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第三部
久しぶりのデート
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美英が東京へ来る。
久しぶりだ……昨日は緊張しすぎてよく眠れなかった。今朝は服選びに苦戦していた。
「これ、どうだ? 派手か?」
「ふざけてる場合ちゃいますよ、時間ないんじゃ──あ、本気のやつ? あ、本気で選んだやつか……うん、すみません」
光田は冗談かと思い笑ったが、町田の顔色を見て真顔になる。町田の本気の勝負服だったようだ。
町田はなぜか真っ白で統一された服を選んでいた。サテンの白シャツの胸元になぜかスパンコールで作られたバラの花が付いていた。
「社交ダンスの大会に行くんちゃいますよね? デートですよね?」
「いや、真面目な印象を与えようかと……」
「いや、ヤクザですよね? 何目指してんすか」
町田は久しぶりのデートに勘が狂いまくっている。痺れを切らした光田がコーディネートしてくれた。光田は母親のように最後にハンカチを手渡し送り出してくれた。
ドッ ドッ ドッドドドド──
俺の心臓はフル稼働だ。
待ち合わせ場所である某モニュメントの前で仁王立ちしている男は俺しかいない。
多くのカップルが待ち合わせしている中で、ここまで鬼気迫る顔をしているのは俺ぐらいかもしれない。目の下のクマはヤク中に間違われそうだ。
さっきから通り過ぎる人たちが俺のことを避けている。いけ好かない笑顔の男は俺を気にするあまり階段から転げ落ちていた。天罰に違いない……フサフサ頭め。
「あと、十分だ……」
タブレット越しじゃない、電話越しじゃない……本物の美英ちゃんだ。
若い頃は待ち合わせが嫌いだった。若い時は今よりも尖っていたんだと思う。
良いもんだな、待つのも……。
今美英ちゃんは仕事の用事を済ましている。今頃こちらに向かっているだろう。
「兄さん……」
後ろから背中を叩かれる。振り返るとそこには初めて会った時と同じスーツを着た美英だった。
あ──。
気が付くと町田は美英を抱きしめていた。人前だとか、いい大人だとか、そんな考えをすっ飛ばして美英を引き寄せていた。
ここにいる。本物の美英ちゃんが、いる……。
「うわ、兄さん! あの、その……」
町田の抱擁に美英は周りの目を気にしていたが、そのまま真っ赤な顔して背中に手を回し抱きしめ返す。
「兄さん、ただいま」
「おかえり……」
二人は手を繋ぎ歩き始めた。美英の荷物が少ないことに気付く。
「あれ? 荷物は?」
「あ、ホテルに送ってます。デートに邪魔かなぁと思って。兄さん、東京観光しましょか」
美英はにっこり微笑んだ。
最高の一日だった。バスに乗り普段行かない観光地にも行ってみると新たな発見があった。
「鍼の学校行ってた時はお金と時間がなくて……ようやく行けました」
美英は見るもの全てが新鮮だったようで写真を撮りまくり、夕方までに携帯電話の充電が無くなった。
日が暮れて晩御飯をお腹いっぱい食べると美英が町田の腕を取り、真剣な表情でこちらを見る。
「兄さん……ホテル行きましょか」
「え!? もう!? いや……ま、あ、良いけど」
「私このために色々持ってきたんですよ」
「えぇ!?」
町田は驚愕のあまり屋外だということも忘れて叫ぶ。通りがかりの会社員が物珍しそうに振り返った。
ホテルの部屋に着くと美英はフロントから受け取ったボストンバッグを開く。
町田はベッドに腰掛けながらドキドキしていた。顔ももしかしたら真っ赤かもしれない。手汗もひどい。
セーラー服、いや……ここはナース服……あとはまさか大胆にも武器を用意しているのか? 美英ちゃんに限ってそれは……いや、でも先生も……。いや、いい! 俺はなんでもいい!
町田は一人心を決めたようだ。
「じゃーん、かっこいいでしょ?」
美英が嬉しそうに町田の顔の前に差し出した。
黒の、箱?
