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おうちにかえりたい編
破綻は静かに始まる 2
しおりを挟む城門の前で私は困っていた。
「おまえに任せられるわけ無いだろう。戻れよ」
「俺の仕事の範囲だから嫌」
「暇なのか」
「それおまえな」
いい年した大人の会話ではないな。両方、単体で活動しているのを見ているけど、ここまで大人げない言い合いなんて見てない。仕事モードしか見ていないからだろうか。
ウィルとジャック。
性格、反対そうだもんね。
……さて、なぜ、こんなことになっているのか。
護衛である。必要ないと言ったのに、部屋に残っていた護衛騎士がジャックに知らせに行った。
一瞬、護衛が完全に不在である。
困ったなと思っていればオスカーが、先に返ってきて報告をくれた。
ジャックに嫌味を言われながら、イリューとソランは鍛錬場にてちょっとのお仕置きをされたとのこと。
まあ、甘い対応じゃないかと言っていたが本当だろうか。
いろんな手段を無視して、直接、王妃に会おうというのがそもそも問題である、と言われればその通りなのだろう。
財務卿のほうにも苦情がいくと思うと言われた。
そんなの覚悟の上だっただろうけどね、と肩をすくめたけど。
面白くはないわよね。
口が曲がってるとオスカーに笑われたが、しかたない。
そんなジャックを無視して部屋を出れば、追いかけてきた。断りながら城門まで来てしまったのが敗因だ。
ジンジャーは普通の侍女の振りをしていなければならないので、置いて逃げてはいけない。微笑が崩れ落ちそうである。
そして、ウィルに会ったわけである。
正確に言うと、ジャックに文句を付けに来た、ウィルに会った、だ。
普通は上司を通して叱責されるものだ。それを当人同士で話を付けたら、こうなるわな。
最初からけんか腰だったのが、私を見て、沈黙したのが面白かったと言えば面白かったけど。
そして、従者の件を放って、護衛の件で揉めているっていう。
なにこれ。
モテてるの?
え、嬉しくない。
そぉっと距離をとって、こそこそ逃げた。
なのに門をくぐった辺りでばれた。
余裕ぶった表情のまま早足で逃げることにした。大丈夫、足の長さには自信がある。すぐに追いつかれるわけはない。
「……なかなか、やってくれますね」
「ほんと、逃げ足が速い」
がしっと両肩に重みがかかる。
ちっ。
走ってきたか。
「一人でも大丈夫ですので」
帰れ。きらきら騎士様が騎士様の格好でくっついてくんな。
渾身の思いを込めて微笑んだ。拒絶の微笑み35点。真顔でいった方がマシと言われたことをやったあとに思い出した。
どちらも引きそうにないし、二人連れ歩く気もない。
ウィルはまだ普通の服と言い張れもない。
「では、ウィリアム様、よろしくお願いします」
ウィルのドヤ顔も鬱陶しい。
消去法で選んだんだと言いたいが言えない。ジレンマを感じる。
「お忍びとは言いませんが、もうちょっとマシな格好してきてください」
「では、どちらに行くんですか」
ガン無視した。
「ローガン商会に。姫様とは懇意ですので」
これは隠していない。時々、贈り物として日用品の追加がされている。届くまでに中抜きされているかもしれないが、それはもうしかたないと諦めていた。
交流があるのがおかしいと思われないための出費だ。
本当に利用していくのは今後だ。
「本当に?」
ウィルの方が呻いていたが、なにか取引でもあったんだろうか。扱っている商品が色々ありすぎてジャンルを特定できないのが悩みだ。
ローガンに直接聞こう。
ジャックはあごに手をかけて、しばし沈黙して良い笑顔をくれた。
はっきりとした作り笑顔。
「また後ほど」
ジャックはそう言って城に戻っていった。
なんとなく顔を見合わせて、苦笑する。
来なくて良い。
ここだけはウィルと心は一つだったと思う。
まあ、ウィルは腕を出されて、素直にエスコートさせてあげるくらいにはマシだと思っている。いつか、殺しあいするかも知れないけど。
現状では敵対がほぼ確定なんだよね。
大変残念だ。弱みとかないかな。
色々あったものの城門を越えて城下にむけて歩き出した。
ジンジャーとは顔見知りではあるもののジニーほど親しくはない。
一体どこから会話の糸口を見つけたものか。相手からなにか話をしてくれる期待はしないし。
共通の話題。
あ。
「……ところで、私、これからジャック様を冷たくあしらった女として、あちこちから恨みを買うんですけど、誰が私を守ってくださるんですかね」
本人がいないから言うけど。
部屋から城門までかなりの距離がある。人目に付いてないとかあり得ない。しかも城門付近なんて人目しかない。
大騒ぎなんてしたくないのに、完全に見せ物だった。
「大人しく引き連れていけばよかったんじゃないか」
「あら、ジャック様とべたべたする嫌な女は誰だ、に代わるだけですのよ」
ウィルは口を開きかけて少し考えたようだった。
「……愚痴くらいは聞く」
中々に良い言葉だ。ここで自分がと言わないところがポイントである。女同士の揉め事に介入するともっと悪化することがある。
「気が向いたら」
そんな世知辛い話をしながら、大通りを抜ける。
平和そのものだ。
いや、それよりも浮き足立っている気がする。
「花を飾るのはどうしてですか?」
「なぜって光の聖女との婚姻を祝う……」
ウィルは途中で失言に気がついたらしい。
私にとっては誰からも入手出来ない情報だったからありがたい。同情的人物が増えるということは悪い噂を聞くことが難しくなることだ。聞かないで無くなるならいいが、それは違う。
この国の主神である光の神の聖女と婚姻ね。
神から与えられた娘が聖女であり、神の意に沿い婚姻した風に見える。
城下では夏の女神がよこした娘だとは知られていないのかも?
