ひめさまはおうちにかえりたい

あかね

文字の大きさ
17 / 160
おうちにかえりたい編

閑話 異国の騎士(ジニー)について

しおりを挟む
 早朝の鍛錬は騎士の勤めと主はよく言っている。
 食事の前に鍛錬の意味がわからない、と昔は思っていた。
 今まではずいぶんと不真面目だったとソランは反省している。

 彼がそう改めたのは一人の異国の騎士ジニーの存在があったからだ。
 かなり早い時間にこの屋外の鍛錬場に訪れる。一通り型稽古をして、さっさと帰ってしまう。時間帯によっては姿すら見えない。

 そのため今日のソランは焦っていた。
 今日はとても遅くなった。それというのも主が中々起きなかったからだ。まだお酒の匂いが残っている。
 ソランは従者としているので、主の世話も仕事のうちであり放り投げておくわけにもいかない。
 それが例え二日酔いのおっさんであったも、だ。

「ウィリアム様、いい年した大人が深酒なんてみっともないですよ」

 ソランは隣を歩く主に苦言を呈する。大体、年に二回はあるそれは、先代の従者からのきつく叱るように言われている。
 前任者は冗談のつもりだったかも知れないが、ソランはこの時ばかりは苦情を言うことにしている。
 前日の酔っぱらい状態も大変迷惑したのだ。

「それな。潰されたんだけど」

「よりわるくないですか?」

 いい年したおっさんが、酔い潰される。あまり外聞の良い話ではない。
 ソランはじろっと主を見ればさすがにこれに反論はないらしい。

「しばらく禁酒してください」

 主は困ったような顔で、あーとかうーとか言っていた。それは困ったときや言葉に詰まったときに意味もなく口にする。
 ソランは隠してあった酒を一度処分すべきか検討する。

 双方の結論が出ないままに鍛錬場が見えた。

 古くは天井があったとされているが、今は石で辺りを囲われた場所だ。石畳なのが実に痛い。
 相手が悪いと打ち身を作りに行っているようなものだ。ソランは作る側だったので、あまり出入りしないようにしていた。
 恨みは買いたくない。
 主は指南役という建前でここにいるので出入りしないわけにもいかない。おかげで規則正しい生活を心がけて痩せたと言っていた。

 まあ、嘘であるが。

 見ればちょうど異国の騎士ジニーが出てくるところだった。

 ソランが大きく手を振れば、異国の騎士ジニーは困ったように手を振り返してきた。

「おまえ、なにしてんの?」

「え、仲良いですよ?」

「いや、そうじゃなくてな」

 首をかしげるソランに何か言う気も失せたのか主はため息をついた。
 聞きたいのは、こんなところで、なぜ、そんなに仲が良いアピールをしたいのか、だ。
 しかし、ソランがよく考えてそんな事をするタイプではないと主も理解している。良くも悪くも野生が生きている。

 そうでなければ、青の騎士団に所属しないだろう。
 近衛からわざわざ移ってきた変わり種は彼以外いない。前代未聞と言われているが、本人はどこ吹く風だ。

 こうしなきゃ、ダメだって思った。
 などと言っていたが、誰も意味がわからない。家族や兄弟にすら呆れられている。

 既に勘当に近い状態だ。

「じゃ、またあとでお迎えに上がります」

 ソランは主の返事も聞かずに、異国の騎士ジニーの元に走っていった。
 主と異国の騎士ジニーの間の微妙な困惑にも全く気がつかない。

 ソランは挨拶もそこそこに稽古をつけてくれと頼む。
 しかし、いつもいる二人がいないことに異国の騎士ジニーは首をかしげていた。

「今日は俺一人だよ。二人とも休み」

 本来は彼も休みだったのだが、別の日に休みを取らされたので今日は出ている。
 どこか遊びに行こうと相談していたからがっかりしたが、異国の騎士ジニーを独り占めできると思えば惜しくない。

 それなのに今日は困ったなぁと表情に出ている。いつもは仕方ないなぁなのに。
 やはり遅かったのだろう。ソランは主を恨めしく思う。

「悪いが頼む」

 主からの口添えに異国の騎士ジニーは言いかけた言葉を飲み込んだ。

「ちょっとだけだよ?」

「うん」

 鍛錬場に行く主を見送りソランは異国の騎士ジニーを振り返る。

「疲れてる?」

 ちゃんと見れば異国の騎士ジニーが顔色が悪いのがわかった。

「うーん。ちょっとね」

 それでも鍛錬自体はやめないところが生真面目だ。ソランと異国の騎士ジニーは連れだって裏庭の外れに足を向ける。
 稽古をつける条件として人目につかないところを指定されていた。

 私は他国の人だからねと面倒な事は嫌なんだと言っていた。

 それぞれの理由で強さを求める三人にとっては、否はなかった。
 いつもの場所につくと珍しく異国の騎士ジニーは座った。
 どことなくぼんやりしている。

「ちょっとね。少し、来ない日が続くかも」

「えー」

「僕も、えー、だよ」

 ソランは気がついたことがある。
 異国の騎士ジニーは気が緩むと僕という。ちょっと子供っぽい口調で話したりもする。

 年上に言うものではないが、とてもとても可愛くてなんでもない顔をしているのが苦労する。

 ライルもイリューもちょっと怖くない? とちょっと腰が引けているけど、ソランはそう思わない。

 絶対、可愛い。

「しばらく姫様に付きっきり。時間考えない人って本当に最悪」

 異国の騎士ジニーの主はこの間、お披露目されたらしい。らしいなのはソランの主がそう言っていたのを聞いただけだ。

 綺麗な人だと主は言っていたが、どうなのだろうか。
 手がなぁと呟いてあの日はとても考え込んでいた。

「二人にも伝えておいて」

「わかった」

 異国の騎士ジニーのよくできましたと言う顔をされることがソランはとても不満だ。褒められたくないわけではない。
 ただ、そんなに子供でもないと主張はしたい。
 声変わりも始まったし、身長も伸びている。

 そんな不満を見透かしたようにふふっと笑われる。

「がんばりなさい」

「おう」

 今日もやられたとソランは耳まで赤くする。

 柔らかな表情を見ればどう見ても女性だとわかるだろうに主を含め大人は誰も気がつかない。
 それのほうがソランにとっては都合がよい。

 主など最初から特別に気にしている。全く自覚はないが、ふと探していることを知っていた。
 自分が同じだから。

 だから、絶対に言わない。ソランはそう決めている。

 ソランを見ていた異国の騎士ジニーが、部屋に戻り男の子の成長って早いねと楽しそうに言っていたことを彼は知らない。

 呆れたように年下を育てるんですか? と聞かれて彼女がなんと答えたかは、定かではない。
しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

銀眼の左遷王ケントの素人領地開拓&未踏遺跡攻略~だけど、領民はゼロで土地は死んでるし、遺跡は結界で入れない~

雪野湯
ファンタジー
王立錬金研究所の研究員であった元貴族ケントは政治家に転向するも、政争に敗れ左遷された。 左遷先は領民のいない呪われた大地を抱く廃城。 この瓦礫に埋もれた城に、世界で唯一無二の不思議な銀眼を持つ男は夢も希望も埋めて、その謎と共に朽ち果てるつもりでいた。 しかし、運命のいたずらか、彼のもとに素晴らしき仲間が集う。 彼らの力を借り、様々な種族と交流し、呪われた大地の原因である未踏遺跡の攻略を目指す。 その過程で遺跡に眠っていた世界の秘密を知った。 遺跡の力は世界を滅亡へと導くが、彼は銀眼と仲間たちの力を借りて立ち向かう。 様々な苦難を乗り越え、左遷王と揶揄された若き青年は世界に新たな道を示し、本物の王となる。

ある平凡な女、転生する

眼鏡から鱗
ファンタジー
平々凡々な暮らしをしていた私。 しかし、会社帰りに事故ってお陀仏。 次に、気がついたらとっても良い部屋でした。 えっ、なんで? ※ゆる〜く、頭空っぽにして読んで下さい(笑) ※大変更新が遅いので申し訳ないですが、気長にお待ちください。 ★作品の中にある画像は、全てAI生成にて貼り付けたものとなります。イメージですので顔や服装については、皆様のご想像で脳内変換を宜しくお願いします。★

孤児院の愛娘に会いに来る国王陛下

akechi
ファンタジー
ルル8歳 赤子の時にはもう孤児院にいた。 孤児院の院長はじめ皆がいい人ばかりなので寂しくなかった。それにいつも孤児院にやってくる男性がいる。何故か私を溺愛していて少々うざい。 それに貴方…国王陛下ですよね? *コメディ寄りです。 不定期更新です!

私ですか?

庭にハニワ
ファンタジー
うわ。 本当にやらかしたよ、あのボンクラ公子。 長年積み上げた婚約者の絆、なんてモノはひとっかけらもなかったようだ。 良く知らんけど。 この婚約、破棄するってコトは……貴族階級は騒ぎになるな。 それによって迷惑被るのは私なんだが。 あ、申し遅れました。 私、今婚約破棄された令嬢の影武者です。

特技は有効利用しよう。

庭にハニワ
ファンタジー
血の繋がらない義妹が、ボンクラ息子どもとはしゃいでる。 …………。 どうしてくれよう……。 婚約破棄、になるのかイマイチ自信が無いという事実。 この作者に色恋沙汰の話は、どーにもムリっポい。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

[完結]困窮令嬢は幸せを諦めない~守護精霊同士がつがいだったので、王太子からプロポーズされました

緋月らむね
恋愛
この国の貴族の間では人生の進むべき方向へ導いてくれる守護精霊というものが存在していた。守護精霊は、特別な力を持った運命の魔術師に出会うことで、守護精霊を顕現してもらう必要があった。 エイド子爵の娘ローザは、運命の魔術師に出会うことができず、生活が困窮していた。そのため、定期的に子爵領の特産品であるガラス工芸と共に子爵領で採れる粘土で粘土細工アクセサリーを作って、父親のエイド子爵と一緒に王都に行って露店を出していた。 ある時、ローザが王都に行く途中に寄った町の露店で運命の魔術師と出会い、ローザの守護精霊が顕現する。 なんと!ローザの守護精霊は番を持っていた。 番を持つ守護精霊が顕現したローザの人生が思いがけない方向へ進んでいく… 〜読んでいただけてとても嬉しいです、ありがとうございます〜

処理中です...