ひめさまはおうちにかえりたい

あかね

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おうちにかえりたい編

姫君は鳥籠に。

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「……やばいです。別な意味でやばくなりました」

 城に戻って早々、ユリアに秘密通路に引き込まれた。待ち伏せされていたんだろう。きゅっと首が絞まりそうな勢いで服を引っ張られた。油断して歩いていたつもりはないんだけど。
 慌てたようなユリアに一つ深呼吸をさせる。

「王が、姫様がいないことの方に先に気がつきました。部屋を訪れようとして、阻止しそこねて不在がばれました」

 意外すぎて、動きが止まった。
 え、なんで、私?

「……城内を探されたの?」

「あらかたは。むしろですね、逢い引きなんてのを疑われているんですよ!」

「誰と?」

「そんなの決まっているじゃないですか。しばらく不在なのは皆が知るところでしょうけど、いないから余計あやしまれているという負の連鎖です」

「いないのは外に連れ出したとか?」

「そろそろ、それを疑われはじめる頃合いですね」

 ……いや、外にいたけど。思うよりも執着が強くて、これが揺り返しなのだろうかと現実逃避ぎみに思う。

「……聖女は」

「ガン無視です。離れた途端の効果切れがすごいです」

 未だ、不在がばれていないと。これまでと逆転したかのような現象だ。
 ともかく、ここでこうしていても仕方がない。

「戻るわ。どこかの木の上でも上っていることにしようかしら」

「なんて言い訳するんです?」

「よく見える場所を探していた」

 苦しい言い訳である。
 私は侍女たちと控え室に行き、そこから急にいなくなったように見える。
 実際は彼女たちが去った後に別の服装で出てきていた。

「ところで、オスカーは勝ったの?」

「勝ったんですけどね。おかしいことに気がつかれて、激怒されちゃいました」

 ユリアは全く反省していないようで、なんで怒ったんですかねなんて言い出していた。彼女は経過より結果を重んじるから、そこは全くそりが合わないだろうなぁとオスカーに同情する。

「でしょうね。今は?」

「一人で、頭を冷やすって」

 ここにいろってここに置いてかれました。しれっと言う。
 最低限、こちらへの義理は果たしたと見るべきだろうか。

「ジャックは?」

 ユリアが視線を逸らされた。

「……怪我させたのね」

「あははは。肋骨いかせちゃいました。いやあ、強いんですね」

「信じてなかったの?」

 実力はあるんだ。他の部分に問題があるだけで。

「運命を任すほどには、信じられませんね」

 ユリアは冗談めかして言う。

「それで、戦利品になった貴方はどうするの?」

「どうもしませんよ。あっちから何か要求があれば、可能な範囲内でお応えしますけどね。
 さしあたって頬にキスくらいはしてあげましたよ。嬉しそうじゃなかったですね」

 どんだけやっつけ仕事だったんだろうか。ユリアの雑なところが全力で仕事をしているのか、わざとなのかわからない。

 問題がいっぱいのようだから、つっこむのも野暮だろう。

「着替えるわ」

 気は進まないが。しれっと部屋に戻って寝て良いだろうか。ダメだろうけど。

「用意しています。泣く道具いります?」

「……刻んだ玉葱とか言うんでしょう?」

「ご名答」



 ユリアが、もしやと木の上を探して見つけた、という設定で私は発見された。
 はしごを用意されたので、大人しくそれで降りる。
 すぐに王へ連絡され、本人も来る騒ぎになった。

「よく見えるかと思って、上ってみたんです。子供の頃していたので。でも、降りるのは怖くて」

 涙目で震えている私はきっと可愛いはず。
 玉葱が目に染みる。そっとハンカチを腰帯の隙間に挟む。匂いがつくけど許せ。

「心配をかけさせるものではない。もう部屋に戻ろう」

 優しげな態度の王に冷笑が浮かびそうになるが、うつむいてやり過ごす。
 差し出された手をじっと見つめる。私よりも綺麗な手じゃないだろうか。

「はい」

 ためらいがちに見えるように手を掴むが、逆にぐいと引き寄せられた。既視感がある。
 力任せにぎゅーとかはご遠慮いただきたい。みぞおちあたり殴っていい?
 ささやかに抵抗というのはどの程度が許されているのかな。

「苦しいです」

 もぞもぞと動いて悲しい顔でもしていればいいか。笑うなと言われたし。
 相手の気が済むまで、そのままだった。無の境地に至りそうだ。

「すまない」

 離されて謝罪された。それ自体は初めてのような気はする。
 ちいさくふるふると頭を振ってみるが、許さないという気分が上回った。

「だが、こんなことをしてしまうとは心配だな。やはり部屋を変えよう」

 まあ、そうなるだろう。
 私が王妃の部屋にいなかったら二番目の兄様(アイザックにいさま)もお怒りでしょうよ。宣戦布告して、強制的に連れ帰られる。

 戦闘狂(バトルジャンキー)に口実を与えてはいけない。
 戦争をふっかけるには領地が離れすぎている。精々、制裁措置としての国交断絶や賠償金の請求が落としどころになるだろう。

「私が悪いのです。他の者を罰するようなことはしないでください」

 反省していますとうつむいて言えば、あっさりとわかったと返答された。
 ……おい。そんな簡単に言うことを聞いてどうする。常に甘いモードしか発動しないのか。そうなのか。

 だから、こうなっているのか。

 ちょっとの不都合を我慢して、意のままに操る。ということもできなくはないと。
 ……不都合が多すぎて、ちょっととは言えない。
 なにせ、生理的嫌悪まで至ってしまった。さっきのことで鳥肌がたったままだ。

 妙に視線を感じて、そっと隠れ見る。

 おや、眼鏡がいる。久しぶりに見た気はするが。悲しげな表情でも作ってみればいいんだろうか。
 誤解してくれればよいけど。

 まあ、嫌なのは誤解ではないが。

「だが、他の者を付けることにする。ずいぶんと甘やかされていたようだからな」

 そーですか。
 必要な庇護を用意しなかった、貴方がそれを言うと。
 本当に、余計なことばかり言う口だな。気の迷いなんて捨てよう。最初から、間違ってすれ違ったのだから。

「承知しました」

 無表情で、返した。
 面食らったような顔をしたが、気にするものか。鳥は移動したのだ。王に媚びる必要はもうない。
 手駒が揃えば、鎮圧できる。

 精々それまでつぶし合えばいい。

「では、私は片付けて参ります。ジンジャー」

「はい」

 さっと裾をさばいて一人歩き出す。ユリアが小走りでついてくるのが足音でわかる。
 衝撃を受けたのか王が追ってくる様子はない。

「私たちは、いかがしますか?」

「ジンジャーは下げるわ。ユリアはきちんと仕事するのよ?」

「はい」

「それとローガンに部屋の片付けをするから人を寄越すように言って。あれこれあるじゃない?」

「ああ、悲鳴をあげそうですね」

 使わない方が良いなと思っていたものたち。
 偽姫様は特に見つかっては困る。

「無茶しないでくださいね?」

「確約は出来ないわね」

 それでもですね、と小言を言われることになってしまった。
 ああ、わかってるから。ものすっごい心配されていることくらい。とは言えない。わかってないって泣かれる二度目は勘弁して欲しい。

 二年前も困ったんだ。


 部屋に戻れば侍女たちが集まっていた。

「ごめんなさい、心配をかけましたね」

 頭を下げるのはできないから言葉だけでも謝罪する。こんなことになるとは思ってなかった。
 改めて彼女の所有していた加護の強さを感じる。
 あの程度の鳥籠で用は足りただろうか。ちらりと不安に思う。

「部屋を移ることになりそうなの。貴方たちともお別れみたい」

 驚かれはしなかった。

「私以外、城をさがることになりました」

 代表してメリッサから告げられる。

「実家に帰ってこいと言われていまして」

「父が急病と」

「お告げ」

 それぞれ本当の理由は言えないけどなんかありますと言っている。お告げだけが不穏だ。
 一体なんにと、……いや、知らない方が良い。

「私は変わらず、付かせていただきます」

「そう。ありがとう」

 そろそろ、メリッサも巻き込むような時期がきたのかな。出来れば、したくなかったけど。
 そうも言ってられないか。

「少し疲れたわ」

 そう言って寝室にさがる。ユリアだけが付いてきた。

「約束の服は渡して置いてね。それから、なにか、感謝のものを渡さないといけないかしら?」

「……あのですね。黙って、寝てください。薬神の僕として言わせていただきますが、寝ろ」

 有無を言わさずに着替えさせられ寝台に叩き込まれた。……いや、怖かったんだもの。四の五の言うな薬飲むか?と言葉以外で、片手に何か持ってたから。
 それで気は済んだのかユリアはベッドの上で体を起こしているくらいは寛大に見守ってくれた。
 ……いや、薬湯を枕元に置いて笑っているから、飲んで寝ろという圧力を感じる。

「あ、これ、開けてないんですね」

 昨日もらった箱は未開封だ。枕元に置いて、そのままだった。
 なにが入っているか予想がつくが見たくはない。見たら、付けなければいけないじゃないか。

「ローガン様もちょっと鈍いからしてやられるんですよね」

「ちょ、ちょっと勝手に開けない」

「可哀想じゃないですか。いろんな意味で」

 黄色のリボンをぽいと掛布の上に捨てられる。開けられてしまったと未練がましく見つめた。
 なんとなく手に取り巻き取る。

「ご用意しますね」

 やっぱり、首飾りに使う鎖だった。
 同意すら取らずに、昨日預かった首飾りの鎖を変える。

「お守りですよ。とっても強い。人に預けるモノでもない。だから、必要なんですよ。きっと」

 予言のように囁いて、ユリアは首飾りを付けた。

「お別れはいいませんね。また、後日お会いしましょう」

「そうね」

 寝て起きたら、もう、いないのだ。
 少しだけそれが寂しいとは言いたくない。
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