ひめさまはおうちにかえりたい

あかね

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幼馴染み襲来編

偽恋人計画1

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 デートと言う名の視察に出たのは、偽装恋人の話をして二日後のことだった。元々私の視察が入っていたところに無理やり同行させた形になる。
 色々話をしておこうと思ったのに爆睡されている。

「……なんなのかしら」

 乗った途端に寝不足なので寝ますねと宣言して、寝た。本当に、寝た。良い馬車といえどガタガタするのに。そもそも、だ。一国の主の前で爆睡。どうなんだろう。
 ……確かに目の下にクマできていたけども。ちゃんと法律作ったのにな。本人は好きでするかもしれないけど、周囲がぶん回される。
 もちろん、最終地点にいる私も……。いや、もう、サクサク片づけたほうがいいんでしょうけどぉ? とブチ切れたのは一昨日くらいの話だ。

 ため息をついて、私は窓の外を見る。
 今日の行き先は孤児院だ。そこに新たな学校を作ることになっていて、作業の進み具合を確認しに行く。そこにいるのは、北方で親を失った子ばかりだ。親戚も引き取るほどに余裕もないか、親戚すらも亡くなった。
 遅かったとなじられても仕方のない立場ではあるが、彼らはこちらに友好的だった。北方を放置していたのは前の王で、私は即位してすぐに手配をし、救済を行っていることが最大の要因だろう。私自身がそう言ったわけではないが、前王が北方を放置していたということはかなり広まっている。つまりは、怨嗟をすべて先代に向けているわけだ。すまんなと思いつつ便乗している。
 後世の歴史家にちゃんと訂正してもらえるといいが。

 まあ、反抗すれば捨てられるのではないか、元の暮らしに戻されるのではないかという恐れを感じなくもないのだけど。
 従順であれとは言わないが、大人しくしているなら今のところは問題はない。狂信的になるとこれまた問題で匙加減がな……。

「学校ねぇ……」

 私には無縁の場所だ。故郷にもあったが、王族が入ることはなかった。壊れやすさが違うのだからと隔離されていたともいえる。異能を持つがゆえに、遠ざけられ親しい友人も数えるほどだった。それも、ジニーとしてで、ヴァージニアの友人知人はいない。正確には、気がついたときには、誰もいなくなっていた、だ。
 ただ一人幼馴染を除いて。
 彼以外、誰もいなかった。

 思い出して憂鬱になる。背の高い、可愛げのない私などと言われたことは。

 ため息一つでやり過ごす。今となっては、私を手のうちに入れようとして言ったこととわかる。しかし、十年も前の私にはそれだけが正しさのように思えた。
 いまさら時を戻せはしないが、正気に返れとあの頃の自分を揺さぶりたくはある。まあ、今も正気かというとあまり保証はないがましであるとは思いたい。

 馬車は何も問題なく、孤児院まで運んでくれた。

「着いたわよ」

 揺り動かすまで目が覚めないなんてどういう神経しているのだろうか。
 眠りから呼び覚まされて、私を捉えた目が緩やかに笑む。その表情のやさしさに息をのんだ。今まで見たことのない顔。
 それを見てしまったことに謎の罪悪感を覚える。

「周りが不審に思うから、早く出てエスコートして。
 不埒なことをしていたのかとは思われたくないの」

「それはすみません」

 焦ったような私の言葉に彼は苦笑いしながら先に馬車を降りる。そして、私が降りるために手を差し出した。その手を思わず見つめてしまう。
 手を握ったことなどあっただろうか、と。

「陛下?」

 いや、これは様式であって、特別ななにかではない。本当に、調子が狂っている。目も当てられない。いつもの私ではない。
 なんでもない顔でその手を掴む。作法としては少々おかしい気がするが、気にすることもない。作法が付け焼刃なのはもう隠しようもないのだし。
 それでも優雅そうには降りることはできた。

 孤児院は古い建物だが、中身は新しくされている。闇のお方の祭壇も用意されているが、そこは別に聖域ではない。資金提供した都合上、置いてもらっているだけだ。加護の対象とするほど興味を持っていないようだし。そのせいで嫌がらせを受けるということもないだろう。
 お気軽に呪いを振りまく悪名名高き神である。誰も喧嘩を売りたくはないだろう。実際に実害が出るという実例はこの地でもありふれてきた。

 孤児院にいる子のうちお行儀のよい子ばかりを集めてきたような大人しさで歓迎された。ジニーで来たときにはもう少し騒がしかったんだけど。

 学校として使う教室や教科書などを確認し、教師役も紹介された。順調そうに見えて、落とし穴があった。

「女児には裁縫と簡単な読み書きだけとは……」

 そのほかは家事を手伝わせることになっているらしい。今後嫁いでも困らぬようにというのは善意であろう。ただ、私の求めたものとは違うだけで。
 頭が痛いがここで反論しても意味はない。ただ、私の願いとは異なりますねとだけ伝え、後日責任者を呼びつけることにした。
 一番上の光の神官を。丸投げしたのか、下が勝手にしたのか、本人の思想かを知る必要がある。

 そのあたりの話をきいたところで時間の都合もあり、早めに切り上げることになった。ほぼ、私が仕切っていたせいで俺なんでここに呼ばれたんですかね?という顔をされてしまった。
 馬車移動中に、用事があったんだよ。密室がさぁということで帰りに話をすることにした。

「来週くらいに一泊してほしいの」

 ガタゴト揺れる馬車で外を眺めながら要望を告げた。

「……どこにですか?」

「私の部屋」

 返答はなかった。びっくりするほどの沈黙だった。

「恋人実績、大事。別になにかしろという話ではないわ。周囲にそう思わせることが目的だから」

「俺が、刺されそうという話は考慮いただけないということでよろしいでしょうか?」

「しばらくオスカーを付けておくから余計なことはしないでいれば安全じゃないかしら」

 大げさなため息が聞こえた。あれは聞かせるためのやつだ。気に入らないが承知したというところだろう。

「…………どちらに外泊されるんです?」

「しないわよ」

 意外なことを聞かれたと言わんばかりに答えておいた。偽装であるのならば、実体はないと彼ならば考えそうだから予想の範囲内ではある。
 私としては同室でも構わないわけだが。その気もなければ機能もないという話ではあるし、怪しまれないほうが望ましい。

「ジニーとして外泊して部屋にいない、というわけでは」

「どうして?」

「対外的実績が必要ならば、いる必要もないでしょう?」

「自分の部屋でくつろぎたいのは別におかしくないでしょ? ソファも結構寝心地はいいわよ」

「外泊してください」

「めんどう」

「なら、俺もお断りです」

「同じ部屋にいたくないの?」

「当たり前のこと言わないでください。人を何だと思ってるんです?」

 言いたいことはいくらでもあったが、この辺りが妥協点だろう。外泊は承知した。ジニーとしてユリアのところにでも潜り込んでおこう。その代わりに、イリューが代役させられることになるんだけどこの二人一緒にいても大丈夫かな?
 喧嘩とかしないよね? お互いになんか大人であろうとしているし。

 ちょっとばかり、不安ではあった。
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