忘れられたら苦労しない

菅井群青

文字の大きさ
7 / 40

7.大輝の過去

しおりを挟む
 今から五年前俺と希は出会った。

 当時俺は趣味で休日にフットサルをしていた。そこにたまたま運動不足の解消で何となく参加した希と出会った。

 俺たちはチームメイトとして出会い、いつしか惹かれ合い恋人同士になった。希は茶色のショートカットで笑うとえくぼができる小柄な女の子だった。私服はシンプルで黒の服を着ていることが多かった。白い肌に黒い服が映えて美容師に間違われる事も多かったらしい。

 俺たちはよく一緒に出かけた。
 春は少し遠出して川沿いの桜を見に行き、桜の木の下で手を繋いで春の風を楽しんだ。

 夏は肌の弱い希でも楽しめるように川遊びに行った。川底がコケで滑りやすくなっていて、二人で支えあいながら歩いた。結局滑って全身ずぶ濡れになった。大笑いしながら水を掛け合い翌日二人とも風邪をひいた。

 秋はなぜかハロウィンパーティをしようとした。たった二人なのに。
 案の定トイレットペーパーを巻きつけた訳の分からない塊が俺を出迎えてくれた。

 冬はクリスマス前に喧嘩をした。
 クリスマスの日に俺は希の好きなケーキに指輪を持ってアパートの前まで行った。俺の姿を見ると泣きながら抱きつき、そのあと泣いたまま指輪をつけケーキを頬張る姿が愛おしかった。

 希と出会えて俺は楽しかった。幸せだった。

 希は笑顔の絶えないやつで俺を楽しませてくれた。絶対に希と結婚するんだと周りに吹聴するぐらいに惚れていた。

 希と出会って二年ほどしたある日、希が仕事先で倒れたと連絡が入った。仕事中だったとは思うが俺は上司に家族が倒れたといい会社を飛び出した。

 希は家族だ。もう、俺の家族なんだ。

 タクシーで言われた病院へ向かう。病室の前で希の母親が泣き崩れている姿があった。
 ざわつく胸を落ち着かせようとシャツをきつく握る。その手が病室に近づこうとすると震え出した。

 なんだ?
 どうした?

 怖くてその場から動けなくなった。そんな俺を見つけた希の父親が俺の方へ歩み寄り何も言わずに肩を掴んだ。何度も何度も掴み、父親は俺の顔を見れなくなって俯き咽び泣いた。

 ゆっくりと俺は希の父親の肩に触れ、掴む手を離させる……そのまま希の母親の横を通り抜け病室へと入る。

 そこには希がいた。病室で静かに寝ているようだった。

 もう病院のスタッフは処置をせず少し離れたとこで見守っている。その目は悲しさを押し殺したようで病室は異様な空気が支配していた。

「希……?」

 ベッドに近づくと希が一瞬笑った気がした。頰に触れると少し温かい気がしたが次に希の白い手に触れるとなぜか信じられないほど冷たかった……。

「……残念です──」

 誰が言ったか分からない声が俺の耳に届いた。

 肌の白い希がより一層白く見える……。俺は希の小さな肩を抱きしめた。瞳が見たい、声が聞きたい。

「希、俺だ、大輝だ……起きろ、なぁ、希?」

 希は何も言わない。

 笑ってくれ
 触れてくれ
 名前を呼んでくれ

 涙が止まらなくなる。希がいなくなってしまう。俺のそばから、俺の前から……そんなことがあるのか。

「う……う、なんだよ、ふざけんな……希! 起きろ!! 希!」

 希の胸元に俺の涙が落ちる。
 俺の声を聞いていた希の母親が大きな声で鳴き始めた。同じように希の名を呼び泣いていた。

 その後いつのまにか希の母親と隣り合わせで病院の廊下に座っていた。
 希の母親とは何回も会っている。希を家に送っていき晩御飯を一緒に頂いて帰ったりしていた。

「……だいちゃん、ごめんね。あの子脳に爆弾があったんだってそれが破裂しちゃったんだって……健康に産んであげれれば……」

「お母さん、は、悪くない……何も、悪くないです」

「ごめんね……」

 希の母親はそのまま謝り続けた。まるで俺が希かのように……。

 葬式の日はよく覚えていない。
 ただ、頭を下げられれば頭を下げ、声をかけられれば「ありがとうございます」と返していた。

 最後の別れの時、俺は花を置き希の頰にキスをした。

 希は──死んだ。

 そう思った時にこれは夢なのかと思った。もしくは、希と一緒にいた時間が夢だったのか。葬式の次の日俺はいつものように会社に出勤した。おかしな感覚だった。どこか夢の世界にいるようだった。

 思い出の多いフットサルはやめた。
 会社の同僚には希が亡くなったことは言わなかった。二ヶ月ほどたった頃飲みの席で揶揄われた時に別れたことだけを伝えると意外そうな顔をしていただけだった。
 俺はどんな顔をしていたか分からないが、それ以上皆詮索しなかった。それがありがたかった。

 希がいない世界に俺は生きていくことになった。希が残してくれた幸せと愛の形跡を感じながら。

 あれから三年……まだ俺の中に希はいる。

しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

元婚約者からの嫌がらせでわたくしと結婚させられた彼が、ざまぁしたら優しくなりました。ですが新婚時代に受けた扱いを忘れてはおりませんよ?

3333(トリささみ)
恋愛
貴族令嬢だが自他ともに認める醜女のマルフィナは、あるとき王命により結婚することになった。 相手は王女エンジェに婚約破棄をされたことで有名な、若き公爵テオバルト。 あまりにも不釣り合いなその結婚は、エンジェによるテオバルトへの嫌がらせだった。 それを知ったマルフィナはテオバルトに同情し、少しでも彼が報われるよう努力する。 だがテオバルトはそんなマルフィナを、徹底的に冷たくあしらった。 その後あるキッカケで美しくなったマルフィナによりエンジェは自滅。 その日からテオバルトは手のひらを返したように優しくなる。 だがマルフィナが新婚時代に受けた仕打ちを、忘れることはなかった。

旦那様に「君を愛する気はない」と言い放たれたので、「逃げるのですね?」と言い返したら甘い溺愛が始まりました。

海咲雪
恋愛
結婚式当日、私レシール・リディーアとその夫となるセルト・クルーシアは初めて顔を合わせた。 「君を愛する気はない」 そう旦那様に言い放たれても涙もこぼれなければ、悲しくもなかった。 だからハッキリと私は述べた。たった一文を。 「逃げるのですね?」 誰がどう見ても不敬だが、今は夫と二人きり。 「レシールと向き合って私に何の得がある?」 「可愛い妻がなびくかもしれませんわよ?」 「レシール・リディーア、覚悟していろ」 それは甘い溺愛生活の始まりの言葉。 [登場人物] レシール・リディーア・・・リディーア公爵家長女。  × セルト・クルーシア・・・クルーシア公爵家長男。

君に何度でも恋をする

明日葉
恋愛
いろいろ訳ありの花音は、大好きな彼から別れを告げられる。別れを告げられた後でわかった現実に、花音は非常識とは思いつつ、かつて一度だけあったことのある翔に依頼をした。 「仕事の依頼です。個人的な依頼を受けるのかは分かりませんが、婚約者を演じてくれませんか」 「ふりなんて言わず、本当に婚約してもいいけど?」 そう答えた翔の真意が分からないまま、婚約者の演技が始まる。騙す相手は、花音の家族。期間は、残り少ない時間を生きている花音の祖父が生きている間。

走馬灯に君はいない

優未
恋愛
リーンには前世の記憶がある。それは、愛を誓い合ったはずの恋人の真実を知り、命を落とすというもの。今世は1人で生きていくのもいいと思っていたところ、急に婚約話が浮上する。その相手は前世の恋人で―――。

愚かな恋

はるきりょう
恋愛
そして、呪文のように繰り返すのだ。「里美。好きなんだ」と。 私の顔を見て、私のではない名前を呼ぶ。

恋人の気持ちを試す方法

山田ランチ
恋愛
あらすじ 死んだふりをしたら、即恋人に逃げられました。 ベルタは恋人の素性をほとんど知らぬまま二年の月日を過ごしていた。自分の事が本当に好きなのか不安を抱えていたある日、友人の助言により恋人の気持ちを試す事を決意する。しかしそれは最愛の恋人との別れへと続いていた。 登場人物 ベルタ 宿屋で働く平民 ニルス・パイン・ヘイデンスタム 城勤めの貴族 カミラ オーア歌劇団の団員 クヌート オーア歌劇団の団長でカミラの夫

政略結婚の先に

詩織
恋愛
政略結婚をして10年。 子供も出来た。けどそれはあくまでも自分達の両親に言われたから。 これからは自分の人生を歩みたい

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

処理中です...