忘れられたら苦労しない

菅井群青

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8.親友から心友へ

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 『俺の彼女はもう、この世にいない。会いたくても、会えない。嫌いにもなれない──忘れられない』

 大輝の声が響く。
 何もできないどうすることもできない苦しみだ。

「大輝くん……」

「だから、涼香ちゃん……俺の分まで幸せになって」

 そう言って涼香を見る目は優しい。涼香は返事ができない。大輝の心の痛みが涼香の胸に押し寄せている。

 でも、大輝くんは? このままどうするの?

「洋介には言うなよ、いつか俺から言うから……誰にも言ってないんだよ彼女の事」

 私も武人の事を弘子たち以外に話せなかった……それが意味するのはまだ心が囚われているということだ。私だけに話してくれた事に心が痛くなる。

 私に話していいと思ってくれたんだ。こんなにも気持ちがわかるのに、どうして私だけ幸せになれるの?

──大輝くんに幸せになってほしい……。

「大輝くん……私に話してくれない? その、彼女の思い出……話した方が、いいと思う」

「話す?」

 涼香は前のめりになると大輝の腕を取る。大輝は一瞬ギョッとした表情になるも涼香の真剣な目に押し黙る。

「私たちすごく似てる。過去の恋に囚われてるのもそうだし……大輝くんの苦しみが分かるの。私に話せたら、ちょっとは楽かもなぁって、いや、楽だよ!」

 涼香は必死だった。
 このままだと大輝くんはまた一人で苦しんで泣いている気がした。

「大輝くんも苦しんでるのに……」

「……いいよ。わかった。でも涼香ちゃんはあの彼とよりを戻して幸せになって。それが俺のためになるから」

「分かった、でも本当にそうなるかな……」

 涼香はもう空になるビールを一気に飲み干した。大輝は通りかかった店員にビールのお代わりを注文する。

「きっとなるよ。じゃ、こうしよう。俺は彼女の事を話すから、涼香ちゃんは恋愛相談を俺にする……持ちつ持たれつ、ってことで……」

「よし……じゃ、そういうことで──」

 涼香は大輝へ手を伸ばす。二人は握手をした。

──どうか、幸せになって……苦しまないで。

──俺の分身……俺のことはいいから幸せになって。


 二人はなぜかお互いの幸せを思った。





「なぁ、大輝……涼香ちゃんとどう? 上手くいってる?」

「……だから、友達だって……」

大輝は洋介を無視して席を立つとプリンターへと向かう。洋介は諦めきれないのか大輝の後ろにぴったりと付き離れない。まるで流行ったテレビゲームのように後ろを付いてくる。しつこい。

「涼香ちゃんいい子だろ? 結婚間近で捨てられたんだ……そろそろ幸せになってほしいんだよ」

「……結婚間近?」

 大輝が今日初めて反応したことに洋介は嬉しそうだが、大輝はそれどころじゃない。

 そんな男のことをいつまでも思ってるのか? ひどいやつ……。涼香ちゃんもさっさと忘れて次に行けばいいのに……。大体、そんな仕打ちをしたやつがあんな風に連絡先を渡してどういうつもりだ? まったく、ふざけた話だ。

 そこまで考えたところでやけに熱くなっていることに気づく。応援するって言ってんのに何やってんだ、俺。

 どうも自分の事のように熱く考えてしまう。涼香ちゃんは俺の分身だから。

「涼香ちゃんのこと気に入ってんじゃーん? なんだよ、そう言えよ」

 洋介が鬱陶しい絡み方をし始めた。こういう時は無視が正しい対処法だ。

「どこがだ。お前と一緒にいるようなもんだろ」

「お前、ずっと人と関わるの避けてたろ? 興味がないか、敢えてそうしてるか分からないけど……少なくとも今の反応は涼香ちゃんの事が気になったってことだろ。恋じゃなくても……大きな変化だよ」

 洋介の意外な言葉に目を見張る。いつも笑ってふざけているやつだと思っていたが、ちゃんと見ていたのだと少し感動した。

「だーかーらー、な? 正直どうなんだよー、教えろよー親友じゃん?」

 洋介が元の調子に戻る。恥ずかしかったのかもしれない。大輝は洋介の頭を叩く。

「うるせぇよ、さっさと席戻って仕事しろ──あと、今晩一杯付き合え」

 洋介はニヤッと笑うと「了解」と返事をして戻っていった。その機嫌の良さそうな背中をみて大輝は優しく微笑んだ。

「ごめんな……」

 大輝はもうそろそろ希のことを洋介に話せるかもしれない。そう思い始めた。

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