145 / 160
幼馴染み襲来編
手紙
しおりを挟む
ただ一通の手紙が、始まりだった。
「ついに来たか」
簡素な紙に数行だけの手紙。それは即位の祝いとして送られた品の中にあった。それを持ってきた使者は、ものだけを置くとお待ちしておりますと告げて去った、らしい。
検分された中身は元の箱に戻している。
それもあるが、まずは手紙だ。
薄っぺらい紙に薄っぺらい内容を推定できる。それを開封する気になるまで一週間かかった。
それも、ジニーとしてユリアが同席しているところで、である。
ユリアを呼んだのは女王陛下の執務室ではなく、ジニーの私室としてある部屋だ。元々そっけない部屋だったが、贈り物などで賑やかになっている。ぬいぐるみや小物などは定期的に入れ替えをすることになっており、入れ替えたものは孤児院などへの寄付にあてることになっていた。
それは送り主には告げているし、それが嫌なら贈り物はしないように言っている。贈り物がなくても別に対応を変えたりしないのだからと。
御礼の品は定期的に中身を変えているせいか、なぜか、季節ごとに贈り物をしてくるものもいたりした。
返礼品が目的なのか。
「今月は何を返そうかな」
「ジニーが送れば、小石でもありがたがりますよ」
ソファに隣に座ってクッキーをつまんでいたユリアが言う。真顔だ。
「なにそれ」
「それだけではなく、手ずから拾っていただいたのね! って感動するかもしれません」
「こわい」
「ジニーが悪いんですからね? まあ、今月はリボンで良くないですか? ほら、こっちではあまり見ない図案ということで流行り始めてますし」
「ご婦人方の副業になるからそれでいいならいいけどね」
これは北方で被害にあった者へ依頼している。お金だけを施せばよいというものではない、というのが長兄の話。よくわからんが、恩だけ売るとなぜか逆恨みされる、らしい。誇りというのは、落ちた時こそ大事だそうだ。
「そういう話をするだけに呼んだんですか?」
「分割払いを早く終わらせたくて」
「払い終わる前に新しく借りを作る人が悪いんじゃないですか?」
「それはユリアが頼りになるからだよ」
「んんっ! そ、そういうとこですよっ!」
囁けば赤くなってちょっとだけ身を離した。黙っててくださいと言う代わりにクッキーを私の口に押し込む。厨房からやってくる素朴なクッキーはおいしい。故郷の味といった木の実入りのものは、故郷で食べたものよりずっとおいしい。
「本当の用件はなんです? また、なにかやらかすんですか? 私も暇じゃないんですよ」
ユリアも仕事溜まっている。新設の調合部屋や温室の相手で忙しいのは知っている。薬神様の神殿も新設したので同信者たちとの付き合いもあるようだ。
「うん? 宣戦布告されたってところかな」
ジニーになってようやく開封する気になったくらい気の進まないもの。
「……帝国の?」
「困っちゃうよねぇ。もう、姫様は誰のものにもならないのに」
「そうですね。姫様が総取り。我が下僕、ですもんね」
そう見えているなら、そうなんだろうけど。
ユリアに手紙の開封を任せる。力加減を間違えたと破くかもしれないから。
「中身も確認して」
「ええと……。
遅くなったが迎えに行く。国は誰かに譲渡せよ。という意味。ですかね?」
困惑が勝ったようなユリアの声に私は苦笑いする。
「失恋したとお伺いしましたけど?」
「求婚を断ったからそうなるかなって」
「なぜです?」
よくわからないという顔をされるのは理解できる。
私と彼はとても親密で仲が良く見えた。大事にされていた、ようにきっと見えた。そして、そう私も信じていた。
「そうだなぁ。
皇帝、まあ、皇太子だったころなんだけど、正妻がいた。さらに二人ほど側妃」
「え」
「幼馴染というほど長く付き合っている間に結婚してたんだよ」
絶句しているユリアに私は苦笑いした。政治の都合で、何もないからという言葉を信じた。あるいは信じるしかなかった。
君を愛するのは、俺の以外誰もいないんだから、そうずっと言われていたから。
「知ったのはかなり後に本人以外から。本人に聞けば、話す必要がないと言う」
