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聖女と魔王と魔女編
許されざる
しおりを挟む「違わないよ。待っていたんだ」
私は聖女を両手を広げて迎えた。
無防備そうに見えるだろうけどね。私に注目してもらわないと困る。
「なんのために?」
疑いを隠しもしない彼女に近づく。
魔女が背後で動き出したの感じる。段取り通りでも厳しいが、気がつかれては届かなくなる。
後悔というにはささやかな尖った棘のようなものでも残したくはない。
「もちろん、君を連れて、ちゃんと逃がしてあげるために。
遅くなってごめんね」
ちゃんと王子様を見つけてきたんだから、そこは勘弁してほしい。
近寄る私に聖女はなにかに気がついたようにあたりを見回す。ちょっと遅かった。
「イリュー」
「はい。兄さん、ちゃんとしてよ」
仕方ないなぁと言いたげなイリューは、掻き消え一人の男の姿に変わる。
もちろん、全部変わったわけではない。そして、偽物でもなく、本物でもない。曖昧な存在。
「アイリーン」
そう呼ぶ男の声は少し複雑そうでイリューよりは大人びている。
「ニーアさま」
揺れる声は、弱い。これまでの聖女の声よりもずっと普通。ようやく、彼女に出会った気がした。
「わたし、どうして、ここに?」
「一人残してしまってすまない」
「あなたが戻ってきたら、それでもういいんです」
「残念ながら、私は死んでしまった。冬の女神のもとに行く前に時間をもらっただけに過ぎない」
「そんな」
泣き出しそうな聖女を痛ましそうにニーアは見ていた。
微かにニーアの姿が揺らぎだす。女神がこれを許すわけもないか。今の弱い聖女だからこそ、その中を好き勝手にすることができた。
先ほどまでの軽い降臨をして、人の世を楽しむことすらして。
「魔女、次」
「わかってるわよ」
魔女が紡ぐ言葉は歌に似ている。楽しいものでも美しいものでもなく、絡め取るような甘さ。
そして、底なしの絶望。
「わたしも、いく」
「そうだね。許してはくれそうにないから」
……なぜ、こちらを見た。
聖女もつられたように私を見た。
「そうね。
でも、お手伝いすることがありそう」
「先に待っているよ」
死の宣告であるにもかかわらず、聖女は嬉しそうに頷いた。
そして、すぐにニーアの姿は崩れ、イリューが現れる。青ざめてはいるが、ちゃんと立っているのは偉い。
魔王様が気を利かせたのか側で支えてくれていた。
聖女はしっかりと立っていた。
女神の影響も完全に抜け落ち、本来の彼女のままで。
そして、そこから少し離れたところに金髪の女がぽつんと立っていた。
焦ったように動こうとするが、多少の身じろぎしかできない。あれこそが、夏の女神。
「ヴァージニア様。
思うところはあると思いますが、今は手を借りてよろしいですか?」
「私が手を貸すの?」
「ええ」
泣きそうな聖女はどこにもいない。完全に怒りに燃える表情だ。
「あの嘘つきを許しません」
思ったより、面白い女だったかもしれない。
私は笑いが込み上げてきた。神に挑むなんて絶望的なのに。
「私もだ。
じゃあ、楽しく共闘といこうじゃない」
「はじめるよ」
魔女が楽し気に応じて、両手を天井へと向けた。
「闇のお方に問い申す。
夏の女神は禁忌を破りしものか」
それは魔女から神に問い、狩りを許可してもらう儀式。
「諾」
笑う声さえ聞こえた気がした。
「ちがう。わたしは、禁忌なんて犯してない。
人の子を勝手に使おうとどうでもいいじゃない」
女神の言い分は通らない。
夏の女神は明確なルール違反をしている。自らの神官を他の神の神官だと言い張った。間違えるように仕向けるのではなく、偽った。
ただの人の子に降りることも、許されない。ほんの一部とはいえ、ずっと乗っ取っていたなどというのグレーゾーンではなく完全なるルール違反。
しかし、狩られるほどにとは想定していなかっただろう。
「光のお方に問い申す。
かの女神は邪悪足りえるか」
「そうだね」
困った子供に言うような声音。
「そんな、夏がなくなって困るのは人の子でしょう? ねえ、光の……」
女神の言葉はそれ以上聞こえなかった。
「許されるべきか」
厳かに裁決を問う。
「否」
重なる声は有罪を示す。
「ならば、我が責務において、堕ちた神の処分を行う」
魔女による宣誓は戦闘開始を告げた。
「なによ、少しくらい加護があるっていったって人の子でしかないのに」
馬鹿にしたようにそうつぶやいて、女神は空中から何かを取り出した。そして、自由に動けることを確認して鼻で笑う。
「穴だらけじゃない。いくらでも呼べる」
「呼べばいいよ」
魔女は軽く応じた。一つ目の武器くらいは与えてやろうというのは優しさではない。
攻撃手段を限定したかったのだ。無手だと魔法ばかりになるだろうから、私が相手できない。
「私もお借りしたから。そうじゃないとフェアじゃないよね」
光のお方からは短刀を。闇のお方からは鎧を。それから、魔女へも贈られているはずだ。ただし、こちらは冬の女神のもの。
