ひめさまはおうちにかえりたい

あかね

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おうちにかえりたい編

閑話 ある近衛騎士

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 これ、絶対近衛の仕事じゃないとカイルは抱えた資料にうんざりしていた。
 資料室の整理の手伝いなど頭が痛いどころではない。

「……あれ?」

 こんなところで珍しい人を見た。
 いや、どこにいてもおかしくはないかとカイルは思い直した。ただ、ちょっと歩き方が違うと気がつく。
 何かあったのかとしばらく見てみるが、ついには立ち止まった。
 ……なに? 問題でも起こった?
 これ、みられるのまずくない? とカイルはようやく声をかける気になった。

「レオン、どーしたの?」

「なあ、俺のいいとこってどこよ?」

「なにいってんの?」

 カイルはどこか悩んでいる風の友人を思わず殴りたくなった。珍しくぼんやり考えながら歩いているからなにか深刻な悩みかと声をかけるか悩んだ時間を返せ。

「いや、だからさ」

 これは本当に考えているらしいとようやくカイルも気がついた。冗談というわけではなかったらしい。

「んー、顔? ってもジャック様の方が良いし? 趣味の問題でウィリアム様も捨てがたいか? で、陛下とかと比べると普通過ぎない?」

 今、カイルがあげた三人は王城でも顔の良い男のトップスリーなので比較対象としては間違っている。
 それらを除けばレオンはそれなりに良いというあたりにはいる。ちなみにカイルも見栄えも必要な近衛に所属しているので、それなりに良いと言われる。ただし、真面目にしていればと注釈がつく。

「……今、なにかすごく、こき下ろされた気がする」

「性格もなぁ、良くないつーか、つかみ所がない? んー、どこかあった?」

「俺が聞いているけど、聞いたことを後悔してる」

 呆れたような、少し落ち込んだような声にカイルは、おや、と思う。ちょっとおかしい。いや、たぶん、かなりおかしい。
 そもそもどこかぼんやり歩くということがない。

 レオンという人は、かなり人目を気にしている。意図的に黄の騎士団長、という立場を演じていると言い換えてもいい。
 本人の性格に沿わないわけではないが、一部強調が含まれている。

 無理しても余裕ある態度を崩さない。俺の仕事って大丈夫って言うだけだから、なんて笑うが、そこに信頼の裏付けがなければ成立しないだろう。

 なにかあってもあの人がいれば大丈夫、そう思われるまでの苦労を思えば純粋にすごいとは思う。

 時々心配になるが、それを表立って言われる事は嫌うからめんどくさい。

 カイルはちらっと見上げた。

「あ、あった。一個」

「一個かよ」

「背が高い。殿下と同じくらいだから結構、高いんじゃないか。あんまり大きいように見られないみたいだけど」

 カイルは普通と称しているが、ちょっと小さい方なのを気にしている。成長期が遅いと嘆く弟を見て、来てもあんまり伸びないぞとほろ苦く思っていた。弟とつるんでいるソランの方は家系的に長身になるだろう。もう一人のイリューは小柄な家系なので既に悟って諦めている。
 友情に亀裂が入らねばいいがと少しだけ心配している。

「確かに、見上げられたな」

 それに納得したように肯いていた。それで用が済んだとじゃあなと言いかけた所をもう一度捕まえる。

「……誰に?」

「秘密」

 ……ぜってーやばいヤツ。
 カイルの脳裏に近頃の噂がよぎる。レオンがそれを放置していることがおかしいとは思っていたが。

「なー、噂ってどーなの」

 返答は嘘の笑顔だった。
 カイルにそんな顔をすることはあまりない。だから、これは聞くな、と言うことに他ならない。

 何か企んでいる結果なわけね。
 カイルは困ったように頭をかいた。その話は、既に王まで届いている。いや、悪意をもって、歪めて届いているだろう。
 あの姉が、こんな好機放っておくわけがない。

 レオンはわかっていて放置している。目的としては好都合ということだろう。

 レオンの姉との不仲は同年代には有名だが、決して口にしない。少なくとも本人に伝わるような形では話はしない。
 彼から何かしらの制裁を加えられるからだ。徹底的に自分と姉との関連を消したがる。実家に関してはほぼ無関心というからあの姉と仲が悪いが正しい。

 カイルは兄弟とはそれなりに仲が悪いがここまでではない。一体なにがあれば、あんなに悪化するのか。殴り合いで解決しがちなうちとは違うのだろう。

「カイルはリリア嬢とはどうなんだ?」

 レオンは話ついでに情報収集しようと思い直したらしい。先ほどの表情は消して、少しからかうように聞いてきた。

「あー、それなー、姫君に籠絡されている。ちょっと今は色々無理かな。
 兄弟喧嘩して仲裁しようとしたライルが怪我して、それで話は今保留」

「……なにしてんの?」

「うちの頑固な兄が、家を出るのはダメだというから」

 派閥の都合が裏で絡んでいるが、レオンにはわざわざ言うまでもない。彼女の実家は王弟派だ。カイルの家は特に派閥を決めていない中立派、と言われている。
 実際は王にも王弟にも付かなかっただけである。来ないかも知れない者を彼らも待っていた。
 待ち望んでいたレオンには悪いのだが、カイルとしてはこんな日が来ない方が良かったと思っている。

「どっかの一人娘だっけ?」

「そー。婿に入るしかないよね。で、ちょっと派手な喧嘩、いや、俺も刃物だすかとかそういうヤツになって、ライルが乱入して、怪我させちゃった」

「……ちゃったって軽く言う問題じゃないだろ。カイルと喧嘩して怪我したのかと思ってたら」

 冷たい視線を向けられてカイルは顔を背けた。
 弟は完全に巻きぞえだ。なにが原因なのかすらわかっていないだろう。
 見上げた空が青い。

「いやー、血みどろになるところだったな」

 喧嘩すんなっ! と言われた時には、二人とも大人しく肯いた。
 怪我の治療中、ずっと泣きながら説教されて、今度は見えないところでやろうと別方向の決定をしたあたり、二人の兄は弟の気持ちを理解していない。

「まず、本人を口説いてからやれよ」

「嫌われてはいない」

「それ、半年前も聞いた」

「びくびくしないで話してくれるんだよ。頑張ったよ」

「……そうだな」

 人当たりがよいと言われるレオンですらリリアに話しかけるとびくっとされる。恐れられているような気さえするとこぼしていた。
 中々に小動物的勘はあたっている。

「名前で呼んでくれるし、今度、一緒に出かけようと話していたのに、休みが全部なくなった」

「それは悪かった」

 レオンは気まずそうに謝罪した。
 カイルにしてみれば、やっぱりおまえか、という気しかしない。式典のときに妃殿下が行方不明になった事件は、騎士団を揺るがす失態だった。幸いなにもなかったが、お咎め無しというわけにも行かず、警備強化の名目で休みが消えた。

 伝達ミスをやらかした同僚は謹慎となったが、彼はレオンと一体どういうつながりがあったのだろうか。

「……俺を使うのかと思ったんだけど」

「なんの話かな。まあ、身の振り方は、考えた方が良い」

 カイルは肩をすくめた。誰に付くか、なんてのは決まっている。あまりいい顔はされないだろうが、今のままを看過できない。

 本人は嫌がるんだろうなぁと思っているが、諦めていただきたい。

 本当にひどい話だ。
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