神が、なんて曖昧な情報ではあったような気がする。あえて言わず誤解させるというのもどうかな。
本当に光の神は寛大よね。思えば、闇の神の言動もちょっと困った、くらいで済ませる方のようだしこのくらいは気にしないのかも。
「王妃とは違い妃はお披露目はしない風習と聞きましたが」
聖女としてのお披露目が優先されると私は思っていたけど、婚姻が優先されるなら困った事になる。
聖女の任命はもうちょっと厳粛な儀式で、こんな浮かれた雰囲気にはならない。
「聖女としてのお披露目も兼ねているので問題はない、と思う」
あるよね。目を逸らされたし。
王妃はひっそりと、妃は大々的になんて、どこが平等なんだか。
これでは名実共に王妃扱いだよね? 民衆からすれば、一度も姿を見せたことのない王妃なんて記憶に残るはずもない。
知っていても哀れ王妃は真実の愛の前に負けて、王宮の隅で朽ち果てましたとさ。
なんて言われそう。
という状態なのに、聖女の任命の式典も兼ねているなら、出席しないわけにはいかない。王妃が国家的かつ宗教的儀式をサボっても良いわけないんだよ。
これって、新婚のはずの夫が他の女を嫁にするところを祝福しにこい、って状態なんだけど、わかってる?
愛人が聖女だったから任命したんだ、ごめんね、式典出てね、くらいなら大人しくしてやったものを。
「いつなんですか? 準備が必要なことくらいわかっていますよね?」
「来週」
さらに当日突然言われて着る服が無くて無残な姿で晒されるか、出席しないという二択だったよ。
「男ってのは」
着ればいいと思っているのか。
わかったよ。ちゃんと用意するよ。
可愛いきらっきらの主役を食うくらい儚くも美しいもの。私こそ悲劇の王妃ってやつをさぁ。
涙目だけど泣かない技術思い出さないと。
「あー、殿下から何かしらの用意をしてもらうようには言うけど、期待はするなよ。あまり近づいても殿下があれこれ言われるし、妙な噂の元にしかならない」
おねだりしたわけではない。
無意識にぎゅっと腕を握っていたらしい。力が強すぎて、跡が残ってないといいけど。
「だから、これやめろって」
色々位置に戻す。ほっとしたように息をつかれたのが不本意だ。痛かったんだろうか?
「ジニーが手を焼くのがわかる気がする」
どちらも私ですが、なにか?
ジニーとしてジンジャーを語る場合には兄たちの言動を参考にはしている。
逆にジンジャーとしてジニーを語る場合には実妹や弟の発言を元にしている。
「兄様は私に甘いので、大変助かります」
「そんな気はする」
実兄たちの愛情というのは実践で生きていける方法だったので、他人が思う甘さはなかったけど。一般的基準で言えば甘い兄といえばローガンの方だ。
こんな町中にいるローガンはいらついてそうで、それもちょっと気が重いかも。
「さて、お嬢様、つきましたがいかがいたしますか?」
外面をかぶりなおしたウィルが、私に言う。
「立ち会いは遠慮してくださいね?」
返事が来る前に店の中に入ると一気に視線が向けられた。
さすがにびっくりした。
一瞬で散ったものの店内がばたばたし始める。以前来たときは広い店内に所狭しと商品が並べられていたのに、今は隙間の方が目立つ。
取引相手の姿も今は見えなかった。
いや、店には従業員しかいなかった。制服を着用する義務があるから見分けるのは簡単だ。
「おやすみ?」
見覚えのある店員に尋ねる。
「しばらくずっとお休みです」
二重に期間を言わなきゃならないくらい休んでたのね。まさか、前回来てからずっと休んでいたんじゃないでしょうね。
「ローガン様が、応接室にと。護衛のかたはこちらでお休みください」
奥から見知った従業員が出てくる。案内は別の者がしてくれるようで、こちらへどうぞと誘導される。
ウィルをそつなく、隔離してくれる。流れ作業。
「またあとで」
手を振っておいた。
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