ひめさまはおうちにかえりたい

あかね

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おうちにかえりたい編

楽しくない昼食 前編

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 昔々のことだ。

 私にも可愛い子供時代というものがちょこっとだけあった。
 その頃、兄様のお友達にあったことがある。

 真っ黒だった。比喩表現ではなく、黒い塊にしか私には見えなかった。目玉はいっぱいあったように思う。あと手足も……。

 泣き出した私と困った兄様とお友達。宥めすかされても泣き止まず、お友達は一つだけ、お願いを叶えてくれると言った。

 その日の朝、母が二日酔いで苦しんでいた。だから、外で遊んできてと懇願されて部屋を出されたあとだった。

 だから、「ふつかよい」というものはいやだなと思ったのだ。

「ふつかよいになりませんように」

 そうお願いした。
 兄様もお友達も一瞬黙って爆笑していた。

「いいよ。特別にね」

 楽しいそうな声に、この人は優しいのだと勘違いしたものだ。
 かくして、私は二日酔いとは、ほぼ、無縁な生活をしている。
 それが闇の神との思い出だった。



「……いたい。ものすごく頭が痛い」

 久しぶりの二日酔いというものを体感している。ベッドから起き上がれないので、鍛錬もサボった。

 なにか、やらかしただろうか。
 心底後悔する。ついうっかり、魔女と痛飲とか。無防備にもほどがありますとユリアに叱られた。

 同じ年頃で、諸々を考慮しなくて良いつきあいが久しぶりで、ちょっとね。

「二日酔いに効くお茶と言うものがあったのでご用意しました」

 そっと起き上がってお茶を受け取る。
 呆れたような顔のユリアに礼を言ってちびちびと飲む。何とも言えない味がする。

「姫様は加護があるんですよね」

「二日酔いしない加護がね」

 たいていなんじゃそりゃという顔をされる。ちなみに二日酔いの症状が、だるいという症状に変換される。
 頭痛くないし、気持ち悪くもない。
 だるいと言えば引きこもってベッドにいても心配される。良い事ずくめではないか。

「それでどうして?」

「うーん。不義理したんじゃないかな。怒っているならこんなもんじゃないから」

「……そういえば姫様。こちらに上がる前でしたので聞いておりませんでしたが、教会には行かれましたか?」

「……あれ」

 忙しさにかまけて行ってない。
 それどころか、結婚の報告も行ってない。
 出立したときやあちこちの国についたときも報告に立ち寄っていたのに、この国に入ってから何もしてなかった。

「やばい。至急、出かける準備をさせて。教会いかなきゃ」

 がばっと立ち上がろうとして頭痛に再びベッドに逆戻りした。
 調子に乗って飲み過ぎることには気をつけよう。
 そう心に誓う。

 どうやって教会まで行こうか二人で話していると寝室の扉が叩かれた。
 寝室にはユリアしか入れないことにしている。
 他の侍女が用があるときしか叩かれない。今までなかったことに首をかしげた。

 この間のジャックのことが問題となったようで侍女が総取り換えになった。なお、ヤツはそのまま護衛に付いている。
 新しく付いた侍女たちは年かさで、護衛騎士にキャーキャー言う感じではなかった。
 ほどほど出来る人たちと言ったところだろうか。

 この城には長く女性の主人がいなかった。
 結果、派閥に支配されているようだとユリアが言っていた。巻き毛が一大派閥であるが、ここに来ているのはどの派閥にも属さない人たちだ。

 仕事したいからしている派。
 至らないところはびしばしと指摘されているからユリアもちょっと困惑している。いや、その人本職じゃないの。ごめん、私が悪かったと言いたくなる。

 修行と思いますと無の境地のような顔で言われると私も困る。

 悪意無く姫様付きとして落第と言われては、その、ごめん。

 給金弾むから逃げていかないで。今抜けられると困る。

 静かに扉を開けて侍女とひそひそと話をしていた。私にはもちろん聞こえない。
 告げられた言葉にユリアは困惑したように私を見た。
 扉を再び閉めて、私の側に立つ。珍しく、どう伝えようと迷っているようだった。

「どうしたの?」

「陛下からの使者だと名乗る者が来ているそうです」

 名乗る者、なんて言い方が良いね。使者だなんて断言しない。

「彼女たちが、そう言ったんです。ちょっと意外だなあって思いまして」

「そうね。着替えるわ」

 彼女たちが、ね。
 名乗っているけど、本物かどうかはわかりません、といったところか。それを伝えてくるのが職業意識なのか、こちらへの歩み寄りか。

 どちらにしろ、マシにはなった。

 どうにか部屋着くらいには着替えて居間にでれば、侍女たちにそれダメという顔をされた。
 え、ダメなの? 故郷では大丈夫でしたね、とユリアと目で語り合った。
 ソファに座るやいなや羽織るものを増やされ、髪が結わえられた。

「妃殿下、既婚であれば髪は結わずに人前に出ないものです」

 ひっそりと囁かれた。

 既婚の自覚がないんで勘弁してください。
 言えないけど。

「どうされたのですか?」

 既にソファで小さくなっていた男性が慌てたように立ち上がった。
 見覚えあるなと思えばいつぞや逃げ出した人ではないか。

 なにも知らないユリアがにこりと笑うと青ざめた顔で逃げ腰だった。
 ……べつに何もしてないので、疑惑に満ちた目で見るのはやめて欲しい。

 伝えたいことを伝え、手紙を置いて逃げるように使者は去って行った。

 こちらの返事は必要ないらしい。

「ヒューバート様ですね。弟君の落ち着きを見習っていただきたいものです」

 ため息をつかれながら、個人情報が提供される。ユリアに目線を送り、少し話をさせた。私が首を突っ込むと小言がやってきそうだ。

 別の侍女が新しいお茶をテーブルに置いた。
 先ほどの二日酔い向けのお茶である。礼を言えば、少し驚いたように目を開いて、いいえ、と小さく笑った。

 今は侍女が五人いる。ただし、専任ではなく他の仕事もしているそうで、常にいるのは誰か一人とジンジャーという扱いだ。二人いるからちょうど交代の時間帯だったんだろう。

 小さく漏れて聞こえる話は、人物評から、昼の服装に話題が代わっていっている。

「昼食ねぇ」

 お茶のカップを両手で包む。行儀が悪いと言われても故郷のカップというのは取っ手がなかった。両手で包むのもべつにおかしくない。

 じんわりとした暖かさが心に染みる。

 あー、頭痛い。

 使者からのお知らせは陛下が昼食を一緒に、ということだった。きちんとした顔あわせはこれが初めてだ。

 これが、現実的にあり得るなら、だが。

 用意していって、邪魔扱いされるのも考えられる。

「ジャック」

「なんですか。姫」

「ご予定を確認してきて」

 行って邪魔にされるお仕事はしたくないんだ。別の用事あるし、そっちの方が大事だし。
 彼はちょっと考えるようにあごに手を当てた。

「承知しました」

 表情の読めない笑顔で請け負ってくれた。
 室内に別の護衛が入ってくる。
 入れ替わるようにジャックが部屋を出て行く。他の誰かを行かせるのかと思ったが、自分で行くのか。

 態度に問題はあるけど、仕事自体はちゃんとしている。

「妃殿下、お召し替えを」

「わかったわ」

 有無を言わせない雰囲気が、強者だ。寝室でいわれるまま着せ替えされるだけだ。

 出来上がりはお姫様っぽい。大人の女性というよりは少女っぽさを強調されたような気がする。

 可憐風に作ってもらってなんだけど、これで王より大きいんだよ。むしろ迫力ある方がましなんじゃないの?

 靴は同じ形の色違いしかないところに彼女たちの王への悪意を感じるというか。露骨に私の方が大きいよね?

 王にどう見られても良いけど、すれ違う人に大きいと二度見されるのはちょっと……。

 あの遠くからはお、綺麗な子みたいな顔してる癖にすれ違うときあれ、みたいな顔で、見送られるとか心えぐられるの。
 なんどされても慣れないの。
 ホント、お願いやめて。

 寝室から戻ってくれば、ジャックも戻っていた。戻ってきたばかりなのか部屋にいた方の護衛と話をしていた。

「楽しみにしているそうですよ」

 昼食は一緒にとることになりそうだ。

「お美しいですね」

 ついでのように褒めてくる。

「可憐だ」

 とかなんとか言っていたもう一人の護衛が叩かれていた。

 もっと褒めても良いのよ。

 ここでテンションあげないとやる気がでないんだ。なんで、二日酔いの日なんだろう。どうして、教会に行こうと決めたあとなんだろう。

 すごく、間が悪い。
 小さいことが、悪い方、悪い方に誘導されているような気さえしてくる。
 気がついたら詰みそうだから、私も気を付けていかないと。

「ありがとう」

 にこりと笑ったら、二人とも絶句したのが意味がわからない。今日は他意もない普通の笑顔だったんだ。
 貴重だよ。
 そんな取り繕う気も起きなかったからだけど。

 ユリアがやれやれと肩をすくめていたが、なんだろ。
 急遽、顔の半分を隠すベールを付けられた。姫様やり過ぎってなにが?

「では、どなたが案内してくれますの?」
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