「どこの浮気男ですか」
「兄様の件があるから、そういうの平気だと思われたんじゃないかな。
兄様のハーレムは王とその妻たちという形が都合がいいからそうなってるし、ほら、性別なんて関係ないから」
「そ、そうでしたね……。
じゃあ、断って正解です。あれ? でも、迎えに来るって」
「残念ながら、お断りの意味を理解しなかったんだろうね」
予想通りに。
結婚はできない、もう2度と会わないと言った言葉を受け入れたように見えてこういう手段に出てくる。
「気をひくために他の男と結婚したとか思われてるよ」
「うわ……」
ユリアのドン引きした顔はわかる。本当はこんな手紙、さっさと焼却処分しておけばいい。
「……行きませんよね?」
「そのつもりだけどね」
「な、なんなんですか、その不安な返答!」
「お前には俺しかいない、俺しかお前のこと好きじゃない、とか言われ続けてたからちょっと自信がないなぁ」
いまさらながらよく求婚を断ったものだ。
5番目の側妃といわれたのが良かったんだろう。あのころより二人増えてると頭が冷えた。
「それに私の気持ちも関係ないよ。俺のものなんだから」
「最低最悪の男ですね」
「最低最悪だけど大陸一の権力者なんだよね」
国を潰して戦利品として奪っても構わないという考えに至らない、と信じる気はない。
「……なるほど、用事が出来ましたので御前失礼いたします。
魔女の秘薬ぶっかけてでもなんとかします。ふふふ」
「は?」
「どーんとお任せください」
「え、ちょっと」
とてつもなく、嫌な予感がした。
「ついに来たか」
簡素な紙に数行だけの手紙。それは即位の祝いとして送られた品の中にあった。それを持ってきた使者は、ものだけを置くとお待ちしておりますと告げて去った、らしい。
検分された中身は元の箱に戻している。
それもあるが、まずは手紙だ。
薄っぺらい紙に薄っぺらい内容を推定できる。それを開封する気になるまで一週間かかった。
それも、ジニーとしてユリアが同席しているところで、である。
ユリアを呼んだのは女王陛下の執務室ではなく、ジニーの私室としてある部屋だ。元々そっけない部屋だったが、贈り物などで賑やかになっている。ぬいぐるみや小物などは定期的に入れ替えをすることになっており、入れ替えたものは孤児院などへの寄付にあてることになっていた。
それは送り主には告げているし、それが嫌なら贈り物はしないように言っている。贈り物がなくても別に対応を変えたりしないのだからと。
御礼の品は定期的に中身を変えているせいか、なぜか、季節ごとに贈り物をしてくるものもいたりした。
返礼品が目的なのか。
「今月は何を返そうかな」
「ジニーが送れば、小石でもありがたがりますよ」
ソファに隣に座ってクッキーをつまんでいたユリアが言う。真顔だ。
「なにそれ」
「それだけではなく、手ずから拾っていただいたのね! って感動するかもしれません」
「こわい」
「ジニーが悪いんですからね? まあ、今月はリボンで良くないですか? ほら、こっちではあまり見ない図案ということで流行り始めてますし」
「ご婦人方の副業になるからそれでいいならいいけどね」
これは北方で被害にあった者へ依頼している。お金だけを施せばよいというものではない、というのが長兄の話。よくわからんが、恩だけ売るとなぜか逆恨みされる、らしい。誇りというのは、落ちた時こそ大事だそうだ。
「そういう話をするだけに呼んだんですか?」
「分割払いを早く終わらせたくて」
「払い終わる前に新しく借りを作る人が悪いんじゃないですか?」
「それはユリアが頼りになるからだよ」
「んんっ! そ、そういうとこですよっ!」
囁けば赤くなってちょっとだけ身を離した。黙っててくださいと言う代わりにクッキーを私の口に押し込む。厨房からやってくる素朴なクッキーはおいしい。故郷の味といった木の実入りのものは、故郷で食べたものよりずっとおいしい。
「本当の用件はなんです? また、なにかやらかすんですか? 私も暇じゃないんですよ」
ユリアも仕事溜まっている。新設の調合部屋や温室の相手で忙しいのは知っている。薬神様の神殿も新設したので同信者たちとの付き合いもあるようだ。
