101 / 160
聖女と魔王と魔女編
護衛騎士は暗躍する3
しおりを挟む翌日、予定通りに兄様たちは辺境の砦にやってきた。
まだ遠くに見えるときに見張りが気がつき、出迎えの用意を整えていたのでバタつくことはなかった。
代わりに私が入れ替えができる隙も消えてしまった。昨夜のうちに逃げ出すのも考えたが意外と門を突破するのは難しかった。外からは堅牢でも内側からは弱いことはよくあることだが、どちらも難あり。
籠城したときに誰も逃がさないとでも言いたげ。
皆殺しはなぁと私は思うのだけれど、ここが落ちたらおめおめ生きて帰れもしないのだろう。
そういう感想はさておき、そういう事情で変わらずにユリアが姫様をやってくれているはずだ。ブチ切れてると思うけど。
開門し、砦内の広場に二つに分かれて並んでいるさまはそれなりに威圧感があった。門のすぐそばで私とイリューは立っている。まずそこに馬車が止まる予定だからだ。
そしてそこから少し離れてウィリアムとソランがいる。
「……なんか、殺気の流れ弾が嫌なんですけど」
「熱い視線は困るよね。僕は姫様のものなのに」
原因はわかりきっている。
昨日の再戦をことごとく断りまくったので背後に突き刺さる視線が痛快。
「そういうところですよ。ジニー」
イリューは冷ややかにツッコミを入れてくる。あのいけ好かないやつの従者と認定されたらしく小突かれていたらしい。まあ、大人しく小突かれているわけでもなく言葉で応戦したらしい。
長くいるわけでもないのでと割り切ったのかウィリアムにも報告をしていたとか。
という話を今朝聞いた。
その結果の再戦拒否だ。彼らの誇りなど意味もないほどに詰ってやったので彼らも一致団結できるだろう。
ウィリアムが頭が痛いとぼやいていたのは戦果だと思う。
そんなことを考えているうちに遠く見えていた馬車は近づいてきた。
「つまらん」
これが辺境の砦について、馬を降り、辺りを見回しての兄様の第一声である。ああ、兵の練度とか雰囲気が悪いとかそういうのか。さらに強そうなやつがいない、という感じの。
兄様のその言葉のニュアンスを正しく理解しているのは私くらいだろう。いや、私のエスコートで馬車から降りていたユリアもはぁ!? と言いたげに片眉をあげているのでそっち半分くらいは理解してそう。
そのユリアは姫様の装いだ。
機嫌がものすっごい悪いのが雰囲気で伝わってくる。私、怒ってますからね!?とオーラが語っている。
ごめんねと囁いたら彼女はにこりと笑った。私より柔らかく可愛いじゃないかと毒づきたくなるが、そこはぐっと飲みこんだ。
あれは、もう、ジニー様ったら仕方ないわね、の顔だ。下手に突っ込んだら今の現状をぶち壊しにかかるだろう。
一言でご機嫌を直すとはちょろ……いや、後で薬盛られるかもしれない。うふふふ、分裂してみます?と笑ったあの日を私はまだ覚えている。
私増量キャンペーンはしていない。
「ヴァージニアも見るところなどないだろう。
早く魔女の居城とやらを見に行こう」
「まあ、兄様。私は旅で疲れてしまったわ。
少し休ませてくださる?」
甘えるような声と言葉なのに、兄がびくっとしたのがわかった。
どうやらユリアに苦手意識を植え付けられたらしい。わかる。本気で怒って仁王立ちして説教するユリアは怖い。そりゃあもう、迂闊には返答できない威圧感がある。本人の認識はともかく本物の薬神の使者だ。その気になれば、人の威圧など朝飯前というやつで。
「……少しだぞ」
「よかった」
折れた。あの兄様が譲った! よほど何かあったらしい。まあ、想像できるけど。
数年前に下の兄弟相手に泣いていたユリア。強くなったなぁと成長を喜んでいたら、なぜか、ぞわっとした。
うん? なんだ? あたりを探ってもなにも怪しいものも危なそうなものもない。
しいて言えば、ユリアが見上げてくるくらいだ。
「ジニーもお疲れ様」
「我が君のためならばいくらでも」
と言ったらユリアにぐいっと引き寄せられた。油断していたにしても力強い。うっかりキスができそうなくらいに近いがユリアが照れている様子もなかった。
あれ?
「後でデート」
そこだけ素の声だった。
「……薬草摘みからの煎じて飲むまでの工程はデートには含まれないよ?」
「あら、そこはジニーに考えてもらうわ。素敵なデートお待ちしてます」
軽い口調だけれど期待が重い。そして、オスカー、いいのかこんな女で。つい探したら苦笑いしていた。よろしくって、ひどいな。
そうだなぁ。
「君のために考えるよ」
囁いて指先に口づけするくらいかな。
ひゃいと情けない声が聞こえたけど気にしない。ユリアと適切な距離に戻して、きちんとエスコートする。
そのままウィリアムに引き渡したら、少し複雑そうな表情をしていた。
そして、なぜか背後からの敵意が増えていた。
うん? 首をかしげて元の場所に戻った私にイリューは呆れた表情だ。
「やりすぎですよ」
「いつも通りだよ。それに陛下がぐいって」
「それもすぐに戻せましたよね? ウィリアム様は、女王陛下に求婚中ですよ?」
「……あー」
忘れてたわー……。
全部丸っと気がつかないふりをして、兄様とユリアを見送る。え、なんで? と視線がやってきたが、華麗に無視した。
二台目の馬車の中身をどうにかする仕事がある。人前に出せるわけでもないし。
二台目の馬車は荷物があると裏手にまわしてもらった。荷解き場があるらしい。昨日は案内してもらえなかったな。ま、普通は案内しないか。
勝手に中を歩ければよかった。イリューとソランの二人組が監視してきて、丸め込むのも面倒と思ったのが敗因だ。
あとで隙を見て一周回ってこよう。やっぱり、知らないところがあるというのは落ち着かない。
荷解き場はその名にふさわしくなにもなかった。観客は女王とその兄についていき、私の周りにはいない。
「イリューは戻ってもいいよ?」
「戻りません。
ユリアさんの胃が心配になるのでいます」
「いつの間にそんな仲良し?」
「よく飴くれます」
知らない間に友好関係が築かれていた。だからあなたはという要員がふえるのだろうか。
ちょっと面白くなってきて、笑うと少年は怪訝そうな表情になる。
それから、改めて馬車へ視線を戻す。さて、兄への供物ではあるものの私たちにも何か言う権利くらいあるだろう。
「出して」
馬車を動かしていた護衛が馬車の扉へ手をかける。それから思い出したように振り返った。
「ユリア様から、絶対安静、死ぬぞと言われていますのでお気を付けください」
「わかってるから」
ユリアにこれ以上なにかしたら、本気で分裂させられるか、性転換されるに違いない。ジニーの一日デートで贖いきれない範囲は超えたくはなかった。
疑いの眼差しを向けつつも彼は馬車の中からモノをとりだした。荷物のように布で巻かれ芋虫みたいに縛られているのは先々代の王。
護衛はそれを地面に転がした。優しい手つきではないのは私に配慮したか、彼自身そのモノを好ましく思っていないかのどちらだろうか。まあ、両方ともあり得る。兄様の狩りに付き合わされたのだろうからお疲れ様としか言いようがないし。
出来れば仰向けが良かったなと思いながら地面に転がされた男の胸を踏む。もう一度逃げられたら兄様たちに顔向けができない。
「ごきげんよう。おじさま。いままで楽しかった?」
18
あなたにおすすめの小説
銀眼の左遷王ケントの素人領地開拓&未踏遺跡攻略~だけど、領民はゼロで土地は死んでるし、遺跡は結界で入れない~
雪野湯
ファンタジー
王立錬金研究所の研究員であった元貴族ケントは政治家に転向するも、政争に敗れ左遷された。
左遷先は領民のいない呪われた大地を抱く廃城。
この瓦礫に埋もれた城に、世界で唯一無二の不思議な銀眼を持つ男は夢も希望も埋めて、その謎と共に朽ち果てるつもりでいた。
しかし、運命のいたずらか、彼のもとに素晴らしき仲間が集う。
彼らの力を借り、様々な種族と交流し、呪われた大地の原因である未踏遺跡の攻略を目指す。
その過程で遺跡に眠っていた世界の秘密を知った。
遺跡の力は世界を滅亡へと導くが、彼は銀眼と仲間たちの力を借りて立ち向かう。
様々な苦難を乗り越え、左遷王と揶揄された若き青年は世界に新たな道を示し、本物の王となる。
ある平凡な女、転生する
眼鏡から鱗
ファンタジー
平々凡々な暮らしをしていた私。
しかし、会社帰りに事故ってお陀仏。
次に、気がついたらとっても良い部屋でした。
えっ、なんで?
※ゆる〜く、頭空っぽにして読んで下さい(笑)
※大変更新が遅いので申し訳ないですが、気長にお待ちください。
★作品の中にある画像は、全てAI生成にて貼り付けたものとなります。イメージですので顔や服装については、皆様のご想像で脳内変換を宜しくお願いします。★
孤児院の愛娘に会いに来る国王陛下
akechi
ファンタジー
ルル8歳
赤子の時にはもう孤児院にいた。
孤児院の院長はじめ皆がいい人ばかりなので寂しくなかった。それにいつも孤児院にやってくる男性がいる。何故か私を溺愛していて少々うざい。
それに貴方…国王陛下ですよね?
*コメディ寄りです。
不定期更新です!
私ですか?
庭にハニワ
ファンタジー
うわ。
本当にやらかしたよ、あのボンクラ公子。
長年積み上げた婚約者の絆、なんてモノはひとっかけらもなかったようだ。
良く知らんけど。
この婚約、破棄するってコトは……貴族階級は騒ぎになるな。
それによって迷惑被るのは私なんだが。
あ、申し遅れました。
私、今婚約破棄された令嬢の影武者です。
出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む
家具屋ふふみに
ファンタジー
この世界には魔法が存在する。
そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。
その属性は主に6つ。
火・水・風・土・雷・そして……無。
クーリアは伯爵令嬢として生まれた。
貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。
そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。
無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。
その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。
だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。
そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。
これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。
そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。
設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m
※←このマークがある話は大体一人称。
[完結]困窮令嬢は幸せを諦めない~守護精霊同士がつがいだったので、王太子からプロポーズされました
緋月らむね
恋愛
この国の貴族の間では人生の進むべき方向へ導いてくれる守護精霊というものが存在していた。守護精霊は、特別な力を持った運命の魔術師に出会うことで、守護精霊を顕現してもらう必要があった。
エイド子爵の娘ローザは、運命の魔術師に出会うことができず、生活が困窮していた。そのため、定期的に子爵領の特産品であるガラス工芸と共に子爵領で採れる粘土で粘土細工アクセサリーを作って、父親のエイド子爵と一緒に王都に行って露店を出していた。
ある時、ローザが王都に行く途中に寄った町の露店で運命の魔術師と出会い、ローザの守護精霊が顕現する。
なんと!ローザの守護精霊は番を持っていた。
番を持つ守護精霊が顕現したローザの人生が思いがけない方向へ進んでいく…
〜読んでいただけてとても嬉しいです、ありがとうございます〜
特技は有効利用しよう。
庭にハニワ
ファンタジー
血の繋がらない義妹が、ボンクラ息子どもとはしゃいでる。
…………。
どうしてくれよう……。
婚約破棄、になるのかイマイチ自信が無いという事実。
この作者に色恋沙汰の話は、どーにもムリっポい。
妾に恋をした
はなまる
恋愛
ミーシャは22歳の子爵令嬢。でも結婚歴がある。夫との結婚生活は半年。おまけに相手は子持ちの再婚。 そして前妻を愛するあまり不能だった。実家に出戻って来たミーシャは再婚も考えたが何しろ子爵領は超貧乏、それに弟と妹の学費もかさむ。ある日妾の応募を目にしてこれだと思ってしまう。
早速面接に行って経験者だと思われて採用決定。
実際は純潔の乙女なのだがそこは何とかなるだろうと。
だが実際のお相手ネイトは妻とうまくいっておらずその日のうちに純潔を散らされる。ネイトはそれを知って狼狽える。そしてミーシャに好意を寄せてしまい話はおかしな方向に動き始める。
ミーシャは無事ミッションを成せるのか?
それとも玉砕されて追い出されるのか?
ネイトの恋心はどうなってしまうのか?
カオスなガストン侯爵家は一体どうなるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる