忘れられたら苦労しない

菅井群青

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36.あの道を

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 いつもように涼香とイカの店で小競り合いをしながら食事をして大輝のアパートへ向かう。隣にいる涼香がふと気づいたようにある方角を指す。

「大輝くん、真っ暗だし……人通りのある道を歩いて帰ろう。あっちの方が近道でしょ?」

「あ、あぁ……そうしようか」

 涼香と気持ちが通じ合ってから大輝はあの道を通るのを避けていた。

 怖かった……涼香ちゃんが好きなのに希の幻を見ることが。俺の中の記憶の希が現れる。もし見てしまえば涼香ちゃんを裏切っているようで……怖かった。酒を飲んだ帰り道は希の幻を見ることが多かったから。

 思いがけずあの道に向かうことになり大輝は緊張していた。ほろ酔いでご機嫌の涼香にこんなことを言える訳もない。

 通りに出ると大輝はすぐに俯きながら歩く。数歩歩いて大輝は立ち止まると、横を歩いていた涼香も立ち止まる。

「どうしたの? 吐きそう?」

 心配する涼香の手を握ると大輝は前を見た。その道をゆっくりと歩き出す。

 怖がっちゃダメだ。ダメだ、前を見なきゃ……ダメだ──。

「……大輝くん」

 涼香は大輝の様子から希との思い出が溢れ出てきたのだと思った。

「ちょ、ちょっと待って!」

 涼香は立ち止まり大輝を引き止める。振り向いた大輝の顔は何かを堪えているようだ。眉間に力が入っている……。涼香がそっと大輝の眉間に触れると大輝の体から力が抜けた。

 そのまま頭を撫でると大輝は泣きそうな顔をして謝った。

「ごめん……」

「謝ることないよ? 大切な思い出なのに……無理に押し殺すなんてダメだよ。私はもう希さんのことを知ってるから、大丈夫……私のために無理したら大輝くんが壊れちゃうでしょ、メッ!」

 母親のように涼香は大輝の頭をポンっと叩いた。

 バカだ、俺。涼香ちゃんに隠せるはずないのに。

「……この道、希の幻を見るんだ、その、酔った時だけ……おかしいとは思うんだけど」

「そう……」

 涼香には大輝の気持ちが分かる。涼香も人混みの中で武人の幻を見た。

「俺、涼香ちゃんが好きだ。好き。」

「うん、うんうん」

「だから、不安にさせたくないから言えなかった、ごめん」

 好きだから大切だから言えない。
 決して希に未練があるとか、二人の思い出を大切にしたいからじゃない。

「私達、心友でもあるの……すぐ分かっちゃうよ?」

「そうだよな……」

 涼香はそのまま大輝の腕を取ると先導して歩き始めた。

「大丈夫、大丈夫。希さんが心の真ん中にいる時から私、大輝くんが好きなんだもん。希さんひっくるめて私が貰い受けるから」

 振り返って涼香は恥ずかしそうに微笑む。大輝は涼香の腰を引き寄せてキスをした。二人の体がくっついてしまうように。
 車が横切っていくのに気付き涼香は真っ赤になる。誰かに見られたのかと思うと恥ずかし過ぎる。

「な、なな──」

「……ゴメン、可愛くて、カッコよくてつい──」

 大輝は涼香の手を握ると再び前向いて歩いた。希は現れなかった。
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