ひめさまはおうちにかえりたい

あかね

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おまけ

閑話 ある幼馴染について

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「姫君から休めとお手紙です」

 はっきりとした物言いだ。
 目の前に突きつけてきた。非礼だと咎めようとする副官を止める。
 メリッサも怒っているのか。
 副官に部屋を出るように促す。

「貴方のかわりはいないと自覚されてはいかがですか」

 その言葉が少し前に聞いた言葉と重なったようで、ランカスターは黙った。
 メリッサは同意と受け取ったのかランカスターの手からペンを取り上げる。

「寝かしてこいとのご用命ですので、失礼しますね」

 ランカスターが苦情を言う前にそう断言され、机の上の書類も雑にまとめられた。止めようと手を伸ばしたが、代わりにその手に手紙を乗せられる。

「……姫が、そんな乱暴な物言いするわけがないだろう?」

「意訳です。大体あってます」

『兄様がね、ブラック労働反対って言ってたわ。寝ないなんて美徳ではなくてよ。寝不足の澱んだ頭で何ができるというの。死人を増やすだけだわ。』

 と無表情で語り出した、と。
 あの美貌で無表情になると確かに怖いかも知れない。確かに人間離れしている。そう思えば、あの時はわかりやすく表情を作っていたのだろうなと気がついた。

「ご自愛ください」

 とは書いてあったが、その意はもっと違うんだろうか。
 いまいち読めない姫君だ。予想を超えていく。

 穏やかな姫君と思えば、時に芯の強さを見せる。

 そして、誰の語る姫君とも一致しない。基本的には似たようなことは言うが、少し違うかなと訂正を入れたい人が多い。

 メリッサは人の好い優しい方なのにと憤り、イリューは美しくてちょっと怖いですねと言っていた。

 レオンハルトが、無理、死ぬと言っていたのが印象的ではある。その発言ですら、何かしらの意図はあるかもしれない。
 
「家に帰れと言いたいところですが、帰っても世話する人がいないのだから一緒ですよね。なんか前聞いた通りすぎて、逆に困惑しますね」

 ランカスターがメリッサにそう語ったことはない。それならば言ったのは一人だけだ。

 共通の知人。
 彼女の幼なじみであり、婚約者。
 彼の親友。
 従者の兄。

 全て一人の男で、何も残さずに亡くなった。北方で。

 同じ欠けをもっているはずなのに、誰ともその話をしたことがない。
 処理し損ねた気持ちがくすぶっている。

 仕事に逃げてるんですっ! 彼の弟が苛立ったように、言った。居合わせたソランが気まずそうな顔をしていた。
 彼の最期をソランは知っている。

 不幸にも。

 大変な不幸だと思っている。北の砦では魔物に殺されても、病死としか伝えられない。魔王は一度も起きず、魔物があふれることなど一度もない、そう言うことになっているから。そうでなければ、国の存続に関わってくる。
 魔王の壁になることで、誰も欲しがらない土地として争いを仕掛けられることも少ない。もしそうであっても援軍はすぐに届く。誰も、魔王と争いたくはない。

 幸い今まで北方を抜けてくることはない。しかし、その事情もあって北方にすむものは少ない。栄えるようなところところもなく、寂しい辺境である。
 なにもないところだよと言う友人の言葉は少しほっとしているようだった。
 まるで、なにもないことがいいことのように。

「隣に仮眠室という住居があるようですが、入ってもよろしいですか?」

「荒れてる」

「メイドもつれてきているので、お掃除いたしますね」

「男の部屋なんだが」

「お掃除です。ここは王城ですよ? 虫などでてきたら大変です」

 拒否のつもりが、掃除のために押し入られることになった。
 ランカスターに出来たことと言えばわずかな時間だけもらって、まずいものだけ確保することがせいぜいだった。

 こんなに押しが強かっただろうか。ランカスターは大事なものを入れた袋を抱えながらそわそわと部屋の掃除を見守っていた。
 メリッサが連れてきたメイド2人がてきぱきとあちこちを拭き掃除などしている。メリッサは指示を出しながらも自分も手を動かしていた。

 メリッサとは昔はランカスターもよく遊んだものだが、そのころは大人しかったような? と思い返す。昔も今も本の虫であるランカスターは、よく図書館や資料室に入り浸っていた。そこでメリッサと会った。もちろん、本を読む場所なので騒がしくするわけもない。
 だから、そこで大人しかったとしても外では違った可能性はある。
 メリッサとランカスターはあまり外で会ったことはなかった。あったとしても友人を真ん中に挟んでの交流しかない。

 元々メリッサと友人の親同士が親しく、後に婚約させることを前提にお互いの家を行き来していたようだ。
 それとは別にメリッサとランカスターは出会い、本を介しての交流があった。
 そして、ある時、友人からメリッサを紹介されて驚くことになる。

 お互いに初めましてと言ったときの気まずさは今も覚えている。隠してしまった罪悪感とともに。

「埃が、山です」

 そわそわしているランカスターにメリッサは部屋の隅の惨状を告げる。いつから、掃除してないんだと詰問されているようで、ああ、うん、と答えるのが限界だった。
 見ていたら全部指摘されるのだろうかと思うと逃げ出したくもなるが、記憶に残っていないまずいものが残っているかもしれない。そうなれば撤退もできない。