「うん? 宣戦布告されたってところかな」
ジニーになってようやく開封する気になったくらい気の進まないもの。
「……帝国の?」
「困っちゃうよねぇ。もう、姫様は誰のものにもならないのに」
「そうですね。姫様が総取り。我が下僕、ですもんね」
そう見えているなら、そうなんだろうけど。
ユリアに手紙の開封を任せる。力加減を間違えたと破くかもしれないから。
「中身も確認して」
「ええと……。
遅くなったが迎えに行く。国は誰かに譲渡せよ。という意味。ですかね?」
困惑が勝ったようなユリアの声に私は苦笑いする。
「失恋したとお伺いしましたけど?」
「求婚を断ったからそうなるかなって」
「なぜです?」
よくわからないという顔をされるのは理解できる。
私と彼はとても親密で仲が良く見えた。大事にされていた、ようにきっと見えた。そして、そう私も信じていた。
「そうだなぁ。
皇帝、まあ、皇太子だったころなんだけど、正妻がいた。さらに二人ほど側妃」
「え」
「幼馴染というほど長く付き合っている間に結婚してたんだよ」
絶句しているユリアに私は苦笑いした。政治の都合で、何もないからという言葉を信じた。あるいは信じるしかなかった。
君を愛するのは、俺の以外誰もいないんだから、そうずっと言われていたから。
「知ったのはかなり後に本人以外から。本人に聞けば、話す必要がないと言う」
「どこの浮気男ですか」
「兄様の件があるから、そういうの平気だと思われたんじゃないかな。
兄様のハーレムは王とその妻たちという形が都合がいいからそうなってるし、ほら、性別なんて関係ないから」
「そ、そうでしたね……。
じゃあ、断って正解です。あれ? でも、迎えに来るって」
「残念ながら、お断りの意味を理解しなかったんだろうね」
予想通りに。
結婚はできない、もう2度と会わないと言った言葉を受け入れたように見えてこういう手段に出てくる。
「気をひくために他の男と結婚したとか思われてるよ」
「うわ……」
ユリアのドン引きした顔はわかる。本当はこんな手紙、さっさと焼却処分しておけばいい。
「……行きませんよね?」
「そのつもりだけどね」
「な、なんなんですか、その不安な返答!」
「お前には俺しかいない、俺しかお前のこと好きじゃない、とか言われ続けてたからちょっと自信がないなぁ」
いまさらながらよく求婚を断ったものだ。
5番目の側妃といわれたのが良かったんだろう。あのころより二人増えてると頭が冷えた。
「それに私の気持ちも関係ないよ。俺のものなんだから」
「最低最悪の男ですね」
「最低最悪だけど大陸一の権力者なんだよね」
国を潰して戦利品として奪っても構わないという考えに至らない、と信じる気はない。
「……なるほど、用事が出来ましたので御前失礼いたします。
魔女の秘薬ぶっかけてでもなんとかします。ふふふ」
「は?」
「どーんとお任せください」
「え、ちょっと」
とてつもなく、嫌な予感がした。
21
あなたにおすすめの小説
銀眼の左遷王ケントの素人領地開拓&未踏遺跡攻略~だけど、領民はゼロで土地は死んでるし、遺跡は結界で入れない~
雪野湯
ファンタジー
王立錬金研究所の研究員であった元貴族ケントは政治家に転向するも、政争に敗れ左遷された。
左遷先は領民のいない呪われた大地を抱く廃城。
この瓦礫に埋もれた城に、世界で唯一無二の不思議な銀眼を持つ男は夢も希望も埋めて、その謎と共に朽ち果てるつもりでいた。
しかし、運命のいたずらか、彼のもとに素晴らしき仲間が集う。
彼らの力を借り、様々な種族と交流し、呪われた大地の原因である未踏遺跡の攻略を目指す。
その過程で遺跡に眠っていた世界の秘密を知った。
遺跡の力は世界を滅亡へと導くが、彼は銀眼と仲間たちの力を借りて立ち向かう。
様々な苦難を乗り越え、左遷王と揶揄された若き青年は世界に新たな道を示し、本物の王となる。
ある平凡な女、転生する
眼鏡から鱗
ファンタジー
平々凡々な暮らしをしていた私。
しかし、会社帰りに事故ってお陀仏。
次に、気がついたらとっても良い部屋でした。
えっ、なんで?
