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おうちにかえりたい編
閑話 異国の騎士(ジニー)について
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早朝の鍛錬は騎士の勤めと主はよく言っている。
食事の前に鍛錬の意味がわからない、と昔は思っていた。
今まではずいぶんと不真面目だったとソランは反省している。
彼がそう改めたのは一人の異国の騎士の存在があったからだ。
かなり早い時間にこの屋外の鍛錬場に訪れる。一通り型稽古をして、さっさと帰ってしまう。時間帯によっては姿すら見えない。
そのため今日のソランは焦っていた。
今日はとても遅くなった。それというのも主が中々起きなかったからだ。まだお酒の匂いが残っている。
ソランは従者としているので、主の世話も仕事のうちであり放り投げておくわけにもいかない。
それが例え二日酔いのおっさんであったも、だ。
「ウィリアム様、いい年した大人が深酒なんてみっともないですよ」
ソランは隣を歩く主に苦言を呈する。大体、年に二回はあるそれは、先代の従者からのきつく叱るように言われている。
前任者は冗談のつもりだったかも知れないが、ソランはこの時ばかりは苦情を言うことにしている。
前日の酔っぱらい状態も大変迷惑したのだ。
「それな。潰されたんだけど」
「よりわるくないですか?」
いい年したおっさんが、酔い潰される。あまり外聞の良い話ではない。
ソランはじろっと主を見ればさすがにこれに反論はないらしい。
「しばらく禁酒してください」
主は困ったような顔で、あーとかうーとか言っていた。それは困ったときや言葉に詰まったときに意味もなく口にする。
ソランは隠してあった酒を一度処分すべきか検討する。
双方の結論が出ないままに鍛錬場が見えた。
古くは天井があったとされているが、今は石で辺りを囲われた場所だ。石畳なのが実に痛い。
相手が悪いと打ち身を作りに行っているようなものだ。ソランは作る側だったので、あまり出入りしないようにしていた。
恨みは買いたくない。
主は指南役という建前でここにいるので出入りしないわけにもいかない。おかげで規則正しい生活を心がけて痩せたと言っていた。
まあ、嘘であるが。
見ればちょうど異国の騎士が出てくるところだった。
ソランが大きく手を振れば、異国の騎士は困ったように手を振り返してきた。
「おまえ、なにしてんの?」
「え、仲良いですよ?」
「いや、そうじゃなくてな」
首をかしげるソランに何か言う気も失せたのか主はため息をついた。
聞きたいのは、こんなところで、なぜ、そんなに仲が良いアピールをしたいのか、だ。
しかし、ソランがよく考えてそんな事をするタイプではないと主も理解している。良くも悪くも野生が生きている。
そうでなければ、青の騎士団に所属しないだろう。
近衛からわざわざ移ってきた変わり種は彼以外いない。前代未聞と言われているが、本人はどこ吹く風だ。
こうしなきゃ、ダメだって思った。
などと言っていたが、誰も意味がわからない。家族や兄弟にすら呆れられている。
既に勘当に近い状態だ。
「じゃ、またあとでお迎えに上がります」
ソランは主の返事も聞かずに、異国の騎士の元に走っていった。
主と異国の騎士の間の微妙な困惑にも全く気がつかない。
ソランは挨拶もそこそこに稽古をつけてくれと頼む。
しかし、いつもいる二人がいないことに異国の騎士は首をかしげていた。
「今日は俺一人だよ。二人とも休み」
本来は彼も休みだったのだが、別の日に休みを取らされたので今日は出ている。
どこか遊びに行こうと相談していたからがっかりしたが、異国の騎士を独り占めできると思えば惜しくない。
それなのに今日は困ったなぁと表情に出ている。いつもは仕方ないなぁなのに。
やはり遅かったのだろう。ソランは主を恨めしく思う。
「悪いが頼む」
主からの口添えに異国の騎士は言いかけた言葉を飲み込んだ。
「ちょっとだけだよ?」
「うん」
鍛錬場に行く主を見送りソランは異国の騎士を振り返る。
