀行にね! 町田さんは?」

「いや、先生のところに行こうと思って……」

 町田は歯医者が思ったより早く終わったので院に向かっていたらしい。ついでなので三人で銀行に行くことにした。

 光田は見るからにホッとしたようで安堵した表情を見せる。先程より足取りは軽やかだ。

「いやー、これで安心ですわ。町田さんがいてくれはったら問題なしです」

「ん? 俺は銀行受けは悪いけどな……まぁヤクザの運命だな」

 町田は幸が女神になる日のことを知らない。町田が角を曲がりアーケード街に入るとそこはイベントが行われているようで大勢の客で賑わっている。

「あれ? このアーケードいつも閑古鳥鳴いてるんだけどな──」

 いつもと違うアーケードの様子に町田が驚きの声を上げる。

 多くの警備員が黒ずくめの男たちを押さえ込んでいる。明らかに同業者のような男たちがLOVEと書かれた鉢巻きをつけ、何やら神か女神とかかれたうちわを振り回している。

「最近、このアーケード人気みたいなんですよ! 閑古鳥鳴いていたのは昔の話ですよ!」

「あれ? おっかしいな──一週間前は……」

 幸が満面の笑みで町田に教えているのを光田は遠い瞳で見つめる。

 この日だけ警備員を設置するぐらいヤクザが集まってくる。幸はこのエリアが盛り上がってきたと勘違いしている。光田は敢えて訂正はしていない。余計話がややこしくなるのはごめんだ。

 アーケードに入るとすぐに商店街の各店の店主たちが幸に声をかける。周りの黒ずくめの男たちからも歓声が上がる。

「先生! これ持ってってよ」

「先生、これ、栄養補給にいいのよ……気に入ったら連絡してちょうだい」

「わぁ、ありがとう」

 八百屋からオクラや山芋をプレゼントされている。その横で薬局のおばあさんからエナジードリンクを手渡された。

 性の相談室を開く幸のことをみんな何か誤解をしている。ただ医学知識に長けた真面目な性格な鍼灸師だ。
 皆、幸のことを性の魔導師と信じて疑わない。

 幸のおかげでこのアーケードは毎月こうして人が集まるので屋台まで呼びお祭り騒ぎだ。集客の大きな戦力として多くの人から必要とされている。

 いつものようにアーケードを抜けようとすると特設ステージが用意されている。舞台になっており、スタンドマイクが一台用意される力の入れようだ。

 幸は当たり前のようにマイクの前に座ると慣れた手つきでマイクの高さを調節する。

「あーマイクチェック、マイクチェック──あ、エコー絞って下さい……」

「いやいや、なに玄人感出してはるんですか」

 そばにいる光田が小さな声でツッコむ。

 幸は周りにいる皆に声を掛ける。


「こんにちは」

「こーんにーちはー」

 大勢の声が重なって聞こえる。凄まじい音量だ。幸がすかさず舞台の上で「聞こえないぞーアーケード街!」とコンサートでやるような言葉でファンを煽る。
 
「「こーんにちーはー」」

 とんでもない叫び声がアーケードに響き渡る。

 その光景に町田は唖然とする。壇上にいるのは先生ではなく、一人のアーティストだ。

「光田、お前これ──」

「黙っててくださいね──組長にバレたら先生本当に監禁されちゃいますから。組長は黒嶺会に話しかけられる程度だと思ってますから……」

 壇上では幸の横に置かれた丸椅子に本日の相談者が座っている。

「どうも自分の息子に避妊具をつけるのが難しくて……小便するのもちょっと痛みが……」

「それは辛いわね……」

 突然始まった性の相談室に町田は開いた口が塞がらない。光田は町田の肩を叩くと小さく頷く。

「そうですね、とりあえず付け方の前に構造のおさらいを──あ、ちょっと! 町田さん! ちょっと来て!」

 幸は舞台を降りて町田の腕を引いて戻る。

「え? 先生俺……正常ですよ? なんともないですよ? 朝勃ちだって正常範囲だしタマも腫れたことないです。ちょっと若い時よりもアレだけど──」

「そんなこと誰も聞いてないわよ?」

 デリケートな内容をマイクを通して大勢の前にさらけ出してしまったことに町田は赤面していた。まさしく無駄な情報だ。

 やっちまったね……町田さん──。

 光田は涙を堪えている。同じ男として同情した。光田はそっと視線を外して目尻の涙を拭いた。

 幸はそのまま町田を真っ直ぐ立たせると頭の頂点部分を指差した。

「ここが亀頭ですね──それで、この中央部が尿道です、ここに炎症が起きると……」

「──先生、いま俺生殖器ですか? 亀頭って聞こえましたけど。俺もう人間じゃないんですか?」

 町田は遠くにいる人にも分かるように生殖器模型として立たされているようだ。なかなか人生でもそんな経験はできない。

「とりあえずこの顎の部分を亀頭のあの部分──」

 幸の説明は続く。
 何百もの視線を感じるが全く笑い声が聞こえない。皆真剣に町田の頭を凝視して幸の説明に聞き入っている。

「凄いわね、彼──生きる生殖器ね」

「こんなにデカイのは、初めてだね。長生きするもんだねぇ」

 アーケード街の店員たちも町田を生殖器としか認識できないようだ。町田は光田に助けを求める……。

 町田は光田と目が合うが口パクで「ガンバ!」と言っている。何を頑張ればいいのか……ただ立っているだけだ。誇らしくも何ともない。しいていうなら辱めを受け続けている。

 気がつくと先生は説明が終わったようだ。

「ありがとうございました」

 幸がお辞儀すると歓声が上がる。
 町田は妙に達成感が出てきた。幸の手が町田に触れるとボクシングの試合の後のような図になる。幸が町田の手首を掴み拳を天に掲げて健闘を称え合う。

 拍手が起こると町田も幸もお互いの顔を見合わせ握手を交わす。

 その瞬間多くのギャラリーからより大きな歓声が上がる。

 光田はその様子を見て町田を連れてきたことを非常に後悔していた。

「面倒くさい奴呼び込んでもうたみたいやな……生きた標本助手か……」

 光田は先ほどと同じように大きなため息をついた。
 その後、キリがないので光田が取り囲まれる二人の首根っこを掴みそのままフェードアウトした。仕事が二倍になっただけだ。

 光田の苦労は続く。

「普通に銀行に行かせてくれよ……」
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