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聖女と魔王と魔女編
女子会
しおりを挟む「初めまして」
「……初めまして」
魔女と聖女はお互いをちらちらと微妙にうかがいながらそう挨拶した。
意外な気もするけど、この二人は会ったことない。魔物にさらわれたときも姿を見せずに対処したとのことだ。
そして、そこから微妙な沈黙。
若い女程度の共通点しかないので、話題をさがさないと見つからない。魔女が途方に暮れているように見えた。
聖女もええとぉとぽりっと頬を掻いている。
ある意味平和だ。
先ほどまでの殺伐さとの落差が激しい。
女神は既に光と闇の神に回収された。気が済んだ? とちょっと呆れたような口調だったので少々ばつが悪かった。
その神々がちょっと待っててねと空間も物理法則もねじ曲げて用意したのがこの部屋だ。
創世の神々が片手間で作ったと主張していたが、それにしては内装が凝っていた。お姫様の部屋とでも名づければいいのだろうかとヴァージニアは思う。
品よくピンクと白、差し色にブルーでまとめられている。可愛らしい白のテーブルセットには白いテーブルクロス。お茶の準備も万端でこれからお茶会を始めるかのようだった。
「……マカロン」
とりあえず席に着くことにしたらしい聖女が一つの菓子を手に取った。
「あ、これが噂のマカロンなの? 兄様を絶望させた魔のお菓子」
「シンプル過ぎて、そそらないんだけど」
淡いピンクのマカロンを魔女(フィーリア)は手に取っていた。
「ピケができない。本気で出来ない、色がつく、ぱりぱり、生焼け、味が違うと嘆かせてやめたわ」
「王様よね?」
「王様だけど、ストレスたまると開発し始めて」
「暇なの?」
「俺は○○が食べたいと発作が起こると本人は言っております」
私を含め兄弟たちは首を傾げ、イーサンだけががしっと両手を握るくらいに同意していた。
「とろけるプリンも?」
「それは兄様がプリンを弟に教えて、魔改造」
「そう。いいお兄さんね」
聖女に当たり前のように褒められた。
「そ、そうな」
「はい。後回し」
流れ作業のように私の口にマカロンが詰め込まれた。魔女め。
甘いぱりぱりと甘酸っぱいジャムのようなものが口の中で混ざりあう。
「おいしい、ような?」
「私は好きだったの。カラフルで可愛いじゃない?」
「これのほうが可愛い」
魔女は丸くて黄色で網目のついている上に、なにか手足のついているパンを持ち上げていた。
「顔のついているもの、食べにくくない?」
「そぉ?」
躊躇なく魔女は頭からかぶりついてた。聖女はびっくりしたように目を見開いてから、笑っている。
「私は普通でいいわ」
瓶入りのプリンは脅威のなめらかさだった。
「フィンレーにお持ち帰りしたい」
「はいはい。お願いしてみようね」
魔女に軽くいなされるのが面白くない。
「……あなたたちってそんな人だったのね」
聖女がぽつりと呟いた。
曖昧に混ざった表情は私でも判断に困った。笑い出しそうにも、泣きそうにも見えたから。
「許す必要はないけれど、一度、聞いてもらっていいかしら」
魔女とアイコンタクトをして、頷く。
「ごめんなさい。
私が間違っていた」
「どこが間違ってたの?」
「最初から、共闘すべきだった」
きっぱり言い切った。
まぜっかえしたつもりの魔女がぽかんと口を開けているのが面白い。お返しにマカロンを入れておこう。ちょっと黙っててほしいし。
「あなたの話を聞かせてもらおうかしら」
「調べ済みじゃない? あの金髪の人、好きそうだし」
「本人の証言も大事だよ。
私が知っているのはいくつか隣の国のご令嬢、政争の末に処刑されるところを夏の女神に拾われた。それも、私の加護がある人を処刑するなんてと言ってたって聞いたけど、いつから加護があったの?」
「なかったわ。
いきなり現れて死ぬか私についてくるか聞かれたの。死ぬ間際に冷静になれるような出来た人間じゃないからその提案に飛びついたわ。
これも間違いだったのだけど」
聖女は憂鬱そうにそう告げた。
「つまりは嘘を言って攫っていった。
あなたの祖国になるかな、国が内乱状態だよ。女神の加護のある娘を処刑しようとした罪を擦り付け合って泥仕合だって。
周辺国も女神の逆鱗に触れた国なんて関わり合いたくないと傍観中。あれはそう簡単におさまりそうにないという話。
ちょっとはすっとした?」
そのあたりを調べておいたのは私ではない。きちんと全て調べて、忘れていたんですと困り感が滲む手紙に書いてあった。
どうしてその手紙を魔女が持っていたかについては、本人に問うつもりだ。
「私は、国をよくしたかった、それだけなの。
あまりにも、愚かしく見えたから。私一人が頑張れば出来ると思った。だって、誰と話しても理解されなかったから。
でも、壊してしまったのは私なのね」
「まあ、全く悪くないとも言わないけどそのあとのことは自業自得」
彼女が提供したと思われる技術や発想が、内乱をさらに凄惨なものにしていることを言うべきでもない。
「そのうちに闇か光のお方がとりなしてくれるよ」
軽くそこは流しておこう。心残りはないほうがいい。
「拾われて、ここに落ちてきた。
そこから?」
「ニーアに拾われたの。夜に光がおちたように見えたみたい。
朝焼けのようなと思ったわ」
聖女がなんだか懐かしいものでも見るかのように私の髪を見た。
「手を差し出されて、運命だと思った」
微笑む聖女は儚げで守ってあげたいような雰囲気をまとっていた。
「そのころ魔王様は?」
「うん? たぶん、お腹出して寝てたかな?」
魔女の上の空のような声が気になってみたら、お茶にブランデーを入れていた。いや、ブランデーに紅茶がちょっと入っている、が正しそうだ。
真面目に聞く気がない。
「魔王様って幼児かなんかなの?」
三百年の月日を超えているはずなのにどこか幼い。眠っている年月が多いはずでも、元々の核となる部分があるならもっと成熟をしてもよさそうではある。
魔女は顔をしかめる。
「簡単に言うなら成長を望まなかったの。
それ以上は闇深い白銀の魔女の話になるから聞かないで。
で、拾われて二度攫われたと。二度目で死んだのがあの少年の兄」
「ええ、二回目の時は予告もなかった。その時には対処法もしらなかったから」
「直前になにかなかった?」
「……彼が婚約を解消すると言っていた。私は止めたし、砦を出ることにしていたの。
ウィリアムさんもここは女性が住む場所ではないから、知り合いに預けたいと言っていたから。
ええと、レオンさん、だったかしら」
「…………。
運が、よかった、というべきかな」
調べまくる金髪の人がレオンだとは知らなかったらしい。視界にも入らないようにしていたというのだから完璧に逃げ回ったんだろう。普通ならできないというところだが、やりそう。
それほどまでに警戒していた、ということでもある。そして、警戒しながら対処しなかったということはやはり夏の女神の影響を受けていたということだろう。
「どうかな。奴の運が悪かったのかも?」
「どういう人なの?」
引きつった表情の聖女が見ものだった。
「利用しつくされるか、死ぬかどっちかだと思うよ。ねぇヴァージニア」
「ウィルと仲良くならない限り、死亡へ直送」
「その時は何もしてないのよっ!?」
「あんな場所にいきなり現れるものがあやしくないわけないでしょ。人の手でなんて無理なんだから。そこで手厚く対処した砦の対応が甘いの。少なくとも、最初は監視目的で相手されていたでしょうね」
ほかの誰にも任せなかったのは新種の魔物かもしれないと疑っていたという線もなくはない。
「それが婚約解消を申し出るほど誑し込むってやり方を知りたいわ」
「なに? 嫌味? ……じゃなさそうね」
「その方面の才能が、なくて」
しょんぼりとしたように魔女がいう。
聖女が本気で? と私に口パクで聞くが、うん、と頷いていた。実を言うと私も聞きたい。今後の参考に。
「あとで聞きましょ。
もう、脱線ばかりじゃない」
「女子会ってそういうモノって聞いたよ」
「女子会だったの?」
「違うの?」
何か違う気がするが、なにが違うか解明してはいけない気がする。
「いいことにしましょ。
ほら、お菓子も、お茶もいろいろあるもの」
聖女も何か感じるところがあるのかそう押し流していった。
そう、私たちは可愛い女の子なのだ。女子会、間違いない。
「……で、なんだっけ。
そうそう、事前になにもなく攫われて助けにきたってことね」
「こなくてよかったのに。番なんていらなかった」
それよりも、生きていてほしかったというとだろうが、そう言う男なら好きにもならなかったに違いない。
「遠くで幸せに暮らしてほしかった」
しかし、現実はままならないものである。
「そこから先に記憶はほとんどないの。