「病気になりますよ。定期的に掃除を手配しますね?」

「それは、いやなんだが」

「手配しますね」

「……はい」

 項垂れてランカスターは同意した。自分でできるかと言われるとできないのだ。暇もないと言いわけするが、掃除の仕方も知らない。

 それからほどなく、このくらいでいいでしょうと掃除自体は終わった。メイドたちは帰され、メリッサだけが残った。

「帰らない?」

「お休みするところまで見守るのが任務です。
 お食事もされていないでしょう? 厨房に頼んでおきましたので、そろそろ届くはずです」

 メリッサはしばらく使ってもいなかったテーブルの上にテーブルクロスを敷き、お茶の用意をする。
 ランカスターは二つのティーカップに居座る気満々なのを察してしまった。

「姫君はご機嫌麗しく、はなさそうだな」

「私からは何も」

 噂に遠いランカスターですら、ヴァージニアの不遇が聞こえてくる。おかわいそうにと言う話が多かった。

「予算の都合はついているので、欲しいものがあれば連絡してほしい」

「承りました」

 そこから会話が途切れてしまった。
 ランカスターが見るともなしにメリッサを観察すれば、翳りや疲れがあるように思えた。

「……なんですか?」

「君こそ、休むべきではないのか?」

「姫君のお世話は楽しいですよ。ジニー様も……」

 メリッサはぽっと頬を赤らめて両頬に手を当てている。
 まるで恋する乙女のようで、ランカスターは動揺した。メリッサは表情変化に乏しいと言われがちだが、今ははっきりと浮かれているのがわかる。

「姫君の護衛がどうしたんだ?」

「お茶を入れてくださったんです。
 もう、素敵で。お姫様になった気分で、ほんとにもうっ」

「……そう」

 他に言いようがなかった。これもランカスターは聞いたことがある。ジニーに骨抜きにされた女性の多さは、ジャックを追い抜く勢いだと。この城内において女性人気一番の座を攫う勢いらしい。
 交流のあるイリューが微妙な表情で、ああ、すごいですよねぇと相槌を打っていたのを思い出した。
 ランカスターも会ったことはあるが、礼儀正しい騎士である以上のことはわからない。

「……はっ。あらやだ、私ったら」

 冷ややかなランカスターの視線に気がついたのか、メリッサは慌てて居住まいをただした。いつも通りのようで、ちょっとそわそわしている。

「近頃、婚約してやると言う態度の男性ばかり相手をしていまして……」

「まだ、早いだろう」

「傷心の今がねらい目と思われているようですね。
 家の都合でそのうちに、婚約が調うでしょう」

「一年は」

 慣例上、婚約者がなくなった場合、一年は喪に服することになっている。よほど急ぐ事情でもなければ守らないほうが白い目でみられるものだ。
 メリッサは少しばかり苦く笑った。

「待てないそうです。
 元々、今頃は婚姻しているはずでした。イリューがもう少し年が近ければそのままだったでしょうけど、難しそうですし」

「イリューは弟のようなものだっただろう?」

「ええ、ですが、私も妹のようなものだったので問題はないと思います。まあ、本人がその気がないようですからどうにもなりません」

 メリッサ本人もあまり乗り気ではないのだろう。
 そこにランカスターはほっとした。そして、ほっとしたことに愕然とする。

「……なんです?」

「なんでもない」

 友人がなくなったのならばと思ったことはない。しかし、ほかの誰かに任せるというのは、いやだと気がついてしまった。
 ランカスターは渋い表情のまま黙ることにした。
 このままでは余計なことまで言いだしそうだった。それはメリッサの悩み事を増やすだけのことだろう。

「そういえば、ランカスター様は誰かいないんですか?」

「仕事ばかりで仕方ない。一緒にいてもつまらないそうだし、特別誰かというものもいない」

「モテそうなのですけどね。色々都合の良い……都合の良い」

 メリッサにじっと見られてランカスターは身じろぎをした。
 都合が良い、というのはなんだと問い返せなかった。何か悪い予感がする。それも面倒そうなやつだ。

「見逃していました、そうです、ら」

「用事があった」

 メリッサにそれ以上言わせないようにランカスターはさえぎった。これ以上は聞いてはいけない。

「え、用事?」

「レオンハルトと会う予定。
 ああ、しまったな。時間を超過している」

 ランカスターは棒読みであるとは自覚していた。
 メリッサは困惑したようではあった。

「部屋を留守にする。
 一人にさせるわけにもいかないから帰ってもらっていいか?」

「え、ええ」

 メリッサが立て直す前になんとか追い出すことには成功した。

「……はー」

 ランカスターはため息をついた。
 めんどくさいのは承知しているが、都合の良い、だけで求婚されても困るのだ。ランカスターは女性を幸せにするような甲斐性はない。
 主に仕事で、大体仕事でという男など相手にしないほうがいい。

 ちゃんと向き合ってくれて、優しい男のほうがいいに決まっている。
 例えば友人のような。

「……全く、勝手に死にやがって」

 ランカスターは小さくつぶやいた。
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