ひめさまはおうちにかえりたい

あかね

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おうちにかえりたい編

閑話 彼について2

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「……よくわからないんですが、ごきげんですね?」

 副官の声にレオンは顔を上げた。
 数枚の紙をぱらぱらとめくる。中身はもう覚えてしまった。ある一人の女性に関することの全て。
 丹念に追えば、見えてくるのは、どれも違う姿。
 これは騙されるなと苦笑が浮かぶ。

「そう?」

 副官はあきれ顔を隠さないで、それでもお茶を置いた。もうそんな時間だったかとレオンは体を伸ばした。
 お茶の時間は必須と言い張っているため、執務室や休憩所で仕事をする場合には、決まった時間に休憩する習慣がある。主に主張している副官のための時間なのでレオンはそのおこぼれでお茶を貰う事があった。

「そんなに面白いんですか、それ」

「面白くはないね。怖いことばかりだ」

 一つ一つは大したことがなくても、積み重ねれば恐ろしいことになる。もう、十分すぎるほどの失態だ。
 焦って取り返そうなど言うよりもきちんと立て直した方がましだ。

 レオンはいつはじめようかと考えていた。
 印象付くように、注意と関心を払ってくれるようにしなければならない。

「浮かれている風で気持ち悪いんですよ。それ、そんなに良い事が書いてあるんですか?」

「なぜ?」

 やけに絡むなと思いながら問い返す。
 苛立ったような副官の様子に、いつもと確かに違ったのだろうとレオンは考えを改めた。ただ、どこら辺がという自覚はないのだから改めようもない。

「消去法、あるいは比較検討の結果ですね。態度が違い過ぎます。それ、みせてくれるんですか?」

「……断る」

「ほら、それですよ。それ。理由も言わず、見せもしない。何回も同じことを読むなんて無駄とか言ってた人が、ですよ。手放さない」

「知ったら後悔するからやめとけ。俺も後悔してるんだから」

 これは見ない方が良いと断る。
 それに独占欲のようなものの片鱗が現れていることに気がついていなかった。

 レオンは副官の重いため息を聞かない振りをした。

「いつ、本人にお会いしに行くんですか?」

 副官もこの書類の意味はわかっていた。ただ、いつになく執着しているように見えて不安を覚える。

「そうだなぁ。式典、邪魔しようかなって」

 近々ある聖女の認定の式典の護衛は黒の騎士団が担当すると主張されている。その間、王城の警備を丸投げされたのは数日前のことだ。
 常にしない警備計画を立てるには日数が足りない。

 レオンは散々嫌味を言いながら引き受けてきた。その意味はここに繋がる。

「悪質ですね」

「ほんのちょっと行き違えば、行動すると思うよ。いざと言うときの足止めよろしく」

「え」

「大丈夫、失敗してもいくつか罠作っとくから」

 レオンは白い紙に城門中心の見取り図をなにも見ないで書き上げる。
 当日の配置を決め、どの程度偽装させるか確認を取り手配を頼む。

「黒の騎士団が可哀想になってきます」

「元々、そんなに仲良くないからいいんじゃないか」

 確実に責を問われる。それだけでなく、いない人を捜し回るはめになるだろう。さらに姫君とは険悪とはいかないまでも少し拗れることまで期待している。
 レオンは既に仲良くないのだからもっと悪くなっても良いと思っていた。
 今更、王と仲良くされても困る。

「よく言いますね」

 レオンは肩をすくめた。

「まあ、運が悪ければ死ぬかも知れないから、そのあとはよろしく」

「危ない護衛は外すんでしょう?」

 それなりに名のある傭兵あがりだと聞いてはいる。レオンは実際に顔を合わせたことはない。副官が見かけたらしいが、あんまり威圧感はなかったと言っていた。

「それな……、いいや、もしのときだ」

 レオンは言いかけてやめた。
 あのお姫様も結構な手練れで、屍の山を築くのは得意だろうよ。とは言えない。
 さすがにそれを広めたら躊躇なく消されそうな気がする。その情報だけは消そうとした痕跡があった。

 副官の不審そうな顔に大丈夫と言っておく。いつもと同じ顔は作れただろうか。
 レオンは逆に不安そうになった副官に再び、大丈夫だからと笑うことにした。

 実は結構、怖いなと思っていることも。
 この紙の束と彼女はどのくらい違うのだろうかと不安に思うことも。

 心の底に押し込めて。




 教会側は常に賑やかだ。各地から信者が訪れる。確かに見事なものだと思うが、レオンは滅多に入らない。
 入るとすぐに見つけられる。
 一体どこが気に入ったのか彼には全くわからない。

