騎士団の繕い係

あかね

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すれちがったもの 後編

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「あら、あなた、これ」

 妻が仕事部屋で拾った紙を見てラムスは青ざめた。
 半月以上前に送った手紙の一部だ。色々な条件を提示している部分でこちらの方が重要である。

「あらぁ? これがないと大変失礼な手紙になるんじゃないかしら」

 フィルスは眉を寄せて困った顔をしているが、声が怖い。おまえ、なにやってんだ、あぁん? という副音声が聞こえる気がした。

「ちょ、ちょっと待て、全部入れ、た、と思う。たぶん」

「たぶん?」

「そこが思い出せない」

 そこだけぽっかり空白だ。ラムスは年は取りたくないなぁとぼやいて見せたが、そこまで覚えてないということは今までになかった。
 ちょっとだけ老化が心配になった。

 ラムスに冷ややかな視線を投げかけてフィルスはこれ見よがしなため息をつく。

「あたくしがすればよかったわ。ねぇ、

「面目ない」

「……。
 どうであれ釈明は送っておいたほうがいいわね。相手は古い血筋。作法には厳格でしょう。まちがっても、ごめーん、うっかりしてたわぁっ! ほんと、ボケちゃって、なんて言っていい相手じゃないわ。
 誠意として使者を出したほうが良いかもしれないけど……」

 そういってフィルスは言葉を濁した。部下たちは海の上では役に立つものは多いが、陸で有能というと少しばかり不安が残る。
 それだけでなく腹心と言えるものたちは強面で大柄な面々だった。悪い奴らではないが、迫力がありすぎる。一人でなく数人も送るとなると山賊を勘違いされないだろうかとよぎる程度には物騒に見えた。さらに海のもの特有の荒っぽさもあれば、適切な人選ではない。

「陸向きの誰かいないかしら」

「いてもいつの間にか、そうなってるじゃないか」

 採用したときはおっとりした財務管理者は、いつの間にか言葉も荒っぽくなっていて、どこの裏組織の人間かと思うくらいになっていた。
 なにがあった!? と驚くほどの変貌である。
 ほんわかの事務をお願いしていたお嬢さんも姉御になった。そういう事例は他にもある。
 強くあらねばならない、ということなのだろうかと不安に駆られたラムスは何かあったら対応するからね? と念押しし、皆にやさしい対応を通達してもこうなるんだからこの地の雰囲気が何かさせているのだろう。

 フィルスも思い至ったのか気まずそうになんでかしらねと呟く。
 ラムスは咳払いし、とりあえず息子に探りをいれることにした。もう手紙は届いている日数だ。何か誤解され事態が悪化している可能性がある。
 息子のいる王都なら人をやれば数日で話はつく。多少の無理はさせるが、我が家の危機となれば頑張ってくれるに違いない。
 それにいつもなら来るはずの手紙もきていないのでそれも心配ではあった。
 アトスは律儀に二か月に一回程度、元気でやっている、くらいの短い手紙を送ってきていた。それがないのも少しばかり不穏に思える。

 ひとまずは夫婦そろって文面を考えたが暗礁に乗り上げた。

「まず、結婚の話どうなってるの? と聞くのは直球すぎるかしら」

「お嬢さんとうまくやってるのかね、というのもダメだろうか」

「……最近どう? なんてのは迂遠すぎて伝わらないような気もするし」

 そもそも、私的な手紙は用件のみという簡潔さで生きてきたのだ。ラムスも婚約期間中にフィルスに手紙を送ったことはあるが、それも、なんか、とても、簡潔だった。

「手紙書くのが嫌すぎて、返答がわりによく会いに来てくれましたわね……」

「そ、そうだったかな」

 余計な思い出も出てきてしまった。あの頃は可愛らしかったという話はラムスは聞き流した。ヒゲの大男に可愛いというのは妻くらいだろう。ついでに女性に慣れな過ぎて挙動不審もくっついているのによく結婚したものだ。

 本題から無限に脱線しそうなところで扉が叩かれた。

「お頭、お客さんですぜ」

「誰だ」

「郵便屋です。
 事故だそうですよ」

 郵便で、事故。
 それはいったい? と思うところだが、事故としか言えない案件だった。

 速達に出した手紙は配達先を間違え、別のグノー家に届いたのち、人違いであろうと本来のグノー家に再搬送された。あと少しで届くであろうということ。
 もう一つは、息子からの手紙が2通、別の領地便に紛れ遅くなった。今、3通目と一緒に届いた。

 二件もやらかしているので、いつもの配達人とは別の上司と思われる者も同行していた。謝罪と次回の割引などの保証の話を一通り聞いたのち、ほかのものに対応を任せた。
 今はそれどころではない。

「いっそ、届かないほうが良かった……」

「そうですわね……」

 郵便事故というのは、たまに発生するというのは話では聞いている。紛失されなかっただけましではあるかもしれないが、今回に限ればなくなったほうがましだろう。取り返せるなら取り返したいくらいだ。

「……で、アトスからは」

 相変わらず、簡潔な手紙だ。元気でやっているという文面はいつも通りだったが。

「友人ができました」

 という1通目。これが二か月ほど前。最後に届いた手紙のあとに書かれたもの。

「新しい友人と今度一緒に出掛けます」

 という2通目。1通目より二週後くらいに書かれたもの。筆跡が少しばかり乱れている。

「結婚したい相手がいます」

 という3通目である。この手紙だけは長く、相手がどこの誰なのか、相手の両親への承諾は得ているという話も書いてあった。
 おそらく最初の友人というのはこの結婚相手のお嬢さんであろうとラムスにもわかった。
 政略、なにもなかった。まあ、多少はあるかもしれないが、そこが大事ではなさそうである。

 相手の女性について特別に書かれた文はほとんどない。ただ、美しい手の人と書いてあった。どういう娘さんなのだろうか。ラムスは貴婦人を想像しようとして断念した。

「先にうちに話しておきなさいよ」

 がっくりとしたフィルスはそうつぶやいていた。言えば根掘り葉掘り聞かれるとわかっていて言わなかったんじゃないかと思ったがラムスは黙っておいた。
 日付を見れば、結婚の打診の手紙と同時期に出されたものだとわかる。速達で手紙が行くと思っていなかったのだろう。あるいは、そこまで考えが至らなかったか。

「あまりあれこれ言わなかったから、興味もないと思っていたのかしらねぇ……」

 この手紙は相談というよりはほぼ決定事項を連絡したという雰囲気すらする。
 ラムスはこの町を海を離れて暮らせる気もしない。だが、息子は違う。どこか、別の場所を求めていた。この町を出てそこで自由に過ごせるなら、それでいいと思って口出しせずにいた。
 伯父もそういうところはあったが、いつしか戻ってきたのだからいつか戻ってくるだろうとそっとしておいたところもある。

 戻ってこないのかと思うと寂しい気はした。

「もう少し積むか」

「そうね……。詫び分もいれなきゃいけないわねぇ」

 持参金増額で、という話をつけて大いに誤解されることになるとは思っていなかったのである。
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