119 / 160
聖女と魔王と魔女編
夜明けに
しおりを挟む「ヴァージニア様、どこまで行かれるのですか?」
「もうちょっと先だと聞いたよ」
イリューからの問いに軽く答える。
今いるのは魔王の領域の森の中。昼でも薄暗いと言われる場所は、夜ならなお暗い。明かりをつけているせいで闇もさらに深くなる。
まだ、浅いあたりで魔物がいそうな気配はないが、遠吠えが聞こえているので奥にはいるのだろう。わざわざ出てきて襲いはしないだろうが。
「夜明けを待つほうが良かったと思いますが」
少し怯えたようなイリューの態度に少し笑ってしまう。
一人で行くつもりだったのだけど、イリューに見つかってしまったのだ。正確にはソランとイリューの二人だったけど。ソランには遠慮してもらったから、後で何かご褒美をあげなくてはいけないかもしれない。我慢できて偉いねというのは、子供扱いで怒るかもしれないけどね。
私は空を見上げた。変わらず薄暗い。それでも朝はやってくる。
「ここは昼も夜もないよ。それに夜も終わる。もう夜明けだ」
「時間がよくわかりますね」
「体質かな。兄様たちはもっと正確だよ」
暗い森の中で夜明けを知るのは難しいが、なんとなくの時間間隔で測っている。
「さて、そろそろ現地なんだけど、イリュー、ここで待っててもいいよ」
「なぜですか」
「実はね、君のお兄さんをさがしに来たんだ。遺品はなかったって聞いた」
つまりは死体が回収されていない。それどころではなかったのだろう。実はこれまでの道すがら骨っぽいものも見かけている。くらいから見ないふりをしていたし、イリューは気がついてもいなかったに違いない。
わかってて素知らぬ表情だったなら豪胆だけれどね。
「……行く理由があるじゃないですか」
「そっか。じゃあ、黙っててくれると嬉しい。逃げられたら困る」
「わかりました」
淡々とした返事が少しばかり信用ならないが、連れてきてしまった私の責任でもある。まあ、ついてきたのだからそれなりに役に立ってもらわなければならない。
それが、どんなに納得のいかない役目であっても。
この砦には、隠し事があった。
小さな秘密。
それが、物事の発端をわからなくしていた。
たった一人の名誉を守るための沈黙。
傷つけぬための嘘。
それは、ほかの時には見逃してもよかった。暴いても誰も幸せにならない。もう終わってしまったことだから。
「全く。気軽に死ぬのは最悪だよ」
小さくつぶやく。己の信念に準じるならば、それなりに後処理まで考えてもらいたい。
大きな木の洞の前に彼はいた。
半ば透ける赤毛。
なるほど、似ていたかもしれない。
「やあ、ニーア殿。あなたをさがしていたんだ」
彼は怪訝そうに私を見て、イリューへ視線をとめた。
『イリュー、どうしてここに?』
「兄さんがいなくなったからじゃないか」
泣き出しそうな声に聞こえたので、私はイリューを見ないことにした。
泣き顔を見られるのは男の沽券にかかわると弟が主張していたから。
「あなたの後を追って、彼もここにきてしまったよ。
ねえ、教えて欲しいんだ」
彼が苦い表情なのは、何を聞かれるかわかっているからだろう。
「ここでなにがあったの?」
ニーア、という名前すらここでは聞かなかった。いたことを不自然に無視するようなことだと今なら思える。
彼はイリューの兄で、青の騎士団の副団長で、ランカスターの幼馴染。そして、メリッサの婚約者だった。まじめでいいやつでしたよとあの諜報部の男が言うのだから、それなりの良い人だったんだろう。
それが、森で拾った娘に度を超えて傾倒した。
そして、魔物に連れ去られた娘を守って死んだ。
私にはそれが隠された理由はよくわからなかった。
困惑した私にその理由を教えてくれたのウィリアムだ。苦い表情で、婚約者がいるのに他の女を優先するのは裏切りだろう、と。
婚約者のいる男が、他の女を守って死んだというのは醜聞足りえると彼らは思う。例え、それが聖女であっても。
むしろ相手の女性の身分が高いほうが、恨みにすら思ってしまいかねない。悲しみを持つことさえ許されなくなる。
それでも、そのとき、聖女であったなら名誉は守られただろう。
それが違うとこの砦のものは知っている。だから、黙ったのだ。慣例的に砦での死者は病死とされるのが幸いした。魔物はいないことになっていたのだから戦死とすることもない。
死んだ理由を聞かれなくてこれほど助かったこともないだろう。
ニーアの名誉は守られ、婚約者には彼の裏切りを知られることもない。誰もかれもが黙っていれば。
あの聖女ですら、黙った。いや、彼女の場合には、黙っていたのではなく言えなかったのだろう。
『あの日、夜なのに猿が砦を襲ったんです。今までなかったことに砦の中が混乱しているうちに彼女は連れていかれてしまった。
連れ戻そうと少し無理をしました』
ニーアはそう言って、弟(イリュー)にごめんと小さくつぶやいた。
自分がいなくなった後について少しは考えたのだろう。後悔が残っているから魂がここにとどまっていた、とでも思っていそうだ。
実際は違う。それを知れたのも闇のお方経由で死後の管理をする冬の女神に尋ねたからだ。もしかしたら記録が残っているかもしれないと。結果は魂が行方不明。
それならばここに残っているかとこんな森の中までやってきた。
案の定、残っていた。微かな熱さに囲われて。
『彼女は、大丈夫でしたか?』
「あまり良くない。気にするなというのも無理な話だよ。
自分を守って死んだ好きな男を忘れるのはね」
聖女の番は、魔王ではなかった。最初に出会った彼だったのだ。
