ひめさまはおうちにかえりたい

あかね

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おうちにかえりたい編

閑話 彼について4

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 好きか嫌いかと単純に問われれば興味が無い、であろう。
 レオンにとっての王とは先代であったし、王子であった頃からこの兄弟には興味が無い。

 まず、王弟殿下に呼ばれた。たわいもない用事ではあったが本命は別の話だろう。

「妙な噂を聞いたんだが」

「なんでしょう?」

 怪訝そうに問い返す。
 王弟はその態度に苛立ったようにこつこつとガラスのペンが机を叩く。

「姫が、興味を持っているとか」

 妃殿下とは呼ばないのか。
 彼は心の中で呟いた。無意識なのかもしれないが、王との溝は出来ていると思っていいだろう。

「偶然お会いしたことはありますが、それ以上はなにもございませんよ」

 生真面目に報告するが、疑いのまなざしを向けられた。これは日頃のレオンの言動が悪い。ふざけた態度をとらない方が疑わしく見えてしまう。

 疑って、焦ってもらっても一向に構わない。

 彼女の好意を求めているのは王弟も一緒だろう。美しい妻と王位が一緒に付いてくる。こんな機会二度とあるまい。
 婚姻の成立が微妙とも気がついているだろう。

 今は不成立を訴えても意味はない。彼女の同意があり、闇の神の意向がわかれば可能ではあろう。

 つまりは、彼女次第だ。

 この兄弟が仲良くしていた場合、付け込む隙はあまりなかった。軍部を弟が、内政を兄がと分担していおり、その点は極めて優秀だ。

 まだ、血統よりも正しく国を運営している方が評価される。それに二人とも王の血を継いではいないことなど認めはしないだろう。

 あきらかに容姿が異なっていても排除されないのは他に誰もいないからだ。二番目に生まれた娘は幼いうちになくなったことになっている。
 彼女だけが本物。
 あとは偽物だけが残った。

 そして、一人、レオンが王にしたい男がいる。

 本人はたぶん嫌だろうけど、他にいないので諦めていただきたい。それも機会がなければ決行しようとは思わなかっただろう。

 あのお姫様はとても都合が良かった。レオンはそう思うことに少しの痛みを覚えたが、気がつかない振りをした。

「近づくな」

「俺の方からはなにも」

 王弟が嫌そうな顔をするが、事実である。誰かに見られるところでは、こちらから近づいた試しはない。
 今は、まだ、時期ではない。

「そうだといいが」

「では、失礼しますね。陛下にもなぜか呼ばれたんですよ」

 余計なことを残しておくのが、不和のコツだ。レオンは困ったような顔のまま部屋を出た。

 扉の前で待っていた副官がどこか心配そうだった。

「大丈夫ですか?」

 誰が聞いているかわからない場所では返答出来るはずもない。レオンは肩をすくめた。
 さらに不安そうな様子が副官に追加されたのだが、不当な評価である。

「陛下の用事ってあれかね」

「どうでしょう。見てますかね?」

「秘密裏に処分されたんじゃないか。黙りが過ぎる」

 黄の騎士団の失態は既に報告にあげているが、全く音沙汰がない。該当者はすでに処分したが、団内の規律の範囲内でしかなかった。有り体に言えば除隊までだ。
 恨みを買ったような気もするが、あのお姫様の故郷の恐い人の話をすれば震え上がって逃げていった。

 レオンもこんな時でなければ、絶対に関わり合いたくない。

 あの一族は美しいが、人外じみている。でなければ、あんな場所で王族などやっていないだろう。

 遠い昔に、神同士が諍い、負けた神の末裔と言われている。古文書に一文だけ書いてあったそれがとても気になる。

 他のどれにも記載はなく、異能を持つなどと書かれていたが詳細は不明だ。

「お呼びにより参上しました」

 王弟の執務室から王の執務室は近い。そのさらに奥に私室と王妃の部屋がある。今は、王妃の部屋は閉鎖されている。
 聖女に認定された女は王の私室にいるそうだ。
 さすがに王妃には出来ないと王も理解している。

 それをすれば、王位からは降りる必要がある。そこまで彼女を大事にしているわけではないらしい。
 最近、遠ざけつつあるなどという噂はどこまで本当なのだろうか。

 中から返答があり、扉の前の護衛騎士が扉を開ける。

「お気を付けて」

 レオンは苦笑した。ここでいきなり処断されることはないだろう。
 そこまで愚かであれば、やりやすいのだが。

 王は入ってきたレオンに視線も向けなかった。それこそが意識していると知らせてくれる。
 そのまましばらく待たされる。
 きょろきょろと見回すのはさすがにレオンも控えた。見える範囲では、それなりに落ち着いて執務を行っているようだ。宰相はいるが基本的に相談役としてであり、国内のことはこの王が決めている。
 戴冠して一年と少し。なにもなければ、穏やかな治世を築いただろう。

 焦って先代を無理矢理隠居させなければ、レオンもこんな風ではなかったような気もする。もう少し穏便に済ませても良かった。

「しばらく、城に逗留しているようだが、なにか理由が?」

 書きかけの書類が片付いたのだろう。ようやく問われた。

「ここしばらく各地を回っておりましたので、書類の片付けに参りました。まだまだ終わりません」

 そう言って肩をすくめる。
 レオンの態度は基本的には兄弟間の差はない。彼のその態度を許容しているのは黄の騎士団長であるということ一点のみである。
 個人的には嫌われていると彼は判断している。

 何の因果か、この兄弟と年が近い。幼いといえるころから実戦投入され、どうにか成果を上げてきたレオンは目立つ存在だった。
 次期黒の騎士団長と言われていたウィリアムよりもより目立っていたはずだ。彼は年上なのでどうにか矜持は守れただろう。

 しかし、レオンは年が近すぎる。
 当人たちにはそのつもりはなくても比較されてきた。悪いことにレオンは両方そつなくこなす方だった。
 もちろん、個人で比べれば劣るのだがその点は意図的に無視して、王も王弟もどちらも出来ないことで否定されるのだ。

 レオンはそれに気がついたのはだいぶ遅かった。生存できるかどうかの瀬戸際みたいな日々では余裕はない。いつかあの家潰してやるくらいの恨みがある。

 結果、知ることが遅く興味が無いレオンと意図的に無視したい兄弟の間は没交渉ぎみだった。いれば間にウィリアムが立つことはあったが、いなければこんなものだ。

 冷え冷えとした空気に帰りたいなとレオンはため息を殺した。

「変な噂があるようだが、あり得ないだろう?」

「どういう話かは存じませんが、仕事ばかりで忙しいですよ」

「……妃に興味を持っているとか」

 こちらはその方面で見ていると。いつまでもいるレオンに注視したら姫君も見えたということだろうか。
 これは悪かったかなと少し思う。変に対抗心をもっていたりもするのだ。

「偶然お会いすることはあってもそれ以上はなにもありません」

 王弟への返答と同じように答える。ただ、少しだけ、自信ありげに笑っただけだ。
 ひくりと王の表情が動いたので、それなりに成功したのだろう。

 さて、これで姫君の方への義理は果たしたことになる。レオンはさっさと帰りたいと思っていた。ここは、あの姉の領分だ。

「わかった。妃にも聞いてみよう」

 ……は?
 思わず口に出しそうになった。レオンが隠し損ねた驚きを見たのだろう王は口の端をあげた。
 今、そこまで興味を持っていると思っても見なかった。

 見込みが甘かったかと、後悔しても遅い。

「つまらんことで呼んだな。許せ」

「いいえ」

 表情を押し隠して、部屋を辞する。

「……あー、俺、用事出来たからあとでね」

 いつも通りの歩調は、王の部屋から見えなくなるまでだった。
 レオンの宣言に副官が慌てる。歩調が合わないので、いつも早足になっていたのが、彼が早足になれば副官は付いていけない。
 痩せたら? と呆れながらも歩調を合わせてくれた優しい上司はそこにはいない。

「え、ええ!?」

「あと、それ悪かったな。じゃっ」

 レオンは預かっていた小さな花束をあっさりと取り上げて、去って行く。
 あのお姫様、どっか、行ってないといいが。気軽にどこかふらついているからどうにも不安である。
 レオンは彼女の部屋の方へ近づくにつれてメイドや侍女が増えていくことに首をかしげる。

 そのまま進んでいけば妙に騒がしい一角があった。
 気になって見に行けば赤毛の青年がいる。確かに知っている人なのだが、今日はとても華やかに見えるのは周りが女性ばかりだろうか。

「……なにしてんだろうね」

 呆れたような声が漏れた。彼――ジニーは楽しげに見えて、とても困惑しているようだった。何事かを言って、皆を散らすのはさすがだなと思った。
 煽動するにはとても向いてそうだ。

 残っていた侍女たちと話をつけて去ったあとに、こちらを見た。

 少しだけ嬉しそうな顔になった自覚はないのだろう。
 どきりとするな、あれは。レオンは小さく息を吐いた。
 あれで勘違いするなと言う方が難しい。

 いつか見たほっとしたような顔、あれはいけなかった。あのあたりで王弟は堕とされたんだろうか。
 あれだけは彼女の手の内で踊らされているようで少々同情する。

「やあ」

 ジニーは何でもない顔をしてるが、面白がっているのがわかる。レオンは困った顔で辺りを見回した。
 それに多少残っていた見物人も少し注目しはじめている。

 ここから連れ出さないとまずいだろう。

 近づけば、妙に胸元が熱くなっていることに気がつく。そこには小さな頃、光の神の神官から気休めともらったお守りがある。特にいいことはなかったが、習慣でずっとつけている。
 今までにない反応に確認したい衝動に駆られるが、今はそれどころではない。

 よくわかっていない顔のジニーの背を押し、その場を離れさせる。女性の準備はそれなりに時間がかかる。早く戻るに越したことはない。

「……なにか?」

 じっと見上げてくるなと視線を向ける。ジニーは少し唇を笑みの形に変えた。

「良いなと思って」

 ……なにが。
 一体なにが、良いのか。

 問いただしたい気持ちに蓋をする。聞いたら後悔しかしない。それ以上に、ジニーの仮面は剥がれかけている。
 今、性別を間違われることはないだろう。

「……今、ものすごい、素の顔してたので気を付けてくださいね」

 そう言ったときには、もう元のジニーに戻っていた。
 ……一体なにが、良いのか。それを問う機会は無くなったのが、少し残念だと思っている自分に気がつくことはなかった。
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