ひめさまはおうちにかえりたい

あかね

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おうちにかえりたい編

閑話 黄の騎士団長

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 昼食を終わって執務室として割り当てられた部屋に戻れば空っぽだった。王弟殿下と関わる場合には従者はいつも留守番してさせている。
 ソランは最低限の礼儀は知っているとはいえ、未だ心許ない。本人もやる気もないからしかたないと放置していたツケだ。
 ウィリアムはそれを理由に気楽な一人歩きを満喫しているのだから、ソランだけが悪いと言うことはない。

「ソラン、あれ、ソラン?」

 ウィリアムは簡易的な台所にいるのかと思いのぞいてもいなかった。
 どこかに行くにしても書き置きくらいは残しそうだ。机の上にも何もなかった。いや、慌てて出て行ったような形跡がある。
 飲みかけのカップに、広げたままの資料。

 補充品の目録、ねえ? 何を調べてたんだか。
 別に見られて困るものではないが、整えて元の場所に戻す。
 食堂に顔を出せば、顔なじみの騎士がいた。従者の友人の兄という微妙な距離感だが、あちらは気にしていないらしい。

「今から食事ですか? お忙しいですね」

「いや、済ませてはいるんだが、ソランを知らないか?」

「イリューに呼ばれてどっか行きましたけど」

「……ソランが?」

 律儀に離れるときには言いに来る従者が無断で外出とは一体?
 嫌な予感しかしないなと探しに行こうと決める。
 ついでに借りてきた資料を戻そうと思ったのが悪かった。

 資料室で黄色い頭を見つけたのは偶然だった。
 いつもは鍵がかかっている扉が、半開きだった。誰かいるのかと声をかけるよりも先に言い争っている声が聞こえてくる。

 あるいは悪意ある導きだったかも知れない。

「あ、ウィルぅ。助けて、殺されるマジで死ぬ」

 黄の騎士団の団長相当である男(レオン)である。
 声をかける前にくるぅりと振り返った。涙目である。ウィリアムは少し怯んだ。
 その前で中年男性が怒っている。おそらくこの資料室の管理人だろう。

「……意味がわからんが、撲殺は勘弁してやってくれ」

 鈍器としか思えない煉瓦大の本を振り上げられては降参するしかないだろう。元凶は被害者ぶって泣き真似しているのうざい。
 進呈しようかと思わなくもないが、事件になるのは困る。

「本をぐっちゃぐちゃに戻された僕の気持ちわかってくれますかっ!」

「いや、その、連れ帰る。すまん」

「二度とくんなっ!」

 え、俺まきぞえ。ウィリアムが抗議する前に押し出され、扉がぴしゃんと閉まる。がちゃがちゃと鍵の音までした。

「……騎士二人、押し出すとかすごくない?」

「そうだな。妙に静かだと思えばこんなところでいらんトラブル起こすな」

「そう言えば何年ぶりくらいだっけ? あれ、半年前にあったっけ?」

 レオンは首をひねってどこかに歩き出す。話をしている間にはもっていなかった書類を今持っているのが、おかしい。
 資料室のどこかでくすねてきたに違いない。
 ばれたら始末書どころで済むのだろうか。レオンのことだから、何食わぬ顔で他の資料に紛れていたと返しに来るんだろう。

「会ったな。それからずっといるが、気がつかなかったのか? 今は殿下のところにいる」

「そ。殿下は寛大だからいいけど、そんな下っ端みたいな格好で歩いててよくジャックに怒られないよね」

「なにしても言われるから気にしない」

 ウィリアムが正規の軍服を着用してたらなにをしてなくても怯えられるのはわかっている。だからといって近衛の服を着るのも違う。
 間をとって下級貴族風の格好で通していた。ソランにはもうちょっと偉そうな格好してくださいと言われるが、それはそれで色々めんどくさい。
 それにジャックが一々突っかかって来る理由は確かにある。

「……ほんと、仲が悪いよね。なにがあったの? 前はそれほどじゃないよね」

「……最近静かだったから、何かあったのか?」

「都合が悪いからって、別の話にすぐするのやめなよ。
 まあ、うちだって忙しかったよ。財務卿(ランカスター)とずっと予算でやり合ってたからさ。うちの余剰分どころか半分持ってくって言って。どこに使うのかは黙秘ってなもんだからさ」

 ……悪い。それはうちが原因だ。あったことは箝口令が敷かれているので言えない。
 ともウィリアムは釈明できない。

 北方の魔王が目覚めそうで、魔物が溢れてきたとはさすがに言えない。妙に魔物が執着する娘を王都に連れ帰ってみれば、王が執着するとも思わなかった。

 財務卿(ランカスター)が黙秘するしかなかったのは、レオンが情報を集めることを得意としているせいだろう。情報戦が苦手な財務卿(ランカスター)には分が悪すぎる。

 逆にどこから聞いたのかわからない噂さえ把握しているのだ。この男(レオン)は。
 レオンの原因はおまえだよと言いたげな顔にウィリアムは少しいたたまれない。

「この二ヶ月くらい前かな? ぴたっと静かになったけど、なんだったのかな。まあ、それどころじゃないんだよ」

「なんだよ」

 レオンがへらりと笑うのはいつものことだった。
 しかし、目が全く笑っていないのは珍しい。余裕ぶった態度じゃないとみんな不安になるでしょと不真面目な態度を崩さない男が。

「うちがやらかした!」

 その声が廊下に響き渡った。
 人の通らない通路ではない。むしろ、人通りが多いと言える。
 ウィリアムは頭が痛い。わざと、だ。聞かせたかったのは、ウィリアムにではない。城の不特定多数に聞かせてその話を広げることが目的だ。

「悪いことを堂々と言うな」

「あのな、本気で、やばいんだよ。あっちの王が動いたら夜逃げすることをおすすめする」

「あっちの王?」

 一体何の話をしているのかわからない。
 レオンの信じられないという表情は素だろう。ちゃんとわかるように話せと言いたい。

「エルナのルーク国王。調べたの後悔した。知らない方が幸せ」

「……廊下でぺらぺらとしゃべるな」

「んー。ちょっとアピールしとこうかなとおもって」

 どこに。と問うても答えはないだろう。
 学者や宰相を出している家に生まれただけあって頭は良いんだ。ただ、良すぎてウィリアムには時々着いていけない。

「話しても良いんだけど、急用みたいよ?」

 レオンが言うように、ウィリアムの名を呼ぶ者がいた。先ほど食堂で見た顔なじみの騎士だが、慌てたようだった。
 彼はレオンの姿を見て、言いかけた言葉を飲み込んだ。
 外部には知られたくない厄介ごとだとウィリアムは察した。

「またな」

 レオンはひらりと手を振った。

「また後で。気を付けろよ。夢から覚めたみたいに、急に不都合な話が出てきたからな」

 それは不吉な予言のようだった。
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