でも、あなたが来てから少し覚えている。あの人に似た赤毛を見たくなくて、少し遠ざけるつもりがあんなことになって申し訳なかった。
ごめんなさい」
「謝罪は受け取った。許さないけど」
「それでも、助けてくれて、手を貸してくれてありがとう」
「それも受け取っておくよ。
都合がよかっただけだけどね」
くすくすと聖女が笑い、魔女は苦笑いしている。
なぜだ。
「それにしても女神はなにがしたかったんだろ」
「聞きはしたけどね。
自分が見たい悲劇を作るつもりが、聖女の中に入り込んで楽しくなっちゃったみたい。
それなのに闇のお方の顕現で接続が切れてもう一度入ろうにも私が隔離、腹が立つと色んな所にちょっかいを出していたみたい。
聖女が出てきたのでこれ幸いと私ごと処分するか、私に成り代わりたかったようね」
砦でやけにウィリアムをお勧めされていたのもその影響のようだ。かの女神の権限は恋情にかかわることが多い。
ウィリアムは既に光のお方の加護を受けているので影響は薄かっただろうけど、それにしたってあの言動であるのでなんかあった、と思いたい。
素であれだと今後の予定が困るというか……。
何番目とかなんなんだ、私はそこまで節操なしでもない。そもそも女王陛下をやっている間は夫を持つ予定はない。
「ヴァージニアに成り代わったというならば、祖国の兄が黙ってないだろうとは思わなかったのかな」
「騙すことができる思ったんじゃない?」
「無理でしょ」
「私も少ししか知りませんが、難しいでしょうね」
「そこまで断言されると逆に不安になるんだけど。そんな特殊個体なの。私」
二人も真顔で頷いた。
地味にダメージあるな、これ。
「大丈夫、みんな、そのままでもいいと思ってるから」
「嬉しくない」
「そこがいいと思いますよ」
「なぜか全く慰められてる気がしないんだけどっ」
「じゃあ、ヴァージニアはなにになりたかったの?」
「……かわいい、およめさん」
なれると思って、ここに来たんだ。
恋ではなくても、穏やかに思い合う相手がいればそれでよかった。
怖かったから。
「……。
無理だ。諦めろ」
「が、がんばればいけます。見た目は」
笑いをこらえている二人にいらっとする。
「いっそ、笑え」
冷え冷えとした声になってしまった。
そして、二人は容赦なく笑い倒した。そこ、謝るとこじゃないの!?
「お、おなかいたい。
あーおかしー。
ヴァージニアはヴァージニアだよ。私が、魔女以外のなにものにもなれなかったように」
「あなたはあなたのままが……いいえ、ジニーで過ごしてください。
モテモテでいっそ、男のほうが」
「そんなよかったの?」
「すっごいですよ」
人の黒歴史にずかずかと入り込む無神経さ。
私の機嫌の悪さを知りながらも勝手にいう相手なんていなかったな。
「ふぅん? じゃあ、教えてあげるよ」
ほんと腹が立つ。
でも、悪い気分ではなかった。
遠慮なくジニーとして振舞ったら、さすがに二人も反省したようだった。
「ダメだ。あんな危険物、常時出してはいけない。結婚率が下がりまくる」
「そ、そう。ほんと、崇めちゃう」
「そこまで?」
テーブルに突っ伏している二人を眺める。
なんか、いっそ楽しくなってきたな。
悪友と遊ぶというのはこういうものなんだろうか。
だが、そろそろこの遊ぶ時間も終わりだ。
「素敵なジニー様と会えないの、やっぱりさみしいんで残っていい?」
「ダメ。帰りなさい。ちゃんと話をつけたから、番も拾ってきなさいね? あれ、やっぱり解呪できないらしいから。ほんと、祝福じゃなくて呪いね」
「はぁい。
本当に、お世話になりました。
魔女もご迷惑をおかけしました」
聖女は頭を下げた。
「私も許さないから。
あっちの世界ではちゃんとしなさい」
「自力で幸せをつかんでやります」
やる気に満ち溢れているのはいいことだ。
向こう側の預け先が名も語れない邪神様だ。それを彼女は知らない。せいぜい、ひーひー言いながらこき使われるといい。
聖女の姿は薄れて消えた。
「さて、家帰って寝ようかな」
「あら、魔女様。
お忘れですよ」
「えー、気が進まない」
「あなたの問題は解決してあげたのに、私の問題は解決してくれないの?」
「……ちっ」
舌打ちする魔女。
私もあまり気が進まないが、女王陛下には箔が必要である。これが私が得た結論だ。
「行きましょう。魔王退治に」
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