ひめさまはおうちにかえりたい

あかね

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おまけ

ある弟の話 2

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「いちおうね、俺、病人なんだけどこんなに働かせる?」

 そう主張する仕事中毒者(自覚あり)。
 ソランは無言で、書類の山に視線を向けた。先ほどソランが持ってきたばかりのものだ。その隣には同じくらいの量の処理済みが置いてある。
 それらの書類は無償で身の回りのことなどをしてもらうのは居心地が悪いと何かできることはないかと話した結果ではある。だが、やりすぎと示唆されればレオンはさすがに気まずくなって視線をそらしてしまった。

「……だって、俺、未処理のものが残っているのとかすっごい気になる」

「つったって、こんなにやることもないでしょう。確か、一か月分とかイリューが言ってましたよ。
 他が困るから小出しでもちだしてるとか意味が分からないんですけど」

「すぐに対処したほうが良くない?」

「他の人は同じようには動けません。まあ、簡単すぎるのかもしれませんけどね」

「でなんか用?」

 そこをこれ以上つつかれるのは勘弁してもらいたいとレオンは強引に別の話題を振ることにした。病人などといわず大人しく相手の話を聞いておけばよかったのだ。

 いつもはイリューかライルが持ってくる。今まではソランがこの書類の群れを持ってくることはなかった。何か用があって代わってもらったにちがいない。あの少年たちが仕事を代わってもよいという事情があるというのはあまりいい話ではないだろう。ほかの誰でもなく、レオンに、というのが訳アリ過ぎる。

 ソランは渋い表情のままため息を一ついた。

「姉が婚約することになりました」

「おめでとう、という顔でもないね。
 潰したいって話? でも、後継が女性となると親戚から婿養子取るのが普通だよ。ここで話がなくなっても次がすぐに持ち上がる」

「もうちょっとマシな相手がいいと思うんですよ。
 俺にはいい顔する従兄なんですけどね。姉には横暴のようで」

「陛下のお気に入りと知られてるから君に横暴には振舞えないと思うよ。
 告げ口をされたら終わりだ」

「告げ口なんてしません」

「ま、君がそう言うことをするかは関係なくて、相手がそう思うような程度だってことだ。一応、覚えておいたほうがいいよ。彼女のそばにいるならね」

 ソランは不服そうではあったが、反論はしなかった。
 彼が少しばかり考え込んでいる間にレオンは最近あったことを思い出す。

「……変だな」

「なにがです」

「俺、君の姉さんが婚約するって話を聞いた覚えがない」

「あまり大っぴらにしてないようなので知らなくても当然では?」

「監視対象だから、婚約の動きがあったら情報が来るはずだ」

「……監視されてたんですか」

「代々王家を支持していたから、一応ね。
 使用人を買収レベルだからそんな本気じゃない」

「取り潰すなら先に教えてください」

「しないよ。今のところはね」

 ソランの立場は意外とめんどくさい。本人が思う以上に、微妙な立場だ。ソラン自身は生粋の女王派。それも過激な方のと分類されている。ところがその実家といえば、昔からの王家派だ。だからこそ、偽物の王が許せないといったところだろう。
 今は影響力も少ないように見られているが、古い家系なりの影響力はある。

 そう言えば頑固そうだったなとレオンはソランの父を思い出した。何回かは会ったことがある。ただ、個人的に話をしたことはあったかなと思い当たる。なんだかもやもやしたような。

「なんですか」

 じっと見られてソランはいやそうに顔をしかめた。なんでもないとレオンは曖昧に笑った。
 ソランの父にうちの息子は迷惑をかけていませんか、と聞かれたことがあった。勝手に家を出ていった愚かな息子と言いたげではあったが、そこにあった心配をレオンは見てしまった。

「まあ、とにかく、俺が知らないってのは、俺に知られたくないであってると思う。ソランにも知られたくないなら、俺が知ってると困るだろうし」

「つまり、姉が口止めをしたということですか? そんなことできないと思うんですけど」

「俺に入ってくる情報は多いけど、入口は限定的だ。
 ローガン経由。この書類経由、あとは時々の面会と新聞。
 それらを止めることができるのが一人だけいる」

「え、陛下?」

「フィンレー様だよ。
 そういえば、ここ1週間くらい顔見てないな」

「そんな来るんですか」

「週2くらいかな。あれが嫌だ、これが気に入らないと喚いて帰っていく」

「精神疲労あるんですね……。俺も聞くのに」

「政治がらみなんかだから聞かせられないと思ってるんじゃないか。同じ立場になっても言わないと思うよ。
 そうか。フィンレー様か」

 レオンは見逃していたというより、意外過ぎた。そこまで気に入っていたのかと。

「陛下がおっしゃっていたのですが、姉の話が気に入ったとか」

「そうみたいだね。とはいってもフィンレー様は俺にはその話してくれなかったけど。
 勝手に新聞取り寄せて調べてはみたけどね。君には悪いけど、並かな。悪くないけどすぐに忘れそうなやつ」

「まあ、そうなんですけど」

 そう言いながらソランは不満そうだった。レオンに姉を貶されたように聞こえたのだろう。おそらく褒めても不満顔をしたと思うが。

「俺は、嫌いじゃないけどね」

 勢いというか、幸せにしてやるよという情熱があるように思えた。

「……陛下もそう言ってました。俺も読んでいいですか?」

「どうぞ。そのあたりの山にあるはずだ。
 探しながら聞いてほしいんだけど」

 レオンは言葉を少しさがした。フィンレーについて話すのは、とても注意がいる。彼は明るい可愛い少年であるだけではない。
 それさえ、自分をも騙す擬態に近い。薄皮1枚で、ようやく人としての体裁をとっているようなもので。

「フィンレー様は昔、辛いことがあって年上の女性が苦手なんだ。
 確かお姉さんは今年20くらいだっけ」

「今年21になります」

「そのくらいの年の人、ものすっごい苦手なはずだよ。それなのに、一緒にいるのを目撃されているんだ。もちろん、二人きりになるようなことはないし、触れるようなこともない。
 ただ、終始機嫌が良さそうに見えて不機嫌なんだそうだ」

 伝聞になるのは、やはり、レオンにはソランの姉の話を全くしなかったからだ。よく考えれば、うるさいくらいにあれこれ話すフィンレーにしては珍しかった。

「姉が付きまとってるということでいいですか?」

 ソランが困惑している。姉がそういうタイプではないことをよく知っているのだろう。

「逆なんだ。シエル嬢は終始ちょっと困ってる。という話が、俺の最新情報。今度からかってやろうとは思ってたんだけど」

 さらに困惑したソラン。レオンにしてもフィンレーの行動は不可解に思えた。
 ただ、別の側面から見れば別のものがみえる。

「……これ、フィンレー様がちょっかい出してるからねじ込まれた系だな」

「へ?」

「女王派に鞍替えされては困るということだろう。意外と君の家はすごいんだよ。積み重ねた信頼と安心感、みたいな」

「姉の縁談は、フィンレー様の巻き添え?」

「その可能性は高い。まあ、ソランが帰ってこないなら婿を取るのは当然だけどね。お姉さんの年齢を考えれば数年中には結婚するだろうけど、焦ったように今決める必要はない。
 フィンレー様と仲が良さげで、もしかしてと考えられたんだろう。年の差も身分の差もあるからなさそうと俺は思うけど、周囲からはそう思われないほど親密に見えた」

「姉がそこを間違えるとは思えませんが」

「距離感を間違えたのはフィンレー様の方じゃないかな。気がついたら遅かった。
 で、たぶん、そこまで俺に知られて苦言を言われるのが嫌だから、完全にその話遮断してるし、バレそうだから1週間も来ない。もちろんソランには悪いことしたと思っているから言いもしない。一人で何とかしようとかしてそう」

「……ちょっと、話してきますね? 姉さんからフィンレー様に届け物があるので」

「いってらっしゃい」

「お世話になりました。次になにかあったら、お手伝いしますね」

 ソランはそう言って部屋を出ていった。

「怒ってる」

 姉の幸せを願って行動できることをレオンは羨ましく思った。彼の姉は、終始、敵であった。おそらくお互いにそう思っているだろう。
 どこで掛け違えたのかと問うことすら無意味だ。

 家族はいないほうがよかった。
 レオンはため息をついて、目を閉じる。この目がなければ、見えてしまえなければ、違っていたのだろうか。
 真実を見抜きすぎる目などいらない。言ったところで、次は、目を抉られるか、何もかも見せられて語らせる人形になるくらいしかない。
 だから、黙って、笑うしかなかった。

 それが変わったのはやはりウィリアムと会ったあとのことだ。

 嘘つきだとわかって、付き合う。嘘は傷つくものだけでもなく、優しいものも含まれていた。心配なのに、そう言えない。信用しているのに、そんなわけないという。辛くても平気と笑うようなものに気がついたのは、この目のおかげで。

 今は見たくないときは閉じることができる。
 闇の神は意外と優しい。気まぐれであっても、少しの安息は喜ばしいものだ。

「さて、どうやって引き込もうかな」

 ソランにはフィンレーを任せたのだから、彼の実家のほうはなんとかするつもりだ。引き入れる価値はある。
 やり方によっては怒られそうだなと思いながら、書類に手を出した。
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