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おうちにかえりたい編
魔女を召喚する儀式(のみかい)後編
しおりを挟む「わたしの話は、北方に方が目覚めるとか邪魔するとかしないとかそんな話だったんだけど」
妙な話をぶち込まれる前に残りの用件を告げる。
こちらの方がよほど大事だ。
「それね。数年おきに数日から長くても半月くらいは起きているよ。本体は寝ていても意識の一部は活動しようと思えば動かせる」
やべーよ。
脳裏で、二番目の弟(アルフィー)の口癖が蘇ってきた。おお、やべーなと返したら姉ちゃんは言わないと駄目出しを……。
ああ、みんな元気かな。
魔女はグラスを揺らしながら、袋を投げた方を気にしている。
「なに?」
「仲が良いんですか」
そんなに目覚めているのに、被害が出た風ではない。魔物も溢れた噂さえ流れていないならばしっかりと彼女が管理していなければおかしい。
彼女のしていることは外に魔王の目覚めを示す兆候を消し去っていることに他ならない。完全に目覚める前に魔王というのは討伐されてもう一度眠らされるものだ。
完全な覚醒は被害が甚大すぎる。
そこには討伐させないという意志は感じるけど、覚醒させたいというほどでもないのかな。機会はいくらでもあったのに今までしていないんだから。
「良いと思いたいけど、どうかな。保護者みたいな」
さようで。
末永くお幸せに、と言いたいけど、それなら、こんな所まで来るはずがない。
魔女は人の都合で動かない。
私に興味があった、だけでは一度見ておしまいにしたはず。
同伴者を強制的に外させてまで話したいことがある。
「今、ちょっと困った事になっているんだよね」
ほら、来た。
にこりと笑ったら、彼女はちょっとだけ身を引いた。
「なにその変な事を言ったらぶっ飛ばすみたいな笑顔」
気持ちが伝わって何よりだ。
少し躊躇ってから魔女は口を開いた。
「運命の恋人、と言えばいいのかな」
……なんか、嫌な予感しかしないんだけど。
「この城にいる王の恋人。あの人、女神がこちらに送る予定だったみたい」
「は?」
いや、ローガンとまさかねーと放り投げた仮説が帰ってきた。帰ってきて欲しくなかった。
あの愛人、疫病神なの? そうなの?
そんなことする女神なんて恋も司る夏の女神だろうけど。数年前にやらかして我が神とは険悪だし、信者は国外退去になっている。
出会いたくなかった。
……え、女神が運命とか言ったの?
「運命の恋人なの? 気まぐれで良いかなって神託下ったってんじゃなくて」
「それが不明なんだよ。対象はあの方なのは確かみたいだけど。
会えばわかるけど、会ったらおしまいだ」
「そうね」
運命の恋人とは目があっただけで、自分の半身だと思い込む呪い。恋人がいようが伴侶がいようがお構いなく発動する。
お互い以外見えなくなるのならば諦めも付くんだけど。
運命の恋人は、相手に作用する呪いだ。呪いを持った本人には作用しない。
だから、最初は自分のことを急に熱烈に愛してくれる相手に困惑する。それから絆された風になるんだ。
この呪いは最悪なことに自らの望みを叶えてくれる相手にのみ発動する。
穏便に自分を愛して欲しいだったらまだマシ。しかし、恨み辛みを持っていたりすれば途端に血なまぐさくなる。
魔王を運命の人にするってどれだけの願いを抱えているんだろうか。薄ら寒い気がする。
ちなみに呪いなので解除の方法はある。その方法って言うのが冗談というか皮肉というか……。あの時はさすがに大変だった。
「あの方も困惑していてね。面倒そうだから相手が死ぬまで寝ていると言い出して」
「……それで大丈夫なの?」
寝ていたら発動しないんだろうか? 決まった寿命がない生き物のことはわからない。
私としては寝ていてもらいたいところだけど。
魔女の困り顔を見ていても仕方ない。
「わからない。だから、彼女をここから出さないで欲しい。
一度、女神の言葉を真に受けた者が連れ出そうとしたり、害そうとしたことがあってね。ちょっと大変だったから」
あの女神はわりと刹那的で、呪いも加護も与えて忘れるから対象が死んでも別に何もしてこない。
ただ、成立するまではアフターフォローと言いながら加護くらいは投げてよこすという。
だから、会ってない、のほうに大きく傾く。
……この世界の神がとても殴りたくなると兄様はぼやいていたが、その気持ちはよくわかる。
実際、ガチで喧嘩売りに行きたくないけど。
「馬に蹴られて死ねばいいのに」
「へ?」
「こっちの話。ちょっとまえに嫌な目にあったから、そう言うことなら協力はしますよ。どちらにしても制裁するつもりはあったし」
出会えばどうなるかわからないという話なのならば。
「良かった。敵対宣言しなきゃならないかと思ったから」
ほっとしたような顔が、ちょっと幼げだ。ここでようやく、彼女も緊張していたのだと気がついた。
私はそこまで無謀ではないと思うんだけど。
「魔女と戦う気はありませんよ。その気なら、一人でなんか来ません」
まず、ごねて姉様を籠絡して旦那様をお借りします。
それから、王をその気にさせて、兵を用意します。
これが時間稼ぎ。
兄様から色々借りて、我らが神に儀式をします。
この国を供物に魔女の存在ごとを粉微塵に砕きます。
記憶も記録も全て書き変えて存在しなかったことにします。
そこまでして、魔女を殺すといえる。
短期間で条件をそろえるのは困難だし、それをする意義は今は感じない。
「……薄ら寒くなってきた。わかった、それは信じましょ」
彼女は無意識に腕をさすってますね。
「手が必要なら言って」
そう言って先ほどの話を追い払うように手を2、3度振った。
「でも、まだ、そんな時間たってないのに恨みを買っているの?」
首をかしげる様子に思ったよりも若いのかもしれないと思った。同じくらいかもしれない。身近な酔っぱらいは大体、十は上だったから固定観念でもあっただろうか。
あるいは、魔女ではない、彼女の個人のお願いだったからだろうか。
「……そぉねぇ。彼女個人にはあるような無いような」
あごに人差し指をあてる。あらためて考えてみる。王やその他を除いた彼女自身に対して。
「居心地は良くないの。
国内に入ってからは待遇は悪いし、部屋も良くない、食事も用意されない。
誰も私を気にしないのは悪くなかったけどね。故郷ではいつも誰かがいたから」
具体的に何かを指示したというわけではない気がする。
彼女が王に嫌だと言えば、身の回りの者に嘆けば、その意図は伝わっていく。蔑ろにして良いと。
それを止めるのが王やその近くの者の役割であっただろうに、誰も動きはしなかった。
私が弱く何も言わなそうに見えたから、蔑ろにして良いということはない。
「外で聞こえるわたしの話は、皆悪意があった。
王と運命の恋人の仲を裂く悪役としてね、扱われるの。
そんな小さな悪意の積み重ねが、私を殺そうとした」
あらまと言う顔で、続きを促された。
「だから、同じようにされてみればいいんじゃないかしら。って思うの」
弱い者が弱いと言うだけで蹂躙されるなら、同じように。
「ふぅん。いいんじゃない? 魔女より魔女みたいで。友人になれなくても知りあいくらいにはなろうか」
とっても軽い肯定。
明日、ピクニックに行こうと言うみたい。
「二番目(ドゥオ)でいい。魔女としての名は人が呼ぶには重すぎる」
「ヴァージニアと」
がっしりと握手をして、何となく笑った。
「不幸ねぇ」
「まさしく。不幸ね」
人から見れば不幸と断じられるのは私たちかも知れないけど、それより彼女の行く末を思う。
「だって、私たちが敵なんでしょ?」
「ねぇ」
対処方を心得ている私と過剰戦力の魔女が手を組むのだもの。
遠くで抗議する猫の声が聞こえる。
今度は二人で顔を見合わせて、ぷっと吹き出した。
「ごめーんっ! 今行く」
走り去る魔女を見送って、ほっと息をついた。
戻ってきた魔女と猫が喧嘩しているのを生ぬるい目で見ながら夜は更けていった。
「魔物は減らしておくから」
なんて言ってはいたけど、酔っぱらっているように見えたから覚えていたのかしらね?
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