「疲れてる?」
ちゃんと見れば異国の騎士が顔色が悪いのがわかった。
「うーん。ちょっとね」
それでも鍛錬自体はやめないところが生真面目だ。ソランと異国の騎士は連れだって裏庭の外れに足を向ける。
稽古をつける条件として人目につかないところを指定されていた。
私は他国の人だからねと面倒な事は嫌なんだと言っていた。
それぞれの理由で強さを求める三人にとっては、否はなかった。
いつもの場所につくと珍しく異国の騎士は座った。
どことなくぼんやりしている。
「ちょっとね。少し、来ない日が続くかも」
「えー」
「僕も、えー、だよ」
ソランは気がついたことがある。
異国の騎士は気が緩むと僕という。ちょっと子供っぽい口調で話したりもする。
年上に言うものではないが、とてもとても可愛くてなんでもない顔をしているのが苦労する。
ライルもイリューもちょっと怖くない? とちょっと腰が引けているけど、ソランはそう思わない。
絶対、可愛い。
「しばらく姫様に付きっきり。時間考えない人って本当に最悪」
異国の騎士の主はこの間、お披露目されたらしい。らしいなのはソランの主がそう言っていたのを聞いただけだ。
綺麗な人だと主は言っていたが、どうなのだろうか。
手がなぁと呟いてあの日はとても考え込んでいた。
「二人にも伝えておいて」
「わかった」
異国の騎士のよくできましたと言う顔をされることがソランはとても不満だ。褒められたくないわけではない。
ただ、そんなに子供でもないと主張はしたい。
声変わりも始まったし、身長も伸びている。
そんな不満を見透かしたようにふふっと笑われる。
「がんばりなさい」
「おう」
今日もやられたとソランは耳まで赤くする。
柔らかな表情を見ればどう見ても女性だとわかるだろうに主を含め大人は誰も気がつかない。
それのほうがソランにとっては都合がよい。
主など最初から特別に気にしている。全く自覚はないが、ふと探していることを知っていた。
自分が同じだから。
だから、絶対に言わない。ソランはそう決めている。
ソランを見ていた異国の騎士が、部屋に戻り男の子の成長って早いねと楽しそうに言っていたことを彼は知らない。
呆れたように年下を育てるんですか? と聞かれて彼女がなんと答えたかは、定かではない。
食事の前に鍛錬の意味がわからない、と昔は思っていた。
今まではずいぶんと不真面目だったとソランは反省している。
彼がそう改めたのは一人の異国の騎士の存在があったからだ。
かなり早い時間にこの屋外の鍛錬場に訪れる。一通り型稽古をして、さっさと帰ってしまう。時間帯によっては姿すら見えない。
そのため今日のソランは焦っていた。
今日はとても遅くなった。それというのも主が中々起きなかったからだ。まだお酒の匂いが残っている。
ソランは従者としているので、主の世話も仕事のうちであり放り投げておくわけにもいかない。
それが例え二日酔いのおっさんであったも、だ。
「ウィリアム様、いい年した大人が深酒なんてみっともないですよ」
ソランは隣を歩く主に苦言を呈する。大体、年に二回はあるそれは、先代の従者からのきつく叱るように言われている。
前任者は冗談のつもりだったかも知れないが、ソランはこの時ばかりは苦情を言うことにしている。
前日の酔っぱらい状態も大変迷惑したのだ。
「それな。潰されたんだけど」
「よりわるくないですか?」
いい年したおっさんが、酔い潰される。あまり外聞の良い話ではない。
ソランはじろっと主を見ればさすがにこれに反論はないらしい。
「しばらく禁酒してください」
主は困ったような顔で、あーとかうーとか言っていた。それは困ったときや言葉に詰まったときに意味もなく口にする。
ソランは隠してあった酒を一度処分すべきか検討する。
双方の結論が出ないままに鍛錬場が見えた。
古くは天井があったとされているが、今は石で辺りを囲われた場所だ。石畳なのが実に痛い。
相手が悪いと打ち身を作りに行っているようなものだ。ソランは作る側だったので、あまり出入りしないようにしていた。
恨みは買いたくない。
