110 / 160
聖女と魔王と魔女編
女王陛下のお仕事3
しおりを挟む
「ひとつ、ふたつ、聞いておきたいことがあるんだ」
難しい顔をしているウィリアムに尋ねる。
足早にユリアが滞在している部屋、つまりは女王の部屋へ向かいながらだけど。
「王になるつもりは本当にないの?」
「ない」
きっぱりはっきり迷いなく。
普通なら好ましく思うであろうこれが、この砦の混乱の元だ。
「疑われるようなことをしたつもりはないが不信感を覚えたのならば改める」
「うん。そういうのじゃないんだ。
たぶん、ここの人たち。そういうの理解できなかったんだと思う」
怪訝そうに見られて、こちらも理解してなかったかと思う。私だって、こういうことは想像もしていなかった。それはおそらく、王というものに対する気持ちの違いがあるからだろう。
どうしたものかな。さすがにこれは私の手に余る。
正当な血統の王を自らの手で王にする。という呪い。これにここは憑りつかれている。
一見、正義感に満ちた希望のあることに見えるから厄介なんだ。
「あなたを王にしたかったんだよ。本人が望むとかそういうの置いといてさ、国のため、正義のためにということに酔っちゃって。
それが叶わないなら、私を排除するか、私をただの配偶者にするしかないんだ。
どちらも、ウィリアムはお断りだったんだろうけうし、それを明言していたと思うよ。そこはね。信用してる」
「配偶者の件は断っていない」
……。
これもはっきりきっぱり言わなくてもいいんだけど。不覚にもちょっとグサッときたぞ。
「権力を取り上げようとは全く思わないし、別に何番目でもいいが」
「……私の、信義を問われそうなこと言いだすのやめて。
まあ、とにかく、それをただのやせ我慢とか譲歩しているとか思われたんだ。私から言わせると自己の行動の正当化なんだけど」
「そんなことを言われてもそう思ってはいないんだが」
「次は、どうなるかって言うと。
俺たちがこんなにしてやったのにと、好意が反転する。裏切者と言われ憎まれるかもしれない」
というか、大方そうなるだろう。
「私たちに好意的になるのはやめなさい。
表立っては中立を」
そうでないなら、彼の立場はかなり難しいことになる。
こんな辺境なら、なにもないだろうと思っていたのが間違いだった。この砦こそが、彼の拠点であり、彼を王にする足掛かり。
城下に魔物を放つ計画だったことがここにつながっている。
もし実現していたならば、魔物を蹴散らす青の騎士団はそれは英雄的なものに見られただろう。
その騎士団長が、王族の血統を持っているならば今の王を排して王位についてもいうほど反発を食らわなかったに違いない。
魔王を食い止めるのは魔女の仕事だが、魔物を狩るのは青の騎士団の仕事だ。彼らの機嫌を損ねることがまずいことを王都でも理解する。
「断る」
「でしょうねえっ」
思わずそう声が出た。
人の好意なんだと思ってんだろ。
私の顔を見て、なんで笑った。
「俺でも、あなたにそんな顔させられるんだな」
そんな変な顔してただろうか。腑に落ちないが、もう一つ聞いておきたいことがあった。こちらのほうがよほど大事なのだが、踏み込むと後戻りができない。
ためらいが自分らしくない。曲がり角を一つ曲がってようやく言葉にする気になった。
「あともう一つ」
そう言いかけたときに、ウィリアムは表情を変えた。青ざめたように見えるのだが、なにが? 同じ方を向いた。
「侍女殿がお怒りでお待ちだ」
「まだ、部屋は先……いるわね」
ユリアは上に上がる階段のところに陣取っていた。隣にオスカーと周囲にその他大勢を従えているさまは、かっこいい。
うん、怖いとか言いだすと後が怖いので怖いのは嫌で。怖いの大盤振る舞いだな。
「ずいぶん遅い上に大変楽しそうですわね?」
「楽しいとこなかった。
遅くなったのは悪かったよ」
ああん? くらいの目線もらったんですけどっ!