※ゆる〜く、頭空っぽにして読んで下さい(笑)
※大変更新が遅いので申し訳ないですが、気長にお待ちください。
★作品の中にある画像は、全てAI生成にて貼り付けたものとなります。イメージですので顔や服装については、皆様のご想像で脳内変換を宜しくお願いします。★
孤児院の愛娘に会いに来る国王陛下
akechi
ファンタジー
ルル8歳
赤子の時にはもう孤児院にいた。
孤児院の院長はじめ皆がいい人ばかりなので寂しくなかった。それにいつも孤児院にやってくる男性がいる。何故か私を溺愛していて少々うざい。
それに貴方…国王陛下ですよね?
*コメディ寄りです。
不定期更新です!
私ですか?
庭にハニワ
ファンタジー
うわ。
本当にやらかしたよ、あのボンクラ公子。
長年積み上げた婚約者の絆、なんてモノはひとっかけらもなかったようだ。
良く知らんけど。
この婚約、破棄するってコトは……貴族階級は騒ぎになるな。
それによって迷惑被るのは私なんだが。
あ、申し遅れました。
私、今婚約破棄された令嬢の影武者です。
特技は有効利用しよう。
庭にハニワ
ファンタジー
血の繋がらない義妹が、ボンクラ息子どもとはしゃいでる。
…………。
どうしてくれよう……。
婚約破棄、になるのかイマイチ自信が無いという事実。
この作者に色恋沙汰の話は、どーにもムリっポい。
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む
家具屋ふふみに
ファンタジー
この世界には魔法が存在する。
そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。
その属性は主に6つ。
火・水・風・土・雷・そして……無。
クーリアは伯爵令嬢として生まれた。
貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。
そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。
無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。
その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。
だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。
そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。
これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。
そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。
設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m
※←このマークがある話は大体一人称。
[完結]困窮令嬢は幸せを諦めない~守護精霊同士がつがいだったので、王太子からプロポーズされました
緋月らむね
恋愛
この国の貴族の間では人生の進むべき方向へ導いてくれる守護精霊というものが存在していた。守護精霊は、特別な力を持った運命の魔術師に出会うことで、守護精霊を顕現してもらう必要があった。
エイド子爵の娘ローザは、運命の魔術師に出会うことができず、生活が困窮していた。そのため、定期的に子爵領の特産品であるガラス工芸と共に子爵領で採れる粘土で粘土細工アクセサリーを作って、父親のエイド子爵と一緒に王都に行って露店を出していた。
ある時、ローザが王都に行く途中に寄った町の露店で運命の魔術師と出会い、ローザの守護精霊が顕現する。
なんと!ローザの守護精霊は番を持っていた。
番を持つ守護精霊が顕現したローザの人生が思いがけない方向へ進んでいく…
〜読んでいただけてとても嬉しいです、ありがとうございます〜
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる