ひめさまはおうちにかえりたい

あかね

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おうちにかえりたい編

騎士の帰還 後編

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 それからしばらくして、控えめに扉を叩かれた。
 ユリアが名乗っているのが聞こえて、扉を開ける。

「早かったね」

 普通に出迎えたはずなのに、はうっと返ってきたのはなぜだろうか。
 なにしてんだとユリアが目線で訴える。なにもしてない。冤罪。濡れ衣。

 メリッサがまだ戻ってきていない。どうかしたのかなと思いながら、ユリアも加えて四人を室内に招き入れる。ぎこちない彼女たちを信じられないものを見るような目で見ている護衛騎士もちょっと問題ないかな。

「どうぞ、お嬢様たち。お茶でもいかがかな?」

 いつもはしないけれど、サービスくらいしておこう。ユリアほどではないが、それなりに面倒をかけているし。
 それに。

「え、ええっ」

「私たちがいれますっ!」

「是非とも座っていてください」

「んー? 良いから座って、ね?」

 彼女たちには悪いが、噂を散らしてもらいたいのだから甘いことも言ったりするよ。
 言いふらすタイプではないから、何か良いことがあったと周りにわかればいい。あとは勝手に調べて憶測してエサがやってくる。

 何がかかってくるか想定はできるけど。楽しみだなぁ。
 ユリアが肘でつついてくる。あれ、笑ってたかな。

「まあ、まあ、今は兄さんに従ってください。言い出したら聞かないんだから」

 ユリアが取りなして一応、ソファに座ってもらう。怖々なのは、普通はこんな場所に座ることはないからだ。
 一応、使用人ということになるからね。

「ちゃんと姫様の許可は取ったから安心してね」

 ウィンクはやり過ぎかな。いいや、やっちゃえ。
 三人とも顔を覆ってしまった。やり過ぎたようだ。その後はちゃんとお茶をいれることに集中した。本職に出すんだから、真面目にやらないとね。
 今日のお茶は、楽しくなる気分、になるかもよ、と書いてあった。

「ジンジャー、貴方、お兄さんにも負けてるわよ」

 ユリアに恨みがましい顔をされた。いや、そんな顔されても。

 護衛も集まって和気藹々とお茶を楽しむ会になった。非番も呼んでくるとか暇なのか、そうなのか。
 なぜだ。首をかしげるもいままでなかったことは喜ぶべきなのかな。

 ま、それもジャックが来るまでで。
 呼ばなかったのになと誰かが言っていた。来たら部屋が凍り付くから当たり前のような気もする。侍女たちも今、部屋にいる連中にはまだ暖かい対応をしている。

 ジニーとしては初めて会うはずだから、一応挨拶はした。
 何かに驚いたような顔をされたけど、なんだろうか。どこかで会ったかな? オスカーがやってたときに会ったりしたんだろうか。覚えてないなぁ。
 ちょっと悩んでいる間に、注意が逸れたようで他の騎士たちを叱責していた。非番はともかく、持ち場を離れるのはどうかと思うよ。

 持ち場に戻れと言われて、渋々従っているのでやっぱり問題児ばかりなのだとはわかった。というか一時期いた正統派がまた抜けている。元の人員に戻ってるじゃないか。

 疑問が顔に出ていたのか、ちょいちょいと呼ばれた。なんだね。ライルの兄よ。

「俺たちは、前王の派閥にいたのであんまり居心地良くなかったんですよ。上は王の代のために用意されたので、やっぱり立場ってもんがねぇ」

 こちらの返答は聞かず、すっと離れていった。なんとなく、あっち行けみたいな態度をされると裏があるんじゃないかと思うんだけど。

 ジャックに捕まる前に手を振って部屋を出ることにしよう。
 住む部屋の問題はまだ片付いていないから城に常駐はまだ考えていない。オスカーとの待ち合わせまではまだ時間があるし、ついでに少年たちの様子を見てくるか。

 そう思ったのが間違いだった。

 鍛錬場へ向かう道すがら、レオンを見かけた。ジニーは会ったことがないはずなので、無視するつもりだった。
 目があったなと思ったらにこりと笑われた。

「一人で出歩くなんて感心しませんよ。ひ……」

 表情が途中で固まった。
 お互い、微妙に引きつった笑いを浮かべるのが精々だった。従者も部下も連れず一人だったのが幸いだった。
 行き交う人にちらちらとなんだろうと見られてはいるものの不審がられてはいない。
 レオンは私を下から上まで見られて首をかしげている。ひっつかんで目立たない端に寄る。

「……誰も見破らないのに」

 兄弟ですら、意識しないと忘れるんだ。ヴァージニアとジニーが別の人間であると思っているわけではない、らしい。

「ですよね。今は全然見えません。偶然です、偶然」

 人の見えないところに行ってひそひそとやっている今のほうが不審そうに見られている。それに気がついて、知り会い程度に距離を離す。

「どちらに行かれるつもりですか?」

「ライルたちの様子でも見てこようかと。ずいぶん会ってないから」

 レオンは少し何かを思い出すようにあごに手をあてた。

「ライルはいませんよ。兄弟喧嘩で怪我したそうで、自宅療養中。ソランはうちで急遽預かってます。イリューは意味がわからないですが、会計の手伝いということで書類整理に来てますね」

「よく調べているね」

「落ち着かないんですよ。昔々に、ほっといたばかりに悪評をばらまかれましてね。反省したわけです。病的なのは知っていますから」

 先回りして指摘されないようにする癖でもあるのだろうか。
 悪評からちょっと病的と言われるくらいの情報収集家になるっていうのは理解できないけど。よっぽどのことを言われたのだろうか。
 しかし、それならば先日のことは不思議としか言いようがない。

「そのあなたが良くほっといたね」

「夢から覚めたみたいに、みんな見えてきたんですよ。身辺は少し騒がしくなるでしょうね。俺みたいなのが、増えていくでしょうから」

「面倒」

 レオンは口元だけで笑った。これ以上の会話を続けるべきか、少し迷っている。
 その目には少しの怯えを感じた。
 よくこんな目で見られたものだ。

「そんなに、怖い?」

「そりゃあね。敵にはしたくないのに、もう敵みたいだ」

 ちらりと見える恐怖を押さえ込んで、余裕のある態度を崩さない。
 まあ、確かに彼よりは強い自信はある。しかし、レオンは相当慕われているようだ。この短時間で、視界に見覚えのない制服がうつる。

「私にも全員の相手は荷が重いよ。決定的になるまで、お互いを利用すればいいじゃない?」

 レオンを始末したからと言って敵討ちまでされるとは思わないが、国を支配下に置くには手こずることになりそうだ。この男がほぼ全土の兵士を統括しているんだ。王都や北方を支配している他の騎士団とは根本的に異なる。
 近衛なんて入れ替えても良いし、青は魔王が敵対しないなら一時的に解体しても良い。しかし、黄の騎士団だけは全土に配置されている。必要なら潰せば良い騎士団とは違う。

 互いの信条に反するなら敵対はやむを得ないが、それまでは保留でいい。
 いつかやり合うとは思うけど。

「団長!」

 いつか見たタマゴっぽい人だ。
 探しましたと説教を始めているが、ほっとした顔をしている。そんなにジニーが危ないヤツだと知られているんだろうか。
 人の黒歴史を広めているなら、一度絞めていいかな?

「じゃあ、また」

「また」

 そんなに怖がっているのに、なんで、また、なんて言うのかな?
 よくわからない。
 頭をかいて、これからどうしようかと思った。まあ、正しいことを言っているかわからないから鍛錬場で話は聞いてこよう。
 再び、足を動かそうとした。

 ふと視線を感じて、そちらに視線を向けた。話をするには遠く、愛人、いや、現聖女様がいた。取り巻きもお連れだ。私の方に近づいてきそうだった。

「思ったより早くかかったな」

 少しだけ笑って見せた。
 それだけ。
 興味がないようにさっさと立ち去る。これで、どうしても会いたくなるでしょう? 甘い罠をかけてあげる。

 全部、知ったらどうするかな。

 まあ、とりあえずは鳥籠を用意しないと。
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