ひめさまはおうちにかえりたい

あかね

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聖女と魔王と魔女編

女王陛下のお仕事3

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「ひとつ、ふたつ、聞いておきたいことがあるんだ」

 難しい顔をしているウィリアムに尋ねる。
 足早にユリアが滞在している部屋、つまりは女王の部屋へ向かいながらだけど。

「王になるつもりは本当にないの?」

「ない」

 きっぱりはっきり迷いなく。
 普通なら好ましく思うであろうこれが、この砦の混乱の元だ。

「疑われるようなことをしたつもりはないが不信感を覚えたのならば改める」

「うん。そういうのじゃないんだ。
 たぶん、ここの人たち。そういうの理解できなかったんだと思う」

 怪訝そうに見られて、こちらも理解してなかったかと思う。私だって、こういうことは想像もしていなかった。それはおそらく、王というものに対する気持ちの違いがあるからだろう。

 どうしたものかな。さすがにこれは私の手に余る。

 正当な血統の王を自らの手で王にする。という呪い。これにここは憑りつかれている。
 一見、正義感に満ちた希望のあることに見えるから厄介なんだ。

「あなたを王にしたかったんだよ。本人が望むとかそういうの置いといてさ、国のため、正義のためにということに酔っちゃって。
 それが叶わないなら、私を排除するか、私をただの配偶者にするしかないんだ。
 どちらも、ウィリアムはお断りだったんだろうけうし、それを明言していたと思うよ。そこはね。信用してる」

「配偶者の件は断っていない」

 ……。
 これもはっきりきっぱり言わなくてもいいんだけど。不覚にもちょっとグサッときたぞ。

「権力を取り上げようとは全く思わないし、別に何番目でもいいが」

「……私の、信義を問われそうなこと言いだすのやめて。
 まあ、とにかく、それをただのやせ我慢とか譲歩しているとか思われたんだ。私から言わせると自己の行動の正当化なんだけど」

「そんなことを言われてもそう思ってはいないんだが」

「次は、どうなるかって言うと。
 俺たちがこんなにしてやったのにと、好意が反転する。裏切者と言われ憎まれるかもしれない」

 というか、大方そうなるだろう。

「私たちに好意的になるのはやめなさい。
 表立っては中立を」

 そうでないなら、彼の立場はかなり難しいことになる。
 こんな辺境なら、なにもないだろうと思っていたのが間違いだった。この砦こそが、彼の拠点であり、彼を王にする足掛かり。
 城下に魔物を放つ計画だったことがここにつながっている。

 もし実現していたならば、魔物を蹴散らす青の騎士団はそれは英雄的なものに見られただろう。
 その騎士団長が、王族の血統を持っているならば今の王を排して王位についてもいうほど反発を食らわなかったに違いない。

 魔王を食い止めるのは魔女の仕事だが、魔物を狩るのは青の騎士団の仕事だ。彼らの機嫌を損ねることがまずいことを王都でも理解する。

「断る」

「でしょうねえっ」

 思わずそう声が出た。
 人の好意なんだと思ってんだろ。

 私の顔を見て、なんで笑った。

「俺でも、あなたにそんな顔させられるんだな」

 そんな変な顔してただろうか。腑に落ちないが、もう一つ聞いておきたいことがあった。こちらのほうがよほど大事なのだが、踏み込むと後戻りができない。
 ためらいが自分らしくない。曲がり角を一つ曲がってようやく言葉にする気になった。

「あともう一つ」

 そう言いかけたときに、ウィリアムは表情を変えた。青ざめたように見えるのだが、なにが? 同じ方を向いた。

「侍女殿がお怒りでお待ちだ」

「まだ、部屋は先……いるわね」

 ユリアは上に上がる階段のところに陣取っていた。隣にオスカーと周囲にその他大勢を従えているさまは、かっこいい。
 うん、怖いとか言いだすと後が怖いので怖いのは嫌で。怖いの大盤振る舞いだな。

「ずいぶん遅い上に大変楽しそうですわね?」

「楽しいとこなかった。
 遅くなったのは悪かったよ」

 ああん? くらいの目線もらったんですけどっ!
 これはしばらく休暇のたびにデートコースなのでは……。
 ため息をついて、ユリアは私の前に跪いた。

「御無事でよろしゅうございました。
 陛下」

 これは困惑しているであろう背後の者たちに対する配慮だろう。
 彼らにとってみれば、よく似た女が二人現れたように見える。どちらが本物という話は問われる前に済ませたほうがいいだろう。
 そういう判断ができるようになったんだな。ユリア成長してる。これからも代役を頼みやすくなった。

「ユリアも無事でよかったわ。
 状況を説明してくださる?」

 私は女王様の仮面をかぶりなおした。まあ、いまさらのような気がするけど、一応。
 ユリアはさっさと立ち上がって、不満顔のままにぶちまけた。

「どうしたもこうしたもありませんよ。
 寝てたら、トラップに引っかかってうごめく集団いるし、男の悲鳴で目覚めるとか最悪です」

「……なにしたの?」

「薬剤散布。足ひっかけると天井からジョウロで、ざーって」

 部屋が一つ壊滅した。

「服がへばりついて、はがれないそうです」

「服もなんか縮むそうで」

「金属が溶けて滲みるとか」

「それなのに、肌に直接ついた分はなにもないんです」

 ユリアの背後からのあれこれの話を聞くと簡易的に用意した薬ではないのがわかる。どのくらいの下準備してたのかしら。

「オスカーを連れて外に出たら負傷している人がいて、回復させながらここまで着ました」

「お疲れ様。
 誰か、尋問した?」

「なんか、勝手に、おまえなんかいるから正当な王位が継承されないとか何とか色々喚いていたので、永眠していただきました。ええ、寝るだけですからね。気付け薬はありますよ」

「時々うめき声してたので、生きてはいると思います」

「そう」

 他に言いようがなかった。
 褒めてくれと言わんばかりのユリアの頭を撫でて、よく頑張りましたと囁いてあげるだけの仕事を終えて、この先のことを考える。

「ウィリアム殿。
 ここにいるのは、どういう人たち?」

「元々ここにいた兵たち。追加人員はいない」

「ならば信用しましょう。統括は任せます」

「承知しました」

 ウィリアムは臣下としての礼をする。
 周囲がどよめいたのは、今までそこまではっきりとした態度をとっていなかったせいだろう。

「掃討する」

 冷酷とも言えそうな声は、初めて聞いた。
 そして、ウィリアムは私のほうを向き直って無表情でこういった。

「陛下は大人しくしていてくださいね」

 ……なんだろう。守られてくれ、じゃなくて、余計なことしないでくださいね、に聞こえたんだ。
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