調子を確かめるために、短刀を軽く振る。長さが調節できるけど、用心しないと伸びすぎる癖がある。
「愚かね。そんなもので切れるなんて思うの?」
女神は嗤う。
彼女は気がついていないのだろう。人が、理解できるほどに存在が堕ちている。そんなわかりやすいものではないのに。
人を操っているつもりで、人に近づきすぎた。
油断をしている女神との距離を詰め一太刀。避けるでもなく、受けて見せるのは余裕があるように見える。
「わかったわ。裁定を覆すには魔女を屠る。そう決められているの」
「うん。
できるなら、やるといいよ」
そこまで通すつもりもないけどね。
私は少しだけ距離をとり、聖女の動きを確認した。祈りをささげる仕草は前よりももっと様になっているような気がする。
「友達がいのない。そこは、死んでも守るとか言ってよ」
魔女がぼやきながら、黒い塊を女神に投げつけていた。避け損ねた一部が泥のように女神の体に残った。
「なによこれ」
「私の事もお忘れなく」
気持ち悪そうにその汚れを見ている隙に切りかかった。
舌打ちをしながらも女神は応戦してくる。これは、姉様一人分くらいの実力ありそう。ちょっと骨が折れるかもしれない。
そう思っていると音もなく、光が降ってくる。
それにあたるといつもより体が軽く感じられた。聖女の支援効果がついたようだ。
「……どういうこと。私のおもちゃなのに、どうして」
その光に動揺する女神を責めるが、やはり、傷を負わせることができない。刃が届かないのが腹が立つ。
魔女に合図をすれば指が三本示された。
三分待て。
じゃあ、ちょっと休憩する。私が手をとめ、離れれば女神は追ってくることはなかった。
聖女のほうに注意がそれていても届かないなんて。
「ちゃんと、教会で聖女認定してもらったわ。忘れちゃったの?」
聖女は困ったように首をかしげているが、煽っているように見えた。光の神はこっそり聖女をちゃんと神官にしていた。自らの代行として動けるように。
私がそれを知ったのは最近である。私への演出を隠れ蓑としてしたらしい。
「私が先に使っていたのよ!」
女神が喚いたところで遅いし、その体を利用していたのならば気がついて当然だろうに。
「おもちゃであっても、誰に使われたいかは違うでしょう」
聖女の声は冷ややかだ。
「わたしは、幸せになりたかった。
でも、それは、私が頑張らなければいけなかったの。一人で、立っていかなければいけなかった。
大事な人をなくしても、全く分かっていなかったわ」
淡々と告げる言葉を女神はおかしそうに笑う。
「なにもできなかったじゃない。
異界からやってきて人の役に立って、処刑された」
「そうね。
だから、人を使ってやろうと思ったのよ。間違いだったわ」
「私の言うとおりになさい。
今度はもっとうまく使ってあげるわ」
聖女は微笑む。
そこに感情がないことを女神は理解できるだろうか。
理解しても遅いけれどね。
「フィーリア」
「はいはい。じゃ、ヴァージニア。いっくよーっ」
緊張感のない声。
「弱いものは弱いままではいない。
強いものも、強いままではいられない」
弱いと人を見下しているから、こんな目にあうのだ。
「生まれ変わって反省したらどう?」
「ありえないわ」
そう言って動こうとして女神は異変に気がついたようだ。
夏の反対は冬。熱さの反対は寒さ。それは、神々の世界での相性にも関係する。
先に魔女が投げた黒い塊は凍傷の魔法。じわじわと身を削っていく。普通ならばかゆい程度で済むが魔女の全力と相性の悪さで動きを鈍くさせる。
足元を氷にした。
この城は魔女の根城だ。自らのものを変化させるのはたやすい。
「北は寒いんだ。白銀の魔女の得意技が氷って知らなかった?」
魔女は面白そうにいう。
「こんなのすぐに」
「待つと思う?」
魔女の意地悪な言い方の通りだ。待たない。
「こんななまくらのやいばなんて」
女神は少し焦ったような声でも、余裕がありそうだ。
私の剣をさばききると思えるなら甘すぎる。
「それはよかった。死ぬまで、殺すだけだから」
でも、あまり時間はかからないと思うな。
がきりと音がして女神の剣が折れた。
「なっ」
「これは光のお方の下賜品。それに、ちゃんと、今、ご加護をくれている」
ネタ晴らしをするのは品がないと思うけれど、なんで死ぬかくらい知っておいてほしいものだ。
女神の信じられないと見開いた目に、少しばかり憐憫を覚える。
「彼の神はお怒りだよ。
自らの名を穢されたのだからね。許されると思っていた?」
初めて悲鳴を聞いた。
大げさだなぁ。腹を突いただけで。熱さには耐性があるはずだから白い光くらい何ともないと思うのだけどね。
「ねぇ。首を落としても生きてるよね?」
「自由に飛びそうだから、やめて」
「そっかぁ。途中で代わって」
「了解。あ、そうそう、大事なことだけど、ちょっと前に少年は外に放り出されてる。うちの魔王様と一緒に」
「それはよかった」
こころなしか聖女も安心したような微笑みだ。
「さて、はじめようか」
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