そして、それがお気に召さなかった女神に殺された。おそらく、魔物も魔物ではなく、女神の作りものだ。出かける前に連絡したが魔女はその襲撃を知らなかったのだから。
猿は夜動かない習性であるらしい。オオカミならわかるけど、オオカミは人を連れていけないから話に無理があると。
そこからぷつりと返信が来ていないのが、不安である。
魔女は領域で好き勝手されていたことに気がついてブチ切れてるのではないだろうか……。それだけではなく、一番最初に会ったときは影響を受けていたんじゃないかと思うんだよね。
「じゃ、彼女のところに行こうか。
イリュー、ちょっと体、貸して」
「気軽になに言ってるんですか」
「はい、乗り移って。できるって闇のお方が言ってた。いけるいけるって」
えぇ? という顔をする兄弟にやさしくお願いし、憑いてもらう。
「……ところで」
「行く先の話?」
「その話も聞きたいですが。
ええと、あなたは誰ですか?」
……。
案外、この人もボケ属性かもしれない。今、ため息をついたイリューは本人だろう。
「その話は道々しようか。
私は、遠い国から来たお姫様なんだけど……」
19
あなたにおすすめの小説
銀眼の左遷王ケントの素人領地開拓&未踏遺跡攻略~だけど、領民はゼロで土地は死んでるし、遺跡は結界で入れない~
雪野湯
ファンタジー
王立錬金研究所の研究員であった元貴族ケントは政治家に転向するも、政争に敗れ左遷された。
左遷先は領民のいない呪われた大地を抱く廃城。
この瓦礫に埋もれた城に、世界で唯一無二の不思議な銀眼を持つ男は夢も希望も埋めて、その謎と共に朽ち果てるつもりでいた。
しかし、運命のいたずらか、彼のもとに素晴らしき仲間が集う。
彼らの力を借り、様々な種族と交流し、呪われた大地の原因である未踏遺跡の攻略を目指す。
その過程で遺跡に眠っていた世界の秘密を知った。
遺跡の力は世界を滅亡へと導くが、彼は銀眼と仲間たちの力を借りて立ち向かう。
様々な苦難を乗り越え、左遷王と揶揄された若き青年は世界に新たな道を示し、本物の王となる。
私ですか?
庭にハニワ
ファンタジー
うわ。
本当にやらかしたよ、あのボンクラ公子。
長年積み上げた婚約者の絆、なんてモノはひとっかけらもなかったようだ。
良く知らんけど。
この婚約、破棄するってコトは……貴族階級は騒ぎになるな。
それによって迷惑被るのは私なんだが。
あ、申し遅れました。
私、今婚約破棄された令嬢の影武者です。
ある平凡な女、転生する
眼鏡から鱗
ファンタジー
平々凡々な暮らしをしていた私。
しかし、会社帰りに事故ってお陀仏。
次に、気がついたらとっても良い部屋でした。
えっ、なんで?
※ゆる〜く、頭空っぽにして読んで下さい(笑)
※大変更新が遅いので申し訳ないですが、気長にお待ちください。
★作品の中にある画像は、全てAI生成にて貼り付けたものとなります。イメージですので顔や服装については、皆様のご想像で脳内変換を宜しくお願いします。★
孤児院の愛娘に会いに来る国王陛下
akechi
ファンタジー
ルル8歳
赤子の時にはもう孤児院にいた。
孤児院の院長はじめ皆がいい人ばかりなので寂しくなかった。それにいつも孤児院にやってくる男性がいる。何故か私を溺愛していて少々うざい。
それに貴方…国王陛下ですよね?
*コメディ寄りです。
不定期更新です!
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
特技は有効利用しよう。
庭にハニワ
ファンタジー
血の繋がらない義妹が、ボンクラ息子どもとはしゃいでる。
…………。
どうしてくれよう……。
婚約破棄、になるのかイマイチ自信が無いという事実。
この作者に色恋沙汰の話は、どーにもムリっポい。
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む
家具屋ふふみに
ファンタジー
この世界には魔法が存在する。
そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。
その属性は主に6つ。
火・水・風・土・雷・そして……無。
クーリアは伯爵令嬢として生まれた。
貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。
そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。
無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。
その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。
だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。
そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。
これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。
そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。
設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m
※←このマークがある話は大体一人称。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる