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聖女と魔王と魔女編
女王(仮)は暇である
しおりを挟む魔女に通告して数日、次の町まで来た。
正直、鈍足すぎないかということについては事情がある。
想定を超えて増えている魔物の相手ばかりしていて、目的地に着くまでは時間がかかる見込みだ。
二番目の兄様(アイザックにいさま)はご機嫌に狩りに出ていくし、付き合わされている黄の騎士団の面々が哀れでもある。
あれにつき合うのは大変だ。身内ですら付き合いきれないと投げる戦闘狂。最初のころより慄かれているのは仕方ない。
護衛なんていらないじゃないかというのは正しい。
それに加え町と町の間の村だの集落だのが壊滅的だったからだ。
想定通りにいたけが人も病人の相手もあってユリアも過労気味だし、正直、私が一番暇である。女王様してなきゃいけないから。
早朝の鍛錬のあとにふらっと兄様についていこうとしたら、止められたしほんとに暇だ。社交する気も相手もいないのだからしかたない。
この町にも領主は存在していたが、既に逃げ出していなかった。他の町同様に。
魔物が溢れそうになっていると聞いたときには夜逃げしたらしい。今は王都で平和に暮らしている、らしい。
戻ったら覚えておけよと思いつつ治安も乱れた町を整理している。一応は、私たちの話は聞いてくれるし指示も従うようだった。
本来なら、石でも投げられてもおかしくない状況を思えば歓迎されていると言っていい。
先代の王は、半年以上、この地を放置した。その結果がこれだ。
皆がきれいさっぱり忘れてしまったこの北の地は既に崩壊の兆しを見せている。魔女にも聞いたが、その件については何もしていないと主張していた。
聖女が見つかって、王都へ送られ、そしてなにかあったことすら忘れられた。
私がこの国に来たのは忘れられたあとで、おかしいと気がつくこともなかった。
本来なら、欠員や装備の補充が終わればウィルはすぐに北方に戻らねばなかった。彼の性格を思えば、王都に長居する理由がない。補充自体は既に済んでいても戻らないというのは異常だったのだ。
ただし、これも私が知らなかったので今更思えばということ。
北方に戻ったタイミングを思えば、聖女というか夏の女神の加護が悪さをしたのだろうと思う。闇のお方が顕現したことにより加護が薄れ、そして戻っていった。
あるいは皆が正気に少しずつ戻っていった。
戴冠後、阿鼻叫喚だった。そこまで思い出して、げんなりした。ランカスターが血相を変えて部屋にやってきたときには何事かと思った。そこからのブラック労働は正直思い出したくない。城に戻ったら帰ってくるブラック労働。
誰かかわりにやってくれないだろうか。国の乗っ取りってこんなに働かされるんだろうか。おかしくないか?
酒池肉林とは言わないが、だらけてよくない?
むしろ、前のほうが自由にやっていた気がする。
これはよくない。
その日の夕方にユリアを呼び出した。
「よくない」
よれよれで身なりをかまっていないのは一目瞭然。これはいけない。
「なんですか、失礼ですねっ!」
遠慮が全くなくなってきたユリアは、そう声を上げたけど。
「髪がぼさぼさで、服もよれよれで、目の下にクマと肌がぼろぼろ」
「うっ。し、仕事が激務でっ!」
「聞いたところによるとほっとくとこうなるのは普通って聞いた」
オスカーとローガン情報。納得する。むしろそうでなければユリアではないと思うくらい。薬神の申し子はそれ以外に興味を持てない。もっともユリアの場合には覚えても忘れると手入れなんてさぼりがちなのも良くないのだけど。
「というわけで労わってあげるわ」
「はい?」
「いつもお疲れのユリアにご褒美」
声音を変えれば真っ赤になったユリアがはぁいぃぃと呟いていた。ちょろい。
ちょっと前に感じた不信感が正しかったということに気がつくのは明日の朝くらいだろう。
「……姫さまってさ」
夜も明けきらぬうちに行動を開始した。同行者はやる気のなさそうなロバと不満一杯の少年。
「なぁに?」
「悪辣」
「あら。どうしても同行したいっていうイリューのために、ランカスターを説得した私に対して言うセリフ?」
「……知っていたんですけど、この落差になれません。ジニーはこんなこと言わない」
「そりゃあ、存在しない、いい男だから」
「……そーですねー」
イリューに遠い目をされた。
不本意だ。
イリューは青の騎士団に所属はしていたものの子供だからと落ち着くまで、王都で待機を命じられていた。職務はそのままで、要するに所属だけ変えたという感じだったらしい。
実家の圧力がと嘆いていたのだ。そりゃ、跡継ぎの兄が青の騎士団で戦死したのにその弟も行きたいとかいわれたらそうするだろう。妥当な判断だ。
本人は全く納得せず、私に直訴しに来た。だから、連れてきたのだ。別におかしくはない。
今日も寝込みを襲って連れてきた。なお、ユリアは爆睡中。睡眠薬を盛る必要さえなかった。他の兵士たちも日ごろの兄様対応でお疲れと私が大人しいので油断していた。
抜け出すには絶好のチャンスだ。
「嫌なら帰ってもいいけど」
「いえ、ご同行させてください。そもとも道も知らないじゃないですか」
その恩があるからか、それとも放置するほうが問題と思ったからか大人しくはついてきてくれるようだ。
肩をすくめて、あとは任せたと放り投げる。呆れたように見られたようだが、この地に詳しいのはイリューのほうだ。
「あのひと、早く帰ってこないかなぁ」
イリューがぼそっと呟いたそれを私は聞き流した。
その人は、帰ってこないほうがいい。そっちのほうが、安心する。
かくして、二人と一匹の旅は数日続いた。
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