虚弱なヤクザの駆け込み寺

菅井群青

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第二部

駆け込むジュン

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 幸が朝日を浴びて背伸びをする。清々しい朝だ。 

 今日は洗濯日和だな……シーツ干そうかな。

 いつも通り着替えて玄関の新聞を取りに行く。

 ガチャ

「…………えっと……」

 院の前に置かれたベンチに懺悔をするような形で蹲る男性の姿があった。茶色の光沢のスーツが太陽の光にあたりキラキラと輝いている。

 幸の声に気づきその男性が顔を上げた……。

「先生……ご無沙汰しています」

「あら、あなたは……会長さん!」

 ベンチに座り苦悶の表情を浮かべるその男性は明徳会会長の徳永純一郎……ジュンちゃんだった。

「ささ、中へどうぞ──」

「朝早くからすまない……先生に相談があるんだが……」

 会長は待合に座ると大きく溜息をつく。こここまで声に張りのない会長は珍しい。心なしか顔色も悪い。

「はい、何でしょう?」

 幸は会長を安心させるように満面の笑みで答える。会長はその笑顔に目を細める。

「ぐるぐるっとして……出して欲しい……。いや、どうにかしてくれ! こんな事初めてなんだ……もう限界だ……もう何日も──」

 会長は幸の手を取りサングラスを外した──。


 その頃龍晶会では爺が中庭で竹刀を使って稽古をしている。爺は剣道の有段者だ。時折こうして素振りを行なっている。
 甚平のポケットに入れていた携帯電話が鳴り響く。

「ワシじゃ……ほうほう……ん、OKじゃ。うまく出してもらえ……うん、じゃ」

 通話を切ると再び素振りを再開する。縁側に控えていた舎弟に組長を呼ぶように言う。
 しばらくして面倒臭そうな表情の組長が現れた。どうやら、遅くまで付き合いで酒を飲んでいたのだろう顔色が悪い。

「なんだよ、爺……俺朝帰りなんだけど……急ぎじゃなければ後でいいか?」

「ふ……よかろう……寝ればいい──楽しくなりそうじゃな」

 爺の様子に組長は嫌な予感がする。
 普段ならしつこいぐらい追ってくるのに──ここまであっさりとしていると逆に気になる。

「爺……何を隠してる?」

「今……先生は誰といると思う?」

 爺の言葉に組長は二日酔いが一気に治ったように真顔になる。組長は鋭い視線を爺に向ける。

「ジュンちゃんが朝早くから院に向かったらしいぞ? どうやら先生に出してもらいんだと……いいのか? ん? 早く行かんと……」

 爺が組長に近づくと耳元で囁く。

──先生、寝取られちゃうぞ?

 組長はそのまま踵を返すと大声で町田を呼ぶ。爺に怒っている場合じゃない。あの会長の手にかかれば先生は三つ子を妊娠する。

──あのパンチパーマめ……バリカンで剃り上げてやる……。

 組長は車に乗り込むと院へと急いだ。その背中を爺が見て楽しそうに笑った。

「ふん、いつも呼んでも素直に来んからじゃ、全く、バカな孫を持つと大変じゃ──」

 爺は竹刀をくるくると振り回すと再び中庭へと戻った。




「あぁ、すごい……何日ぐらいですか? ここまで膨れるなんて……パンパンですよ?」

「あぁ……丸五日か。自分じゃどうしようもなくて……」

 会長の表情は険しい……幸の手の動きに合わせて呼吸を合わせているようだ。

「先生……さっきみたいにグルグル回してくれないか? 動かされるとたまらん……」

「会長、自分でもできるようにしないとダメですよ? さ、手を貸してください。そっと手を置いて……ダメですよ……時計回りに、そうそう──」

バーンッ!!

「──先生!」

 組長は勢いよく院のドアを開けるとそのまま閉まっていたカーテンを開ける。

「わ、組長……? どうしたんです? こんな朝早く……」

 幸は長い鍼を持ちこちらを見上げている。今から会長の足に鍼を打つようだ。
 会長は上半身を脱ぎ、お腹には多くの鍼の痕が見える。いまは会長は真剣な様子で自分の掌を臍に置き、時計回りにゆっくりと擦り付けている。

「よう司……悪いな、ぜ」

 そう言って自分のお腹をさするとギュルギュルとお腹から音がした。幸はその音を耳にすると嬉しそうに笑った。

「さ、会長! そろそろ便に最後の追い込みですね! いけますか?」

「先生……俺はいつでも何回でもイケるぜ、何なら一戦──」

「……違うもの出す気だろうが、さっさとトイレに行って出しやがれ」

 会長はひどい便秘に悩まされていた。もう五日も大便が出ていない。
 幸に手のひらでお腹をマッサージもらった……鍼もして緊張している筋肉部分を緩めた。これで出なかったら浣腸しかない……それは一番避けたい。会長は怖がりだった。

 組長は待合のソファーに腰掛けると溜息をつく。ここまでの道中色々な事を考えていた。
 会長の毒牙にかかっていなくて良かった……。

 帰ったら爺の朝のミカンヨーグルトを強奪することを決意する。きっと爺は確信犯だ。嫌がらせの一つぐらいしないと気が済まない。

 幸が足に鍼をしていると会長が便意を感じトイレへと向かった。その後ろ姿を見て幸がやりきったように額の汗を拭う。
 ラストスパートが効いたようだ。

 使い捨ての鍼を出すカサカサと言う音が院内に響く。新しい鍼を用意しているようだ。

「どうした? まだやるのか?」

「え? 組長も治療しに来たんじゃ──腰よね?」

「……あぁ、頼む。その前に──」

 組長が幸の顎に手をかけて上を向かせると一気に深く口付けた。組長がそのまま幸の腰に腕を回しきつく抱き上げる。
 必死で息継ぎをする幸の顔は真っ赤だった。
 耳や首筋にもキスを落とし、ようやく解放すると幸の瞳は充血し、真っ赤な唇はまだ足りないと訴えているようだ。その唇を指でなぞってやると幸は眩しそうに目を細めた。

「俺のってこと……忘れないようにマーキングだ。先生、首にマークつけといたから」

「っな──」

 幸の顔がさらに真っ赤になった。
 さっきの合間につけたらしい。

 五日ぶりにようやく便秘から解消されスッキリした顔で戻ってきた会長は幸の顔を見てニヤリと笑った。

「ほう──いいね」

 組長のマーキングに微笑ましい笑みを浮かべる会長だった。
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