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第二部
キツネは胃が痛む
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光田は院の待合のソファーに座り項垂れている。ちょうど幸は組長の腰の治療を終えカーテンから出てきた。光田はカーテンが開かれた音に反応し、すぐさま適当に雑誌を手に取ると真剣な表情で見つめている。
「……光田さん、それ面白い?」
「おもろいですよ、これ。笑えます」
幸田が見ている雑誌は洋裁のパッチワーク特集の雑誌だ。どう見ても笑う要素はない。
「どうした……光田、顔色が悪いぞ」
黒のシャツを羽織った組長が待合へと戻って来る。光田は額の汗を拭う。
「大丈夫です。ちょっと胃が痛くて──」
「大変──こっちに来て仰向けで寝てちょうだい」
光田は顔色を変え組長と幸を交互に見る。
「いや、まじで大丈夫ですから」
組長は光田の顎を掴み顔を上げさせる。光田は脂汗が出ている。組長は光田の首根っこを掴むとそのままベッドへと連れて行く。
「大人しく寝ろ……」
組長はそのまま待合のソファーに座り光田が見ていた雑誌を見て鼻で笑う。
素人が見てもちんぷんかんぷんだ。
幸は奥の部屋から生姜のスライスを持ってきた。光田のお腹をめくり出す。
「え、先生……何を?」
「生姜の灸よ。隔物灸っていってね、もぐさに含まれる成分と、生姜の成分を熱で体内に入れるの。熱くないわよ? 見た目は熱そうだけど……温かくなれば次のツボへ動かするから。胃の調子を整えるのにいいの」
幸は生姜を置くと上から親指ほどのもぐさの山を置く。
「せ、先生大っきいです! しかもなんか色も黒くないですか? ベージュちゃいました? もぐさって」
関西地方は灸が好きな人が多い。光田も幼い頃に老人たちが灸をすえているのを見てきた。
「あら、さすが関西出身ね! これは粗悪もぐさっていって、あえて余分なものを混ぜて燃える時の温度を上げているもぐさなの」
「いや、余計熱くなるなんてヤバイやないですか!」
こんなでかい物が自分のへその上で燃えるなんて恐ろしい。
「大丈夫よ」
幸がライターで火をつけるとみるみる煙が出てくる。光田は腹にくる熱を待つ……ほんわかした温かさはあるものの、火傷するほどではない。
「あれ?……もう終わりました?」
「余裕でしょ? 良かった」
幸はもう一度もぐさを置くと火をつけた。
何回か繰り返しているとお腹全体がポカポカの温まるのがわかる。
気持ちがいい……胃薬よりもスッとする……。
幸がリラックスしている光田を見て優しく微笑む。
「胃が痛むなんて、何か食べ過ぎたの?」
「あ……いや──その……」
光田の胃痛の原因はストレスだ。しかも幸に関係するものだ。先日のアーケードで開催された性の相談室のせいだ。町田のせいで余計にストレスがかかった。いつ組長にバレるかとビクつくあまり胃が荒れたようだ。
「光田は……大変だからな、無理もないだろう」
光田が言い渋っているのを見て組長がため息を漏らす。ただ、まだシャツのボタンを留めていないので色気がダダ漏れだ。幸も光田も組長の桃色吐息に思わず目を逸らす。
自覚なしの色気ほど困るものはない。
組長は思った。
光田は心の調教のせいで胃が痛んでいるのだと──。
先日も光田が縁側で一人呟いていたのを偶然通りかかり聞いてしまった。
『普通にイキたいだけやねんけど……あかんのかな』
くっ……光田!!
組長は光田に声を掛けられなかった。
あの日の光田の背中は寂しげだった。そして不憫だった──。
そうだ、普通がいいよな……俺もそう思う……。
組長はあの日のことを思い出し何度も頷いている。
真実は少し違う。
『普通に(銀行に)行きたいだけやねんけどな……(道変えたら)あかんかな』
性の相談室からどう逃げられるかを考えていただけだ。
治療が終わりすっかり調子の良くなった光田が微笑む姿を見て、組長は思わずその肩を叩く……。
「辛いときは、言え……力になるぞ」
「……は、い」
光田は言えなかった。
幸がとある界隈で性の魔導師として暗躍していることなど、言えるはずはなかった。
少し緊張して、胃が重くなった。
光田の胃痛はなかなか治りそうもない。
「……光田さん、それ面白い?」
「おもろいですよ、これ。笑えます」
幸田が見ている雑誌は洋裁のパッチワーク特集の雑誌だ。どう見ても笑う要素はない。
「どうした……光田、顔色が悪いぞ」
黒のシャツを羽織った組長が待合へと戻って来る。光田は額の汗を拭う。
「大丈夫です。ちょっと胃が痛くて──」
「大変──こっちに来て仰向けで寝てちょうだい」
光田は顔色を変え組長と幸を交互に見る。
「いや、まじで大丈夫ですから」
組長は光田の顎を掴み顔を上げさせる。光田は脂汗が出ている。組長は光田の首根っこを掴むとそのままベッドへと連れて行く。
「大人しく寝ろ……」
組長はそのまま待合のソファーに座り光田が見ていた雑誌を見て鼻で笑う。
素人が見てもちんぷんかんぷんだ。
幸は奥の部屋から生姜のスライスを持ってきた。光田のお腹をめくり出す。
「え、先生……何を?」
「生姜の灸よ。隔物灸っていってね、もぐさに含まれる成分と、生姜の成分を熱で体内に入れるの。熱くないわよ? 見た目は熱そうだけど……温かくなれば次のツボへ動かするから。胃の調子を整えるのにいいの」
幸は生姜を置くと上から親指ほどのもぐさの山を置く。
「せ、先生大っきいです! しかもなんか色も黒くないですか? ベージュちゃいました? もぐさって」
関西地方は灸が好きな人が多い。光田も幼い頃に老人たちが灸をすえているのを見てきた。
「あら、さすが関西出身ね! これは粗悪もぐさっていって、あえて余分なものを混ぜて燃える時の温度を上げているもぐさなの」
「いや、余計熱くなるなんてヤバイやないですか!」
こんなでかい物が自分のへその上で燃えるなんて恐ろしい。
「大丈夫よ」
幸がライターで火をつけるとみるみる煙が出てくる。光田は腹にくる熱を待つ……ほんわかした温かさはあるものの、火傷するほどではない。
「あれ?……もう終わりました?」
「余裕でしょ? 良かった」
幸はもう一度もぐさを置くと火をつけた。
何回か繰り返しているとお腹全体がポカポカの温まるのがわかる。
気持ちがいい……胃薬よりもスッとする……。
幸がリラックスしている光田を見て優しく微笑む。
「胃が痛むなんて、何か食べ過ぎたの?」
「あ……いや──その……」
光田の胃痛の原因はストレスだ。しかも幸に関係するものだ。先日のアーケードで開催された性の相談室のせいだ。町田のせいで余計にストレスがかかった。いつ組長にバレるかとビクつくあまり胃が荒れたようだ。
「光田は……大変だからな、無理もないだろう」
光田が言い渋っているのを見て組長がため息を漏らす。ただ、まだシャツのボタンを留めていないので色気がダダ漏れだ。幸も光田も組長の桃色吐息に思わず目を逸らす。
自覚なしの色気ほど困るものはない。
組長は思った。
光田は心の調教のせいで胃が痛んでいるのだと──。
先日も光田が縁側で一人呟いていたのを偶然通りかかり聞いてしまった。
『普通にイキたいだけやねんけど……あかんのかな』
くっ……光田!!
組長は光田に声を掛けられなかった。
あの日の光田の背中は寂しげだった。そして不憫だった──。
そうだ、普通がいいよな……俺もそう思う……。
組長はあの日のことを思い出し何度も頷いている。
真実は少し違う。
『普通に(銀行に)行きたいだけやねんけどな……(道変えたら)あかんかな』
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治療が終わりすっかり調子の良くなった光田が微笑む姿を見て、組長は思わずその肩を叩く……。
「辛いときは、言え……力になるぞ」
「……は、い」
光田は言えなかった。
幸がとある界隈で性の魔導師として暗躍していることなど、言えるはずはなかった。
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