重厚な黒のカバンが出てきた。
美英がいそいそとその中を開くとそこには鍼道具や灸道具が一式揃っていた。どうやら美英がいつも使っている往診用のカバンらしい。
「さ、兄さん、上の服を脱いでベッドにうつ伏せになって? あのね、【腎虚】調べてみたんだけど、やっぱ本物のもぐさを使った灸が──」
「ぷっ、ああ……待ってね、今脱ぐから」
町田は美英の嬉しそうな笑顔に思わず吹き出して笑う。
きっとこの日のために色んな事を調べてきてくれたんだろう。それが嬉しい。初めて二人でホテルの一室に入ったというのに恋人らしからぬ空気に笑うしかない。
それでも、愛おしいのはなぜなんだろう。
町田が立ったまま服を脱ぐと胸から腕にかけて美しい彼岸花が現れた。美英は刺青が入っているとは思っていたがこんな美しいとは思わなかった。朱色が輝いている……。
「……き、きれい──ほんまに……」
「ありがとう」
美英が彼岸花に触れようと腕を伸ばす。その手を町田が掴むと美英が顔を上げる。
「あ──兄、さん……」
町田はそのまま顔を近づける……唇が重なる瞬間二人の視線が交わる。町田は微笑みながら美英にキスをした──。
二人の夜は特別なものになった。
美英の渾身の【腎虚】治療は朝から行われることになった。
「兄さん、精を使い切ったから補わんとあかんよね、ふふふ」
「美英ちゃん……【腎虚】だからってナメてない?──とりゃ!」
町田は美英に抱きついた。
久しぶりだ……昨日は緊張しすぎてよく眠れなかった。今朝は服選びに苦戦していた。
「これ、どうだ? 派手か?」
「ふざけてる場合ちゃいますよ、時間ないんじゃ──あ、本気のやつ? あ、本気で選んだやつか……うん、すみません」
光田は冗談かと思い笑ったが、町田の顔色を見て真顔になる。町田の本気の勝負服だったようだ。
町田はなぜか真っ白で統一された服を選んでいた。サテンの白シャツの胸元になぜかスパンコールで作られたバラの花が付いていた。
「社交ダンスの大会に行くんちゃいますよね? デートですよね?」
「いや、真面目な印象を与えようかと……」
「いや、ヤクザですよね? 何目指してんすか」
町田は久しぶりのデートに勘が狂いまくっている。痺れを切らした光田がコーディネートしてくれた。光田は母親のように最後にハンカチを手渡し送り出してくれた。
ドッ ドッ ドッドドドド──
俺の心臓はフル稼働だ。
待ち合わせ場所である某モニュメントの前で仁王立ちしている男は俺しかいない。
多くのカップルが待ち合わせしている中で、ここまで鬼気迫る顔をしているのは俺ぐらいかもしれない。目の下のクマはヤク中に間違われそうだ。
さっきから通り過ぎる人たちが俺のことを避けている。いけ好かない笑顔の男は俺を気にするあまり階段から転げ落ちていた。天罰に違いない……フサフサ頭め。
「あと、十分だ……」
タブレット越しじゃない、電話越しじゃない……本物の美英ちゃんだ。
若い頃は待ち合わせが嫌いだった。若い時は今よりも尖っていたんだと思う。
良いもんだな、待つのも……。
今美英ちゃんは仕事の用事を済ましている。今頃こちらに向かっているだろう。
「兄さん……」
後ろから背中を叩かれる。振り返るとそこには初めて会った時と同じスーツを着た美英だった。
あ──。
気が付くと町田は美英を抱きしめていた。人前だとか、いい大人だとか、そんな考えをすっ飛ばして美英を引き寄せていた。
ここにいる。本物の美英ちゃんが、いる……。
「うわ、兄さん! あの、その……」
町田の抱擁に美英は周りの目を気にしていたが、そのまま真っ赤な顔して背中に手を回し抱きしめ返す。
「兄さん、ただいま」
「おかえり……」
二人は手を繋ぎ歩き始めた。美英の荷物が少ないことに気付く。
「あれ? 荷物は?」
「あ、ホテルに送ってます。デートに邪魔かなぁと思って。兄さん、東京観光しましょか」
美英はにっこり微笑んだ。
最高の一日だった。バスに乗り普段行かない観光地にも行ってみると新たな発見があった。
「鍼の学校行ってた時はお金と時間がなくて……ようやく行けました」
美英は見るもの全てが新鮮だったようで写真を撮りまくり、夕方までに携帯電話の充電が無くなった。
日が暮れて晩御飯をお腹いっぱい食べると美英が町田の腕を取り、真剣な表情でこちらを見る。
「兄さん……ホテル行きましょか」
「え!? もう!? いや……ま、あ、良いけど」
「私このために色々持ってきたんですよ」
「えぇ!?」
町田は驚愕のあまり屋外だということも忘れて叫ぶ。通りがかりの会社員が物珍しそうに振り返った。
ホテルの部屋に着くと美英はフロントから受け取ったボストンバッグを開く。
町田はベッドに腰掛けながらドキドキしていた。顔ももしかしたら真っ赤かもしれない。手汗もひどい。
セーラー服、いや……ここはナース服……あとはまさか大胆にも武器を用意しているのか? 美英ちゃんに限ってそれは……いや、でも先生も……。いや、いい! 俺はなんでもいい!
町田は一人心を決めたようだ。
「じゃーん、かっこいいでしょ?」
美英が嬉しそうに町田の顔の前に差し出した。
黒の、箱?
重厚な黒のカバンが出てきた。
美英がいそいそとその中を開くとそこには鍼道具や灸道具が一式揃っていた。どうやら美英がいつも使っている往診用のカバンらしい。
「さ、兄さん、上の服を脱いでベッドにうつ伏せになって? あのね、【腎虚】調べてみたんだけど、やっぱ本物のもぐさを使った灸が──」
「ぷっ、ああ……待ってね、今脱ぐから」
町田は美英の嬉しそうな笑顔に思わず吹き出して笑う。
きっとこの日のために色んな事を調べてきてくれたんだろう。それが嬉しい。初めて二人でホテルの一室に入ったというのに恋人らしからぬ空気に笑うしかない。
それでも、愛おしいのはなぜなんだろう。
町田が立ったまま服を脱ぐと胸から腕にかけて美しい彼岸花が現れた。美英は刺青が入っているとは思っていたがこんな美しいとは思わなかった。朱色が輝いている……。
「……き、きれい──ほんまに……」
「ありがとう」
美英が彼岸花に触れようと腕を伸ばす。その手を町田が掴むと美英が顔を上げる。
「あ──兄、さん……」
町田はそのまま顔を近づける……唇が重なる瞬間二人の視線が交わる。町田は微笑みながら美英にキスをした──。
二人の夜は特別なものになった。
美英の渾身の【腎虚】治療は朝から行われることになった。
「兄さん、精を使い切ったから補わんとあかんよね、ふふふ」
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町田は美英に抱きついた。
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