これはしばらく休暇のたびにデートコースなのでは……。
ため息をついて、ユリアは私の前に跪いた。
「御無事でよろしゅうございました。
陛下」
これは困惑しているであろう背後の者たちに対する配慮だろう。
彼らにとってみれば、よく似た女が二人現れたように見える。どちらが本物という話は問われる前に済ませたほうがいいだろう。
そういう判断ができるようになったんだな。ユリア成長してる。これからも代役を頼みやすくなった。
「ユリアも無事でよかったわ。
状況を説明してくださる?」
私は女王様の仮面をかぶりなおした。まあ、いまさらのような気がするけど、一応。
ユリアはさっさと立ち上がって、不満顔のままにぶちまけた。
「どうしたもこうしたもありませんよ。
寝てたら、トラップに引っかかってうごめく集団いるし、男の悲鳴で目覚めるとか最悪です」
「……なにしたの?」
「薬剤散布。足ひっかけると天井からジョウロで、ざーって」
部屋が一つ壊滅した。
「服がへばりついて、はがれないそうです」
「服もなんか縮むそうで」
「金属が溶けて滲みるとか」
「それなのに、肌に直接ついた分はなにもないんです」
ユリアの背後からのあれこれの話を聞くと簡易的に用意した薬ではないのがわかる。どのくらいの下準備してたのかしら。
「オスカーを連れて外に出たら負傷している人がいて、回復させながらここまで着ました」
「お疲れ様。
誰か、尋問した?」
「なんか、勝手に、おまえなんかいるから正当な王位が継承されないとか何とか色々喚いていたので、永眠していただきました。ええ、寝るだけですからね。気付け薬はありますよ」
「時々うめき声してたので、生きてはいると思います」
「そう」
他に言いようがなかった。
褒めてくれと言わんばかりのユリアの頭を撫でて、よく頑張りましたと囁いてあげるだけの仕事を終えて、この先のことを考える。
「ウィリアム殿。
ここにいるのは、どういう人たち?」
「元々ここにいた兵たち。追加人員はいない」
「ならば信用しましょう。統括は任せます」
「承知しました」
ウィリアムは臣下としての礼をする。
周囲がどよめいたのは、今までそこまではっきりとした態度をとっていなかったせいだろう。
「掃討する」
冷酷とも言えそうな声は、初めて聞いた。
そして、ウィリアムは私のほうを向き直って無表情でこういった。
「陛下は大人しくしていてくださいね」
……なんだろう。守られてくれ、じゃなくて、余計なことしないでくださいね、に聞こえたんだ。
難しい顔をしているウィリアムに尋ねる。
足早にユリアが滞在している部屋、つまりは女王の部屋へ向かいながらだけど。
「王になるつもりは本当にないの?」
「ない」
きっぱりはっきり迷いなく。
普通なら好ましく思うであろうこれが、この砦の混乱の元だ。
「疑われるようなことをしたつもりはないが不信感を覚えたのならば改める」
「うん。そういうのじゃないんだ。
たぶん、ここの人たち。そういうの理解できなかったんだと思う」
怪訝そうに見られて、こちらも理解してなかったかと思う。私だって、こういうことは想像もしていなかった。それはおそらく、王というものに対する気持ちの違いがあるからだろう。
どうしたものかな。さすがにこれは私の手に余る。
正当な血統の王を自らの手で王にする。という呪い。これにここは憑りつかれている。
一見、正義感に満ちた希望のあることに見えるから厄介なんだ。
「あなたを王にしたかったんだよ。本人が望むとかそういうの置いといてさ、国のため、正義のためにということに酔っちゃって。
それが叶わないなら、私を排除するか、私をただの配偶者にするしかないんだ。
どちらも、ウィリアムはお断りだったんだろうけうし、それを明言していたと思うよ。そこはね。信用してる」
「配偶者の件は断っていない」
……。
これもはっきりきっぱり言わなくてもいいんだけど。不覚にもちょっとグサッときたぞ。
「権力を取り上げようとは全く思わないし、別に何番目でもいいが」
「……私の、信義を問われそうなこと言いだすのやめて。
まあ、とにかく、それをただのやせ我慢とか譲歩しているとか思われたんだ。私から言わせると自己の行動の正当化なんだけど」
「そんなことを言われてもそう思ってはいないんだが」
「次は、どうなるかって言うと。
俺たちがこんなにしてやったのにと、好意が反転する。裏切者と言われ憎まれるかもしれない」
というか、大方そうなるだろう。
「私たちに好意的になるのはやめなさい。
表立っては中立を」
そうでないなら、彼の立場はかなり難しいことになる。
こんな辺境なら、なにもないだろうと思っていたのが間違いだった。この砦こそが、彼の拠点であり、彼を王にする足掛かり。
城下に魔物を放つ計画だったことがここにつながっている。
もし実現していたならば、魔物を蹴散らす青の騎士団はそれは英雄的なものに見られただろう。
その騎士団長が、王族の血統を持っているならば今の王を排して王位についてもいうほど反発を食らわなかったに違いない。
魔王を食い止めるのは魔女の仕事だが、魔物を狩るのは青の騎士団の仕事だ。彼らの機嫌を損ねることがまずいことを王都でも理解する。
「断る」
「でしょうねえっ」
思わずそう声が出た。
人の好意なんだと思ってんだろ。
私の顔を見て、なんで笑った。
「俺でも、あなたにそんな顔させられるんだな」
そんな変な顔してただろうか。腑に落ちないが、もう一つ聞いておきたいことがあった。こちらのほうがよほど大事なのだが、踏み込むと後戻りができない。
ためらいが自分らしくない。曲がり角を一つ曲がってようやく言葉にする気になった。
「あともう一つ」
そう言いかけたときに、ウィリアムは表情を変えた。青ざめたように見えるのだが、なにが? 同じ方を向いた。
「侍女殿がお怒りでお待ちだ」
「まだ、部屋は先……いるわね」
ユリアは上に上がる階段のところに陣取っていた。隣にオスカーと周囲にその他大勢を従えているさまは、かっこいい。
うん、怖いとか言いだすと後が怖いので怖いのは嫌で。怖いの大盤振る舞いだな。
「ずいぶん遅い上に大変楽しそうですわね?」
「楽しいとこなかった。
遅くなったのは悪かったよ」
ああん? くらいの目線もらったんですけどっ!
これはしばらく休暇のたびにデートコースなのでは……。
ため息をついて、ユリアは私の前に跪いた。
「御無事でよろしゅうございました。
陛下」
これは困惑しているであろう背後の者たちに対する配慮だろう。
彼らにとってみれば、よく似た女が二人現れたように見える。どちらが本物という話は問われる前に済ませたほうがいいだろう。
そういう判断ができるようになったんだな。ユリア成長してる。これからも代役を頼みやすくなった。
「ユリアも無事でよかったわ。
状況を説明してくださる?」
私は女王様の仮面をかぶりなおした。まあ、いまさらのような気がするけど、一応。
ユリアはさっさと立ち上がって、不満顔のままにぶちまけた。
「どうしたもこうしたもありませんよ。
寝てたら、トラップに引っかかってうごめく集団いるし、男の悲鳴で目覚めるとか最悪です」
「……なにしたの?」
「薬剤散布。足ひっかけると天井からジョウロで、ざーって」
部屋が一つ壊滅した。
「服がへばりついて、はがれないそうです」
「服もなんか縮むそうで」
「金属が溶けて滲みるとか」
「それなのに、肌に直接ついた分はなにもないんです」
ユリアの背後からのあれこれの話を聞くと簡易的に用意した薬ではないのがわかる。どのくらいの下準備してたのかしら。
「オスカーを連れて外に出たら負傷している人がいて、回復させながらここまで着ました」
「お疲れ様。
誰か、尋問した?」
「なんか、勝手に、おまえなんかいるから正当な王位が継承されないとか何とか色々喚いていたので、永眠していただきました。ええ、寝るだけですからね。気付け薬はありますよ」
「時々うめき声してたので、生きてはいると思います」
「そう」
他に言いようがなかった。
褒めてくれと言わんばかりのユリアの頭を撫でて、よく頑張りましたと囁いてあげるだけの仕事を終えて、この先のことを考える。
「ウィリアム殿。
ここにいるのは、どういう人たち?」
「元々ここにいた兵たち。追加人員はいない」
「ならば信用しましょう。統括は任せます」
「承知しました」
ウィリアムは臣下としての礼をする。
周囲がどよめいたのは、今までそこまではっきりとした態度をとっていなかったせいだろう。
「掃討する」
冷酷とも言えそうな声は、初めて聞いた。
そして、ウィリアムは私のほうを向き直って無表情でこういった。
「陛下は大人しくしていてくださいね」
……なんだろう。守られてくれ、じゃなくて、余計なことしないでくださいね、に聞こえたんだ。
18
あなたにおすすめの小説
孤児院の愛娘に会いに来る国王陛下
akechi
ファンタジー
ルル8歳
赤子の時にはもう孤児院にいた。
孤児院の院長はじめ皆がいい人ばかりなので寂しくなかった。それにいつも孤児院にやってくる男性がいる。何故か私を溺愛していて少々うざい。
それに貴方…国王陛下ですよね?
*コメディ寄りです。
不定期更新です!
銀眼の左遷王ケントの素人領地開拓&未踏遺跡攻略~だけど、領民はゼロで土地は死んでるし、遺跡は結界で入れない~
雪野湯
ファンタジー
王立錬金研究所の研究員であった元貴族ケントは政治家に転向するも、政争に敗れ左遷された。
左遷先は領民のいない呪われた大地を抱く廃城。
この瓦礫に埋もれた城に、世界で唯一無二の不思議な銀眼を持つ男は夢も希望も埋めて、その謎と共に朽ち果てるつもりでいた。
しかし、運命のいたずらか、彼のもとに素晴らしき仲間が集う。
彼らの力を借り、様々な種族と交流し、呪われた大地の原因である未踏遺跡の攻略を目指す。
その過程で遺跡に眠っていた世界の秘密を知った。
遺跡の力は世界を滅亡へと導くが、彼は銀眼と仲間たちの力を借りて立ち向かう。
様々な苦難を乗り越え、左遷王と揶揄された若き青年は世界に新たな道を示し、本物の王となる。
ある平凡な女、転生する
眼鏡から鱗
ファンタジー
平々凡々な暮らしをしていた私。
しかし、会社帰りに事故ってお陀仏。
次に、気がついたらとっても良い部屋でした。
えっ、なんで?
※ゆる〜く、頭空っぽにして読んで下さい(笑)
※大変更新が遅いので申し訳ないですが、気長にお待ちください。
★作品の中にある画像は、全てAI生成にて貼り付けたものとなります。イメージですので顔や服装については、皆様のご想像で脳内変換を宜しくお願いします。★
私ですか?
庭にハニワ
ファンタジー
うわ。
本当にやらかしたよ、あのボンクラ公子。
長年積み上げた婚約者の絆、なんてモノはひとっかけらもなかったようだ。
良く知らんけど。
この婚約、破棄するってコトは……貴族階級は騒ぎになるな。
それによって迷惑被るのは私なんだが。
あ、申し遅れました。
私、今婚約破棄された令嬢の影武者です。
特技は有効利用しよう。
庭にハニワ
ファンタジー
血の繋がらない義妹が、ボンクラ息子どもとはしゃいでる。
…………。
どうしてくれよう……。
婚約破棄、になるのかイマイチ自信が無いという事実。
この作者に色恋沙汰の話は、どーにもムリっポい。
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む
家具屋ふふみに
ファンタジー
この世界には魔法が存在する。
そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。
その属性は主に6つ。
火・水・風・土・雷・そして……無。
クーリアは伯爵令嬢として生まれた。
貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。
そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。
無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。
その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。
だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。
そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。
これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。
そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。
設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m
※←このマークがある話は大体一人称。
盲目王子の策略から逃げ切るのは、至難の業かもしれない
当麻月菜
恋愛
生まれた時から雪花の紋章を持つノアは、王族と結婚しなければいけない運命だった。
だがしかし、攫われるようにお城の一室で向き合った王太子は、ノアに向けてこう言った。
「はっ、誰がこんな醜女を妻にするか」
こっちだって、初対面でいきなり自分を醜女呼ばわりする男なんて願い下げだ!!
───ということで、この茶番は終わりにな……らなかった。
「ならば、私がこのお嬢さんと結婚したいです」
そう言ってノアを求めたのは、盲目の為に王位継承権を剥奪されたもう一人の王子様だった。
ただ、この王子の見た目の美しさと薄幸さと善人キャラに騙されてはいけない。
彼は相当な策士で、ノアに無自覚ながらぞっこん惚れていた。
一目惚れした少女を絶対に逃さないと決めた盲目王子と、キノコをこよなく愛する魔力ゼロ少女の恋の攻防戦。
※但し、他人から見たら無自覚にイチャイチャしているだけ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる