ひめさまはおうちにかえりたい

あかね

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おうちにかえりたい編

その男、要注意につき 前編

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 城に戻れば、城門で止められる。
 さすがに辻馬車をいれるわけにもいかない。オスカーのエスコートで降りる。
 御者も真っ青な顔で震えていた。乗るときはジンジャーが気を引いていてくれたから見てないものね。

「ありがとう」

 詫びにするようなお金は持ち歩いていないので、耳飾りを外した。
 地金が銀なので手入れが面倒だったからちょうど良い。
 ユリアに渡せば心得たとばかりに御者に押しつけている。銀ってなぜ曇るんですかねとぼやきながら磨いていたから、良い厄介払いだ。オスカーもそれを見ていたから微妙な表情だが、止めない。

 ぺこぺこと頭を下げる御者を見送り、城門より先に視線を向けた。
 良い見せ物になったかしら。
 興味津々といった視線はずっと感じていた。思ったよりも大勢の使用人や出入りの商人、兵士などがいる。

 一瞥すれば蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。これで傷心で帰ってくると思った王妃が、そうではなかったと噂されるだろう。どう歪んで、王に伝わるか楽しみだ。

 先頭に立って歩こうとしたら、オスカーに止められた。

「騎士の面子をたもってもらうのに協力していただいても?」

 そうね。露払いは騎士の勤めだったかしら。

「許すわ」

 くすくすと笑う。そのほうが親しそうでしょう? 門番はぽかんとそれを見ている。ユリアは少し不安そうに見てきた。
 なに、始めるんですかと目線で訴えてくる。

 おかしな事ではないわよ。
 今までの私を覆してみせるだけ。

 それも嘘だけど。

 人は見たいものを見るものでしょう?

 城門をくぐってもなにも言われなかった。まあ、さすがにこの辺りの兵は私の顔を知っている、あるいは、オスカーやユリアの顔を覚えている。その主ともなれば理解はするだろう。
 しかし、これからどうするか。
 城門より城本体は近い。歩いて行けないわけでもない。服が汚れるが多少はしかたないか。

「お、お待ちください。迎えを呼びます」

 門番の責任者らしき者が転がるように前に出てきた。丸っこいなと。タマゴにヒゲを書いた感じ。愛嬌があって良いのではないだろうか。
 思ったより素早い。動き出したオスカーに追いついて遮るのは難しい。
 兄様がなんか言ってたっけ。
 うーん、動けるデブ。だったかしら。

「こちらでお待ちください。ほらほら、椅子椅子っ!」

 城門の前に即席の椅子とテーブルが用意された。きちんとテーブルクロスも敷かれている。
 手品のようだなと思っている間にエスコートされて椅子を引かれていた。
 嘘みたいに手際がよい。

 諦めて椅子に座った。

「粗茶ですが」

 お茶がすっと出される。ユリアが当たり前のような顔でそれを手に取った。

「……師匠と崇めたいほどに上手な人がいる……」

 先に毒味をしたユリアがぽつりと呟いた。カップをそのまま受け取り、一口含む。

 自分でいれるのはそんなに上手じゃないが、味覚はお茶狂いの二番目の兄様のお嫁さんに鍛えられている。

 確かに上級者がいる。門番にさせておくには惜しい。

「どうされました?」

「おいしいお茶をありがとう。と伝えてくださる?」

「え、ええっ、ありがとうございます?」

 タマゴ氏がわたわたしながら、頭を下げる。
 そのソーセージみたいな指は器用なのね。赤ちゃんみたいにぷにぷにでも中々やるな。

「二人ともいただきなさいな。ジンジャーは煎れるところをみてきなさい」

「はい」

 この茶に免じて、しばらく待ってあげる。意図が伝わったかはわからないが、彼はあからさまにほっとしていた。

 そこでふと気がつく。
 制服が、黒の騎士団ではない。城内や王都内がその管轄であり、門番も黒の騎士団の所属になる。近衛はその黒の騎士団の上位者となる。

 黒を基調にオレンジ色の刺繍が散らされている。
 刺繍で使える色は騎士団ごとに決まっている。

「黄の騎士団の方?」

「当たりです。城を空にしておくわけにはいけないしょう?」

 答えを告げたのは知らない声だった。

「黒の騎士団長が全部丸投げしていきやがりましたよ。自分は式典の警護があるとか言って。
 よろしければ、一緒に籠城しますか?」

 そう言って笑う青年は、確かに一度も見たことがない。
 中々に魅力的な提案をしてくる。

「どなたですの?」

「大変失礼しました。姫君」

 大仰な一礼。
 麦わら色の髪が揺れる。人なつっこい笑み。最初からヴァージニアにこんな顔をする人がいなかったのでちょっと面食らった。

 ウィルは感情を抑制するように心がけている。
 ジャックは感情を隠すようにしている。
 彼は、嘘でごまかす。

 そんな風に見えた。

 まあ、嘘っぽい顔だと思うんだ。わたしによく似た表情の出し方をしている。

「初めてお目にかかります。黄の騎士団長、レオンハルトと申します。良ければレオンとお呼びください」

 一番面倒な性格のヤツがきた。
 それを押し隠して、とっておきの笑顔を向けてやることにした。

 騙されろ。

 一瞬、無表情で見返してきた。……あ、ダメだこれ。逆に警戒されたと思う。

「馬車の用意が調いましたので、こちらへ」

 人好きのする笑みを浮かべて、そつなくエスコートしてくる。
 ふと見ればユリアがぽかんとした顔をしている。オスカーはなぜか背を向けているからわからないが。

「どうしたの?」

 可憐にと意識して首をかしげてみる。
 はっと我に返ったようで、首を横に振っている。それとちょいちょいとオスカーの裾を引っ張るのはやめなさい。
 なんだか私が恥ずかしいから。

「あ、そうだ。誰かに近衛に連絡しとけよ。妃殿下がいなくなったって大騒ぎになるはずだから」

 近くの部下にきちんと指示をだしておくのも忘れないと。
 ウィルと殺しあいは骨が折れると思うタイプだとすれば、レオンはこちらの策をきっちり遮断してくタイプに思える。

 敵対しそうなら最初に潰そうかな。

「……なにか、物騒なコト考えました?」

「いいえ?」

 勘が良いのか。表情に出ていたのか。
 それ以上はなにも言われなかったが、少し、大丈夫かなと視線を向けられた気はする。

 近距離用の屋根のない馬車を選んだのは、悪意なのか善意なのか。
 馬くらい乗れるでしょとオスカーにあっさりと馬をあてがうのは、善意だったんだと思うんだけど。
 ……下手なのよね。可哀想になるの。馬が。

 大丈夫? みたいなユリアと二人分の視線とちょっとうなだれたオスカー。
 あきらかにおかしな雰囲気をものともせず、無情にも馬車は動き出したわけだ。悪いが、二人乗りなんだ。
 頑張れと手を振っておく。

「乗れないんですか?」

「怯えられるそうよ。徒歩で来るんじゃないかしら」

 レオンは何とも言えない表情で、振り返っていた。馬車の速度に合わせて馬を走らせながらだから余裕というかなんというか。

「お上手ですね」

 ユリアが素直に褒める。わりと異性に辛辣な部分がある彼女にしては、柔らかい対応だ。日頃の対ジャックを見ているとあれ。この子、男嫌いだっけ? みたいな気分になっていたけどね。

「格好くらい付けてないと不安になっちゃうでしょ?」

 ばちんとウィンクを飛ばしてくる。
 ……本当に、おまえはどこかのジニーかと。

 あ、嫌な事実に気がついた。
 うん、忘れよう。

「では、奴らが来る前に、お時間をいただいてもよろしいでしょうか? 姫君」

 嫌いじゃあないわよ。その態度。

「喜んで」

 ちょっと、ぶん殴ってやりたくなるくらい恥ずかしいだけで。

 城内には直接入らずそのまま庭へ案内された。
 人目を確実に避けるように案内された道は、記憶にないものだった。ユリアは表情を引きつらせている。
 秘密の通路がばれているか、知らぬ間に共有されているか、どちらだろうか。

 あるいは、ローガンの息がかかっているか。

 いつか魔女の会った東屋まで来る。

「用件をききましょうか?」

「最悪な類の謝罪でしょうか。許して欲しいなどとは言いません。お望みままに処理してください」

 いきなり跪かれた。

「この国に入り、王城までお送りしたのは我が騎士団のものでした。しかし、私は最近までそれを知りませんでした。
 申しわけございませんでした」

 知らなかったから許せとは言わない、と。

 無防備な首だと思った。
 城内で帯剣していない騎士はいなかった。
 今、彼はなにも持っていない。

 覚悟をもってここにいると。

 優しい姫様的には許すと言うべきだろう。昨日までは、そうしたかな。

 私はしゃがみ込んで、そのあごを掴んで顔をあげさせた。

「ねぇ、あなたは、『わたし』をどこまで知っているの?」
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