主は指南役という建前でここにいるので出入りしないわけにもいかない。おかげで規則正しい生活を心がけて痩せたと言っていた。
まあ、嘘であるが。
見ればちょうど異国の騎士が出てくるところだった。
ソランが大きく手を振れば、異国の騎士は困ったように手を振り返してきた。
「おまえ、なにしてんの?」
「え、仲良いですよ?」
「いや、そうじゃなくてな」
首をかしげるソランに何か言う気も失せたのか主はため息をついた。
聞きたいのは、こんなところで、なぜ、そんなに仲が良いアピールをしたいのか、だ。
しかし、ソランがよく考えてそんな事をするタイプではないと主も理解している。良くも悪くも野生が生きている。
そうでなければ、青の騎士団に所属しないだろう。
近衛からわざわざ移ってきた変わり種は彼以外いない。前代未聞と言われているが、本人はどこ吹く風だ。
こうしなきゃ、ダメだって思った。
などと言っていたが、誰も意味がわからない。家族や兄弟にすら呆れられている。
既に勘当に近い状態だ。
「じゃ、またあとでお迎えに上がります」
ソランは主の返事も聞かずに、異国の騎士の元に走っていった。
主と異国の騎士の間の微妙な困惑にも全く気がつかない。
ソランは挨拶もそこそこに稽古をつけてくれと頼む。
しかし、いつもいる二人がいないことに異国の騎士は首をかしげていた。
「今日は俺一人だよ。二人とも休み」
本来は彼も休みだったのだが、別の日に休みを取らされたので今日は出ている。
どこか遊びに行こうと相談していたからがっかりしたが、異国の騎士を独り占めできると思えば惜しくない。
それなのに今日は困ったなぁと表情に出ている。いつもは仕方ないなぁなのに。
やはり遅かったのだろう。ソランは主を恨めしく思う。
「悪いが頼む」
主からの口添えに異国の騎士は言いかけた言葉を飲み込んだ。
「ちょっとだけだよ?」
「うん」
鍛錬場に行く主を見送りソランは異国の騎士を振り返る。
「疲れてる?」
ちゃんと見れば異国の騎士が顔色が悪いのがわかった。
「うーん。ちょっとね」
それでも鍛錬自体はやめないところが生真面目だ。ソランと異国の騎士は連れだって裏庭の外れに足を向ける。
稽古をつける条件として人目につかないところを指定されていた。
私は他国の人だからねと面倒な事は嫌なんだと言っていた。
それぞれの理由で強さを求める三人にとっては、否はなかった。
いつもの場所につくと珍しく異国の騎士は座った。
どことなくぼんやりしている。
「ちょっとね。少し、来ない日が続くかも」
「えー」
「僕も、えー、だよ」
ソランは気がついたことがある。
異国の騎士は気が緩むと僕という。ちょっと子供っぽい口調で話したりもする。
年上に言うものではないが、とてもとても可愛くてなんでもない顔をしているのが苦労する。
ライルもイリューもちょっと怖くない? とちょっと腰が引けているけど、ソランはそう思わない。
絶対、可愛い。
「しばらく姫様に付きっきり。時間考えない人って本当に最悪」
異国の騎士の主はこの間、お披露目されたらしい。らしいなのはソランの主がそう言っていたのを聞いただけだ。
綺麗な人だと主は言っていたが、どうなのだろうか。
手がなぁと呟いてあの日はとても考え込んでいた。
「二人にも伝えておいて」
「わかった」
異国の騎士のよくできましたと言う顔をされることがソランはとても不満だ。褒められたくないわけではない。
ただ、そんなに子供でもないと主張はしたい。
声変わりも始まったし、身長も伸びている。
そんな不満を見透かしたようにふふっと笑われる。
「がんばりなさい」
「おう」
今日もやられたとソランは耳まで赤くする。
柔らかな表情を見ればどう見ても女性だとわかるだろうに主を含め大人は誰も気がつかない。
それのほうがソランにとっては都合がよい。
主など最初から特別に気にしている。全く自覚はないが、ふと探していることを知っていた。
自分が同じだから。
だから、絶対に言わない。ソランはそう決めている。
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