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おまけ
ある弟の話 1
しおりを挟む「な、なん、なんて、美少年っ!」
姉は、イケメンが好きだ。
恋愛小説と同じくらい。逆説的に言えば、イケメンが好きだから恋愛小説が好きだ。
ソランはため息をついた。
その美少年は知り合いだ。だが、知り合いとわかれば紹介しろとうるさいだろう。
きらきらした眼で見てくるので、既に遅いかも知れないと視線を逸らした。
「どなたなの?」
「フィンレー様。陛下の弟だって」
「あ、噂の王子様」
……王子と言う言葉から縁遠い気がするのは気のせいだろうか。
彼にとってはプリンが好きな少年でしかない。確かに美貌ではあるが、その姉であるヴァージニアを見慣れてしまってはあまり動じなくなった。
兄であるアイザックの方が、どきりとする。怖くて。
ああいうのを魔王とか言うんだろうなぁと遠い目をする。ジニーも結構きつめではあったと思っていたが、相当甘い対応だったと気がついてしまった。
兄様は戦闘狂で、と、困ったような顔をしていた理由がとてもわかる。正直わかりたくなかった。
「……手、振ってるけど、振り返してもいいの?」
「へ? い、いいんじゃね?」
なにしてんのと言いたいが、愛想良く振る舞うと決めているようで、評判は上々だ。愛玩動物的に可愛がられそうなタイプではある。
長身、と言う共通点があるが、フィンレーだけは少し丸い。鍛えていないわけでもないのは、ソランも知っている。
十本やって6本は負けるんだから、実力はあると思う。運動反対と言いながらもその結果を叩き出していくからソランはたまったものではない。
俺すごい真面目にしているのにっ! と訴えても面倒そうに素質の違いだから気にしちゃダメだと絶望的なことを言い放っていった。
むかつく。
同じ年頃では、実力のある方と思っていたのに、余裕で越えていく。
何か用事があるのかソラン達に近寄ることもなくどこかへ立ち去っていった。
「かわいー、あんな弟が欲しかった」
フィンレーがいなくなった後に姉がにへらっと笑っていた。表面上は慎ましやかな淑女らしさを保っていた分ましだろう。人によっては手を振られた時点で、ぶんぶんと振り返したり、にへらっと締まりのない顔になったりする。
あれはなにか精神攻撃の一環ではないかとソランは思い始めていたりする。ソランからしたら同じようなサイズの男が可愛いわけがない。
「うそうそ。うちの弟もかわいい」
黙ってしまったソランに姉は軽い謝罪込みに言った。ソランは眉を寄せたが、突っ込むことはなかった。言えば、三倍で返ってくる。
「で、何の用だったんだ」
ソランは姉に兵舎から呼び出されて、ここでは話しにくいと移動中にフィンレーに遭遇したのだ。
どこかというあてがあって歩いているわけではない。
人がいないという条件が揃っていればどこで聞いてもいい。
「帰ってこいって。今更よねぇ」
「嫌だよ」
「うん。わかってる。好きになさい。
あ、そういえばジニー様と親しいってきいたけど、本当?」
「親しいって言うか師匠的な?」
「ジニー様って素敵だと思うのだけど、まだ遠目でしか見たことがなくってそのうちにご挨拶とかさせてくれないかしらっ」
姉に早口にまくしたてられたソランはそのうちにと約束してしまった。陛下ならともかく、ジニーならばあってはくれるだろう。交換条件に何を提示されるかはわからないが。
「わたし、あなたの姉でよかった」
などといっていた姉が婚約の話に悩んでいたと知ったの随分あとのことだった。
「婚約ってどーゆーこと」
ソランは王都に戻ってきてから1か月ほど過ぎた頃、陛下からの下賜品を分けるという名目で姉を呼び出した。
「え、ソランが戻らないなら後継は必要になるでしょう?」
その姉は、なに言ってるの? この子。みたいな顔で見られた。
「考えてなかったのね。
従兄になりそうよ。あのがちがちの王家主義、ついてけない」
げんなりした顔をしているが、断りたいというわけでもなさそうだった。というより断る選択が存在しない。
家のための婚姻。それは当たり前すぎて、ソランはよく考えてもいなかった。自分がいないという結果を招くかということを。
そして、おそらく、姉は何も言わずに済ませてしまうつもりだったのだろう。
ソランは、全部知らないままで好きに生きていけるように。
その話を聞いてきたのはヴァージニアだった。彼女になにかのお使いとしてソランが道具を届けに行ったときのことだ。
用事を済ませて、ソランが退室する前に、お姉さん、婚約者をさがしているの知っている? と尋ねてきた。ソランは初耳だった。王都に帰ってきてから何度か顔を合わせたこともあるというのに、その時はいつも通りの姉だった。
あららと言いたげな彼女は、ガラスの指輪が入った箱を出してきた。
どれか好きそうなのあるかしらと。
意図のわからないソランにこれをもって話を聞いてきなさいと告げる。婚姻によってどこの派閥とつながるつもりなのかとかね、情報として貴重なのという。
おそらく半分くらいはその通りだろうが、愕然としたソランに対してのやさしさでもあったように思えた。
指輪選びに苦心しているソランを見るともなしに見ていたヴァージニアは、そう言えばと呟いた。
「フィンレーが黙っているのも変ね。
ちょっと、問題が発生する心づもりをしておいて」
「え、なんで、フィンレー様が?」
そういえば、知り合いだとか言ってたようなとソランは思い出した。あの後色々あってすっかり記憶の彼方に飛ばしていたのだ。
ソランは姉と彼女たちがどこでどう知り合ったのかすっかり聞き忘れていた。
愛想良くて誰とも親しいようで、本当に親しい人は少ない。フィンレーはそういうタイプだった。傾向としてライルと似ている。ソランのような年の近い男にはやや気を許しがちだが、女性となった瞬間に警戒が強くなる。特に、年上の女性を苦手としているらしい。
フィンレー本人がなんか苦手と曖昧に笑って言っていたのだ。ソランはそうと知ってからは、側にいるときはフォローすることにしていた。
そのフィンレーが姉に関して、黙っているのが変だという。
「あなたのお姉さん、お話を書くんですって?」
「そ、それは、その、秘密なんですが」
「新聞に投稿してうっかり掲載されて、フィンレーに見つかっちゃったの」
見つかったとはどういうことなのだろうか? 首をかしげるソランにヴァージニアは罰の宣告をするように厳かに告げた。
「どう考えてもフィンレーがモデルの相手役だったらしいわよ」
「…………死刑はやめてもらいたいです。俺が代われるなら」
「そういう話なら、既に処断しているから気にしないでいいわ。ただ、その件でものすっごい絡んでたフィンレーが黙ってるのも変」
「ええと、特にお気に召したので?」
ありえないと思いながらソランは尋ねた。中身を見なくてもあの姉の趣味で言えば、山あり谷ありの怒涛のロマンスであろう。ちょっと想像して、似合うような気もする。ちょっとぽちゃっているが、美形ではある。むしろそこが親しみやすいと魅力になるであろう気もする。
もっとも一番似合いそうなのはジニーで、そちらをモデルにしなかったのはソランにはちょっと意外に思った。
「そうみたい。
ああ、彼女が、じゃなくて、彼女の話がね。先を書けないような状況になりそうだったら黙ってないと思うわ」
「……どこにそんな魅力が?」
「粗削りだけど勢いはあったわね。嫌いじゃないわよ。
あ、そうそう。ソランの妹もいたわね。その子とあとイリューのところの子にももっていってあげて。今度お茶会しましょってお誘いもしておいてね。招待状は改めて送るわ」
「あの、いつ、そんな仲良しに?」
「あなたがいない間に。
大丈夫よ。かっこいいお兄ちゃん像はそのままにしてあげるから。
それに、ちょっと男らしくもなったかしらね」
「……ありがとうございます」
ソランは困惑しながら礼を返す。砦での出来事でいいところがあったとは思えないのだが、評価はされたらしい。
魔物が襲ってきたときにちゃんと帰ってくるのよと心配顔で言われたので、弟扱い続行中だと思っていたのだが。なお、イリューも同じように言われていたらしい。
ウィリアムには、後ろは任せたわと軽く告げた。そして、その言葉通りに後ろは振り返りもしなかったのだ。確かな信頼がそこにはあるようで、少しだけ悔しくもあったのだが。
「子供だと思ってたのに、あっというまに大人になっちゃうのよね」
少し寂しそうに聞こえたのは気のせいだろうか。
ソランが視線を向けたときには彼女は優しい微笑みを浮かべていた。
「お姉ちゃんの大事なものは守ってあげてね」
柔らかに言う彼女は、誰を演じてもいないただの女性のようで。
「……ちょっと、用事はそれだけ?」
「え。ああ、ちょっと陛下に言われたこと思い出してた」
フィンレー関連のこととは言わなかった。そのフィンレーにもソランは会っていたが、いつもと同じくらいだった。厨房でプリンの試作をしていたので。少々ぴりついた雰囲気も感じなくもなかったが、いつもプリンには真剣だからそんなものかと思っていた。
なんでも大事な食べ物で思い出があるらしい。詳しい話はソランはまだ聞いたことがない。
「陛下からの下賜品。ガラスの指輪だって。サイズ調整はしてないの、ごめんね、って言ってた」
その指輪はポケットに無造作に入れておいたのですぐに取り出せる。
「どれがいい? 色味は合わせたつもりだけど」
「な、なんて、扱いするのっ!」
「姫様も俺の手にのせただけだったんだよ」
「だったら箱はあなたが用意しなさい。直々に選んでの下賜品をその扱いとか、不敬罪とか言われてもおかしくないわよ」
「言わないと思うよ」
「周りがあいつ陛下を軽んじているとか言うの! ああ、もう、なんでこんなのが気に入られたのか」
「さあ?」
そのあたりはソランでもわからない。
「そのバカさ加減ね。裏表なさそうなのが癒しよ癒し。困ったら困ったって顔でそこにいそうだもの」
「罵倒されるほどひどいの、俺」
「褒めてんのよっ!」
どこがと言ったところでこの姉は発言を覆さないだろう。
「で、これでいい?」
「これでいいとか言わないでよ……。
確かに受け取りました。あと二つはどうしたの?」
「うちの妹とイリューのとこの妹にって。
姉ちゃんから渡してもらっていいかな」
「いいけど、あなたまだ苦手なの?」
「初見で泣かれたからちょっとね」
イリューの妹は穏やかな兄が二人いたため、青の騎士団にいるのも穏やかな人たちだと思い込んでいたらしい。実際は荒事ばかりしているような連中である。ソランも少々荒れていた時期で先輩と対立し、訓練で流血の事態になったことも何回かあった。
その何回かのときに運悪くイリューの妹が兄であるニーアに面会に来た時だったのだ。
暴力的なものに青ざめて、死んじゃうと泣かれた。
以後、ソランはイリューの妹に会わないようにしている。ごくまれに会うことはあっても、軽い挨拶くらいだが、かわいそうなくらい固まっているので付き合いは短時間のみだ。
「ちゃんと箱を用意して渡しておくわ」
「お茶会にお誘いするわとか言ってたけど、大丈夫?」
「もう三回くらい呼ばれてるの」
「俺、知らないんだけど」
「いなかったから。
ほとんど、小さい子の集まりを陛下が和やかに見守る会ね。派閥がどうとかいうより、本当に、アイザック様もフィンレー様も小さい子可愛いと甘やかす会」
「……アイザック様が?」
「怖そうに見えて意外と面倒見良いのよね。よく考えたら、下に10人も弟と妹がいらっしゃるんですもの。それなりには対応に慣れてらっしゃるのよね」
「へー」
ソランにしたら他に言いようがなかった。妹であるヴァージニアにすら戦闘狂といわれるほどの人なのだ。平和に慣れないというのに。平和と可愛いの真っただ中でさらに甘やかすなど……。
「むり、想像を超えた」
「あれは、初恋泥棒ね」
「もうほんと無理」
姉は小さく笑った。
それはいつもの姉と同じでなぜだかソランはほっとした。
「陛下にどうお礼すればいいかしら」
指輪を手の中で持て余しながら姉は呟く。
おそらく、ソランに答えは求めていないだろう。返礼品というのは、ヴァージニアは必要としていない。
欲しいとしたら。
「指輪をつけられる状況にしたら?」
今、ガラスの指輪を手に入れる方法はローガン商会に依頼するか、女王陛下の下賜品しかない。ローガン商会も女王陛下の息がかかっている。
そんなものをつけていたら、女王派とみなされるようなものだ。
ソランの家は、中立のふりをした先々代派だ。砦の件には関わっていないようだが、それはソランがいたためにその話から締め出された結果に過ぎない。
という話を砦から戻ってきて聞いた。
一歩間違えれば家が無くなっているところだったのだ。冷や汗が出たどころではない。今後も変わらないのならば、いつそうなってもおかしくはない。
そのときに、当主の妻が姉であるならば。
「無理ね」
「俺、意外と給料が良くて」
「それはよかったわね」
「その、姉ちゃんとか、養えるよ」
姉にまじまじと見つめられるが、ソランは真剣だった。
「小さくてよければ家借りれるくらい貯めてるし、それに」
「ありがとう。
でも、ダメよ」
「どうしても?」
「私は、こういうときのためにいるのだもの。
悪いと思うなら、立派な騎士になりなさい。それから、荷物を一つ運んでほしいの」
「……何をどこに運べって?」
少しも曲げそうにない姉に苛立ちながらソランは尋ねた。
「フィンレー様に約束のブツですって」
「なんだって?」
「だから、約束のブツ」
いったい何を姉は他国の王子様に送ろうとしているのだろうか。
「任せたわよ。後で宿舎に送り付けておくわ」
あっけに取られている間に姉が逃げていった。ソランが本気で追いかければ追いつけるだろうが、そこにあまり意味はなさそうだ。
勝手に決めてしまったソランは腹が立った。
もちろん、色々なことに気がつかずに勝手をした自分も悪いとは思っているが、姉は姉で役に立たないと決めてかかっているようなところがある。
私のことはいいのと笑うなら、ソランにも考えがある。
幸いにしてものすごく頼りになる人がいる。ちょっとくらいは話を聞いてはくれるだろう。
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