ひめさまはおうちにかえりたい

あかね

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おうちにかえりたい編

楽しくない昼食 後編

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 ま、わかっていたけど、エスコート役はジャックだった。身長は辛うじて釣り合う。高さのある髪飾りを付けていたらどうかはわからないけど。

 ジャックの慣れていそうという印象とは逆にぎこちない。
 歩幅を合わせようという気持ちはわかるが、想定より小幅で歩きにくい。
 ベールで顔を隠されているから余計、目測を誤る。

「あっ」

 想定外によろけた。ついでにしがみついてやろうかしら。でも、相手が誰でも躊躇しなそうな雰囲気があるから、つつくのはやめた方が良いか。
 自力で立て直そうかと思っている間にユリアがそつなく支えてくれた。渋い顔だわね。重いって書いてあるようで切ないんだけど。

「ありがとう」

「いえ」

 ユリアは元の位置に戻った。
 ジャックに鋭い一別をくれてやったみたいだけど、仕方ないわね。

「失礼しました」

 それ以外は何事もなく奥へ奥へと連れて行かれた。故郷も素っ気ない城だったが、ここも良い勝負だ。
 いや、それよりも悪い。
 確かに何かあったらしい台座とか、壁に飾っていた風の跡が残っている。

 元々無かったのではなく、必要に迫られて処分した。そんな印象を残す。
 あまり経済状況が良さそうな感じはしない。

 以前見た城下や通ってきた町はそれほど困窮しているように見えなかったのだから、別の理由だろう。

 金を使うのは女か軍事か。

 両方かなと思う。

 魔女が魔物を間引いているとは言え、そこそこは数がいるはずだ。それの相手を無傷で続けられるはずはない。

「不快」

 ぼそりとユリアが呟いたのが聞こえた。
 まあ、そうね。

 人が通らない廊下ではないらしく、すれ違うんだ。
 そう。すれ違うの。
 貴人への対応ではない。お飾りでも王妃なんですけどー? 咎めたら揉めそうだからスルーしているけど。

 くすくすと笑われたり、これ見よがしにうわさ話を始めたりするの。

「一言申してきても?」

「やめなさい。陛下が態度を改めない限り、改善しません」

 とか言ってみるけど、どうかな。
 城内の掌握ができてないんじゃないかと思う。傀儡っていうのでもないけど、いいようにされている気がする。

 どこかちぐはぐで、つぎはぎだらけ。
 なのに誰もおかしいって思っていないように見える。

「申しわけございません」

 口先だけの謝罪は罪悪だと思うのよね。ジャック。
 ほら、ユリアが射殺しそうな目で見るよ。殺意高いよね。

 気付かない鈍感力も大したものだけど。

 そんなこんなで、ようやく昼食をとるらしい部屋にたどり着いた。

 そして、王と初めての昼食なわけだ。
 いるかと思った愛人様も王弟もいない。
 もちろん給仕や護衛はいるんだけど。小さい部屋だし、ここかなり個人的な部屋なのではないだろうか。

 そもそもどう話を始めたらいいかわからない。

 黙っている間に食前酒と前菜が目の前に置かれた。……さすがに、今はお酒を控えようと思う。

「体調が悪いと聞いたが」

「ご心配をおかけしました。大丈夫です」

 二日酔いとは言えない。
 儚げと念じて微笑む。そうか、とかもごもご言ってたけど、気にしない。

 今は興味を引きたいとはちっとも思わない。下準備が終わるまで、ほっといてくれ。
 あとでちゃんと遊んであげるから。

「困っていることは?」

 昔困っていた。
 今は困ってない。

 ちょっと殴りたくなった。

「ございません。皆様、良くしてくださるので」

 もちろん、嫌味である。
 気がつくかどうかは知らない。

「なにかあれば、エイラに申しつけよ」

 だから、そこがダメなんだって。そう言っても効果あるのかな。
 曖昧な表情のまま前菜を平らげた。
 嫌がらせみたいに辛いけど、顔に出してやるものか。

「故郷では、複数の妃をもつのが普通なのだそうだな」

「え、ええ、まあ」

 王族がすぐ死ぬので、数増やす必要がありましたからね。その理由も兄様が解消してくれたので、今後は妃を増やす必要もなさそうだけど。
 今、兄様の実質的なお嫁さんって一妃だけだ。王として妃は一杯もつかもしれないけど、兄様の奥さんは一人だけ。

 それだけ大事にしているのにあんまり伝わってないのが哀れというか。

「ならば、妃を増やしても怒りはしないだろう?」

「……ちっ」

 思わず、舌打ちしてしまった。

 次に来た肉の皿に気をとられて聞いてなかったことは幸いである。

「アイリーンを新しい妃とする。同時に光の神の聖女に推薦する」

 ……変な事言い出した。
 きょとんとした顔を維持したが、素だったらはぁ? と問い返している。あんた正気?みたいな。

 異例と言って良い。素性の知れない女を妃にするよりももっと異常である。

 聖女もそうだが、神官は男女問わず基本的に未婚である。神々というものは基本的には嫉妬深いもので、自分以外に心惹かれる者があるのを許さない。
 例外的に神が指名した場合だが、その時点で未婚ならばそのまま教会に渡されるものだ。

 王の妃にわざわざする意味がわからない。

「アイリーンは夏の神より与えられた娘であり、私の妃とすることが決まっていた。しかし、教会がどうしても必要だといいだしてな」

 まあ、つじつまは合うように聞こえる。

 いや、彼女の本来の相手が魔王であると感づいたならあり得る。その立場ならば今よりも簡単には城を出られない。外出出来たとしても教会での儀式漬けになる可能性は高い。

 ならば説明しろと言いたいが、この事態なら黙っている、かもしれない。

 少なくとも魔女の懸念であった、城を出さない、だけは完遂されそうだ。私の手柄ではないけど。

 ただし、光の神が寛大であったならば、だ。

 夏の女神の聖女ではいけなかったんだろうなとも思う。恋多き神なので、尻軽というかビッチというかそんな印象があるんだ。おかげで女性の信者も神官も少ない。

 光の神の教会にも顔を出した方が良さそうだ。

 うっすーい微笑みを浮かべて考えていたけど、王がこちらの様子をうかがっていたことに気がついた。

 まともな顔あわせの席になんてこと言い出すんだ、と怒っても良いと思うがそれで好かれていると勘違いされるのも不快だ。

「承知しました」

 お肉を切る片手間で答えた。ちょっと肉が堅いんだけど、と文句は言えない。部屋なら文句付けていただろう。
 小さく切って口に入れる。ソースの味は良い。王の皿と見比べれば、明らかに肉質変えてるなとわかる。
 地味に嫌がらせしてくるよね。

 それでなんで気がつかないのかね。あと見ているのは肉であって貴方ではないんだけど、なにその優しげな、見下した笑み。

「私のことを好いている君には悪いとは思うけれど、同等として扱わねば」

 ……は?
 とか言い出さなかった私、偉い。
 口にお肉が入ってなかったら何か言っていただろう。堅いお肉でも良い仕事をした。

 ええと、どこに勘違いする要素が?

 礼儀の範囲内でしかなかったような……。

 渾身の笑顔が、ダメだったか?

 お肉をこくりと飲み込んだ。

「そんな。私は、静かに過ごせればよいのです」

 恥ずかしそうにうつむいたが、拳がふるふると揺れる。
 殴りたい。
 全力で、今、すぐに、殴りたい。

 構うものか、今すぐ冥府の淵に立たせてやる。

「そうしていれば可愛いものだな」

 彼には自覚がない。
 私に関心を払わなかったことが、愛人を優先させる態度が、私の立場をどのようなものにさせたか。
 それで、好かれるとは脳みそに藁でも詰めているだろうか。

 いや、そのたとえは賢い案山子に悪い。

 普通のお姫様なら、死んでいたのよ?

 私ではない、下の妹たちなら、生きてはいなかった。確かに、兄様もおすすめしないと言っていただけはある。
 それでも、金を積めばそこまでひどくはならないでしょうと言っていた。

 出来うる限り、私の命に価値をつけてくれた。

 それが、これだ。

 許すなんて、誰が言うと思うの?

「時々は時間を作ってあげよう。アイリーンにも叱られてしまったよ」

 ええ、死ぬまで、楽しくやってください。その間に、私は私で楽しくするの。

「仲がよろしいですね」

 ところで、噂によると愛人様って眼鏡どころか、ウィルにもちょっかいを出してるって聞きましたよ。あと、ジャックにも。
 他にも何人か名前聞きましたけど、どれも中核を任されている人でしてね。

 顔と地位の良い男に媚びを売っているだけならまだしも、情報を盗られるだけ盗って、とんずらされないといいですね。

「大事になさってください」

 私が、遊んであげるまで、ちゃんとカゴの中に入れておいてね。

 大丈夫。
 すぐに一緒のカゴに入れてあげるから。
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