 教会に入るか悩んだ末に入らないことにした。構造は知っているが、実際確認はしていない。中は誰かに任せるしかないだろう。

 少し落ち着かないが入った場合どうなるかわからない方が不安すぎる。

 レオンはため息をついて、最近の行きつけの店へ足を運んだ。
 謎の煮込みがウリだ。安い割においしいと部下たちから評判である。レオンはあまり好きではない。なにが入ってるかわからないところに不安だけ覚えるからだ。

 レオンは煮込みを避けて串焼きなどを頼む。店員がちょっと不思議な顔をしたのは、今日は完全な私服だったからだろう。仕事の途中か、終わりにしか寄らないのだから。

 がたんとテーブルに二つグラスが置かれた。

「よっ」

 見ればローガンが立っていた。今日はちゃんと人の姿に見えた。彼は食事中にいきなり乱入してくるような不作法は今までしたことがない。

「あれから体調はどう? イーサン様もちょっと反省して心配しているって言ってたけど」

 ローガンは当たり前のような顔で、向かいの席に座る。一つのグラスをこちらに押してくるので、奢ってやると言うことだろうか。
 中身は果実酒のようだった。

「まあ、それなりに戻ったよ」

「本当に困ったら相談して欲しいってさ」

 真意を図り損ねていぶかしげな表情になる。
 ローガンは伝言を伝えただけと言った風だ。彼はそのまま店員を捕まえて、つまみとだけ伝えている。うんざりした顔で対応されているから慣れているのだろう。

「なんか、楽しそうなことはじめるみたいじゃん?」

 ローガンは普通の雑談のように話し始めた。
 一瞬、なにを言い出されたのかわからなかった。面食らったようなレオンの顔にニヤニヤしながら果実酒を口に運ぶ。

「購入しすぎ。俺は黙っているよう通達したけど、他で買ってるなら注意しとけよ」

「……細かすぎないか」

 確かに時期はずれの購入品が多かった。品数は多いが、量は大したものではなかったはずだ。
 ローガンはその品目からなにか察したらしい。

 レオンは付き合いをやめれば良かったかと後悔しはじめた。あるいは、いつものもの以外は購入すべきではなかった。

「商人なめんなよ。ほっとくと食料とか値上がりし始めるからな」

「忠告感謝する」

 ローガンはそれ以上、何か言うつもりはないらしい。ただの食堂でする話ではない、というよりはそこに興味はないんだろう。

 以前からのこの態度にレオンは時々困惑する。感覚的に仕事上の付き合いというより友人に近い。恩義を感じてという感じでもなく、ふらっと現れては、立ち話をして気楽に別れる。

「で、うちのお姫様をどうするつもりなんだい?」

 こちらが本命か。
 レオンはローガンの出身を思い出すことが遅すぎたと苦く思う。出来れば、姫君が候補に上がった時点で思い出したかった。

 彼が話したのは一度きりだ。調べている途中に思い出すことが出来ただけ上等と思いたい。
 ローガンはエルナの生まれと心底嫌そうな顔で言っていた。神無き地と言われる楽園めいた地獄。祝福で溢れているくせに教会も信仰も禁じられた矛盾だけがある。
 遠くレオンが知っているのはその程度だ。ただ、想像出来るだけだ。

 神が守りもしない地は蹂躙されるであろうと。
 誰も手に入れたがらない。しかし、祝福溢れ、色々恵まれている地は羨望するだろう。

 その地から来た姫君が普通なはずはない。

「どうもしないよ」

「へぇ、ずいぶんと調べていたじゃないか」

 面白がるような口調だが、機嫌が悪いのが透けて見えた。
 見つからないとは思わなかったが、ここまで絡まれるとは。レオンは意外に感じる。何かしらの話は聞かれるとは思った。しかし、嫌いな故郷の姫君に関心を持つのだろうか。

 いや、確か拠点を作った後は、しばらくはこないと言っていなかっただろうか。つい先日のことを除けば、一年ほど前に会ったのが最後だ。商会長という立場なら数年単位で現れないのが普通ではないだろうか。

 姫君の状況を知って、急に現れたとしたら?
 うかつなことは言えない。

「……彼女は王妃だろう? それは変わらない」

「……今はそれで満足してやるよ。こっちもそれどころじゃないからな」

 探るような目ではあったが、ローガンはその返事で満足したようだった。かわりに何かしていても目を瞑れということだろうか。

「一つ頼みたいことがある。前の貸し返してもらおう」

「話による」

 ローガンはレオンの話を嫌そうな顔ながらも請け負ってくれた。彼も教会での騒動はお断りらしい。神々と関わるのは嫌だとこぼしていたことがあったとふと思い出す。

「俺は黙っててやるけどな。どこかで気がつく。そのときに焦ってもしらないから」

 彼は嫌な捨て台詞を残していった。
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